精神医学 62巻6号 (2020年6月)

特集 精神科診断分類の背景にある考え方

特集にあたって 内山 真
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 精神医学においては,20世紀初頭から疾患概念や診断基準が長年にわたって整理され,他の臨床医学分野と同様な医学モデルに倣った体系が作られてきました。こうした伝統的な診断や操作的診断基準に基づいて,私たちは精神医療,学生や研修医の教育,他分野への啓発を行っています。しかし,個別的な症例を扱う実臨床における貢献という点からみると,疾患経過という時間軸で変化する症候の縦断的多様性や,個人の生物学的あるいは心理社会的特性からくる症候の横断的多様性が十分に反映されていないと感じられることが多くあります。そして,こうした点を補う知識や経験を積むことが精神科専門医として必要不可欠な素養とみなされています。

 日々の臨床では,明確な疾患カテゴリーのみに基づいて実臨床の現場における治療や介入の判断が行われているわけではありません。一人の人間として患者をとらえ,個人の背景要因を踏まえて心理社会的な接近戦略を探り,存在する症状をきめ細かに探って適切な薬物選択行い,治療方針を立てることが要求されます。実際に,ある種の行動療法や薬剤では,診断横断的な使われ方をすることが増えており,各疾患カテゴリーを超えた治療法が選択される機会も多いかと思います。

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抄録 精神医学が自身の領域内で疾患単位を確立するのは,永遠に到達できない目標を追求することであり,「疾患単位の概念」はKantが言った意味での「理念」だとJaspersは指摘した。だが,KahlbaumとKraepelinの疾患単位追求の努力は不毛な幻影を追っただけではなかった。「破瓜病,緊張病,循環病,類破瓜病,…」などの発見と命名は精神医学の進歩の原動力となった。しかし,古来の単一精神病論になお親和的であったKahlbaumと遥かに強く疾患単位論に親和的であったKraepelinの差異は無視できない。二人の巨人の創造性によって賦活された精神医学は,この基本的な2つの論(二つの理念追求)のあいだで振り子運動を続ける「症状群論」の孜々とした歩みとなった。とりわけ,多様な症状群が経過の中で層次構造を構成しつつ展開するという思索は多くの第一級の臨床家によって反復されてきた。Kraepelin自身も晩年にはここに歩みを進めた。そして近年の精神薬理学の傾向やスペクトラム概念重視の傾向は,疾患単位論が,症状群論を介して単一精神病論へと回帰してゆく歩みの最中にあることを教示している。

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抄録 Schneiderの臨床精神病理学は,伝統的診断として操作的診断と対比されるとともに,後者の出発点となったという二つの側面がある。Schneiderの精神医学とDSMやICDなど現在の診断体系は,心身二元論に基づく,精神病理学的な症候学による診断という点において共通する。一方,Schneiderのアプローチの特徴である,第1に医学的な疾患概念に従って非疾患群と疾患群を区別したこと,第2に内因性精神病を疾患群に組み入れたこと,第3にJaspersの了解概念を臨床に取り入れたことは,現在の診断分類にほとんど反映されていない。診断上は,これらの視点を補助線として用いることによって,現在の診断分類が補完され得るものと思われる。

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抄録 20世紀後半から今日にいたるフランス精神医療の理解には,セクトリザシオンと呼ばれる地域精神医療システムと同時に,相補する形で展開するインターセクターの流れも把握しておく必要がある。本稿では,フランス精神医学の特徴である精神分析の影響として,精神病に対するアプローチおよび急性精神病をめぐる議論と治療についての諸概念を紹介する。臨床と治療の理論は一体であり,これらの領野においても臨床的事実から治療の理論を再構成する立場が根強くみられる。20世紀後半以降の臨床の変容を通してみると,長い歴史を持つフランス精神医療において,精神疾患の診断分類の背景にある考え方にも複数の流れや対立する動きがあることが分かる。

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抄録 DSM分類の原点であるDSM-Ⅲは,セントルイス学派の思想に強く影響を受けている。彼らのモットーは,精神医学を実証主義に基づく医学的モデルに近づけることであった。1970年にRobinsとGuzeは,精神医学的診断の妥当性と信頼性を確立するための5つの局面(phase)を提唱した。この提案がその後の精神医学の歴史に大きな影響を与えることになる。続くFeighner基準は彼らの思想を具体化した最初の試みであり,DSM-Ⅲを託されたSpitzer Rの目に止まった。同学派は一般的には器質論と目されがちだが,彼らはそれに反発し,自らを不可知論と位置付けている。同学派の主張を概説し,DSM分類とのかかわりに触れ,現在彼らが精神疾患をどのように捉えているのかを論じた。

