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はじめに
近年,失語症リハビリテーションの隆盛にともない,失語症の改善に関する研究が多数報告されてきているが,それと同時に,失語症治療は自然治癒の範囲を越えて,明らかに言語機能を改善させ得るのかという疑問も提出され続けてきた.これはDarley1)が指摘するごとく,現在までの諸研究がお互に矛盾する結果を生み出していたり,また,特定の研究での結果をそのまま一般に敷衍し得ない場合があるなどの問題点が未解決のまま残されてきたためであるが,堤出されている疑問は,言語治療の存在理由そのものに関わる基本的に重要な問題である.最近の研究の傾向をみると,方法論的には極めて困難な問題を多数かかえながらも,治療効果に関する研究を,可能な限り,客観的,実験的におこない,先の疑問に答えようとする努力の跡がみられ,失語症治療効果の問題は,大きな論議の焦点の一つになってきていると言えよう.
Vignolo2)は,治療は失語症の改善過程に影響する多くの変数の中の一つの変数にすぎないことを自覚すべきだと述べているが,言うまでもなく,失語症の改善に影響を及ぼす要因は実に多い.過去の諸研究間の結果に不一致が生じているのも,これら多数の変数を統制しようとしなかったか,あるいは適切に統制し得なかったところに原因の一端があるとみてよいであろう.Darley1,3,4)は過去のおもな研究の検討をおこなっているが,特に,1975年の論文の中で,失語症の回復過程に関する今後の研究において,明確にしなければならない諸変数を4つの領域に分けて列挙している.笹沼5)はDarleyの提出した諸変数をより的確に補足修正し,表1のごとくまとめている.Eisenson6)も文献考察から,失語症の予後に関連する要因として,Darleyとほぼ同様の要因をあげているが,そのほかに,患者の利き手に関する要因を追加している.
表1に述べられた諸要因を念頭に置くと,治療効果に対する疑問に明確に答えるための研究では,つぎの諸条件が満たされなければならないと考えられる.
①自然治癒の期間と内容を明確にすること
②治療効果に影響を及ぼす患者側およぴ治療法に関する諸要因が厳密に定義され,controlされること
③評価方法が適切であること
④諸要因の条件がcontrolされた非治療群を用いること
①~③の条件が満たされた後,治療群と④の非治療群の言語機能の改善の様相を比較検討することによって,はじめて治療効果の有無,程度,内容などが明らかになると言えようが,こうした諸条件が満たされた理想的な実験的研究は,現状でも,また,あるいは将来においても不可能に近いと言わざるを得ない.しかし,そうした中でも最近の研究が,より客観的,実験的方向にあることは先に述べたとおりである.例えぱ,統制群を作るために,ある数の患者を治療をおこなわないで放置しておくことは倫理上の問題があり,治療群と非治療群の比較というかたちでの研究はほとんど不可能と考えられてきたが,最近では,倫理上の問題にふれない範囲で,こうした方法による実験的研究も報告されてきているのである.
浜中7)は失語症治療について,広範囲な文献考察をおこなっており,その結論として,どのような症例に,どの時期に,どの程度の期間,どのような治療法をおこなうのが適切かという,失語症治療の基本的問題に一義的な解答が出る程の結論は得られていないと述べている.たしかに,現状ではこうした結論を得るには程遠いものがある.
本稿では失語症の治療効果に関する文献や治療効果に影響を及ぼす諸要因に関する報告などの検討をおこない,失語症臨床をより有効に進めるための何んらかの方向を得たいと考えているが,表1のうち,言語治療開始の時期の問題をのぞいた治療法に関する諸因子と,治療結果の測定に関する諸因子の2領域は検討の対象から除外した.その理由はこれらの領域においては,各種の方法あるいは条件を客観的,実験的に比較検討した文献はほとんど見当らず,むしろ今後の研究開発が待たれる領域であるからである.
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