生体の科学 66巻6号 (2015年12月)

特集 グリア研究の最先端

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 神経細胞以上に脳内を広く覆う膠状細胞群を,かつてまとめてNeurogliaと呼んだのは病理学者のRudolf Virchow(1856)とされているが,既にその20年前にRobert Remak(1836)が神経細胞の軸索を取り巻く細胞(後のオリゴデンドロサイト)に関しラテン語で発表している。およそ180年前のことである。

 1895年にはMichael von Lenhossékがastrocyteを命名し,Pío del Río Hortegaは1919年にmicroglia,1921年にはoligodendrocyteをスペイン語で記述した。ようやくグリア細胞の個性が明確になったわけである。また,病態時のグリア細胞の関与についても,1910年にはAlois Alzheimerが彼の著書で触れている。一方,日本人のグリア研究への貢献もかなり古くからあり,例えば,化学発癌で世界的に著名な山極勝三郎は,1891年から4年間Virchow研究室に留学し,Neurogliaの染色法について成果を挙げた。また,中井準之助は,文部省の研究費を得て研究班を組織し,1957年から3年間グリアに関する形態学研究を行い,その成果を単行本として医学書院から出版している(1962)。今,その本(実は,先年,Helmut Kettenmannから寄贈されたものであり,そのとき初めてわが国の先達のすばらしい研究を知った)を読み返してみると,「神経細胞よりも遙かに大容量を占めているグリアについて,その機能や形態について研究する必要がある」と述べられており,これはこのまま現代にも通じる。更に,1970年代に中田瑞穂がNeuro-gliologyという学問領域を提唱したように,グリアと神経系が極めて緊密な情報連絡をしながら脳機能を維持し発揮させていることを中心に,われわれも多くの研究成果を世界に発信してきた。それらについては,本特集号の各論に詳述されているが,国内研究の充実は1998-2001年度の特定領域研究「グリア細胞による神経伝達調節機構の解明」(総括代表:池中一裕),2003-2007年度の特定領域研究「グリア-ニューロン回路網による情報処理機構の解明」(総括代表:工藤佳久)に拠るところが大きい。これらの研究では,gliotransmittersを同定し,それらが神経回路機能を積極的に調節していることを明らかにした。

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 ヒトの高次脳機能の中核となる大脳皮質の発達は主に生後早期に起こり,その回路形成過程を直接脳内で可視化することが齧歯類で可能となり,注目を集めている。生後早期の大脳皮質では,神経回路形成に同期して,グリア細胞の増殖,分化,成熟が起こるため,両者の関連性を統一的に捉える必要がある。機能的にもグリアがシナプスの形成や刈り込みに関与するという知見が集積しつつある。本稿では,大脳皮質における神経回路発達と並行するグリアアセンブリの発達について述べ,シナプス形成・除去をグリアが調節し,結果として領野特異的な大脳皮質神経回路の形成が進行する,という仮説を検証する。

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 中枢神経系を構成するグリア細胞は,アストロサイト,オリゴデンドロサイト,ミクログリアの3種類に大別される。アストロサイト,オリゴデンドロサイトがニューロンと同じ外胚葉に由来するのに対し,ミクログリアはマクロファージなどの造血細胞と同じ中胚葉に由来し,唯一その由来が異なる。中枢神経系の免疫担当細胞であるミクログリアは,脳病態・損傷時における神経障害をいち早く感知して活性化される。活性化に伴いミクログリアはその数や形態を大きく変化させ,障害部位への遊走,死細胞の貪食,炎症性サイトカイン・活性酸素などの産生増加など様々な作用を発揮することから,種々の神経疾患への関与が示唆されている。ミクログリアは活性化されたときの形態や機能の変化が非常に顕著であるため,病態脳・損傷脳における役割に着目した研究がこれまで活発に行われてきた。また,非活性化状態を維持することの困難さから,正常状態におけるミクログリアの機能や役割の理解はあまり進んでこなかった。

