生体の科学 67巻2号 (2016年4月)

特集 細胞の社会学─細胞間で繰り広げられる協調と競争

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 人間社会において,われわれは多くの人々と直接的に,あるいは間接的にかかわりながら人生を送っている。阪神ファン同士で連帯感を感じながら大いに盛り上がったり,体調が悪いときに優しい隣人に助けてもらったり,海外の共同研究者とauthorshipについてシビアなディスカッションをしたり,あるいは協調性に乏しい職場の同僚に強いストレスを感じたり。多くのインプットを受け取り,多くのアウトプットを吐き出すことによって,調和のとれた社会の一員としてなんとか生きている。人間関係はとても複雑で,奥が深い。一方,多細胞生命体を構成する細胞社会においても同じように,細胞同士が様々な情報のやり取りをし,それに呼応することによって,ときには支え合いながら(細胞協調),また,あるときはいがみ合いながら(細胞競合),恒常性ある細胞社会を形成・維持している。そこでは,同種の細胞間,あるいは異種の細胞間で互いのシグナル伝達経路や細胞内プロセスに影響を与え合うことによって,増殖,分化,運動,生死など多彩な細胞現象を制御している。

 様々なシグナル伝達経路や細胞間コミュニケーション制御因子の解明と共に,まず初めに研究が進展してきたのが細胞協調現象である。例を挙げると,細胞間接着による細胞増殖の接触阻害,神経細胞とグリア細胞の相互作用,膵ランゲルハンス島β細胞から分泌されたインスリンに肝細胞が反応,線維芽細胞から分泌される成長因子によって上皮細胞が増殖など,細胞同士が互いの機能を様々な形で協調的に制御していることが認められてきた。一方,性質の異なる同種の細胞間で,互いに生存を争う細胞競合現象が起こることが,Morataらによってショウジョウバエ上皮組織において最初に報告された(Morata G, Ripoll P:Dev Biol. 42:211-221, 1975)。その後の研究によって,細胞競合が以前に考えられていた以上に多彩なプロセスであり,ショウジョウバエだけでなく哺乳類でも生じる普遍的な生命現象であることが明らかになってきた。細胞競合については,平成26年度に新学術領域「細胞競合─細胞社会を支える適者生存システム」が発足し,現在わが国で精力的に研究が行われている。今はまだ多くが謎に包まれている細胞競合現象の全貌の解明が大いに期待される。

Ⅰ.細胞競合の分子細胞遺伝学

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 多細胞組織において,細胞は互いにコミュニケーションをとりながら,協調的かつ協力的な社会性を維持している。この細胞社会において“望ましくない細胞”が生じたときには,恒常性維持のためにそれらは除去されなければならない。このような社会性から排除されるべき細胞の一つとして,がん化の初期段階にある変異細胞が挙げられる。これまでのわれわれおよび他のグループの研究によって,組織は恒常性維持のために,がん原性変異細胞を正常細胞層から積極的に駆逐することが認められてきた。上皮系培養細胞の解析からは,正常細胞もしくは変異細胞のそれぞれの細胞内で,どのような分子が細胞競合シグナルとして働いているかも明らかになってきている。また,われわれのマウスオルガノイドを用いた解析によって,より生体内に近い状況下でも,変異細胞が正常上皮細胞層から管腔側に向かって排除されていることが最近示された。本稿では,これまでがん領域においてブラックボックスであった,がんの超初期段階にある変異細胞と正常細胞がどのように相互作用しているかについて,哺乳類細胞における細胞競合にかかわる最新の研究と共に紹介したい。

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 多細胞生物を構成する個々の細胞は,互いに影響し合いながら様々なシグナルを放出/受容することで,細胞増殖,分化,細胞運動,形態変化や細胞死を時空間的に制御しており,このような細胞同士の協調によって正常な組織発生や恒常性維持が実現されている。その一方で,細胞同士は協調のみならず競合によっても,細胞間コミュニケーションを介した生体制御システムを構築していることが近年明らかになってきた。細胞間の競合現象である“細胞競合”は,同種の細胞が生体内環境への適応度を競合し,相対的に適応度の低い細胞(敗者)が組織から排除され,適応度の高い細胞(勝者)がその場に置き換わる現象である。その生理的役割として発生過程のロバストな組織構築,ニッチにおける優良幹細胞の選別,組織中の異常細胞の除去やがん細胞による周辺細胞の駆逐など,多様な機能を持つことが示されつつある。

