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はじめに
血圧が80以下となり,皮膚は蒼白あるいはチアノーゼを呈し,胸内苦悶を訴えつつ意識を失ない,ショック症状を続けたままついに死亡する,といった心不全,心臓性ショックの患者を眼前にして,施す術のないもどかしさ,やりきれなさを痛切に感じた経験は臨床医家の胸に少なからず秘められている。特に急性心筋硬塞のうち調律や伝導の異常(electrical failure)による死亡はCCUにおける絶え間のない監視のもとに,ペースメーカや除細動器などによって,大幅に改善されてきた。しかし心筋の収縮力不全(power failure)に対しては未だ確実に有効な手段が実用化されてはいない。
補助循環(assisted circulation以下A-C)とは機械的手段を用いて,血液循環を助けようという治療手段の一つであり,薬物や酸素などの化学的手段のおよばなくなった心臓不全,循環不全に対する一つのアプローチである。古くからおこなわれていた瀉血なども,消極的ではあるが機械的に循環を補助する一つの方法と考えられよう。
このようなA-Cという方法は人工心肺,局所灌流などの体外循環の発達によって生み出されてきた方法であるが3)4),以下にいくつかの分類的定義を掲げてみよう。
〔1〕(広義のA-C):機械的手段を用いて血液循環を助 ける
(狭義のA-C):体外循環を応用して不全心の機能 を機械的に助ける1)2)
〔2〕(救急的A-C):急性心臓不全患者に対して簡単な 操作で救急的に行なう
(一時的A-C):急性心不全や心臓手術後の患者に 長くとも数週間程度適用される
(長期的A-C):広範な心筋傷害などに対して長期 的ないしは半永久的に心機能を補 助あるいは代行するためのA-C で,補助心臓,副心臓,完全人工 心臓などが含まれる
このうち救急的A-Cと一時的A-CとはA-Cを施行すること自体が原疾患に対して治療になるか(たとえばcounter pulsationによって冠状動脈の側副血行路を開通させるなど),あるいはA-C施行中に内科的,外科的に原病をなおすものであるが,それに反して長期的A-Cは,それなくしては血液循環が保たれないというものであり,いわば体の一部となった人工臓器であり,前二者との間には根本的な差異がある。
アメリカでは,1964年春以来,国立心臓研究所(NHI)の中にArtificial Heart Programという専門の部が設立されて,広義のA-Cの研究開発計画が樹立され,年間数十億円という予算規模をもって,A-Cに関するすべての分野(装置,材料,血栓および血液破壊防止,制御,エネルギー源,駆動法,生体への効果など)の研究を民間の各施設(大学,病院,会社など)に委託しており,そのカバーする範囲は,医学から化学,電子,機械,原子力にいたるまできわめて広い10)11)。心臓死に対して根本的に挑戦しようというアメリカ国家の姿勢がここにうかがわれるのである。
A-Cの最終目標は心臓移植にとってかわる完全人工心臓の完成であろう。しかしそれはさておき,新しい治療方法としてのA-Cの研究,臨床応用は今後ますます盛んになると思われる。以下にその概略を解説してみたい。
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