 近年,二光子励起顕微鏡などを用いたin vivoイメージング技術の進歩により,正常脳におけるミクログリアの役割が明らかになりつつある。生理的条件下において,細く分岐した突起を持つミクログリアがその突起を頻繁に動かしている様子や,ミクログリアがニューロンのシナプスに接触する様子が観察され,静止型ミクログリアも脳内で活発に活動していることが報告された1,2)。また,脳発達期における神経回路形成過程では,過剰に作られたシナプスが神経回路の成熟と共に減少すること(シナプス刈り込み)が知られており,この現象にミクログリアが積極的にかかわっている可能性が示唆されてきた3,4)。しかしながら,これらの報告はマウスやラットといった齧歯類を用いた解析が中心であり,ヒトを含む霊長類におけるミクログリアの役割については十分に理解されていない。本稿では,ヒトと同じ霊長類に属するコモンマーモセットを用いて,脳発達過程におけるミクログリアの動態やシナプス数の変動を解析した最新の知見を紹介する。

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 オリゴデンドロサイトは,中枢神経系では神経軸索に髄鞘を形成し,跳躍伝導を可能にすることで神経伝達速度を増大させる。近年では大脳皮質のオリゴデンドロサイトの機能が,学習やsocial behaviorにかかわることを示唆する研究も報告されている1)。更に,ヒト死後脳の解析により,前頭前野のオリゴデンドロサイトの数が統合失調症や気分障害では減少していることが報告され,精神疾患とも関与する可能性があり2,3),オリゴデンドロサイトの新たな機能が明らかになりつつある。成体の脳でも多数のオリゴデンドロサイト前駆細胞が存在しており,それらは状況に応じて増殖・分化すると考えられる。髄鞘の再生や,オリゴデンドロサイトの機能回復を考える際に,その発生メカニズムを明らかにしておくことは非常に重要である。

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 グリア細胞の一種であるアストロサイトは,他の細胞間の隙間を埋めるように,あるいはシナプスや血管を取り巻くように無数の微細突起を伸ばし,あらゆる脳細胞に接触している。この形態的特徴の意義を裏付けるように,シナプス伝達および脳血流の調節などの重要な生理機能にアストロサイトが貢献することが,近年多くの研究により示唆され,神経科学分野で大きな注目を集めている。アストロサイトの活動性は,アストロサイトで頻繁にみられる細胞内カルシウム濃度上昇(Ca2+シグナル)でモニターすることができ,その可視化技法(Ca2+イメージング)による研究が進められてきた。小分子化合物のCa2+指示薬をアストロサイトに導入して行う従来のCa2+イメージング法では,アストロサイトの細胞体におけるCa2+シグナル観察が主であり,微細突起における観察は困難であった。これを解決すべく,筆者らは高感度Ca2+指示タンパク質をアストロサイト特異的に高発現する遺伝子改変マウスを作製し,微細突起を含めたアストロサイト全体を高い時空間解像度でイメージングする手法を確立した1)。本稿は,その手法とこれにより解明された知見を中心に紹介する。

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 アストロサイトは最も数の多いグリア細胞であり,高等脊椎動物においてその数はニューロンを上回る。アストロサイトは多数の突起を伸ばし,血管からエネルギー源を取り込み,シナプスで神経伝達物質を回収することが,古くから示されてきた。本稿では,近年の個体レベルの研究に焦点を当て,拡散性伝達によって活性化されるアストロサイトのGタンパク質共役型受容体(G protein-coupled receptor;GPCR)の脳機能における役割を概説する。

B.病態モデル研究

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 神経障害性疼痛は,正常時には痛みとして感じない軽度の触刺激を激烈な痛みとするアロディニア(異痛症)や,疼痛過敏,自発痛などを主症状とする慢性的な病態生理的疼痛であり,生理的意義は見いだしがたい。臨床現場にある鎮痛薬(麻薬性鎮痛薬や非ステロイド抗炎症薬など)が効きがたく,患者の生活の質(quality of life;QOL)を著しく損なう。これは人類史上最悪の痛みとも言われているが,その発症メカニズムにはいまだ不明の部分が多い。神経細胞のみの研究ではなかなか突破口が見つからなかったところ,最近になり脊髄後角のミクログリアやアストロサイトの役割が注目されてきた。特に,活性化ミクログリアについては非常に多くの知見が積み上げられ,そこから新薬の可能性も見いだされている。本稿では,そのようなミクログリア研究を中心に,アストロサイト研究についても概説する。

