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わが国の筋研究には,長くて輝かしい基礎研究の伝統があります。丸山工作先生によって紹介されているように,Albert Szent-Györgyiの「筋収縮の化学」に始まる研究の流れは,殿村雄治,大沢文夫,江橋節郎と名取礼二という先駆者を得て,大きく発展したことは言うまでもありません。その流れは,細胞運動も含んで「生体運動合同班会議」として,脈々と受け継がれています。一方,江橋節郎先生は,冲中重雄先生の影響下に,もう一つの研究をスタートされました。それが,筋ジストロフィーの克服を目標とした研究です。この分野の研究は,骨格筋細胞の培養が可能であったことをきっかけとして発生学と細胞生物学を足場とし,形態学,生化学と生理学を中心としながらも,筋ジストロフィーの原因追究の過程で,分子遺伝学と分子生物学を取り込み大きく発展してきました。Duchenne型筋ジストロフィーの原因としてのDystrophinの発見と,筋分化制御因子としての(当時はマスター遺伝子と呼ばれた)MyoDの発見は,その流れを象徴するものでしょう。主として我が国で研究が行われたConnectin/Titinあるいは,Calpainの研究についても,筋ジストロフィーとの関係が明らかにされたことで進展が加速されたことを否定することはできません。近年の筋疾患治療学の発展は,遺伝子治療学や再生医学をも巻き込むものとなっています。また,野村達次先生によって創始された疾患モデル動物学も大きな役割を果たしました。こうした研究は,明確な目標を持っていたことから,長年にわたって厚生労働省,更には国立精神・神経医療研究センターによって運営されてきた筋ジストロフィー研究班が,学会の不在を補ってきた面があります。
しかし,言わば基礎筋病学は,今日,新たな時代を迎えようとしています。確かに筋ジストロフィーについては,病態を解明する研究が進展し治療法開発まで到達したといえますが,人体で屈指の大きな臓器である骨格筋そのものの研究については,超高齢化社会を迎えた我が国が直面している筋萎縮の病態解明・予防法の開発を含め,これからの大きな課題です。隣接する整形外科の領域では,骨代謝学会を中心に運動器を対象にしたロコモティブ症候群に関する活発な研究活動が進められていますが,筋学側の受け手が十分ではありません。癌等の慢性疾患に伴うカケキシア及び代謝性疾患等を含む生活習慣病,加齢に伴うサルコペニアを含む筋萎縮の病態の解明・治療法の開発についても,筋研究者の参画が待ち望まれています。人の病気に関してだけではなく,理学部,農学部,工学部,薬学部でも改めて骨格筋の生物学及び骨格筋病学に関する興味は増しています。更に,病態の理解,バイオマーカーの確立,治療薬や医療機器の開発のためには,製薬企業を初めとする企業の皆さんの協力を欠かすことはできません。
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