 細胞競合が適応度の低い細胞を敗者として組織から排除する現象であるのに対して,失われた敗者細胞の数を補い,組織の細胞数を一定に保つ“代償性増殖”という現象が知られている。代償性増殖は,死にゆく細胞が自身の死の代償として周辺細胞の増殖を促す細胞非自律的な増殖機構であり,細胞競合の過程において敗者として死にゆく細胞は,周辺細胞の増殖を促すことで生体恒常性を維持していると考えられている。更に最近の研究から,細胞競合の敗者となる細胞が代償性増殖を介して,がん進展を促す局面が存在することが示唆されている。そこで本稿では,ショウジョウバエ遺伝学的解析から明らかになりつつある細胞競合と代償性増殖の分子機構とそれらの破綻によるがん進展制御に中心的役割を担うc-Jun N-terminal kinase(JNK)シグナル経路に焦点を当て,細胞間コミュニケーションによる多細胞社会の秩序形成システムについて考察したい。

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 YAPはTEADを初めとする複数の転写因子と結合し,遺伝子発現を制御している転写共役因子である。YAPはセリンスレオニンキナーゼカスケードであるHippo経路によりリン酸化され,負の制御を受ける(図1A)1-5)。1990年代にショウジョウバエのモザイク解析法を用いた遺伝学的スクリーニングによりHippo経路は発見され,本経路はショウジョウバエから脊椎動物まで進化的に保存されていることが明らかになった。2007年から2010年に行われたショウジョウバエの成虫原基やマウス肝臓を用いた研究により,YAP(ショウジョウバエホモログはYorkie)の過剰発現は過形成やがんを引き起こすことが報告された。現在,本経路は細胞増殖,細胞死,細胞分化,細胞移動など多様な細胞応答を制御し,器官サイズ制御やがん制御シグナルとして機能することが知られている。そして近年,細胞間で適応度を競い合う細胞競合にも本経路が関与していることが報告された6-8)。ショウジョウバエの成虫翅原基において,Hippo経路が破綻した,もしくはYorkieが活性化した細胞(Yorkie発現細胞)をモザイク状に発現させた場合,そのYorkie発現細胞の周辺に存在している細胞は細胞死を起こして排除され,Yorkie発現細胞が増殖することが報告された(図1B)9-11)。更に,マウス線維芽細胞を用いて転写因子TEADの高発現細胞と野生型細胞を混合し,培養したところ,野生型細胞は細胞死により排除され,TEAD高発現細胞は増殖することが報告されている12)。このように,ショウジョウバエにおいてYorkieが,哺乳動物においてTEADが細胞競合に関与し勝者の表現型を示すことが報告されている一方,哺乳動物の細胞競合におけるYAPの役割やメカニズムはいまだ不明である。本稿では,活性型YAPの発現により誘導される細胞層からapical面へ突出する現象(apical extrusion;細胞突出)と,周辺細胞が突出細胞に与える影響について,最新の結果を紹介する。

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 われわれの体は細胞の集合として作られる。個々の細胞の挙動にはばらつきがあるが,隣接する細胞同士は互いにコミュニケーションすることで,その挙動を調和させ,体を正確に作り,胚や組織全体としての恒常性を維持していると考えられる。そのような細胞間のコミュニケーションの機構の一つが細胞競合である。細胞競合では,隣接する細胞の適応度の違いにより,相対的に適応度が低い細胞を敗者として排除する1,2)。細胞競合は最初にショウジョウバエの成虫原基で発見され,原がん遺伝子である転写因子のMycやリボソーム遺伝子の発現量の違いが細胞競合につながること,Hippoシグナル経路やWntシグナル経路が関与していることなど,多くの知見が得られてきた。一方,最近マウス胚のエピブラストにおいて,Mycによる細胞競合が起こることが示された3,4)が,ヒトやマウスなどの哺乳類における細胞競合についての知見は限られており,哺乳類における細胞競合現象の普遍性や,その分子機構についての研究を進めていく必要がある。われわれは,哺乳類における細胞競合機構を明らかにするために,マウス胚由来の線維芽細胞株NIH3T3を用いて,簡便な細胞競合のモデル系を作製した5)。本稿では,われわれが樹立した細胞競合のモデル系と,それを用いて明らかになった転写因子TeadとMycによる細胞競合機構について解説する。

