生体の科学 67巻3号 (2016年6月)

特集 脂質ワールド

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 現在,“脂質”には多くの注目が集まっている。食生活の欧米化やカロリー過多,慢性的な運動不足に伴うメタボリック症候群の発症頻度の上昇が社会的問題となり,それに危機感を覚える人々の健康志向が高まってきている。いわゆる“血液サラサラ化”を目指す,EPAやDHAなどの多価不飽和脂肪酸含有サプリメントの売り上げも伸びている。スーパーマーケットに並ぶ植物油のラベルにも,健康志向をうたうものが増えており,一般の方々の脂質に対する興味は大きくなる一方である。そのような中で,“脂質研究”も大きな展開と発展をみせている。その最も大きな要因は,質量分析機の普及,高感度化と解析技術の向上である。液体高速クロマトグラフィーに四重極型の質量分析計を連結することで,様々な脂質の分離と定量が同時に行えるようになった。感度の上昇は著しく,これまでの解析の中心であったターゲットリピドミクス(解析対象脂質をあらかじめ決めておく高感度解析)に加えて,ノンターゲットリピドミクス(解析対象をあらかじめ設定しない解析)によって,一検体から数万種の脂質分子を同定することが可能な時代となった。また,薄切した試料をピクセル単位で解析することで,脂質の分布を可視化する質量顕微鏡も実用の域に達している。現在の質量顕微鏡解析の中心は比較的存在量が多い細胞膜リン脂質であり,その解像度は数ミクロンから数十ミクロンであるが,近い将来,より含有量の少ない脂質を対象として,より高解像度の解析が成し遂げられることが期待される。

 世界的にみても,“脂質研究”における日本人研究者の貢献は大きく,特に生理活性脂質とその受容体の研究分野では世界をリードする研究成果を挙げてきた。それが評価されたためか,平成22-26年度「脂質マシナリー」(代表:横溝岳彦),平成27-31年度「リポクオリティ」(代表:有田 誠)の二つの文部科学省科研費・新学術領域が連続して立ち上がり,国内横断的な脂質研究が行われている。また,平成27年度からはAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)においても“機能性脂質”領域が立ち上がり,国内の脂質研究を支える体制ができあがった。

Ⅰ.脂質を見る技術の革新

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 脂肪酸には大きく分けて三つの機能,すなわち,生体膜の構成成分,エネルギー源,脂質メディエーターの前駆体,としての役割がある。生体内には多くの種類の脂肪酸が存在し,その質の違いや代謝バランスの変化が,様々な炎症・代謝性疾患の背後に潜む重要な要素であることが示唆されている。本稿では,高速液体クロマトグラフィー・タンデムマススペクトロメトリー(LC-MS/MS)による包括的な脂肪酸分子種の解析技術(リピドミクス)について概説し,そこから明らかになった脂肪酸代謝系による疾患制御について紹介する。

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 近年,脂質研究に対する注目度が高い(図1)。脂質は総数にして10万種とも100万種とも推定されている。この数は,基本骨格,極性基,脂肪酸側鎖,結合様式,位置異性体,酸化体など複数のカテゴリーを掛け合わせて推定されており,実証データは存在しない。脂質の定義をどこまであてはめるかによっても変わるが,生体環境を考慮するとこのくらいの分子数が存在しても不思議ではない。むしろ,多種多様な脂質成分を食事から摂取しているヒトであれば想像もしない脂質分子がもっと存在したとしてもおかしくはない。

 分析技術が発展した現在であっても,報告のある脂質分子はせいぜい5,000分子程度である。しかも,これは多数の研究室のデータを集約したもので,一研究室当たりだとよくて数百-1,000分子程度である。しかし,5,000分子程度であっても,体を構成するしくみを理解するのには概ね十分である。より高尚な機能を理解・解明するにはまだまだたくさんの未知分子が発見されずに眠っていると思われるが,残りの995,000分子種すべてが膜脂質以外の機能を有しているとはとても考えづらい。そのため,ほとんどの脂質分子は食事により取り込まれたもの,もしくはそれから代謝変換されたものか,ストレスなどの環境の変化により生じた分子だと考えるほうが理解しやすい。

