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昨秋,新潟市のがん治療学会で,堺学会長は,「がんは患者に知らすべきか,知らさぬ方がいいか」といったテーマを提示され,各層の方々によって討論がなされた。これは当時の関心を呼んだのであったが,この学会のあと間もなく堺教授は胃癌で御他界された。堺教室の方々は教授の癌を極力御本人には知らすまいとして随分と御苦労されたということを聞いた。手術も4度なされたというが,いくら似たような胃の潰瘍の写真を御見せして,「これが先生の胃です」と説明し,「そのための手術だ」と申上げてみても,先生は専門家だけに当初からきっと「それ」と気付いておられたかもしれない。周辺の御心使いを知りつつもなお,このようなテーマを掲げて,死を直視させられている同病の患者さんの苦悩を受止めて,この「人間にとっての最大の問題」「生死の問題」を,最も冷静に客観的な問題として提示し,いずれ死すべき生物としての人間ではあるが,その未だ死を直視しようとしていない人達は,特に医者や看護婦を含めて,どのようにその死に直面した人を思いやったらいいのか,そのあり方,考え方について問い質したかったのではなかろうか。この問題は多分に宗教家のテーマでもあるように思われるが,常に「死」を前提とした宗教家よりは,常に「生」を目標とした医者や医学者が取扱った方が,より普遍性のある方向が示されると期待されたのではなかろうか。しかし,このテーマは確実な癌の治療薬のできてくるまでは結論が出ないことであろう。
ただし,当がんセンター放射線科には常に60余名の色々な種類の癌患者がいるが,その全員が「あなたは何という癌です」と言渡されている。この根拠は不安のままいくつかの病院をすでに通ってきた患者さん方であり,全員放射線治療をうけていて,その癌をとても隠しおおせないからであり,不安のままの日々よりは,はっきりと病名を知らせておいた方が,患者に対してもその家族に対しても,その治療や看護の上からも円滑に事を処し易いからであろう。もちろん,担当者一同常々それによる患者の「苦悩の深まりを慮る」ことを忘れず努力しておられ,この病棟の雰囲気は必ずしも陰鬱とは思えず,むしろ病名を隠すことに心を砕いている病棟よりは明るくさえ見える。これはリニアック,ベータトロン,ラヂウム療法などによって軽快退院する同病者をその目で見てとることができて,自分の癌疾と死とを直線的に結び付けずにすむためかとも考えられる。序に,当がんセンターが発足して1年8ヵ月になるが,この1.5年間に入院登録された原発性肺癌123名中50名(40.6%)はリニアックや化学療法などによって,一応は軽快退院させることができ,毎週1,2名が比較的元気な顔を外来に見せてくれている。なお,これら肺癌患者が始めて病院を訪れた動機をみると,第1位は「咳嗽」の47.3%,第2位は集団検診やなんらかの自覚症があって撮られた胸部X線写真上に異常陰影を発見された者で36.4%,血痰は27.3%などであったが,この胸部写真上の異常陰影を発見した医師の判断がその患者の予後に少なからず影響している。
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