総合リハビリテーション 6巻2号 (1978年2月)

特集 失語症

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はじめに

 古代ギリシャのヒポクラテス全集中に言語障害を意味するaphonosとかanaudosということばがしばしば用いられており,その内容には広範囲のものが合まれていたものと想像されるが,失語症もその一部を占めていたものと考えられる12,13)

 17~18世紀になると,明らかに失語症と考えられる症状の記載が多くなり,その症状から,ある程度その種類を推定できるものもかなり見られる.しかし,そのいずれも症例報告的なものに止まっているのがその特徴といえよう.

 この時代には失語症の原因として,脳の器質的障害によって起ることについては異論のないところであったが,分類という段階には程遠く,一部の人達に左大脳半球が関係あるとの記載のある他には,病巣の局在論的な考えかたはみられなかった.

 19世紀に入り,言語機能が脳の特定の部位によって支配されているとの考えかたが次第に強くなり,これに寄与した先人で有名なのはGall(1807),Dax(1836)などがあげられる12,13)

 しかし,何といっても失語症の黎明期を迎えるに至った契機となったのは,Broca(1861)が,言語の理解はかなりよいにもかかわらず表出に障害のある症例について,障害部位が第3前頭回にあることを発表したことであるといえよう.

 この時初めて失語症分類の第一歩が始まったといえるし,病理学的な研究が緒についたともいえるであろう.

 それ以来,現在にいたるまでやく110年間,この分野は大きな関心をよび,目ざましい進歩と解明がみられた.その間,これに寄与したものとして,第一次および二次世界戦争による頭部外傷患者についての研究,脳外科領域における偉大な進歩,脳機能検査領域における開拓(脳循環量測定,Dichotic Listeningなど)などがあげられるであろう.

 また,やや遅ればせながら,ほぼ平行して究明されたものに失認・失行があり,脳の高次機能として失語とも関連性が少なくなく,これらの領域はより幅広いものになりつつあるといえよう.

 近来,失語症はその症状や分類にとどまらず,リハビリテーションに関しても多くの業蹟が累積されつつあり(失認・失行のリハはまだ緒についたばかりであるが),それがまた分類面にも影響を与えているといえよう.

 失語症は,たんに言語面の障害だけに止らず,非言語分野にも影響を及ぼすことが少なくなく16,17,20),その病像は複雑で,その分類についても,今後検討されるべき多くの問題を残しているものといえよう.

 少なくとも現段階でほ,その分類については,背景に未知の分野をかかえた暫定的なものであるともいえるのではなかろうか.

失語症の評価 笹沼 澄子
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はじめに

 失語症患者の言語面の障害に対する臨床手続の第一歩は,適切な評価に始まる.つまり,問題の本質をできるだけ早期に,しかも的確に把握することが治療方針設定の必須条件であると共に,その結果に基づいて行われる治療の成否ないし有効性を左右する最大の要因の1つでもある.

 評価の目的は,①まず,失語症患者の示す言語症状を詳細に調べ,②その結果に基づいて失語症の有無,有ると判断された場合はそのタイプと重症度とを明らかにし(鑑別診断),③関連する種々の情報――例えば大脳の損傷部位と範囲,原因疾患,身体状況,行動特徴など――を総合して予後の見通しを立て,④最後に,これらすべての情報を包括的に検討することによって,言語治療計画上の種々の手がかりを得ることである.また,計画された治療方針にしたがって,一定期間言語治療を実施したあとは,再評価(あるいは治療効果の判定)を行ない,必要に応じて治療方針を修正して再び治療活動に移る.このように,失語症の評価活動は,治療活動と密接かつ連続的な相補関係を営みながら,発症からの時間的経過に伴って質的・量的な変容を遂げていく性質のものといえよう.図11)は,この関係を模式的に表わしたものである.

 本稿では,こうした時間的要因を考慮し,便宜的に急性期,言語訓練期,慢性期の3期に分けて(図1),それぞれの時期における評価活動の特徴を述べ,最後に失語症評価の問題点と今後の課題について考えてみることにしたい.

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はじめに

 成人失語症患者に対する言語治療の目標は個々の症例の持つ限界内で,患者の能力をできる限り病前の状態に近づけて行くことである.そこには言語機能の改善はもちろん,社会的適応の改善も含まれている.即ち,失語症患者の行動を言語治療場面の中だけでなく生活そのものの中で変えて行くよう計画する必要がある.言語治療士は,①患者の言語機能そのものの回復を目指す“狭い意味での言語冶療”即ち言語訓練を行うと同時に,②患者の言語機能の障害から派生する様々な問題点に対する対応策(マネージメント)を講じるのである1).患者の周囲の人々に対する指導,患者自身並びに家族に対する障害の受容の援助2~5),補助的コミュニケーション手段の活用,及び患者が自己の存在意義を見出すための援助6)などがマネージメントに含まれる.言語治療過程の流れを発症からの時間経過にそって以下に述ぺる.