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 古くからの形態学は,分子生物学と出会って分子イメージングが生まれた。分子イメージング手法としては,RI(radioisotope)や蛍光を用いた分子の直接標識化,分子と特異的な相互作用を示すタンパク質・抗体による二次的な標識化,更に核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance;NMR)やラマン分光などの分子固有の特性を利用した直接的観察法などが用いられ,遺伝子やタンパク質が主に観察されてきた。ごく最近になって脂質も分子イメージングの対象となり,脂質にも分子種ごとの分布があることが明らかになったのは,質量顕微鏡法などが登場してからのことである。本稿では,代表的な脂質観察法を紹介すると共に,新しい分子観察技術として筆者らが開発を進めている質量顕微鏡法の脂質解析における応用例の解説を行う。

Ⅱ.細胞膜と脂質

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 生体膜は細胞の膜としての役割のほかに,シグナル伝達や脂質メディエーター貯蔵としての役割も担う。グリセロリン脂質(以下,リン脂質)は生体膜の主成分の一つであり,グリセロール骨格sn-1位と2位に脂肪酸,3位に極性基を保有している。sn-3位の極性基がホスホコリンであれば,ホスファチジルコリン(phosphatidylcholine;PC)のようにリン脂質の名前は極性基の種類で決まる。2本の脂肪酸は,炭素数や二重結合の数が異なる様々な分子が存在する。通常,生体内のリン脂質中には炭素数14-22,二重結合数は0-6の脂肪酸が多い。中には炭素数が30を超える極長鎖脂肪酸も存在する。更に,sn-1位の脂肪酸の結合様式もエステル,エーテル,ビニル結合と3種類ある。これらの組み合わせで,生体内には1,000分子種程度のリン脂質が存在すると言われている。組織や細胞によって特徴は異なり,それぞれの機能に応じている。細胞内でもその配置には偏りがある。なぜ,このように多様なのか? 生合成の分子メカニズムはどうなっているのか? まだまだ不明点は多いが,近年少しずつわかってきた。本稿では,哺乳動物のリン脂質を中心にまとめたい。

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 細胞膜を構成するリン脂質は非対称性を有しており,ホスファチジルセリン(PS)は脂質二重膜の細胞質側に限局して存在している。この非対称的な分布は,フリッパーゼ(P4-type ATPase)によって担われており,ATPのエネルギーを用いてPSを細胞膜の内側に輸送している(図1)。一方,この非対称性は生体内の様々な局面において崩壊し,PSは細胞表面に露出する。活性化した血小板において細胞表面に露出したPSは,血液凝固因子が活性化するための足場として機能し,アポトーシス細胞において露出したPSは,マクロファージなどの食細胞によって認識,貪食されるためのeat-me signalとして機能する。これらPSの細胞表面への露出には,リン脂質を区別なく輸送するスクランブラーゼがかかわるとされていたがその分子的実体は長らく不明であった(図1)。本総説においては,筆者らが最近同定したリン脂質スクランブルを実行する膜タンパク質の機能を中心に概説する。

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 細胞を形作る生体膜は,脂質分子の二重層とそれを貫通した,あるいは表面的に接着したタンパク質との高度な複合体である。脂質二重層は柔軟な構造体であり,膜脂質分子の非対称性や膜結合タンパク質などの作用により,平面状の膜構造から陥入や突出を伴う三次元曲面へと変化する。このような生体膜の“曲率”を生み出すメカニズムとして,カベオリンをはじめとする膜挿入タンパク質や,曲率を伴う生体膜との結合面を持つBARスーパーファミリータンパク質などが知られている。一方で,脂質二重層の高度な流動性により,生体膜は液体に近い機械的特性を有しており,その一つが“表面張力”すなわち“膜張力(membrane tension)”である。膜張力は,生体膜の性質を規定する重要な物理的パラメーターであると考えられてきたが,その生理的な意義は長い間不明であった。しかし,近年の研究から,膜張力がかかわる生命現象とそれを支える分子メカニズムが明らかになりつつある。本稿では,これら“生体膜の曲率を誘導する因子”と“膜張力を制御・感知する因子”との密接な関連性を中心に,生体膜をめぐる新たな研究展開について論じる。

