看護学雑誌 42巻7号 (1978年7月)

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はじめに

 かねてより私は,看護こそ最も現代的な思想であると考えているひとりである.それはまず,看護学が患者さんと私たちとの相互のかかわりを重視する現象学であるという点において.そして,人間を部分的にではなく,心身をトータルにとらえるという,その視点の新しさにおいて.さらには,患者さんの生命の動的平衡に注目し,それを正しい方向に援助するためには,社会環境や自然環境のいわば全体性に目をくばらなければならない,その,学問の視野の広がりという点において.そして看護こそ,これまでの硬直化した,オーソドックスな科学中心の学問体系に対して,異議申し立てのできる,生命的(ヴィタール)な,新しい知の体系であると考えるからである.

 したがって看護婦の人間形成は,このような看護の思想が体系化され,学問化された看護学の,その思索と実践の中でこそ行われなければならないと,私は常々考えている.もし看護学が,人間の内面性の豊かさへの追究と,他者への共感をはばむような,ひからびた内容のものであるなら,おそらくこれからの新しい世界観の中での,学問としての在立価値はないであろう.

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はじめに

 かつて,内科学の最高権威である冲中重雄先生は,御自身の診断の誤診率を公表され,話題になったことがあった.

 当時,先生の見識の高さに驚がくしたものであるが,看護の仕事も,そのように,本当はこれが正しい看護で,私はこのような誤った看護をした,その‘誤看護率’はどれだけであるというようなことが言えるであろうか.もし,そういうことが可能だとして,それが看護婦としての見識の証であると評価することができるのだろうか.おそらく無理であろう.それは,看護を仕事としながら,‘正しい看護’を真理として追求するという理念が今までは乏しかったために,その場限りの仕事として片づけてきたことによる.近年は先輩たちの業績についても,自分のもつ‘正しい看護’の真理に照らし合わせて追求してみようという姿勢をもつ若い人もふえて,喜ばしいことであり,‘正しい看護’とはこれだという手応えをもつ人も多いと思われる.私も試行錯誤の中で求めてきたものを述べ,批判を受けたい.

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はじめに

 病院においての看護生活が,23年になろうとしている.

 清らかに流れ始めるせせらぎも,川となって下るにつれて,汚れ,濁り,淀みをつくっては滓(おり)を溜めて,また流れつづける.人間もまた,生きてきた証としての自分自身の滓を,持ち歩いているのではあるまいか.意識する,しないにかかわらず,滓は溜まるものである.惰性でできた滓も,努力して生み出した滓も,現在の私の存在と切り離すことができないものである.

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 保健婦活動は,住民の生活の場(人々の生きざまの姿)と常に直面して仕事をしてゆかなければならない点で,無意識に厳しく自己を見つめてしまっている.従って自己の変革なくして住民と接してゆくことは不可能なのだとも思う.確かに私自身を振り返ってみても,住民に接し,住民から数多くのことを学びつつ自己を変えていった,と言っても過言ではないだろう.

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 拝啓.‘実践のなかでの体験と学び’の執筆について‘せっかく与えられた機会を無にすべきではない,というのが私の考えるところです’などと,景気のよいご返事をさしあげましてから,もう1か月余りが過ぎ去りました.締め切り日の延期可能を頼りに……でも,考えていないわけではありません.

 ‘体験と学び’という要求に沿うかどうかは別として,私が看護婦として生きているということは,結果にすぎないのではないか(もちろん,看護学校に入ろうと決めた動機はありますけれど)と思うことしきりです.と言いますのは,私が看護婦のことをよく知って,選んだわけではなかったからです.

マイ・オピニオン

30年後の訪問に思う 寺島 敏子
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 先日,60歳ぐらいの男性が私の職場を訪れた.30何年か前にここの病院に入院し,看護婦さんに大変お世話になった.私が今日あるのはその看護婦さんのおかげで,一言お礼を言いたいから住所を教えてほしいとのことであった.笑うとえくぼのできる先輩のKさんの顔を連想しながら,ふっと亡くなられたのではなかったかと同窓会名簿を調べてみた.住所欄にはやはり死亡と記されていた.私は‘大変申し上げにくいのですがKさんはお亡くなりになられましたが’と言うと,瞬間ぼう然として,次に大粒の涙をポロポロと流し絶句していた.ややあって‘ではぜひ墓参したいので場所を教えてほしい’と言われ,I市にあるKさんの墓地を,幸い近くに私の友人がいたので細部について問い合わせ,地図を書いてさしあげた.この様子を見ていた事務員が,ぽつりと‘看護婦さんはいいですね.看護婦冥利につきますね’と言った.私も,30年も昔のことを‘今日あるのは,あの看護婦さんのおかげです’と言う患者を目前にして,心の高まりを覚えると同時に,今日の看護の在り方を振り返り,何か胸の痛い思いでいっぱいであった.