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 われわれヒトを含めた多細胞生物の器官や組織を構成する細胞社会は,ライフサイクルを通じて常に個体内外双方からの多様なストレスを受けており,これらのストレスは個々の細胞に損傷を及ぼしている。こういったストレスによる損傷は,ときとして突然変異による異常細胞の出現や細胞死の原因となり,これら異常細胞の蓄積や広範囲の細胞死は,がんの誘発や器官機能障害の危険性を高めることにつながる。老化を含めたライフサイクルを通じて組織が恒常性を維持するには,こういった異常細胞や死細胞の適時の除去と,それに伴う細胞の損失を補うための正常な周辺細胞による穴埋めが必要不可欠である。筆者らの研究を含めた近年の研究によって,細胞競合という組織内での細胞同士の生存競合現象は,正常細胞が隣接する異常細胞を認識して組織から除去する,つまり細胞社会に悪影響を及ぼす可能性のある異常細胞の蓄積を防ぎ,体を構成する体細胞の質を維持することによって,個体の適応度を高めるための細胞レベルでの組織恒常性維持機構であると考えられるようになった1)。興味深いことに,ここ数年の間に,前がん細胞と言われるがん細胞になる可能性を持つ変異細胞,例えばlgllethal giant larvae2)scribble3)といった新生がん抑制遺伝子の変異細胞や,Ras4),Src5)といったがん遺伝子が異常に活性化した変異細胞などが,細胞競合によって正常組織から除去されることが報告されている。また,この細胞競合はショウジョウバエにおいて発見され,研究されてきた現象であるが,近年,哺乳類由来の培養細胞2)やマウスの胚組織6),胸腺7),心臓8)などでも類似の現象が報告されてきており,多細胞生物一般に保存されている組織恒常性維持機構の一つと考えられている。一般的に細胞競合は,正常細胞による隣接異常細胞の認識,両者間における勝ち負けの決定,正常細胞(勝者)による異常細胞(敗者)の除去,そして正常細胞の補償的細胞分裂による異常細胞の穴埋め,という多段階のプロセスから成っている。本稿では筆者らの研究を中心に,これらのプロセスにおいて細胞競合を組織恒常性維持システムとして理解するうえで重要な段階,敗者の細胞を組織から除去したのちの勝者による補償的な埋め合わせを通した組織修復機構について紹介する。

Ⅱ.上皮細胞の協調を制御する分子メカニズム

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 細胞は,細胞膜を介して外界からの様々なシグナルに応答し,それをいわゆる生化学反応に変換することで細胞機能を制御しており,細胞膜がシグナル伝達の場として中心的な役割を果たしていることは周知の事実である。近年,細胞膜自身の力学的な性質に注目が集まっている1,2)。細胞は,その機能に応じて細胞膜を力学的に変形しながら自身の形態を変える。例えば,細胞が運動や分裂をするとき,細胞膜の伸展や収縮が起こる。このような細胞膜の変形を伴う機能に大きな影響を与える因子は膜の張力である。近年の研究により,細胞膜の張力が,細胞運動,分裂,組織の形成など基本的な生命現象を制御していることが明らかになりつつある1,2)。このことは,細胞膜の張力そのものがシグナルとして働き,これらの細胞膜の形状変化を伴う細胞機能を制御していることを示唆している。しかし,細胞膜張力の感知機構およびそれを介したシグナル伝達機構についてはほとんど不明である。細胞はどのように細胞膜の張力を認識するのであろうか? 細胞膜の張力という物理的なシグナルは,どのように生化学反応に変換されるのであろうか? 本稿では,われわれが明らかにした“細胞膜の張力センサー”タンパク質を中心として3),細胞運動を制御する細胞膜の張力を介したシグナル伝達機構について紹介する。

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 細胞は隣の細胞と接すると接触阻止(コンタクトインヒビション)が起こり,増殖が停止する。悪性腫瘍ではこの現象が障害され,細胞増殖が無秩序に起こることがその特徴である。