 1.急性期

 失語症患者に対して言語治療を始める時期はいつが適当かについてはいろいろな議論がある7).言語機能そのものの改善を目指す訓練の開始時期に関しては慎重な配慮が必要なことは言うまでもないが,言語治療士が,患者と接触をはじめる時期については特別の制限はないと考えてよい.患者が言語治療士のところに紹介されてくる経路は,病院内では医師を通じてであり,リスク管理は医師が行なうからである.この時期の言語治療士の役割としては,①情報収集(「失語症の評価」参照),②患者及び家族に対する心理的支持,③患者に接する周囲の人々に対して患者のコミュニケーション障害についての正しい知識を行きわたらせ,その時点での患者の能力に見合った最も効果的なコミュニケーションの方法を指導することなど(表1),マネージメントの側面が中心となる.家族などの要請が強くても患者自身に訓練に対するレディネスがない限り,正式の言語訓練は始めるぺきではない.また,専門家によらない言語訓練は,たとえ善意から行われるものにせよ,逆効果となることもあるので注意が必要である8)

 2.言語訓練期

 全身状態がほぼ安定し,集中力が認められるようになった時点で失語症鑑別診断検査を行い,その結果に基づいて治療目標を設定し,訓練を開始する.訓練の形態としては個人訓練が中心となる.必要に応じて自習,グループ訓練をとり入れる.

 3.慢性期

 集中的な言語訓練を行っても,一定期間を過ぎると失語症からの回復の速度は緩くなり,ブラトーに達する9).つまり言語機能そのものの障害の回復には限界があるのである.この時点では,機能障害(impairment)から派生する,コミュニケーション能力の障害,即ちdisabilityの軽減に重点をおいたマネージメントが中心となる.

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はじめに

 近年,失語症リハビリテーションの隆盛にともない,失語症の改善に関する研究が多数報告されてきているが,それと同時に,失語症治療は自然治癒の範囲を越えて,明らかに言語機能を改善させ得るのかという疑問も提出され続けてきた.これはDarley1)が指摘するごとく,現在までの諸研究がお互に矛盾する結果を生み出していたり,また,特定の研究での結果をそのまま一般に敷衍し得ない場合があるなどの問題点が未解決のまま残されてきたためであるが,堤出されている疑問は,言語治療の存在理由そのものに関わる基本的に重要な問題である.最近の研究の傾向をみると,方法論的には極めて困難な問題を多数かかえながらも,治療効果に関する研究を,可能な限り,客観的,実験的におこない,先の疑問に答えようとする努力の跡がみられ,失語症治療効果の問題は,大きな論議の焦点の一つになってきていると言えよう.

 Vignolo2)は,治療は失語症の改善過程に影響する多くの変数の中の一つの変数にすぎないことを自覚すべきだと述べているが,言うまでもなく,失語症の改善に影響を及ぼす要因は実に多い.過去の諸研究間の結果に不一致が生じているのも,これら多数の変数を統制しようとしなかったか,あるいは適切に統制し得なかったところに原因の一端があるとみてよいであろう.Darley1,3,4)は過去のおもな研究の検討をおこなっているが,特に,1975年の論文の中で,失語症の回復過程に関する今後の研究において,明確にしなければならない諸変数を4つの領域に分けて列挙している.笹沼5)はDarleyの提出した諸変数をより的確に補足修正し,表1のごとくまとめている.Eisenson6)も文献考察から,失語症の予後に関連する要因として,Darleyとほぼ同様の要因をあげているが,そのほかに,患者の利き手に関する要因を追加している.

 表1に述べられた諸要因を念頭に置くと,治療効果に対する疑問に明確に答えるための研究では,つぎの諸条件が満たされなければならないと考えられる.

