総合リハビリテーション 11巻8号 (1983年8月)

特集 高次脳機能障害(その1)

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はじめに

 高次脳機能障害といえばもっぱら失語・失行・失認のみを意味していた初期の時代から,次第に対象範囲を拡大して,記憶・注意・意欲の障害,動作の持続の障害(motor impersistenceなど)にもひろがり,更に現在では以上のような高次脳機能の部分的・要素的障害にとどまらず,痴呆,意識障害などの脳機能の全般的な障害をも含めて考えるようになってきている.今回の特集もそのような見地から,依頼原稿も,また募集による症例報告も広い範囲にわたるものをとりあげている.ただ失語,発語失行,聴覚的語音失認などの言語機能の障害については,それだけで十分特集となりうるものなので,他日を期して,今回は失読・失書以外は割愛した.

 高次脳機能障害がそれをもつ患者のリハビリテーション(全人間的復権)の上で重大な問題であり,しばしば大きな社会的不利(ハンディキャップ)の原因となっていることはあらためていうまでもない.それだけにリハビリテーション医学の立場からこの問題の研究と,それにもとづくリハビリテーションの診断学およびリハビリテーション・プログラムの確立が一日も早く望まれるわけであるが,現実にはこの分野の研究が,長いあいだ神経内科学や精神医学のアカデミックな立場からなされてきたという事情に大きな影響を受けて,障害の治療と患者のリハビリテーション(この2つは同一ではなく,後者は前者を含むより広いものである1))をめざす実践的な立場に立った研究というより,リハビリテーション医学独自の立場を確立することはまだ極めて不十分であるといわねばならない.

 この小論文では特集への序論として,リハビリテーション医学の立場に立った高次脳機能障害の研究の方向について,2,3の所感を述べてみることにしたい.これは強い主張というよりは,むしろリハビリテーション医学の立場に常に立ちつづけることがいかに難しいかについての反省ともいうべきものである.

歩行失行 水野 美邦
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 歩行失行とはなかなか理解しにくい概念である.その理由は色々あるが,ひとつには,他の類似した歩行障害,例えば老人の小刻み歩行(marche a petit pas)とどう臨床的に鑑別したらよいかとの問題,また,歩行のように,半ば自働化した運動に失行という障害が存在し得るのかとの疑問などがあげられる.失行とは,一般に,運動麻痺,筋トーヌスの異常,運動失調,無動,知覚障害,知能障害,物体認知の障害,言語理解の傷害などが無いにもかかわらず,命令された動作の遂行ができなくなる現象をいう.また上記障害があったとしても,その程度を越えて命令された動作の遂行が障害されている時に失行があるという.従って一般的にいうと失行とは,要素的な障害(例えば筋力低下とか筋トーヌスの異常など)によらない運動障害で,高次脳機能(皮質連合野の関与を要する諸機能)の障害による運動障害である.

 歩行失行を理解するには,歩行失行という概念が打ち出された歴史的背景を多少知る必要がある.また,失行という名は冠せられているものの,その実体は何で,どのような生理的機序により歩行失行を生じ,失行症全体の中ではどのような位置を占めるのかも理解する必要がある.本稿では,最初にこれら3点を解説し,最後にこのような患者に対して,リハビリテーション上どのようなアプローチが考えられるかについて述べてみたい.

構成失行 三島 博信 , 前田 守
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まえがき

 脳卒中では,脳病変の局在と拡がりによって,身体機能,精神機能,感覚器などの障害が認められる.

 ここでいう精神機能障害には,精神障害(知能低下,情緒障害など),高次脳機能障害,心理的障害なども含めている.その方が臨床上では実際的で便利であると思っている.

 それは,これらの障害が相互に密接な関連をもっているというだけでなく,そのすべてが行為・行動・動作の異常をもたらすものだからである.たとえば,私達1)は,老人性痴呆が健忘を基盤としているのに対して,脳卒中後痴呆には,高次脳機能障害(象徴機能障害)が深く関与している点に特色があると考えている.また,失語,失行,失認という高次脳機能障害と心理的障害との関連について,佐藤2)は,運動性失語症患者は破局反応に陥り易く,感覚性失語症では不安~抑うつ状態を示す傾向があり,視空間失認があると現実的自己評価能力に劣り,不安感をもち続けるものが多い,などと述べている.