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 細胞は周囲の様々な刺激を受け取り,細胞内のシグナル伝達反応を介して,最終的に表現型として出力する。いわば,入力→システム→出力のシステム部分に相当するのが“細胞内シグナル伝達系”である。細胞内シグナル伝達系は,分子と分子の結合やリン酸化などの酵素反応といった物理化学的な反応の連鎖である。細胞は形質膜で他の細胞とは隔てられており,細胞間のシグナル伝達は,ギャップジャンクションを介したイオンの伝達や物理的な力を介した伝達,または分泌因子の拡散を介した伝達が考えられてきた。しかし,このような細胞間伝搬により,細胞内シグナル伝達系の情報がどのようにして隣の細胞に伝搬するのか,また,その生理的な意義についてはほとんど検証されていなかった。筆者らは,古典的なMAPキナーゼであるERK分子の“活性情報”が,細胞間へと伝搬することを培養細胞やトランスジェニックマウスを用いて見いだした1,2)。そこで,みえてきた新しいシグナル伝達の細胞間伝搬とその意義について議論する。

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 組織内の細胞は,静水圧,ずり応力,張力などの力にさらされている。細胞はこれら外部からの力を感受し,それを生化学的な信号へと変換することで周辺環境を認識し,応答している。例えば,ずり応力とは液体の流れによってもたらされる力のことであるが,血管において血流が増え,ずり応力が増すと血管内皮細胞から一酸化窒素が分泌されて,血管拡張を引き起こすことなどが知られている1)。細胞にかかる外部からの力は,細胞形状を変化させるだけでなく,細胞極性,分裂および分化のような細胞の運命決定に対しても様々な影響を与える。どのようにして細胞は,受けた力を細胞全体の応答に変換しているのであろうか。

 細胞には外部からの力を感受する分子が存在している。外部からの力に依存して,細胞外から細胞内へのイオン流入量を変化させるカルシウムイオンチャネル2)や,基質の硬さを感受して細胞の分化運命を変化させる,細胞-細胞外マトリックスの接着装置などが知られている。

Ⅲ.がんにおける細胞の協調と競争

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 最小単位という言葉を,ここでは「分割をしていくとどこかでその性質が失われる直前のもの」と定義する。では,がんの最小単位は何か? と問われれば,単細胞と答えるのが常識的である。確かに,培養細胞株を用いた実験をしていると,がんの最小単位は単細胞であるという強い印象を受ける。しかし,単細胞にどれくらいのがんとしての性質が保持されているのかについて,これまでに突き詰めた検証は案外されていない。がんの最小単位が単細胞であるという考えは,転移モデルにおいて前提として採用されている。すなわち,がん細胞は単細胞として原発巣の細胞集団から遊離し,遊走して脈管内に侵入,血流やリンパ流に乗って転移巣へ運ばれて脈管壁に接着し,脈管外に侵入し,そこで起源細胞になって増殖し,転移巣を形成する,というシナリオである1)。この考え方に従って細胞株を使った多くの研究が行われてきた。更に近年,上皮間葉転換(epithelial-mesenchymal transition;EMT)やがん幹細胞の概念が入って,単細胞最小単位説は確定したかのようにみえる。EMTは上皮由来のがん細胞が間葉系細胞の特性を持つようになる現象であるから,単細胞最小単位説に理論的根拠を与えている2)。がん幹細胞では,がん細胞の中で一部の特別な単細胞だけが自己再性能と分化能を持ち,がんの起源となるとするセオリーである3)。しかし,これらは実験に基づく仮説であり,同じことががん患者の体内で起こっていることが直接証明されているわけではない。

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 がん細胞は増殖,浸潤,転移,薬剤応答などにおいて多様な挙動や反応を示すが,この多様性はがん細胞そのものの特性のみに基づくのではなく,がん細胞とそれをとりまく複雑な微小環境との相互作用によってもたらされる。すなわち,がん微小環境には多彩な間質細胞が存在し,がん細胞を含めた複雑な細胞間ネットワークががんの進展や薬剤による修飾によってダイナミックに変化し,がん細胞の挙動に時空間的な多様性を生み出している。これらがん細胞と間質細胞の相互作用は,がんの進展や治療効果に対して正に作用することもあれば負に作用することもあり,がんの種類や治療法においても差異が存在する。本稿では,これら間質細胞のなかでも特にがん関連線維芽細胞に注目し,がん細胞との相互作用が担う役割をその創出と維持,がんの進展と薬剤応答の観点から概説する。