 ①自然治癒の期間と内容を明確にすること

 ②治療効果に影響を及ぼす患者側およぴ治療法に関する諸要因が厳密に定義され,controlされること

 ③評価方法が適切であること

 ④諸要因の条件がcontrolされた非治療群を用いること

 ①~③の条件が満たされた後,治療群と④の非治療群の言語機能の改善の様相を比較検討することによって,はじめて治療効果の有無,程度,内容などが明らかになると言えようが,こうした諸条件が満たされた理想的な実験的研究は,現状でも,また,あるいは将来においても不可能に近いと言わざるを得ない.しかし,そうした中でも最近の研究が,より客観的,実験的方向にあることは先に述べたとおりである.例えぱ,統制群を作るために,ある数の患者を治療をおこなわないで放置しておくことは倫理上の問題があり,治療群と非治療群の比較というかたちでの研究はほとんど不可能と考えられてきたが,最近では,倫理上の問題にふれない範囲で,こうした方法による実験的研究も報告されてきているのである.

 浜中7)は失語症治療について,広範囲な文献考察をおこなっており,その結論として,どのような症例に,どの時期に,どの程度の期間,どのような治療法をおこなうのが適切かという,失語症治療の基本的問題に一義的な解答が出る程の結論は得られていないと述べている.たしかに,現状ではこうした結論を得るには程遠いものがある.

 本稿では失語症の治療効果に関する文献や治療効果に影響を及ぼす諸要因に関する報告などの検討をおこない,失語症臨床をより有効に進めるための何んらかの方向を得たいと考えているが,表1のうち,言語治療開始の時期の問題をのぞいた治療法に関する諸因子と,治療結果の測定に関する諸因子の2領域は検討の対象から除外した.その理由はこれらの領域においては,各種の方法あるいは条件を客観的,実験的に比較検討した文献はほとんど見当らず,むしろ今後の研究開発が待たれる領域であるからである.

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 このような場所に身の程も知らず何かを書いたりすることに,ひどい躊躇を感ずるのであるが,若手にも意見を出させることにしたのだという編集委員の方々の御意向を洩れ伺ったので書かせて頂くことにした.

 私は若手リハ医師の会の仲間に入れてもらっている.この会は,将来リハビリテーション医になろうと志す者がお互いの激励と情報交換を目的に肩を寄せ合うように集った,お茶飲み会が発端であった.以来数年,勉強会を企画実行したり,リハビリテーション医学会に研修会の開催を要望したり,その都度,周囲の諸先輩の暖かい御理解を頂いて高い成果を挙げることができたと思っている.会員数も増加し,会員自身も次第に成長しつつある今日,この会の在り方についても一つの転換期を迎えた感じがするが,今後の発展をさらに期したい.

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 Ⅰ.緒言

 老年者の日常生活動作能力を評価する時,立位歩行能力の程度はきわめて大きい役割をもつと考えられる.老年者の一日の生活時間をとり上げてみても,歩行,食事,着衣,入浴,用便といった動作の中で,歩行能力が他に影響することは予想以上であって,自主歩行が困難な場合に他の動作が自立することは老年者においてむしろ稀であった.すなわち老年者のADLはその自立歩行能力と深く結びついており,彼らのADL維持にはその歩行能力の維持をもって指標となすことができる場合が多い.

 次に老年者の歩行能力を評価する場合に問題となることは,いわゆる老化に伴う一般運動能力の低下がどのように歩行能力の低下に関与するか分析しがたい点にある.たとえば中枢機能の障害と末梢の関節機構の解剖学的損傷とを区別して評価することは不可能である場合が少なくない.しかしながら,老年者の歩行障害の原因を求めて,中枢に著明な損傷を証明しない場合はもとより,神経症状が合併して存在する場合にもこれを改善するプログラムを作成する場合には,まず膝関節を中心に解剖学的機能評価を行い,リハビリテーションのスケジュールを立てることがよい結果をもたらすようである.

 われわれは以上のような経験から,老年者の膝関節機能の評価を行って,とくに著しい中枢神経系損傷や内部障害をもたない老年者を対象にした膝関節機能評価法を検討した.そして幾度かの修正を加えたのち,評価表として膝関節に関するADL項目と解剖学的機能に関する項目を合わせて得点方式による表を作製した.今回ここにわれわれの試作した評価基準を示し,合わせてそれによって得た結果を報告したい.

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 まえがき

 わが国の切断者のリハビリテーションを向上させる因子としては,

 1)医師の啓蒙(正しい切断術,術後管理,義肢に関する知識・技術の普及)

 2)よい義肢の製作(よい義肢部品の供給,製作技術者の育成,製作工房の整備)

 3)義肢装着訓練(PT,OTの育成,訓練施設の整備)

 4)義肢支給に関する法制上の問題(行政)

 があげられる.