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 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)は,大脳や脊髄の運動神経が変性し細胞死を起こすことにより,全身の筋肉が麻痺する原因不明の神経変性疾患である。ALSの多くは家族歴のない孤発性ALSであり,5-10%は遺伝性に起こる家族性ALSである。1993年の家族性ALS家系でのSOD1遺伝子の点変異の発見を機に,ALS病態を再現する動物モデルとして変異SOD1トランスジェニックマウスが樹立されALS研究は著しく進展した。更に,家族性ALSの新たな原因遺伝子としてRNA結合タンパク質をコードするTARDBP遺伝子(TDP-43)やFUS遺伝子が同定され,孤発性ALSの運動神経にもTDP-43陽性封入体が蓄積することから,ALSの発症機構としてRNA代謝異常が注目されている。

 グリア細胞はこれまで神経細胞の物理的な支持細胞と捉えられてきたが,近年,神経細胞の機能や恒常性維持に積極的に関与することが明らかになっている。これまで筆者らは,ALSの運動神経の変性過程にはグリア細胞の病的変化が積極的に関与することを明らかにしてきたが,グリア細胞による“非細胞自律性”の神経細胞死の病態解明は,現在ALSを含む神経変性疾患研究の重要なテーマとなっている。本稿では,アストロサイトを中心にALSのグリア病態を概説する。

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 虚血耐性現象とは,先行して非侵襲的虚血を経験すると,その後の侵襲的虚血に対する抵抗性を獲得する現象であり,虚血に最も脆弱な臓器である脳でも認められる。これまで脳卒中による神経障害を抑制する薬物,血流再開後の神経細胞障害を抑制する薬物など,いわゆる脳保護薬1,000種類以上の開発が行われたが,十分な有効性を呈する薬物はほとんどない1)。一方で,非侵襲的虚血により誘導される虚血耐性は,非常に強い脳保護作用を呈す。したがって,この現象の分子メカニズム解明こそが,脳梗塞治療薬および治療法の開発の鍵になるとして,既に多くの精力的な研究がなされている。虚血耐性誘導に関連する複数の重要な分子,更に細胞内シグナルなどが報告されているが,そのほとんどは神経細胞に注目したものであった。近年,脳機能における神経細胞以外の細胞,“グリア細胞”の重要性が明らかにされつつあり,特に病態時における重要性が提唱されている。また,脳卒中などの病態時では,神経細胞の機能維持および保護には,神経細胞以上にグリア細胞の役割が重要であることが明らかとなってきている。しかし,前述した虚血耐性におけるグリア細胞の役割はほとんどわかっていない。本稿では,虚血耐性とグリア細胞に関する,最新の“グリア性虚血耐性”に関する知見を紹介しながら,脳卒中に対して強い脳を作るグリア細胞の仕組みについて解説する2)

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 痒みは皮膚や粘膜を引掻きたくなるような不快な感覚である。生理学的には,引掻き行動を誘発させ,皮膚などに付着あるいは侵入する寄生虫などの外敵を除去する,生体防御機構の一つとされている。通常,痒みは掻痒皮膚への引掻きにより軽減するが,アトピー性皮膚炎などの病的な痒みは,慢性的で耐え難く,過剰な引掻き行動を繰り返してしまう。そのような長期的な引掻き行動は皮膚炎を誘発・悪化させ,更に痒みを増強する“痒みと掻破の悪循環”を形成し,痒みの慢性化や重症化につながる1)。慢性掻痒は睡眠障害や肉体疲労,精神的ストレスをもたらし,生活の質を著しく低下させる。現在,国民の約1割がアトピー性皮膚炎を発症すると推定されており,痒みのコントロールは極めて重要な課題である。しかしながら,抗ヒスタミン薬など既存の治療薬が十分に奏効しないため,病態メカニズムの解明と新規治療薬開発が強く求められている。

 本稿では,最近研究が急速に進展している脊髄後角内の痒み伝達回路を概説し,アトピー性皮膚炎などに伴う痒みの慢性化における神経細胞およびグリア細胞の役割に注目した最新の研究成果を紹介する。