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 生体を構成するすべての細胞は,細胞表面の受容体を介して環境の変化としての外界からの刺激を受けとり,適切な細胞応答を引き起こすことによって細胞特有の役割を果たしている。刺激の入り口となる受容体の構造や動作機序は様々であれ,すべてに共通する点は細胞膜という脂質二重膜に置かれたなかで素過程を発動させるということである。そしてその際,受容体の多くは,不均一に分布した脂質とタンパク質によって区画化されたドメイン様構造において様々な分子を会合し,分子の局所濃度や衝突頻度を高めることによってシグナルのハブとしての役割を果たす。重要な点は,受容体にリガンドが結合したのち,細胞膜からエンドソームといった時空間にまたがって脂質ドメインはシグナル複合体形成の足場を提供し,これはすなわち細胞表面だけでなく,細胞内のオルガネラにおいても脂質ドメインが存在し,細胞機能発現に重要な役割を果たしているということである。

 筆者らは炎症応答の分子基盤の解明を通じて,免疫難病の治療標的を同定することを目指して研究を行っている。生体において臓器を構築する個々の細胞のほとんどは,細胞外基質あるいは細胞相互の接着により位置情報が決められ,また,その形態の自由度に制限を受けている。一方,球形浮遊状態で体内を循環する免疫細胞は,刺激に応答してダイナミックに形態を変化させながら運動し,可逆的な細胞間あるいは細胞-基質間の接着を形成,消滅させたりしながら,非自己である感染細胞やがん細胞の識別と殺傷,抗原提示,貪食殺菌などを行っている。これらの過程は,受容体を介した刺激により,他の細胞にはみられない制御下で細胞膜のドメイン再構築や大きな容量変化を伴って進行し,更にはそれらを収束させる恒常性維持機構によって支えられている。こうした免疫細胞にユニークな膜ドメインの制御機構の理解は,多くの疾患の病態形成を担う炎症応答の制御に向けた基盤技術開発には有益である。

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 最近,生体の脂質に多くの関心が寄せられている。脂質研究を難しくしている原因の一つとして,その膨大な分子種多様性を挙げることができる。筆者らは,いまから十年以上も前に,血球系の分化マーカー抗原として,新奇糖脂質“ホスファチジルグルコシド”(PtdGlc)を発見した1)。その構造は,グルコースを唯一の糖として含む糖脂質とグリセロ型リン脂質とのハイブリッドタイプのリン脂質である。PtdGlcは発達期の脊髄において放射状グリアに特異的に発現し,痛覚と固有感覚ニューロンの投射先を振り分ける機構に関与していた。すなわち,PtdGlc(PG)がホスホリパーゼA2(PLA2)の作用に生じたリゾ体脂質(LPG)が,痛覚ニューロン軸索先端の成長円錐に発現する7回膜貫通型G-タンパク質共役型受容体GPR55を通して軸索進行を反発するために,両者のニューロン軸索の混線を回避していた2)。この意外な結果は,微量な脂質性分子が神経軸索誘導に機能している初めての例である。本稿では,リガンドLPGとその特異的受容体GPR55を中心とした最近の成果を紹介し,脂質研究の新たな可能性を議論する。

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Ⅰ.傷口は洗わずに覆え

 筆者が子どものころは,「怪我をしたら傷口をよく洗って毎日消毒しなさい。乾燥させて,カサブタができるようにね。」と教えられたが,最近の考え方は大きく変わってきている。怪我をしたら,最初こそ流水で洗うものの,その後の消毒は最低限にとどめたほうが良い。毎日消毒するのではなく,フィルムや保護剤で傷を覆って湿潤な環境を保つことで再上皮化が促進され,結果的に創傷治癒が早まるという。この考え方は怪我だけではなく,手術で切開された皮膚や,褥瘡(床ずれ)の治療にも応用されている。湿潤な環境では再上皮化,すなわち,ケラチノサイト(皮膚角化細胞)の増殖や移動が促進される。また,創傷部位の滲出液や,出血後の血餅からは,VEGF(vascular endothelial growth factor)やTGF-β(transforming growth factor-β)が放出され,それぞれ血管新生や線維芽細胞の増殖を促して,創傷治癒を早めることがわかっている。しかしながら,創傷治癒に最も重要なケラチノサイトに働き,再上皮化を促進する因子はこれまで知られていなかった。筆者らは生理活性脂質受容体であるBLT2という細胞膜受容体の研究を通じて,創傷部位で活性化された血小板から産生される12-ヒドロキシヘプタデカトリエン酸(12-HHT)という酸化脂肪酸が,ケラチノサイトに発現するBLT2を活性化することで,ケラチノサイトの移動を促進して再上皮化が促進されることを見いだした(図1)。この発見に至る経緯を以下にまとめてみたい。

