病院 53巻11号 (1994年11月)

特集 中小病院はこれでいいのか

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 大道 きょうは「中小病院の機能分化と今後の役割」というテーマで座談会をさせていただきます.昨今の医療環境の厳しさ,難しさは改めて申し上げるまでもありませんが,とりわけ平成6年10月から実施された新しい診療報酬改定後の流れの中での病院経営は大変厳しいものがございます.中小病院の今後進むべき方向が問われていると思います.このような難しい状況の中で,それぞれの地域で,それぞれのお立場で懸命に医療に取り組まれている,3つの病院の院長先生においでいただきまして座談会をさせていただくことになりました.

 最初に先生方にそれぞれの自己紹介を兼ねましてご自身の病院の概要,地域における役割をひとわたり述べていただきたいます.

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医療経済実態調査の役割

 医療経済実態調査は,診療報酬改定の基礎資料を収集する目的で中医協が実施するものである.2年に1回実施され,最近では6月1か月分の医療機関の収支状況を中心に調査が行われている.

 直近では平成5年6月の収支状況について調査が行われ,その結果が平成6年4月と10月の改定に活用された.政策的には,その使命は終わったものといってよいのだろうが,公私を問わず全国の医療機関の収支状況を調査したそのデータは貴重であり,多くの文献で引用されている.

個人と法人の問題点 岡本 悦司
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 中小病院はもとより無床診療所であっても「個人から法人へ」は大きな流れとなっている.しかしながら法人化は,自分という個人とは別個のいわば新しい生命体を造りだす行為であり,その意味を十分理解することなしに,たとえば税対策のみに目を奪われて強行したりすれば,時に大きな禍根を残す結果にもなる.

 本論では,医療法人化を考える個人病院,診療所の開設者を念頭に,法人の本質,そしてその問題点を論じる.

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はじめに

 私的病院,特に医療法人病院の生き残り戦略の一つに「チェーン化」がある.「チェーン化」には,単一の法人が複数の病院を開設する「所有面でのチェーン化」だけでなく,各病院所有権はそのままにして経営管理を系列化する「経営面でのチェーン化」がある1).さらに,単一の法人が,病院だけでなく,老人保健施設,特別養護老人ホーム,有料老人ホーム,健康増進施設,さらには訪問看護ステーションや在宅介護センターなどを開設して,「ヘルスケア・グループ」「保健・医療・福祉複合体」を形成するのも,広義の「チェーン化」と言える2-4)

 医療法人を中心とした私的病院の「所有面でのチェーン化」については,5年前の本誌上で詳しい実証研究を行い,医療法人の病院チェーン化が,1970年代末〜1980年代前半(1979〜1984年)に飛躍的に進んだことを明らかにした5).今回は,その後に発刊された「平成3年全医療法人名薄」(厚生省健康政策局指導課監修,日本医療法人協会発行.調査データは1991年4月1日現在)等を用いて,1980年代後半〜1990年代初頭(1984〜1991年)の医療法人病院チェーンの変化を検討したい.

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はじめに

 国保病院と一口に言っても,公立みつぎ総合病院や旭中央病院のように大規模で,地域の医療のけん引車的な役割をしている大病院から,わたしたちの病院のように,60床内外の小規模の町立病院まで実にさまざまである.したがって一般論としての「国保病院の生き残り策」ではなく,「私たちの病院の生き残り策」について述べたいと思う.

 すでに本誌に3回にわたり,当院の活動の基本理念や老人保健福祉計画との関連について紹介させていただいたので,重複する点は多々あるかとは思うが,私たちの地域での医療,福祉の展望を含めて,当院の新築計画について書いてみたい.

中小病院の生き残る道—当院はこうする

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 不老長寿は太古から人間の願いである.これからの医療を考えるにあたり,短期間に世界の最長寿国を作りあげた日本の医療を,是とするのか非とするのか—すべての判断はここに始まる.

 もちろん,日本の経済力の躍進に伴う生活環境の整備,国民性,高い教育水準,国民皆保険制に代表されるいつでもどこでも誰でもかかれる医療制度等を基盤にした総合力の成果ではあるのだが,先進国の中では最低廉の医療費でこのことを成し遂げた「日本の医療」を世界に誇るべく評価しないわけにはいかないだろう.それに対するマスコミのネーミングは「薬漬け医療」であり「乱診・乱療」であるのだが,今や日本の医療は頻死の重症にある.