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 正常上皮細胞の真ん中にがん細胞が突然出現する細胞競合研究の基本的モデルは,多段階発がんの概念をある意味で割愛しており,ヒトに生じるがんの病態とその歴史を十分反映しないかもしれない。また,細胞社会の多様性という観点からすると,細胞競合現象は,WinnerがLoserを駆逐する,つまり,多様性を小さくする方向に働く1)。正常組織のホメオスターシス維持には,細胞競合が貢献するであろう。しかし,様々な観察は,がん細胞社会の多様性ががん進展の経過中に大きくなることを示唆している2)。このことの意義を理解するには,様々な機序によって生じる腫瘍内不均一性と,腫瘍を構成するクローン群間の協調・競合関係への洞察が重要と思われる。

 近年のDNAシーケンス・解析技術の目覚ましい発達は,腫瘍を構成する細胞群のゲノム・エピゲノム不均一性を,例えば治療経過に沿って繰り返された針生検によって,腫瘍内の複数か所で,かつ経時的に観察することを可能にした3)。そこで見えてきたものは,驚くべきダイナミズムで進行するクローン進化とクローン間の協調関係であった2)。その結果もたらされるがん細胞社会の多様性が,原発巣の維持や再発・転移に重要な貢献をすることも判明しつつある。

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 細胞競合は主に上皮組織でみられる現象で,組織の一部に変異細胞が誘導されると,正常細胞との境界で競合が起こり,最終的に変異細胞が組織から排除される(図1A-図1C)。変異細胞が正常細胞に取り囲まれると,細胞死や排出が引き起こされることが観察されている。排除の結果,空いた空間には正常細胞が増殖し,それによって正常な組織サイズを維持すると言われている。このことから細胞競合現象は,正常な発生,組織の維持などに重要な役割を果たすと考えられている。

 細胞競合は最初,ショウジョウバエ翅成虫原基にMinute変異細胞クローンを誘導した系で発見された1)Minuteはリボソームタンパク質関連の遺伝子であり,そのヘテロ変異個体は単独でも生存可能で,正常サイズの翅を形成する(図1B)。しかし,成長の速さが正常個体に比較して遅いことから,細胞競合の結果,どちらの細胞群が生き残るかという勝敗の運命は,成長速度の相対値によって決まると考えられた。

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 これまでに細胞競合にかかわる複数の因子が同定され,競合の勝者となる多くの因子が高い増殖活性を示すことが明らかになった。すなわち,分裂速度に差がある2種類の細胞の境界で,分裂の遅い細胞側に細胞死が誘導され,分裂の速い細胞のみが生存する。しかし,分裂速度の差を検知する細胞間相互作用の実態はいまだ不明である。そこで本稿では,細胞死に先立つ細胞や組織の力学的変形に注目し,上皮組織の数理モデルを用いて分裂速度の違いが引き起こす影響を概説する。

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 多細胞生物の発生では,一つの受精卵から様々な形態をした器官が形成される。細胞が増殖・分化し,形状を変え,移動しながら組織を形作る複雑な過程は,息をのむほどに美しく神秘的であると同時に,そのメカニズムを解き明かすうえでわれわれに困難な課題を突き付ける。顕微鏡技術の飛躍的な発達により,発生の様子や着目する細胞・分子の動態をライブイメージングで詳細に追跡できるようになった。更に近年では,複雑な発生現象の中で観察された要素を数理モデルに落とし込み,着目する現象に介在する個々の細胞の振る舞いや力学的作用を検証・予測するという,数理シミュレーションによる解析が汎用されるようになってきた。顕微鏡観察に数理モデルを用いた解析を組み合わせることで,個体解析だけでは困難であった,発生現象を構成する素過程のメカニズム解明が促進されることが期待される。本稿では,われわれの研究室がごく最近見いだした集団細胞移動の新しいメカニズムについて,数理モデルを用いた解析を交えながら紹介したい1)