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 マクロファージや好中球,樹状細胞に発現する自然免疫受容体は,病原体が侵入した際,病原体には存在するが自己の細胞にはみられないような病原体関連分子パターン(pathogen-associated molecular patterns;PAMPs)と呼ばれる繰り返し構造を認識することが知られており,一般にパターン認識受容体(pattern recognition receptors;PRRs)と呼ばれている。近年,PRRsは非自己である病原体のほかにも,自己の死細胞や損傷された細胞から放出されるダメージ関連分子パターン(damage-associated molecular patterns; DAMPs)も認識することが明らかになってきており,自己,非自己双方に起因する自然免疫応答を引き起こすことで,生命の恒常性維持に重要な役割を果たしていると考えられる1)

 これらPRRsのなかで,C型レクチン受容体(C-type lectin receptors;CLRs)は,Ca2+依存的に糖鎖を認識すると考えられているが,近年,タンパク質や脂質,結晶など広く多様なリガンドを認識することが明らかとなってきつつある2,3)。macrophage-inducible C-type lectin(Mincle,別名Clec4e/Clecsf9)は,ストレスに伴ってマクロファージや樹状細胞に発現が誘導されるCLRであり,筆者らは,MincleがITAM(immunoreceptor tyrosine-based activation motif)を有するアダプター分子Fc受容体γ鎖(FcRγ)と会合し,シグナルを伝達することを見いだした4)。また,Mincleが結核菌の細胞壁に含まれる免疫賦活物質である糖脂質,TDM(trehalose 6,6'-dimycolate)や,病原性真菌マラセチアの成分である糖脂質をリガンドとして認識することを明らかにした5,6)。一方,Mincleは病原体だけでなく死細胞より放出されるタンパク質も認識することがわかっているが4),自己の脂質をDAMPsとして認識するかは不明であった。

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 消化器の一つである腸管は食物の消化や吸収を担う組織であるが,同時に生体内の免疫細胞のうち60%以上が集積する最大の免疫器官でもある。腸管に存在する免疫システム(腸管免疫システム)は,病原細菌やウイルス,寄生虫などの病原微生物に対しては排除する方向に働く一方で,生体にとって有益な異物である食事成分や腸内細菌に対しては,寛容や不応答を誘導することで吸収や共存を可能としている1)。このような巧みな免疫制御は,腸管免疫システムを構成する様々な免疫細胞が協調的に働くことで実行されているが,一たびこのバランスが崩れると,食物アレルギーや炎症性腸疾患のような免疫疾患,もしくはロタウイルスや病原性大腸菌に代表される腸管感染症の発症につながる1)。これまでに,腸管免疫システムを制御する因子として様々なものが同定されているが,その中で脂質の重要性を示す知見が多く得られている。近年のリピドミクス解析技術の向上もあり,脂質と腸管免疫との関連について分子,細胞,生体レベルでの解明が可能になりつつある。本稿では,脂質による腸管免疫システムの制御と免疫疾患,生体防御との関連について,最新の筆者らの知見を交えて紹介したい。

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 脂質二重膜構造から成る形質膜は,細胞の内部と外界を隔てる障壁としてだけではなく,物質の分泌や吸収,シグナル伝達など様々な細胞機能にも重要である。この形質膜を構成するリン脂質は形質膜の物性や構造に影響を与え,更にリン脂質との相互作用によりタンパク質の局在や機能が変化する。このため,形質膜を構成するリン脂質の“組成”と“分布”は細胞の恒常性を維持するために厳密に制御されている。