 脳卒中のリハビリテーションを阻害するものとして,精神機能障害は運動麻痺を主徴とする身体機能障害よりも大きな影響を及ぼしているといえよう.とくに,優位半球の障害にみられる,失語症を伴った観念失行,観念運動失行,また,劣位半球の障害による半側空間失認や構成失行などの高次脳機能障害は重要である.

 これらの高次脳機能障害に関連して,左右両大脳半球にそれぞれの機能中枢が局在し,両半球が異なった機能をもち,かつ,半球内と半球間の交通線維によって相補的役割があるということが次第に解明されようとしている.しかし,臨床の場では,なお,多くの失行と失認を区分することがきわめて困難である場合が少なくないのである.

 Kleist3),Strauss4)によって提唱された構成失行については,はじめは,優位半球頭頂葉症状と考えられていたが,劣位半球の頭頂後頭葉背側部に病変のある場合にも視空間失認などと共に認められたことから,構成失行は,認知と行為の双方にまたがる症状として理解する必要があると指摘されるようになった.これまでの歴史的な論争からみても,構成失行のメカニズムはまだ仮説の域を脱してはいないが,本稿では,リハビリテーション医療という立場から,臨床症状,検査方法,脳病巣との関連,症例と治療について述べてみたいと考えている.

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はじめに

 視空間や身体に関する半側無視,不注意,無頓着などの症状は右半球障害者,中でも頭頂葉を主病巣とする場合に,よく遭遇する症状として注目され,神経学的に興味深い領域であるとともに,リハビリテーション医学的にも,重大な阻害因子としてその評価,治療などに深い関心がもたれている.

 最近は,従来の分野よりさらに拡大された領域にまで半側不注意の現象がとらえられ,体系づけられようとしており,未知の世界が少しずつ解明されるとともに,ますます興味深い問題となりつつある.

 すなわち,“不注意”現象は感覚面だけでなく,運動面,言語面などにおいても,覚醒レベルの低下―意欲喪失―無関心―無視などの形で存在すること,感覚性無視と運動性無視はかならずしも独立したものではなく,深い関連を有すること,責任病巣として右半球だけでなく,両半球にわたること,頭頂葉,後頭葉,側頭葉だけに限らず,前頭葉,帯状回などや,皮質下病巣として視床,線条体,黒質なども関与していることなどがしだいに明らかにされ,最近にわかに脚光をあびるに至っている.

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はじめに

 綿密なプログラムに基づいたリハビリテーション治療を行う事によって,左半側空間失認があるにもかかわらず,発症後約1年の経過を経て家事動作自立に至った症例を経験したので報告する.

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はじめに

 半側空間失認(unilateral spatial agnosia,以下USAと略記)は,右大脳半球障害で出現する左USAの場合,諸家の報告によれば,左片麻痺患者の約10~30%とその頻度も高く,その成因,責任病巣,検査法,リハビリテーション上の問題等について,多くの研究報告がなされてきている.一方,左大脳半球障害で出現する右USAの場合,頻度は,右片麻痺患者の約0.3~3%と低く,従って,その報告数も少ない.特に,右USAについて,リハビリテーション上,問題となる各種障害についての報告は,極めて少ない.

 最近,我々は,右片麻痺患者で,右USAを呈した2症例を経験したので,その症例を報告し,リハビリテーション上の問題点について述べる.

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はじめに

 高次脳機能障害に対するリハビリテーションに関する報告は最近かなりみられるが,視覚失認に関する報告は2,3にとどまっているようである.我々はsystemic lupus erythematosusに合併した多発性脳梗塞例にみられた連合型視覚失認に対する視覚失認テスト,そのリハビリテーションの症例報告を行う.

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はじめに

 我々は今回,視覚失認の症状を呈する一症例を経験した.本症例は,病前,偶然にも一人暮らしであったが,それに可能な限り近い形で社会復帰することとなった.今回は,この症例の視覚失認の症状,およびその社会復帰の状態について述べる.視覚失認患者の社会復帰の状態が,あまり知られていないだけに,その一例として参考にして頂ければ幸いである.