C.ヒト疾患グリア病

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 近年,神経障害性疼痛においてグリアが深くかかわっていることが明らかとなってきた。当教室では,神経障害性疼痛を主症状とするアトピー性脊髄炎におけるグリアの役割について研究を進めている。本稿では,アトピー性脊髄炎の臨床的特徴ならびにその実験モデルにより得られた最新の知見について概説する。

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 グリアは,脳内の細胞の70-80%を占め,オリゴデンドロサイト,アストロサイト,およびミクログリアの3種に分類される。グリアはこれまで神経細胞を支持する補助的な機能しか持たないと考えられてきたが,脳の神経回路形成や高次機能発現に重要な役割を有していることが明らかになってきた。オリゴデンドロサイトは髄鞘を形成し,神経伝達速度を調節する1)。アストロサイトは神経細胞を支持し,脳の物理的な構造維持にかかわる細胞である。加えてシナプス間の神経伝達物質の物質輸送に密接に関与し,シナプスを介した神経細胞の,シナプスの情報伝達にも関与することが明らかになっている2)。ミクログリアは,脳内の免疫担当細胞として認知されていたが,シナプス刈り込みにより神経回路の形成過程に関与する3)。グリアの機能変化および異常が精神疾患など種々な脳疾患に影響する可能性があり,なかでも統合失調症と自閉スペクトラム症(autistic spectrum disorder;ASD)は,モデル動物研究,死後脳研究や神経画像研究などによりグリアとの関連が示唆されている。したがって,グリア関連遺伝子とこれらの疾患との関連の検討が病態解明のため大きな役割を果たす。本稿では,統合失調症・ASDのゲノム解析結果を中心にグリア病態について解説する。

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 近年の死後脳研究やPET(positron emission tomography)を用いた生体脳研究により,統合失調症,自閉症,大うつ病など様々な精神疾患患者において,脳内免疫細胞ミクログリアの過剰活性化が次々と報告されており1-8),ミクログリア活性化抑制作用を有する抗生物質ミノサイクリンに抗精神病作用や抗うつ作用が報告されている9-13)。他方,筆者らは,ヒトでの研究ではないが,齧歯類由来ミクログリア細胞を用いたin vitro実験により,精神科臨床で欠かすことのできない様々な抗精神病薬や抗うつ薬がミクログリア細胞の過剰活性化を直接的に抑制することを見いだしてきた14-17)。従来,抗精神病薬や抗うつ薬は,神経細胞およびシナプス間のネットワークを含む神経回路にもっぱら作用すると信じられており,グリア細胞への直接的な影響はほとんど鑑みられない状況であった。筆者らは,こうした薬剤が脳内で直接的にミクログリア過剰活性化を抑制することを通じて脳保護的に作用しているのではないかという仮説を立てており,ミクログリア過剰活性化を介した精神疾患の病態治療仮説を提唱してきた18-20)(図1)。本稿では,精神疾患におけるミクログリア仮説解明のために推進しているヒトを対象とした橋渡し研究の一端を紹介する。

連載講座 生命科学を拓く新しい実験動物モデル-6

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 近年の急速な医学の発展によりわが国の人間の平均寿命は年々延長しているが,いまだ心疾患,血管疾患,脳機能の低下,がんなどの様々な老化関連疾患により,健康を維持したまま天寿を全うすることは困難であるのが現状である。このような老化関連疾患を予防するためには,老化,すなわち生体という恒常性維持機構が破綻する過程の包括的理解が急務である。これまでにも既存のモデル動物を用いた解析が世界中で行われているが,近年,新たな切り口からのアプローチがなされ始めている。ハダカデバネズミはマウスと同等の大きさながら,平均寿命28年という異例の長寿齧歯類である。その生存期間の8割もの間,老化の兆候を示さず,加齢に伴う死亡率の上昇も認められない。更に,今まで自然発生腫瘍が確認されたことがないということが報告されている。つまり,ハダカデバネズミは老化そのもの,そして老化関連疾患に対して抵抗性を示す特異な哺乳類であり,このことから,老化と腫瘍研究の新しいモデル動物として大変注目されている。

