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はじめに
ある疾患のnatural history自然歴とは文字通りに解釈すれば,治療を加えないで自然のままに観察した経過ということになるが,このようなことは医療の世界では不可能に近い。したがって,何らかの治療を行ないながらの長期の観察の結果がnatural historyということになるが,原因的治療が行なわれた場合にはもはやnatural historyとはいえなくなる。先天性心疾患や弁膜疾患で手術を受けた患者がnatural historyの通念から外されるのは当然であろう。
では対症療法を受けている患者の経過をnatural his—toryとしてよいか,というと答えは必ずしも簡単ではない。例えば,本態性高血圧症の真の原因は未解決ではあるが,現在の優れた降圧剤の治療によってその予後が改善されたことは明らかであり,降圧剤によって十分な治療を受けた患者の経過はもはや真のnatural historyとはいえないであろう。natural historyを著しく変化させるような治療は,疾患の真の原因や薬剤の作用機序が完全に解明されていなくても,薬剤の作用が疾患の本質に関っていると想像される場合には,対症療法ではなくて原因療法と考えることもできる。しかし,心臓の病理学的変化には何の作用もないジギタリス剤や利尿剤を用いて,心不全患者を治療することはどうであろうか。ジギタリスの発見が心不全患者のnatural historyを大きく変えたであろうことは疑う余地はないが,現代において心不全を生ずる諸疾患のnatural historyを考えるときに,ジギタリス使用患者を除外することは不可能である。対症療法とよばれている多くの治療法も,このような意味ではnatural historyに影響を与えているに違いない。
このような意味では,prognosisという言葉が治療までも含めて,時代の変化に応じて無理なく理解される概念であるのに対して,natural historyという言葉はある時代という限定を加えてもあいまいさが残るが,これはnatural courseを阻止し,またはその方向を変えるのが臨床医学の目的である以上,当然ともいえるかも知れない。
完全房室ブロックは種々の原因によって生ずるが,器質的原因によるものでは自然または治療による回復の可能性は少なく,従って治療はAdams-Stokes発作の予防など,主として対症的なものであった。最近に登場した人工ペースメーカーは房室ブロックの治療上では画期的なものであり,完全房室ブロックのnatural historyを大きく改変しつつある。本稿では人工ペースメーカーを使用しない完全房室ブロック患者の経過,という意味でのnatural historyについて述べたいと思う。Adams—Stokes発作や心不全の発生,完全房室ブロックの進展や可逆性,死亡の原因や時期などが問題となるが,個々の治療法との関係についても述べないことにしたい。
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