巻頭言

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 やや旧聞に属するが,一昨年末,国際障害者年の悼尾を,香港における障害児スカウティング国際セミナーで飾ることが出来た.レデイ・マクホーレス・センターで8カ国(オーストラリア・インドネシア・韓国・マレーシヤ・シンガポール・タイ・香港・日本)63名が,6日間にわたって,「障害児スカウティングの諸問題」について討議した.

 事前の文書には“PHAB”なる略語が頻発し理解に苦しんだが,センターの傷健堂でその説明を聞いて,はっと心を打たれた.

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まえがき

 脳卒中患者の日常生活動作(ADL)の改善は,リハビリテーションの主目的の一つである.

 従来,脳卒中患者のADLについての報告は多数みられるが,その大半は,発症後一定期間を経て回復がほぼプラトーに達した患者のみを対象としており,ADLが発症直後からどのように変化するかを実証的に検討した報告はほとんどみられない.

 筆者は,第1,第2報では,発症直後に入院した脳卒中患者を対象として,ADLの中核をなす起居移動動作の発症後変化,及びそれと機能障害・年齢との関係を検討した.

 今回は,起居移動動作に身の回り動作を加え,脳卒中患者のADL全体(あるいは能力障害)が,発症直後からどのように変化するかを検討する.あわせて,その変化に年齢・運動障害の型が与える影響も検討する.

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 去る昭和57年12月5日,第1回横浜市“障害者の日”記念事業として,「身体障害者と結婚」をテーマに,一般市民を対象にしたシンポジウムを開催した.主催は,横浜市“障害者の日”実行委員会(会長:土屋弘吉 横浜市大名誉教授)および横浜市で,プログラムは表1に示した通りである.

 わが国においても,次第に障害者の自立生活という課題が検討されるようになってきたが,その根幹をなす結婚問題には未だ多くの問題が山積しており,具体的対応が迫られている.本シンポジウムは,障害者と結婚に関するこれら医学的,社会的問題を明確にするとともに,各分野における豊富な経験と研究成果をもとに,その解決の道を見出そうという趣旨で開かれたものである.

講座 CT(8)

脊柱のCT 大井 淑雄
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はじめに

 整形外科領域においてCTの恩恵をもっとも受けたのは脊椎外科であるとさえ云われる.エックス線学的な診断は整形外科においては内科における聴診器にも匹敵すると云われ,過去においても単純撮影法からいろいろな造影剤を使用するものまで工夫研究が重ねられて来た.ふつうの病院施設ではかなり見られる断層撮影法によってもかなりの,精度で脊柱の構造とその異常を読み取ることは出来る.さらに回転断層法によればあまり精度は良くないとは云え脊柱管も観察出来た.

 しかしHounsfieldとAmbroseのCTは脊椎外科における,我々が非常に知りたがっている,微細な変化をも捉えて鮮明な画像に描き出し,そのために従来の矢状面,前額面のいわゆる2方向に加えて水平面での観察を可能にした.

 物体の構造は三次元的に常に考えられるべきであるが,脊椎や椎間板,さらには脊柱管内の脊髄までも確認され判別されるに及んで本法が脊椎外科に与えた影響は大きい.そして何よりも患者に苦痛を与えない検査法として推奨出来るものである.

講座 上肢の機能解剖(5)

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 はしがき

 ひとの手の機能は,種々の内容の作業を行うことができるため,運動系および感覚系の両面において非常に高度に分化,発達している.

 この機能は高次神経系を介して協調性に富んだ微細な巧緻性動作が実行されるようコントロールされている.

 この上肢に以下のごとき損傷が及び上肢機能に破綻を生じた場合,程度の差はあれ,本来の手の持つ機能が障害される.

 1)何らかの原因により上肢が切断されるか,または先天的に欠損する.

 2)外傷および腫瘍などにより頸髄レベルの脊髄損傷を受ける.

 3)外傷や炎症性疾患により上肢の筋・腱や末梢神経に損傷が生じる.

 4)脳性麻痺(CP)や脳血管損傷(CVA)により中枢神経に損傷を生じ,上肢の運動コントロールに破綻を生じる.

 5)リウマチ,アルトログリポーシス等の関節疾患により上肢機能に障害を生じる.