仮説と戦略

オレキシンの多様な機能 櫻井 武
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 オレキシンは,視床下部外側野(lateral hypothalamic area;LHA)に散在するニューロン群によって特異的に産生される神経ペプチドであり,睡眠覚醒の制御に重要な役割を果たしている。オレキシンは33アミノ酸残基から成るオレキシンAと28残基から成るオレキシンB(ヒポクレチン-1および-2とも呼ばれる)から成る二つのアイソペプチドメンバーによって構成される神経ペプチドファミリーである。オレキシンAとオレキシンBはオレキシン1受容体(orexin receptor 1;OX1R)とオレキシン2受容体(orexin receptor 2;OX2R)に作用する(図1)。オレキシンは強力な内因性の覚醒維持物質として注目を集めており,オレキシン受容体拮抗薬は次世代の睡眠導入薬として期待されている(表)。しかし,オレキシンは睡眠覚醒制御のみではなく,様々な生理機能に関与していると考えられている。オレキシン系は,特に情動や報酬系と密接な関連を持っており,情動や報酬はオレキシン系を介して覚醒に影響を与えると考えられている。

 オレキシンニューロンは,LHAとその周辺,脳弓周囲領域,背内側視床下部や後部視床下部に特異的に局在する。これらのニューロンは生体内外の情報を受け,必要な覚醒状態を維持する機能を持っている。また,覚醒のみではなく,自律神経系,内分泌系,報酬系など様々な機能との関連が示されている。逆の言い方をすれば,覚醒はそれらの機能と密接に関連しており,オレキシンはそれらの機能をリンクするシステムであると言える。

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 受精から始まる哺乳動物の個体発生では,受精卵は細胞分裂,増殖,および分化を繰り返し,最終的に様々な形態や機能を持つ200種類以上の細胞へと分化していく。DNAの塩基配列により規定される遺伝情報は,一部の例外を除いてすべての細胞で同一である。しかし,受精卵から分化した多様な細胞は,それぞれの細胞に必要な遺伝子だけを発現させ,不要な遺伝子の発現を抑制している。このような,DNA塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現制御は“エピジェネティック制御”と呼ばれ,DNAのメチル化がヒストン修飾と共に中心的な役割を果たしている。

 DNAのメチル化は,DNAメチルトランスフェラーゼ(DNA methyltransferase;Dnmt)がCpGジヌクレオチドのシトシン5位の炭素にメチル基を付加することにより5-メチル化シトシン(5-methylcytosine;5mC)に変換させることから生じる。細胞が発生・分化の過程で獲得したDNAメチル化は,“記憶”として娘細胞に受け継がれ,それぞれの細胞に固有の遺伝子発現を保証している。しかし,哺乳類では受精直後の初期胚と始原生殖細胞の段階で生じるリプログラミング(初期化)過程においてゲノム全体が脱メチル化される。本稿では,哺乳類の発生過程におけるDNAメチル化リプログラミングの分子機構と制御機構について概説する。

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 わが国の筋研究には,長くて輝かしい基礎研究の伝統があります。丸山工作先生によって紹介されているように,Albert Szent-Györgyiの「筋収縮の化学」に始まる研究の流れは,殿村雄治,大沢文夫,江橋節郎と名取礼二という先駆者を得て,大きく発展したことは言うまでもありません。その流れは,細胞運動も含んで「生体運動合同班会議」として,脈々と受け継がれています。一方,江橋節郎先生は,冲中重雄先生の影響下に,もう一つの研究をスタートされました。それが,筋ジストロフィーの克服を目標とした研究です。この分野の研究は,骨格筋細胞の培養が可能であったことをきっかけとして発生学と細胞生物学を足場とし,形態学,生化学と生理学を中心としながらも,筋ジストロフィーの原因追究の過程で,分子遺伝学と分子生物学を取り込み大きく発展してきました。Duchenne型筋ジストロフィーの原因としてのDystrophinの発見と,筋分化制御因子としての(当時はマスター遺伝子と呼ばれた)MyoDの発見は,その流れを象徴するものでしょう。主として我が国で研究が行われたConnectin/Titinあるいは,Calpainの研究についても,筋ジストロフィーとの関係が明らかにされたことで進展が加速されたことを否定することはできません。近年の筋疾患治療学の発展は,遺伝子治療学や再生医学をも巻き込むものとなっています。また,野村達次先生によって創始された疾患モデル動物学も大きな役割を果たしました。こうした研究は,明確な目標を持っていたことから,長年にわたって厚生労働省,更には国立精神・神経医療研究センターによって運営されてきた筋ジストロフィー研究班が,学会の不在を補ってきた面があります。