 哺乳動物や植物,酵母の形質膜には,極性部分にコリンを有するホスファチジルコリン(phosphatidylcholine;PC)が主要なリン脂質成分として存在している。このPCは極性部分と非極性部分が占める体積のバランスが良く,シリンダー型脂質と呼ばれ,水溶液中で安定な脂質二重膜構造を形成する1)。このため,これらの生物はPCを主要なリン脂質成分とすることで安定な形質膜を形成していると考えられる。ところが,モデル生物として有用なショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)は,極性部分にエタノールアミンを持つホスファチジルエタノールアミン(phosphatidylethanolamine;PE)を主要なリン脂質成分として利用している2)。PEはPCと比較して極性部分が小さいため,ヘキサゴナルⅡ構造などの特異な分子集合体を形成する性質を持つ。このようなPEをショウジョウバエがなぜ形質膜の主要成分としているのかは不明である。また,近年のリピドミクス解析では,300以上のリン脂質分子種のショウジョウバエの発達における変動が解析されており,発達の特定のステージにおいてリン脂質のダイナミックなリモデリングが起こることが報告されているが,それぞれの脂質分子の役割については不明である3)。ショウジョウバエが発生学や生理学,免疫学における重要なモデル生物として長年研究されてきたこと,更に昨今のショウジョウバエの遺伝学における技術進歩により,ショウジョウバエの遺伝子やタンパク質の機能に関する知見は蓄積しているが,ショウジョウバエのリン脂質については不明な点が多く残されている。

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 線虫 Caenorhabditis elegansC. elegans)は,プログラム細胞死やRNA干渉(RNAi)など,普遍的な生命現象の発見やその分子機構の解明に大きく貢献している優れたモデル生物である。線虫は発生・分化,神経科学,寿命の制御など様々な分野で用いられているが,近年,脂質研究においても線虫が用いられることが増えており,肥満関連病態のモデルとしても使われ始めている。本稿では,モデル生物としての線虫の特徴と利点を紹介し,線虫が有する脂質とその機能について,最近の知見を交えながら概説する。更に,ホスファチジルイノシトールの特異的脂肪酸組成を規定する酵素群の同定についての筆者らの研究を紹介する。

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 タンパク質や核酸の構造とは異なり,脂質の構造は種間で高く保存されている。例えばタンパク質では,ヒトとマウス間のアミノ酸の相同性はタンパク質の種類にもよるが,80-99%以上,ヒトとゼブラフィッシュ間では70-90%程度の相同性を示すのに対し,リン脂質やコレステロールの構造はヒト,マウス,ゼブラフィッシュを含めた脊椎動物でほぼ完全に保存されている。また,種が離れると構成する脂質の組成にも違いがみられるが,脊椎動物では,リン脂質の組成,脂肪酸組成,コレステロール比などが高く保存されていることは非常に興味深い。特に,本稿で述べる脂質メディエーターの構造は,脊椎動物以上でほぼ完全に保存されている。更に,対応する産生酵素,受容体,トランスポーターも高い相同性を示し,保存されている。したがって,脂質メディエーターの機能は脊椎動物以上で保存されていることが予想される。本稿では,ゼブラフィッシュの脂質研究への応用例の一つとして,脊椎動物で保存されている脂質メディエーターの生理機能解明への応用例を紹介する

連載講座 生命科学を拓く新しい実験動物モデル-7

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 両生類のイモリは脊椎動物の中で際立った再生能力を持ち,体の様々な器官や組織を再生する。筆者らはイベリアトゲイモリを導入することで,強力な再生能力を持つ機構を遺伝子レベルで解明し得るモデル実験系を確立してきた。この実験系は再生現象に限らず,アイデア次第で,イモリの興味深い性質や能力を解析するための強力なツールとなるであろう。