 その当時を考えると,1に看護,2に栄養,3に薬と,現在のように抗生物質の与薬や諸検査に明け暮れることもなく,手をまっ赤にしての胸腹部の温湿布,長期臥床患者の褥瘡予防に背部痛の工夫,また患者と話す機会も多く,家族や趣味,さらには人生を語り合い,心のふれあいも多かったような気がする.

ベッドサイドの看護

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はじめに

 最近,小児看護領域で‘分離不安’という言葉をよく聞くようになりました.小児の生活行動を,心理学上の位置づけの中での現象として理解できるならば,小児の発達途上に必要なケアを行うことができ,更に有意義な小児看護の展開が可能になるのではないかと考えました.ここでは,心理学から学んだ分離不安の理論をもとに看護した1事例を紹介します.

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はじめに

 私は内科実習で,ネフローゼ症候群に加え治療薬プレドニンの副作用の出現,それによる将来への不安や,また義母への遠慮などによる精神的負担が大きく抑鬱傾向となり,入院当初は自殺企図患者で要注意とれていた患者を受け持った.そこで抑鬱傾向の改善を目標にコミュニケーションの機会をつくり,実習12日目より,患者の心理経過を把握し適切な対応をする一対策として,プロセスレコードを採りアプローチを考えた(期間:昭和52年9月5日-10月6日).

障害児を育てて 母親の手記・2

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 抵抗力ゼロの子供を無理に退院させた私たち夫婦は,それからA病院の空きベッド待ちの1か月ほどの間に,それはもうコトバに表せないほど神経をすりへらしてしまいました.

 責任の重さと病気の無気味さに,夜はほとんど寝られず,子供が寝返りをうっても,どこか異常はないかと顔から体,手足と調べてみたりしました.

病める心の人とともに・7

作業療法を振り返って 羽生 りつ
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収穫祭を楽しむ患者さん

 今日は1年に1度の収穫祭の日です.婦長室までの廊下は,その準備のために真剣な顔で小走りに歩く患者さんの姿で,朝早くから活気にあふれています.午後から始まる収穫祭には室外作業の患者さんはもちろんですが,生活指導を中心とした室内作業に参加している患者さんも含めて,全員が講堂に集まります.

 講堂の正面には,大根,人参,ごぼう,白菜,穀類その他農耕作業で収穫された作物が形よく積まれ,その出来栄えは八百屋さんの店先に並ぶ野菜よりはるかに立派なものです.毎年11月に開かれるこの収穫祭は,作業患者さんにとっては大きな楽しみとして待たれる行事の1つでもありました.

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 第2次世界大戦で,ドイツ軍に対し,チトーの率いるバルチザンが果敢に抵抗した話は有名,太陽がいっぱいあるためだろうか,バルカン半島特有の白を基調とした民族衣装に身を包んだズドラフカさんは,笑顔が優しいお母さん看護婦である.

アイディア

腟式手術の覆布の改善 月野 竫子
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 産婦人科手術には腹式と腟式があり,当院においては手術時間が短く,出血量が少ない,排ガス・自尿が早い,早期離床,腹部に傷がつかないなどの利点がある腟式が,25%の割合で施行されている.術中は,消毒シーツと穴あきシーツを使用していたが,下肢を高い位置にするため,消毒シーツのかけ方が問題で,手術操作時の助手の動きで不潔になりやすく,シーツがずれ,ガーゼ・器械類の落下などで手術進行の妨げになっていた.

 そこで覆布を使用することにし,遠藤式覆布を使用したが,穴が小さく股間が狭いため,足袋部に下肢を挿入させるのに困難を要したので,もう少し楽に挿入できる覆布を再三の改良を重ねて製作した.

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 老人ホームヘルパー(正式には‘老人家庭奉仕員’と呼ばれる)制度は,老人問題が大きな社会問題としてクローズアップされるなかで,老人福祉対策の1つとして発足して以来,今年で15年目を迎えた.昭和51年度の厚生白書によれば,現在全国で約1万2600人のヘルパーがおり,とくに在宅老人に対する施策として中核的な地位を占めている.

 その仕事は‘老衰,心身の障害,傷病などの理由で,日常の起居に支障がある低所得の老人を訪問し,食事,洗たく,掃除,通院介助などのサービス,あるいは老人の生活,身上に関する相談,助言を行う’ものとされている.つまり,あくまでも福祉対策としての役割を担うものとして,医療とは切り離された形で規定されているのである.しかし,老人自身が病気がちであることから,ホームヘルパーの現実の活動は,この医療と福祉との谷間の最前線で,老人の生活と医療を結びつけるパイプ役をも果たすものである.

免疫と病気・7

自己免疫病 矢田 純一
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 自己免疫病とは,自分自身の組織抗原に対してなんらかの理由で免疫反応を起こすようになり,その免疫の作用によって組織が障害をうけて病気が発生するようなものである.