優れた人材を確保する 藤井 良一
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 当院は昭和56年に,岸和田市の和泉大宮駅前のビル内で,内科,透析センターとして開院して以来,現在まで毎年着実に患者数が増加している.この間一貫してきた考えは,患者本位の医療に徹するということで,経営を優先したり,無理な組織拡大をすることもなく,患者さんの要望していると思われる医療を忠実に実現化してきた.よき医療づくりのために,我々が今まで取り組み,具現化したものが他院と比べ良いか悪いか,自らが判断を下すことは難しいが,できるだけ詳しく,この誌面に書きつづり,読者の皆さんの批判を仰ぎたいと思う.

病診連携と情報の公開 松浦 良和
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当院の紹介

 和歌山県橋本市は,大阪から南海高野線で約1時間,県境の紀見トンネルを抜けると,紀の川の流れに沿ったのどかな田園風景が広がり,古くは高野山詣での旅人が盛んに往来し,有吉佐和子の小説『紀の川』に描かれたように,旧家も多い歴史の古い町である.

 また,隣の九度山町には真田幸村が隠れ住んだ真田庵があることで知られている.

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当院の概況

 中小病院のあり方を述べる前に,先ず当院のたどった経過について述べることにする.

 尼崎中央病院はJR尼崎駅のすぐ近くにあり,交通の便はよく,現在市街地再開発が行われつつあり,当院も土地の一部をそれに関連して市に譲渡するため,病院の建て替えが必要となっている.

老人専門病院への道を選択 高橋 重臣
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はじめに

 医療施設の存在価値が全部受療者側のニーズであると考えるのは短絡的過ぎるが,患者さんが必要とする病院であれば,必然的に残るのであって,必要としなければ消えていくしかないと考えるのが本筋であろう.

 地域の医療はこうあるべきではないかと私なりに,また,職員と一緒になって考えた結果,月並みであろうと,自分達の信じた方法でいくつかの自院の改革を行ってきたつもりであり,その結果,もし,経営困難になるならば,甘んじて淘汰されようというのが私の考え方である.

地域専門病院に徹する 谷口 堯
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 民間の中小病院の生きる道,何とも物寂しい響きを感じる.しかし考えてみれば,民間の中小病院は,その時代における社会の要請に応え,発展してきたわけであるから,今後も情勢変化していく社会環境が,おのずからその道を決めてくれるのではないだろうか.ただ向かっている所が,超高齢化社会に低医療費政策と分かっているだけに、生き生きとした活気を覚えない,漠然とした寂しさなのであろう.

私が病院経営をやめた理由 藤田 伊久雄
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開院から廃院までのいきさつ

 私は昭和46年7月医院を開業,昭和48年12月42床の北一条病院へ拡大,この平成6年3月31日をもって同院を閉院,診療所「北一条内科」へ移行しました.

 思うにこれは,武見体制の崩壊の道筋や戦後医療の終焉とも一致するといえます.

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 奥羽線の鷹巣駅から秋田県の内陸部を南下する秋田内陸縦貫鉄道で約20分,米内沢に到着する.公立米内沢総合病院はここから車で約5分ほどの森吉町内の高台にある.

 公立米内沢総合病院は森吉町外4か町村(小阿仁村,合川町,阿仁町,鷹巣町)の病院組合が開設する病院である.これら5町村から成る地域は行政的にも一つの広域圏を形成する南北63キロ,東西39キロと広大な地域で,病院はそのほぼ中央に位置している.この地域はかつて鉱業や林業で栄えていたが,現在はこれらの産業が衰退し,特筆できる産業も企業もない.人口はこの10年間で12%が減少し,現在は約5万弱である.特に森吉町の人口減が目立ち14%と激減している.高齢化の進行も著しく,65歳以上の人口は25%を超えようとしている.

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 今,最も輝いている日本の病院の1つである福岡県久留米市の聖マリア病院は,今年度第46回の保健文化賞を長年の国際保健医療協力事業の努力成果に対して贈られたばかりでなく,昨年度のわが国の医療法人病院にあって,最高の医業収益をあげたことでも有名である.この理事長・病院長を平成2年以来勤めておられるのが井手道雄先生である.