単一精神病学説の歴史 古城 慶子
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抄録 ロマン期後期に実を結んだ単一精神病学説が19世紀末に中断するまでの沿革を辿った。1845年のGriesingerの単一精神病段階学説を通してロマン期精神医学に遡り,1838年のZellerの力動(情動)的疾病観に辿り着くことで古い精神医学的伝統が汲み上げられた。Griesingerの段階学説は1867年に「原発性狂気」の疾病型を導入したとき,それ以前のように病的な感情の動きからではなく,脳の障害から導き出そうとしたことで,人間心理の学を自然科学的精神医学の概念的網の目へと還元していく方向へ変化した。原発性狂気はKahlbaumが敷いた迂回路を経てKraepelinの早発性痴呆へと姿を変えた。1867年はロマン期の底流にあった力動論から唯物論(単一精神病論から疾病単位論)への仮説の転換期となった。その一方で現在も単一精神病論は疾病単位論とは別の意味で精神医学の認識の方法論であり続けていることを確認した。

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抄録 Griesingerによる精神医学体系は,精神病を疾患横断的に「治癒可能な急性期病態」(一次性感情障碍)と「治療抵抗性の慢性期病態」(二次性精神衰弱)に二分し,しかも二次性精神衰弱にも回復の可能性を見て取る柔軟性をそなえている。この二重の意味での単一精神病論の見地から,DSM-5の双極性障碍,うつ病,また統合失調症に光をあて,DSM-5は急性期エピソ一ドを一次性感情障碍と包括的にみる視点も内に持つことを指摘する一方,統合失調症については一貫して認知障碍と捉え,治療的展望に乏しい硬直した考え方が目立つことを指摘した。

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抄録 近年の遺伝学や神経画像の成果により,DSM-Ⅲ以来の精神疾患のカテゴリー的定義は疑問視されるようになり,代わりにスペクトラム概念が注目されるようになった。タキソメトリック分析のような計量心理学の進歩は,ほとんどの精神疾患とパーソナリティ障害が正常機能と連続している可能性を示唆している。また,大規模な疫学調査のデータ解析により精神疾患全体の2因子(内在化・外在化)構造が明らかになった。これらの知見は,DSM-5の開発に影響を与え,精神病理症状の階層的スペクトラムにより構成されるHiTOPのモデルが提唱されている。しかし,こうしたスペクトラム概念の臨床的有用性に関してはなお検討を待つ必要がある。

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抄録 精神疾患のバイオマーカー研究が活発になされているが,今のところ,誰もが認める精神疾患のバイオマーカーはないといっても過言ではない。バイオマーカーは「正常なプロセスや病的プロセス,あるいは治療に対する薬理学的な反応の指標として客観的に測定・評価される項目」と定義されており,精神疾患においては,生体試料由来物質だけでなく,認知機能,脳神経画像,神経生理機能,パーソナリティ傾向などが候補となる。バイオマーカーには,リスクバイオマーカー,診断/特性バイオマーカー,状態/病勢バイオマーカー,ステージバイオマーカー,治療反応性バイオマーカー,予後バイオマーカーの6つがあることが提案されており,本稿ではこれらについて概説する。

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抄録 精神疾患の本態がいまだ解明されていない中で行われている精神科薬物療法とは,歴史的な生い立ちを考えても,症候に対する対症療法として発展してきたものである。モノアミン仮説やドパミン仮説などは疾患理解に重要な役割を果たしたが,薬剤の効果から疾患の本態に迫ろうとする努力は挫折しており,現時点での精神科薬物療法はあくまでも疾患と症候に従属するものと理解しなければならない。しかし,その疾患単位そのものが時代とともに流動的であり,同時に薬剤カテゴリーもその境界は元々存在しないに等しく,精神科薬物療法は常に濫用される危険性を孕んでいる。過剰診断,過剰投薬を避けるために,丹念な臨床観察と薬物療法の意味の理解が必要不可欠である。