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 生体組織の異方的な成長は,臓器のかたちや大きさの多様性を生み出す原点となる。異方的な組織成長を実現するために,細胞は集団で協調的に運動し,力を生み出す。近年,細胞の動きや力の観点から,臓器のかたち作りを定量的に理解しようとする研究アプローチが注目されている1,2)。本稿では,異方的な組織成長の具体例として管の伸長に注目し,その形態形成過程を,主に力の観点から概説する。多細胞動態を扱う数理モデルを導入したのちに,管の伸長にかかわる細胞の動きと力に触れ,最後に,協調的な多細胞動態の基盤となり得る力学システムの一例を紹介する。

仮説と戦略

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 マグネシウムは生命維持に必要なミネラルの一つであり,Mg2+は細胞内でKに次いで量の多い陽イオンとしても知られる。Na,K,Ca2+など,他の主要な金属イオンの膜輸送にかかわる多くのトランスポーターが同定され,様々な生命機能へのかかわりが分子レベルで理解されるようになった一方で,Mg2+に関しては大きく研究が遅れていた。特に,膜電位による静電力に逆らって細胞外にMg2+を排出するトランスポーターの分子実体は長らく不明であり,ごく最近まで細胞や個体レベルでのMg2+調節の基本的なしくみすら不明のままであった。また,細胞内のMg2+量がほぼ一定に保たれている一方で,その量を調節することの生物学的重要性についてはほとんど考慮されることもなかった。本稿では,筆者らが取り組んでいるCNNMファミリーの分子機能に基づく細胞や個体でのMg2+調節のしくみ,そして,その解析から明らかになってきた,がんなどのヒト疾患とのかかわりについて説明する。

線虫を用いたがん診断 広津 崇亮
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 がんはわれわれ人類にとって最大の敵の一つである。わが国では,長年死因第1位の座を占め,2人に1人ががんを経験し,3人に1人ががんにより死亡している。世界を見ても,開発途上国の発展と共にがんによる死亡者数が年々増加すると考えられていて,2012年は年間820万人であったものが,2030年には1,300万人にもなると予想されている。がんに関する医療費も莫大であり,わが国では年間3.8兆円(2012年)にも上り1),65歳未満では全医療費の13.1%(第1位)の1.5兆円を支出している。医療費だけでなく,がんにより寿命より早く死亡してしまうことによる社会的損失を合わせると,全世界における経済的影響は100兆円にも上ると報告されている2)

 がんによる死亡を防ぐ最も有効な手段は,早期発見・早期治療である。胃がん,結腸がん,直腸がんの5年生存率は,ステージ0,1のいわゆる早期がんでは約90%と非常に高い結果が報告されている3,4)。しかし,わが国の主要5大がんのがん検診受診率は約30%にとどまっている5)。この受診率は他の先進国と比較しても圧倒的に低く6),例えば米国の肺がん,子宮がんのがん検診受診率は80%近くある。わが国でがんが死因第1位である最大の理由は,がん検診受診率が低いことにあると考えられる。

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財団だより

お知らせ

あとがき 松田 道行
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 均一に見える細胞集団も人間社会と同じように様々な個性を持つ細胞から構成されている。この一見当たり前の事実は,数理生物学などでは時々扱われるテーマであったが,実験生物学の分野では技術的困難性もあり,あまり大きな研究対象とはなっていなかった。せいぜい実質細胞と間質細胞のクロストークという程度の扱われ方が多く,“一つひとつの細胞が持つ個としての役割”は研究が始まったばかりである。この細胞社会という研究分野では,勝者と敗者,場所の取り合い,コミュニケーション,パワーバランスなど人間社会で使われる単語がそのまま通用し,考えさせられるところが多い。これまで勝者の代表例と思われていたがん細胞が,単独では細胞競合に敗れて退場させられる現象などは,村八分そのものである。もっとも,この無法者は一人ではすぐ死んでしまうものの,肩を寄せ合っているとしぶとく生き残り,やがては大集団として他を圧倒する。生物界の原則は弱肉強食とよく言うが,そもそも強い弱いという関係は必ずしも一定ではなく,環境に依存するということが本特集の結論の一つではないかと思う。適者生存という細胞社会の原則は人間社会が目指す方向とは無論相いれないが,細胞社会の研究が発展すれば,案外,弱い細胞を守ることで全体が繁栄する機構が見つかって,そこから人類の平和につながる新たなパラダイムが提唱できないものかなどと虫のいい初夢をみた。

基本情報

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生体の科学
67巻2号 (2016年4月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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