 名前が示す通り,カトリックの愛の精神に基づいて昭和28年に結核病床79床でスタートした聖マリア病院は,現在は,1,388床と西日本でも屈指の大病院となり,その活動は極めて広く,かつ先見的である.

主張

中小病院の選択肢
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 平成6年10月1日からの診療報酬の改定が実施された.本年は4月1日改定後健康保険法の改正を受けての変則改定であった.この改定の財源には入院時食事療養費制度の創設により患者負担で求められた平年度約3,000億円が当てられている.この財源を見込んで平成7年度末までに付添看護,介護の全廃を目指し,新看護体系と新看護補助体系を創設し,現存する基準看護制度より徐々にシフトしようとするものである.これと共に約500億円が在宅医療の充実,入院中の食事の改善に振り向けられている.すでに4月改定で基準寝具制度は入院療養環境料に包括されており,10月からの基準給食制度の廃止,近い将来解消に向かっている基準看護制度と三基準がすべてなくなる訳である.

 さて,10月改定が病院医療にどのように影響を及ぼすであろうか.まず給食自己負担の導入とともに給食の質の向上は避けて通れない.今まで画一的であった病院給食により患者のニーズが強くなることは明白である.選択メニュー加算,食堂加算が評価されたことの他に特定療養費を使っての差額給食の提供も増加するであろう.療養環境における特定療養費の導入は4月改定ですでに一定の条件下で全病床の50%まで可能になっている.また予約診療においても大きく門戸が開かれたのであるが,いずれにせよ患者負担の増加により可能な増収であるから,受療者の納得を得ることが欠かせない.

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はじめに

 明日で長かった皆さんの研修もいよいよ終了で,この間に多くのことを学ばれました.したがって,院長論と銘打って大上段に振りかぶり,院長はかくあるべし,経営・人事管理は,医の倫理は,などといった抽象論はやめて,今日は私が実際にやってきた幾つかの事柄を具体的にお話しして,その中から私の考えと申しますか哲学を汲みとっていただくことにしたいと思います.この3月定年退官したばかり,もちもん,今ならこうするのだがと反省することも多くあります.

 私は昭和54年7月に三重大学から国立津病院長に就任しました.「ひどい病院に来たな」というのが最初の偽らざる印象でした.しかし,ひどい病院ならやるべきことがたくさんある,やり甲斐のある病院だと考え直しました.

特別寄稿 北米臨床内科との接点を求めて

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G.C.Willis先生

 北米の秀でた内科医を卒後初期の臨床研修現場に招きだしてから10年以上になる.初期の2年間は試行として,数日から1週間に限って約10人の方々に来てもらった.いろいろなつてを頼ったが,先行の沖縄県立中部病院のおすそわけにもあずかった.

 内科が主体だったが、外科や小児科や婦人科の医師の中にも共感する光景が散見された.そこで,より長期間の招聘を考え,聖路加国際病院の日野原重明先生1)の口添えもいただき,1986年初頭G.C.Willis先生を迎えることができた.6か月の予定が4年3か月にもなったのは喜ばしい限りだった.なお,短期間の招聘計画も今日まで続けてきている.

連載 アーキテクチャー 保健・医療・福祉 第1回

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中病院2題に寄せて

 お隣りの韓国や台湾ではこのところ病院建設,病床拡充ブームである.国民皆保険制度への整備・移行期にあるからである.30年あまり前に確立したわが国の健康保険制度も当初は,増床に次ぐ増床で先ず量の確保を目指して来た.お陰様で人口対病床数では日本は世界の最高水準にある.

 保険制度にはまだ解決すべき問題は多いが,全国どの病院でも少し我満して待てば,あまり懐具合を気にせずに,最新医療機器による診療が受けられるというアクセシビリティの高さは世界に誇ることができよう.この意味において日本の国民皆保険制度は今のところ,成功したと言ってよい.

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はじめに

 病院図書室では,医学資料の保管と,それらの資料が十分に利用されるための閲覧サービスと,医学情報の提供が基本である.しかし利用者の情報ニーズに応えるために,今日の膨大な医療情報を一つの施設で備えることは不可能である.そこで他の病院図書室同士とネットワークを組んだり,大学図書館へ資料を依頼する「相互貸借業務」が不可欠になってきている.