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抄録 遺伝研究の進展に伴い,これまで明らかになっていなかった科学的事実が判明している。それぞれの精神疾患は独立しているわけではなく,有意な重なりをもっていることから単一精神病を想起する向きもある。1800年代から1900年代初頭に趨勢であった単一精神病論は,「悪い分類よりは無分類のほうがよい」という思想から発展したもので,現代において治療薬に大きな差がない旧来の精神病や神経症と呼称された各疾患に,ある面では当てはまるのかもしれない。とはいえ,患者にとってみれば遺伝情報に近接性があろうが,十分に個別性に配慮した形で治療は進めて欲しいだろうし,納得できる診断名も臨床的な有用性が高い。患者と同じ高さから見ると精神疾患はそれぞれ独立しているが,より高い遺伝情報を元にすると精神疾患は単一に見えるだろうし,より高い視線ではヒトは類縁の動物と大きな違いはないのかもしれない。臨床家はそれぞれが持つ典型例が見える高さで患者に有用な情報を提供していく存在で,ガイドラインを超えた臨床知は高くしすぎないその視点から生まれてくる。

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抄録 新型コロナウイルスCOVID-19が世界中で猛威を振るっている。日本でも感染対応に大きく揺れている。

 感染症とメンタルヘルスの歴史は古く,人類の歴史でもある。COVID-19対応で精神医療者に求められているものは,感染した患者へのサポート,対応している医療者へのサポート,一般市民への対応,スティグマ対応,各自の医療機関のメンタルヘルス対応のシステム構築,精神疾患を持つ患者の感染陽性例の外来・入院対応,医療者自身のケアとラインケアなど多岐にわたっている。喫緊の課題として日本の医療崩壊の危険性が大きな問題になっている。このウイルスの特殊性に伴う感染制御の難しさがあり,精神科病院での外来,入院に関して細かい配慮が必要である。また高いストレス下の医療者を支援することで,結果的に地域を間接的に支援することに繋がる支援者支援が重要である。

 今回は新型コロナウイルス感染症に伴う精神,心理,公衆衛生・産業衛生的課題と対応について述べたい。

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抄録 本研究の目的は,精神障害者を対象に,幸福を促進する作業療法プログラムの効果検証を行うことである。実施環境は,精神科デイケア,精神科療養病棟,就労移行支援事業所であり,方法は非ランダム化比較試験を用いた。介入は,対照群が各施設で行う通常のプログラムに参加し,介入群はそれに加えて幸福を促進する作業療法プログラムに参加した。効果指標は,主要アウトカムに主観的幸福感尺度,日本語版The Positive and Negative Affect Schedule,精神障害者社会生活評価尺度を使用し,解析は線形混合モデルを用いた。その結果,介入群に5要因で効果を認めた。幸福を促進する作業療法プログラムは,精神障害者の幸福の促進に寄与する可能性があると考えられる。

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抄録 今回我々は19歳,男性,アトピー性皮膚炎と自閉スペクトラム症の合併例にみられた皮膚むしり症状に対してエスシタロプラムが著効した経験の報告をする。DSM-5において,新たに「皮膚むしり症」という疾患概念が導入され,「強迫症および関連症群」の中に位置付けられた。こうして,抜毛や皮膚むしり,爪噛み行動など身体の一部を対象に侵襲的あるいは整容的な障害を引き起こすほどに繰り返される反復行動が「身体集中反復行動」と総称された。同疾患に関しては,病態生理や治療の科学的知見が乏しい。海外では薬物治療としてさまざまな報告があり,その1つにSSRIの有効性が報告されている。本症例を通して,皮膚むしり症に対してエスシタロプラムが治療選択肢の1つになり得ると考えた。

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抄録 成人期における発達障害について,その認知は広がってきているが,診断についての難しさがあり,そのため支援が十分受けられないことも生じている。東京大学医学部附属病院こころの発達診療部では,2012年より成人を対象に,発達障害の診断と心理教育を行う「発達障害検査入院プログラム」を実施している。2018年12月までの本プログラム利用者98名のうち自閉スペクトラム症(ASD)と診断を受けた利用者は83名で,注意欠如・多動症の診断は28名(ASDとの重複あり)であった。ASDを主診断とした際,その76%に併存疾患が確認された。

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精神医学
62巻6号 (2020年6月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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