 しかし,言わば基礎筋病学は,今日,新たな時代を迎えようとしています。確かに筋ジストロフィーについては,病態を解明する研究が進展し治療法開発まで到達したといえますが,人体で屈指の大きな臓器である骨格筋そのものの研究については,超高齢化社会を迎えた我が国が直面している筋萎縮の病態解明・予防法の開発を含め,これからの大きな課題です。隣接する整形外科の領域では,骨代謝学会を中心に運動器を対象にしたロコモティブ症候群に関する活発な研究活動が進められていますが,筋学側の受け手が十分ではありません。癌等の慢性疾患に伴うカケキシア及び代謝性疾患等を含む生活習慣病,加齢に伴うサルコペニアを含む筋萎縮の病態の解明・治療法の開発についても,筋研究者の参画が待ち望まれています。人の病気に関してだけではなく,理学部,農学部,工学部,薬学部でも改めて骨格筋の生物学及び骨格筋病学に関する興味は増しています。更に,病態の理解,バイオマーカーの確立,治療薬や医療機器の開発のためには,製薬企業を初めとする企業の皆さんの協力を欠かすことはできません。

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 本書は2015年に京都で開催されたWorld Health Summit(WHS)のRegional Meetingで取り上げられたトピックをそれぞれの専門家が解説したものに加えて,同会議の会長を務められた京都大学医療疫学教授の福原俊一先生による世界のリーダーへのインタビュー記事から成っている。WHSの全体を貫くテーマは「医学アカデミアの社会的責任」とされ,さらにそのキーワードとして医療レジリエンスという言葉が用いられている。

 大変に恥ずかしい話ではあるが,私はこれまでレジリエンス(resilience)という言葉の意味をよく知らなかった。レジリエンスはもともと,物理学の用語で「外力によるゆがみをはね返す力」を意味したが,その後,精神・心理学用語として用いられ,脆弱性(vulnerability)の対極の概念として「(精神的)回復力・抵抗力・復元力」を示す言葉として使われるようになったという。今回,評者がこの書評を依頼された理由を推測するに,評者が最近,超高齢社会における現代医療の限界・脆弱性を指摘していたことにあると思われる。もっともその指摘は身内に脆弱高齢者(frail elderly)を抱えた個人的体験によるもので,アカデミックな考察には程遠いものである。

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財団だより

次号予告

あとがき 野々村 禎昭
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 自然科学の学問,研究は平和な時にのみに行われます。我々は戦後70年間憲法9条に守られ,これが当たり前のように学問研究を続けてきました。しかし今,突然憲法違反とも指摘される法律の登場で危険な状況になってきました。学問,研究を続けるためにも我々は守るべきものは守らねばなりません。一方,世界的にはヨーロッパは大変な状況におかれています。イラク,シリアで起こっている戦闘状態のため数十万の難民がヨーロッパに流れ込んでいます。これが続けば経済的にEUは破綻してしまうかもしれず,学問,研究は続けられません。幸い中近東,アフリカから離れている我々にとって,今回の難民問題はヨーロッパに比べればその影響は大きくありません。守るべきものを守れという声を上げつつ学問,研究に打ち込んで行く時です。

 本号の特集は「グリア研究の最先端」を取り上げました。ご自身の研究がグリア領域で最先端を行く九州大学薬学部井上和秀教授にお願いして,最新のテーマと著者を考えていただきました。同教授が冒頭の「特集によせて」に書かれている研究の歴史にあるように,ニューロンの付属物であったグリアがやがてニューロンとグリアの相互作用となり,それがグリア同士のネットワークが脳神経作用の中核になっていく様子が,そして疾患とも関係していくことが多くの著者の記述から読み取れます。それは合衆国で2年おきに行われているGordon Research ConferenceのGlial Biology(本特集の著者の多くも活躍されています)の内容もこのような過程をとっています。

基本情報

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生体の科学
66巻6号 (2015年12月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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