 また別の医療情報の供給源として,従来,医師は個人的に製薬会社の医療情報担当者(MR)に依存してきた.しかし平成5年4月から,製薬会社の文献情報サービスが自粛され,このことにより医療界は大きな影響を受けた.

厚生行政展望

アメリカの医療改革 厚生行政研究会
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ケネディになろうとしたクリントン

 1935年に「社会保障法(Social Security Act)」を制定し,「社会保障」という言葉を作り上げたアメリカは,しかし公的な医療保障制度だけは作り損ねていた.

 当時も医療保障制度を作る動きはあった.しかし,公的な介入を嫌う医師会等や,すでに活発な営業を開始していた保険会社等の猛烈な反対によって,医療だけは積み残しとされてしまったのである.

事務長の業務を考える・11

情報伝達のノウハウ 大江 唯之
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 前回は情報収集について述べましたが,今回は情報伝達についてです.

 上は理事長,院長をはじめとする経営陣,医療職の面々から,一般職員まで,全部を含めて「言ったが聞いてくれないから仕方がない」では済まされないのです.もちろん,医療の専門知識以外の情報については,一番早くて正しく知らなければなりません.知識に関しては理論的にもハイレベルでなくてはなりません.そしてやるべきだと判断すれば,説得する粘りと行動力と,部下と共に汗をかく大衆性が無くてはなりません.その上,ここ一番と言う時には体を張って止める勇気も持ち合わせていなければなりません.人間は得てして良い子になろうとするところがあります.上に弱く,下には良い子になろうとするような人間は事務長はおろか,一般の管理職としても失格です.

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はじめに

 現在の医療はめまぐるしく変革し,その影響は確実に看護のあり方にも波及している.当院の薬剤師の病棟進出は,当内科病棟から開始,平成6年2月に調剤技術基本科(平成6年2月からは,薬剤管理指導料・600点業務)の承認を得ている.順次他の内科病棟でも適用がすすめられている.薬剤師の病棟における臨床活動の定着は,医療者間に活性を促し,患者の薬に対する認識に好影響を与え,看護業務にも変化をもたらした.当病棟に臨床薬剤師業務(当院では,Clinical Pharmacy Service,以下CPSと称す)が定着するまでの経過と,患者の反応および看護業務の変化について報告する.

MSWの相談窓口から

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キーワードは住所と年齢

 ほとんど毎日といっていいほど,高齢者の退院についての相談に応じている.入院時に全員面接ができないかわりに,入院案内にアンケート様式のチェック表を折り込んでいる.回収された中で少しでも不安を感じている人に対して,早期のベッドサイド面接を行う.項目は4項目,「医療費」「保険制度」「家族の生活」「退院後」である.「退院後について」不安・心配という項目にチェックをつける患者・家族が増えている.病院での入院期間に限りがあるという情報が行き届いているせいか,早くから心配だと相談にくる人もいる.いずれにせよ,設備の整った病院から何も準備していない家庭へ移る時は,患者と家族も支援する我々ソーシャルワーカーもかなりのエネルギーを必要とする.

 私の勤務する病院は県境に位置する.木曽川をはさんで三重県,岐阜県の市町村がある.東方面に十数キロ行くと名古屋市.病院は海部郡という小さな11の町村の中の1つにある.当然,福祉サービスの内容が,県ごとに異なっている.相談室を訪れる人たちにまず尋ねるのは,名前ではなく住所と年齢である.この2つのキーワードがないと情報が出てこない.

医学ごよみ

11月—November 霜月 木村 專太郎
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□11月3日 日米で活躍した化学者

 タカジアスターゼをつくり副腎髄質からアドレナリンを抽出した高峰譲吉(1854〜1922)の誕生日.高峰は米国に渡り,化学事業を興して米国で成功し,後に日本と米国の両国で活躍した.

 彼は安政元年(1854)に現在の金沢市に生まれた.東京大学工学部卒業後,国費留学で英国のグラスゴーに渡り,過燐酸肥料を研究した.1884年,米国のニューオルリンズに渡ったさいに,Caroline Field Hitchという女性と国際結婚した.帰国後,わが国最初の人造肥料会社の設立に尽力し,大変強力な澱粉分解酵素のジアスターゼを開発し,タカミネのタカをとり「タカジアスターゼ」と名付けた.

基本情報

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病院
53巻11号 (1994年11月)
電子版ISSN:1882-1383 印刷版ISSN:0385-2377 医学書院

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