やさしいX線写真の読み方・7

腹部写真(2) 平松 慶博
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腹部の石灰化陰影

 腹部単純写真において見られる石灰化陰影は,特徴的なものもあるが,造影検査を行ってみないと,はっきりしないものも多い.特に生理的な石灰化と,病的な石灰化との鑑別が重要である.また,一見石灰化のごとく見えて,実は異物であったりすることもある.今回はこれらの石灰化陰影,および石灰化と鑑別すべきものについて述べる.

救急医療と看護・16

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はじめに

 入院治療を必要とする熱傷患者に対しては,熱傷創面の変化のみに目をうばわれず,いろいろな全身状態の変化に注意して看護を進めなければならない.

 広範囲の熱傷(Ⅱ度15%以上,Ⅲ度2%以上の熱傷面を有するものは入院を要する)を受けると,体液,循環,呼吸などいろいろな面で病変が現れ,生体は非常に大きな侵襲を受けることになる.これらの病態をよく知った上で適切なケアを行うことが,熱傷看護のポイントである.ここでは,重症熱傷患者の急性期にみられる変化を中心に考えてゆきたい.

脳性麻痺児の発達とその援助・3

麻痺児の運動や姿勢の特徴 井上 保
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 脳性麻痺児の運動の発達が,正常児の発達と比べると遅れてくることはいうまでもない.運動の発達が単なる遅れを示しているだけではなく,正常児にはみられない運動のパターン(異常運動パターン)が出現してくるところに特徴がある.

 この異常運動パターンはそれなりに発達して,立位や歩行が可能になることもあるが,多くの場合,異常運動パターンはより強くなってきて,適切な姿勢を保持したり,バランスを維持するために必要な運動パターンの発達を阻害してしまう.そのために脳性麻痺児の獲得できる運動パターンは限られたものになり,質・量ともに非常に貧弱なものになってしまう.

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 夜間高校在学中に,病院の検査関係で働いていたが,高卒後は金を貯めて商売でもと思い一般会社へ就職した.2年間働いたがMEの勉強がどうしてもしたくなり,検査関係の学校に入ろうとしたところ,MEは看護の分野に入るからとの説得をする人がいて看護学院に入学.

 今までは器械にしか興味がわかなかったが,入学そうそう人間に目が向くようになった.それ以来ずっと人間への関心が続いているが‘こうなったのは看護教育の成果かもしれませんね’と看護教師が聞いたら喜びそうなことを言う.

ルポ・アメリカ合衆国のナース その生活と意見・7

ドクター 江元 セツ
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日本の社会では大学教授は24時間いつでも大学教授

 ミネアポリスにあるプライベートの病院の一般職員食堂の隣に,“ドクターズ・ダイニングルーム”というのがあった.名前の通りドクターのための食堂である.

 その病院のドクターである友人のマイクに,‘どうしてドクターのための食堂が別にあるのか’と聞くと,‘救急患者などが出た時,あるいは手術などで時間がない時など,長い列に並ばなくても,すぐに食べられて,飛んで行けるようにするためだよ’と言う.まあ,それは理解するにしても,その食事代が,ドクターに限っていっさい無料というのはどうも納得がいかない.

ホームヘルパー跳びある記・3

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 家庭奉仕員制度が制定されて今年で15年になりました.振り返ってみれば,一昔前まで,福祉の対象者といえば‘生活困窮者’とか‘要救護者’とか呼ばれ,その救済としては上(役所)からの一方的な施策であり,受け手は個人としての価値や主体性,積極性など何も持ち合わせていなかったようです.福祉サービスの与え手と受け手の関係は上下関係としてあり,福祉の対象は貧しい人や下層階級がほとんどであり,それは‘特殊な人たち’と思われていました.

 しかし,ここ10数年来の急激な国民生活の変化に対応するため,種々の制度・対策が整備充実され,老人たち自身も‘要保護者’から福祉サービスの‘利用者’として目覚めてきたのですが,その‘利用者’である老人たちは,してもらえること,与えられることを待ち,注文したり文句を言ったりするようになりました.

切り取りカード 看護ミニ事典

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 今日ほど‘医原性疾患’あるいは‘医原病’について問題になったことは,恐らく人類の歴史始まって以来のことではあるまいか.公害問題に悩む現代のなかばすべての人々が,医学あるいは医療による公害のイメージをこの‘医原性疾患’の表現に託している.

 ある意識調査によれば,──それは質問の設定にしても,解釈にしても極めて杜撰のそしりを免れない羅列的なアンケートであり,元来この設問はそうすることなしにはとても問えないような愚問とも思われるが──“医者のくれた薬を本当に内服しますか?”という質問に対して,相当数の否定的回答が記録されている.

切り取りカード 新しい薬の知識

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〔商品名〕メチコバール Methycobal(エーザイ)

〔薬効〕末梢性神経障害治療剤

基本情報

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看護学雑誌
42巻7号 (1978年7月)
電子版ISSN:1345-2746 印刷版ISSN:0386-9830 医学書院

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