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 細胞内では多種のタンパク質の局在が時空間的に制御され,細胞分裂や移動といった生命現象が引き起こされる。この細胞内での現象を理解するために,蛍光抗体や蛍光タンパク質を用いて標的タンパク質を標識し,その局在が蛍光顕微鏡で観察されてきた。しかし,可視光を用いた顕微鏡の分解能は,光の回折によって理論的に200nmが限界である。このため光学顕微鏡の分解能では,数nmサイズのタンパク質の観察には不十分であった。近年,蛍光標識の照明方法や励起方法を工夫することで,この光学顕微鏡の分解能の限界を超える顕微鏡法が開発された。それらは超解像蛍光顕微鏡法と呼ばれ,現在,代表的な方式としてSTED(stimulated emission depletion microscopy:誘導放出制御顕微鏡法),SIM(structured illumination microscopy:構造化照明顕微鏡法),PALM/STORM(photoactivated localization microscopy/stochastic optical reconstruction microscopy:光活性化局在性顕微鏡法/確率的光学再構築顕微鏡法)の三つに分けられる1,2)。その分解能によって,蛍光標識された二つの物体を分離識別できる間隔は,従来の光学顕微鏡の限界より一桁小さい間隔まで可能となっている。これらの顕微鏡法を用いて,細胞内で回折限界以下の狭い領域での標的タンパク質の分布が画像化されている3,4)。2014年のノーベル化学賞の受賞対象にも超解像蛍光顕微鏡法の開発が選ばれ,この顕微鏡法は世界中で急速に広まりつつある。

 しかし,分解能がタンパク質のサイズに近づいたため,得られる顕微鏡画像が標的タンパク質の分布を必ずしも正確に反映していないことが問題になっている5,6)。蛍光顕微鏡の分解能は,蛍光標識された二つの物体が分離識別できる間隔だけでなく,物体の標識率によっても決定される。ナイキストのサンプリング定理によると,標識された物体の間隔の2倍以下の範囲では,物体の分布や形状は正確に捉えることはできない5-8)。例えば,20nmの分解能を得るためには10nmに1個の標識が入る必要がある。しかし,抗体の大きさは10nm余りあるため,20nm以下の範囲では抗体同士が空間的に干渉し,その標識率は制限される。また,蛍光タンパク質を融合させた標的タンパク質を発現させた場合,内在性の標的タンパク質との発現量比に応じて標識率が低下してしまう。更に複数種類のタンパク質を同一標本内で可視化することも試みられているが9),蛍光色素の種類が限られているだけでなく,狭い範囲で複数の標的分子を高効率で標識することはより困難である。このため,超解像顕微鏡では分解能が高くなったことで,不均一または低効率で標識された標的タンパク質の分布があらわになりやすい。標的タンパク質の分布を忠実に画像化するためには,より均一かつ高効率な標識方法が必要とされている。筆者らは,この標識における問題を解決するため,標的に結合解離する蛍光プローブを用いた標識方法で,タンパク質の標識率と観察できる種類数に理論上の制限のない超解像顕微鏡法IRIS(Image Reconstruction by Integrating exchangeable Single-molecule localization)を開発した10)。本稿では,IRISの原理と実践について概説する。

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お知らせ

次号予告/財団だより

あとがき 栗原 裕基
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 今回は古くて新しいテーマ「脂質」に焦点を当て,本領域を牽引されている順天堂大学の横溝岳彦先生にゲストエディターをお願いして,最先端で活躍されている先生方を著者として特集を組んでいただきました。脂質研究は医化学の大きな柱の一つとして,医学・生命科学において古くから中心的役割を担ってきましたが,分子生物学,遺伝子工学が隆盛期を迎えてからは,脂質研究は遺伝子,タンパク質研究に押され気味の感がありました。しかし,今世紀に入ってゲノム,さらにはエピゲノム研究が圧倒的な勢いで進んできた一方で,いまだに十分掘り起こされていない最後の宝庫となり,時代の風は今脂質の方向へと吹いているように思えます。そして,我々が思い描く「脂肪」のイメージを遙かに超えて,さまざまな分野にまたがる魅力溢れる世界~脂質ワールド~が開けつつあります。本特集には,そうした未知の世界に足を踏み入れる冒険がすでに始まっているある種のときめきが感じられます。

基本情報

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生体の科学
67巻3号 (2016年6月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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