 6)筋萎縮性疾患などにより上肢筋力が低下する.など.

 この障害を可能な限り軽減させ,いかに障害者の能力を向上させるかはリハビリテーション医学上の重要な課題である.

 日常生活における手の果す機能は非常に複雑で多種目の目的動作を実行する.今回は特に食事動作を中心に上肢機能をその障害の中において観察する.

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 第20回日本リハビリテーション医学会総会で米国ミネソタ大学医学部リハビリテーション科Thomas P. Anderson教授によって「最近の米国における脳卒中リハビリの動向」と題する特別講演が行なわれた.Anderson教授は米国リハビリ医学会の中で特に脳卒中に関する業績が多く,また,教育者としても多くの若手リハビリ専門医を育ててきた.

 1979年度のAmerican Congress of Rehabilitation Medicineの会長をされ,その活躍される範囲も国際的になり,今度も来日も1986年にフィリピンで開催されるIRMA Vのアドバイザーとして,マニラを訪れた帰途に立ちよられたものである.

一頁講座 スプリント・8

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 第6回頸髄損傷(第6頸髄節残存)は,発生頻度からみても,また上腕三頭筋が効かないために第7頸髄損傷にくらべADL自立度が低く,問題の多い損傷レベルと言える.到達機能に関しては,肩・肘のコントロールも充分でなく,elbow brace with extension assistなどの装具,上腕三頭筋に三角筋を力源として腱移行を行い肘伸展を得るMobergの手術もあるが,一般的には重力あるいは慣性を利用して肘伸展を得ている.

 把持機能に関しては,C6上位型では長橈側手根伸展が有効となるが手関節背屈は弱い.C6下位型では短橈側手根伸展の力がくわわり手関節背屈伸展はつよく,弱いながらも回内筋,大胸筋も有効で,母示指の知覚も出現する.手関節の背屈と前腕回内につづく重力による手関節の掌屈と,指の自動運動がまったく不能であっても指屈筋腱の緊張により手関節背屈時に指は屈曲し,逆に手関節掌屈時には指は伸展する.このTenodesis like actionによりタバコなどの適当な軽さと大きさのものなら把持することができる.すなわち唯一残存する橈側手根伸筋を力源として,手関節を背屈しその力をMP関節に伝達して三指つまみを行なわせる目的に作られたのが,flexor hinge splintである.

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 整形外科学の一分野にorthopaedic neurologyというsubspecialityがあると著者が主張しているようにneurologyの知識はわれわれの日常診療でも欠かすことが出来ない.欧文の書物では学生や研修医に手頃なものから大作までいろいろ豊富であるが,そのほとんどは神経内科医の手によるものである.たとえばChusidの“correlative neuroanatomy”などは名著の一つであり,彼に直接何回かの教えを受けた小生などは彼の頭の冴えを実際知っている.

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文献抄録

編集後記 上田 敏
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 今年の梅雨はひどく涼しく,寒いような日が続いたが,本号がお手もとに届くころにはいよいよ本格的な夏の暑さになっていよう.8号と9号は2号連続で久しぶりに「高次脳機能障害」の特集をおこなった.

 筆者の「特集によせて」でも述べたように高次脳機能障害というテーマは,かつての失語・失行・失認のみという時代から,記憶・注意・意識などの障害,また痴呆などへと非常にひろがってきている.今回は失語症関係のものは別の機会にゆずり割愛したが,その他はできるだけ広い範囲のものをとりあげた.また今回は新しい試みとして,企画(依頼)原稿だけでなく,このテーマについての症例報告を公募したが,幸いに多数の投稿を得ることができ,リハビリテーション界におけるこの問題への関心の深さがうかがわれた.また筆者も強調したが「障害を中心にしたリハビリテーション医学的な見方」がかなりに浸透して来ているように見られるのも喜ばしいことである.水野氏の「歩行失行」,三島氏の「構成失行」,福井氏の「半側無視」はそれぞれ力作であり,教えられることの多い論文である.それに続く4つの症例報告も半側失認と視覚失認についての各2例で,興味深いものである.

基本情報

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総合リハビリテーション
11巻8号 (1983年8月)
電子版ISSN:1882-1340 印刷版ISSN:0386-9822 医学書院

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