 そしてこの4つの側面のどれをとらえてみても現在数数の問題点がある.

 その中で義肢の部品を考えてみると,義肢部品は種々の電気製品,カメラ,自動車などの一般工業製品と異なり大量生産できる性質のものでない.一方,切断者の義肢に対する要求は非常に多様である.すなわち切断部位,断端の性状,年齢,職業,趣味,生活環境などによって変ってくる.その上使用される個数にも限度があり,日本中統一して1種類のものを使用したとしても,年間たかだか500~1000個ぐらいにしかなるまい.つまり多種少量の需要といえよう.

 このような事実は多くの人達によって指摘され,論議されてきているが,わが国における義肢部品の実態はあまり調査されていない.

 私どもは義足について,主として部品の実態を調査し分析したので報告する.

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はじめに

 今日の臨床筋電図学は,単に筋の活動電位についての診断学であるだけでなく,これを利用して運動神経伝導速度を測定し,さらに,全く筋の活動電位から離れて,感覚神経の活動電位,脊髄または脳の誘発電位をも測定し,総合的に神経―筋系の診断を行う,いわゆるElectrodiagnosis of neuromuscular diseases1)に発展してきた.したがって,数年前までの筋電計は,運動神経の伝道速度を計測することができるように,筋電計と刺激装置を組合せたものであったが,今日では,これに誘発電位記録用として,平均加算器(averaging computer―商品略名CAT)や,クロナキシー計を加えてユニットとしたものが要求されるようになってきた(図1).もちろん,この傾向はelectromyographerのニードから発生したものであるが,電子機器のIC化が筋電計全体を小型軽量化せしめたことも,大きな要因である.なお,かつては,筋電計のユニットに,テープレコーダが,組込まれた時期もあったが,臨床用には余り役に立たないことから現在ではむしろ,すたれつつある.

 以上のようなわけで,本稿では,筋電計,刺激装置,クロナキシー計,平均加算器,および電極についてのべることとする.

一頁講座 関節・2

正常関節の解剖学 長屋 郁郎
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 広義の関節には骨と骨との不動結合も含まれているが,一般には骨と骨との間に一定の間隙があり,その表面ほ軟骨でおおわれ,間隙は滑液により充たされた骨と骨との可動結合を関節という.

 関節は,その構造上から2個の骨のみが関与する単関節(肩関節,指趾関節,etc)と2個以上の骨が関与する複合関節(肘関節,腕関節,膝関節,足関節,等)があり,また,運動性から,蝶番関節,球関節,顆状関節,車軸関節,鞍関節,平面関節に分けられる.

Recommended Readings

物理療法 兼松 英夫
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 わが国のリハビリテーション医学の歴史はまだそんなに古いとはいえないが,物理療法の歴史は随分それ以前にさかのぼることが出来るようである.

 リハビリテーション医学の歴史的背景を眺めるとき,物理療法がリハビリテーション医学の元祖とさえいっても過言ではない存在であり,主にいわゆる整形外科後療法として永く治療の主体をなしていた時代があった.しかしその後,今日のようにリハビリテーション医学が一つの体系づけられた独立した学問として進歩発展し,運動療法を主体とした理学療法学,作業療法学,言語療法学,臨床心理学,医療社会事業学といった各専門知識と,あらゆる領域の臨床医学を駆使し,それらを統合し,組み立ててゆく,いわぱ一人の患者を身体疾患的のみならずwhole personとしてtotalに治療してゆくリハビリテーション医学の中で,物理療法はもはや決して治療の主体ではなく,理学療法の中のほんの一部でしかなく,あくまでも運動療法に対する補助的手段というべきである.

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編集後記 上田 敏
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 今年の冬は暮まではたしかに珍らしい暖冬であったが,お正月早々に関東地方には史上初の大雪があって,寒気も急にきびしくなった.このあとがきを書いている冬休み最後の日も,澄んだ青空に残雪が目にしみるほど白く,屋根から時々ドサッと雪が落ちてくる.今晩も冷えこむだろう.

 本号がお手もとに届くころは再び暖冬に戻っているかどうか,また不況も4年目に入り,とどまるところを知らない円高に多少はブレーキがかかって来ているかどうか.今回の政府予算案をみても盛沢山の景気対策の割に福祉・文教予算は冷遇され,障害者にとっても,われわれリハビリテーション関係者にとってもまだきびしい冬が続きそうである.

基本情報

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総合リハビリテーション
6巻2号 (1978年2月)
電子版ISSN:1882-1340 印刷版ISSN:0386-9822 医学書院

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