細胞工学 32巻6号 (2013年5月)

特集 アカデミアの創薬スクリーニング:分子標的からリード化合物発見への戦略

基礎の基礎 吉田 稔
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かつて日本はアカデミア創薬先進国であった.第2次世界大戦後の数年の間に,日本ペニシリン学術協議会(現在の日本抗生物質学術協議会)を中心とした産官学の共同研究によって我が国は驚くべき速度で欧米の創薬研究の最先端に追いついた.1948年には米国,英国に続く世界で3番目のペニシリン工業生産国になり,1950年代には世界トップの抗生物質大国になったのである.国立予防衛生研究所初代抗生物質部長であり,東京大学応用微生物研究所教授でもあった梅澤濱夫が発見したカナマイシンはストレプトマイシン耐性の結核菌に有効な抗生物質医薬品となり,また,北里大学教授だった秦 藤樹が発見したマイトマイシンは,協和発酵によりマイトマイシンCとして初の抗がん抗生物質として実用化された.当時,アカデミアでは抗生物質探索を中心として天然生理活性物質のスクリーニング研究が盛んに行われ,創薬におけるアカデミアの役割は重要な位置を占めていた.そして100以上もの日本発の抗生物質が実用化され,じつに41種類もの国産抗生物質が海外導出されたのである .しかし,天然から単離される新規化合物が次第に減少するのに伴い,創薬スクリーニングの主体は天然物からコンビケムを中心とした化合物ライブラリーを用いたハイスループットスクリーニング(high throughput screening;HTS)へと移り,それに伴ってアカデミアと創薬研究との距離は遠のいてしまった.天然から発見・単離した化合物そのものが医薬品となる可能性がある天然物創薬に比べ,化合物ライブラリーからの創薬は,創薬化学を含む多大なリソースを必要とするHit toLead研究とリード最適化が必須であり,アカデミアにはきわめてハードルが高い.また,分子生物学を駆使した研究の隆盛と遺伝子工学を基盤としたバイオインダストリーの発展がアカデミアにおける探索的研究そのものを縮小させてしまった面もある.

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我が国のアカデミアで創薬スクリーニングに着手しようにも基盤がなく,薬理活性を有するオリジナルの低分子化合物を見いだすには,偶然の発見や天然物の難しいスクリーニングしか手段がなかった.しかしながらごく最近,化合物ライブラリー,スクリーニング設備,化学合成支援チームが整備され,誰でも創薬スクリーニング研究に挑戦できる環境になっている.さらにスクリーニングで創薬シーズの候補が見つかった場合に,標的タンパク質が明らかな場合にはX線結晶構造解析の支援を受けることもできるため,標的分子と化合物の共結晶構造情報からよりすぐれた化合物への最適化合成の効率化を図ることが可能である.手厚い支援を受けることができるこの機会に,独創的な基礎研究から得られた創薬アイデアを製薬企業が興味を持つレベルの創薬シーズに磨き上げてみてはいかがだろうか?

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現代の創薬研究では,ゲノムやプロテオーム解析から得られた疾患関連タンパク質群と有機化合物からなる小分子群のそれぞれの集団の中から,医薬品として適したペアを同定していくことが求められる.その第一選択手段がドラッグスクリーニングであり,疾患関連タンパク質と小分子化合物との接点を作るための重要な“場”である.本稿では,近年筆者らが行ってきた化合物ライブラリーの構築から,新規抗がん剤創出を目的としたスクリーニングと構造最適化研究を紹介しながら,ドラッグライクネスとドラッガビリティーについても解説する.

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天然物の抽出物や化合物ライブラリーの中から興味ある活性化合物を見いだすためにはスクリーニング系の確立が必要である.本稿ではまず,化合物が引き起こす細胞形態の変化に関するデータベースを構築し,形態変化を指標にしたハイコンテントスクリーニングを紹介する.次に,リン酸化ペプチドを認識するタンパク質(Plk1のPBD)と,蛍光標識した基質ペプチド(Wee1の一部)のタンパク質間相互作用を阻害する化合物を見いだすためのハイスループットスクリーニング系を紹介する.最後に,多数の化合物をガラス基板上に固定化した化合物アレイを用いて,目的タンパク質に結合する化合物を見いだす超高速スクリーニング系について解説する.

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ビジュアルスクリーニングは蛍光イメージングを用いた化合物スクリーニングの一種である.この手法は近年,高度な機能を備えた顕微鏡の登場によってハイスループットスクリーニングに応用されるようになってきた.本稿ではまず,ビジュアルスクリーニングの基礎や必要な機器について概説する.その後ビジュアルスクリーニングの具体例として,in cell FRETを紹介する.in cell FRETは生細胞中で高感度にタンパク質間相互作用を検出するアッセイ系であり,in vitro では検出が困難であった不安定なタンパク質間相互作用を薬剤スクリーニングのターゲットとすることができる.

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創薬におけるスクリーニング法としては,試験管内で行う生化学的アッセイ系をもとにしたスクリーニング系や,セルベースアッセイ系をもとにしたスクリーニング系が主要な技術として考えられる.しかしながら,試験管を用いたアッセイ系でスクリーニングされた化合物は,結局は細胞を使って試験しなければならない.例えば,創薬標的分子の阻害剤スクリーニングを行う際に,標的となるタンパク質を精製し,そのタンパク質に直接作用し,活性を阻害する化合物を選抜したとしても,いざそのヒット化合物を細胞にかけてみたら,細胞膜を透過しない,標的分子以外にも作用して毒性を示してしまった,などということが起こる可能性がある.それなら最初から細胞を用いてスクリーニング系を立ち上げたほうが透過性,毒性の問題もクリアした化合物を選抜できる.本稿では,分裂酵母を生きた試験管として用い,何万もの化合物を効率良く,簡便に,コストも抑えてハイスループットに阻害剤をスクリーニングできる技術について紹介したい.

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最近の抗がん剤開発はがんに発現する分子標的(がんのアキレス腱)を狙い撃つ分子標的薬へと目が向けられ,がん治療の標的分子を見いだし,ハイスループットスクリーニングによりヒット化合物を見いだすのが主流となっている.この場合,細胞レベル,動物レベルで有効性が出るよう,ヒット化合物を最適化する必要がある.それに対し,セルベースのスクリーニングは,少なくとも細胞レベルで効果を持つ化合物を選別できるが,その化合物の分子標的を明らかにし,かつその分子標的が他の分子標的抗がん剤と比べてユニークであることを示さねばならないのが難点である.筆者らはこの点を解決するシステムとしてCancer Cell Informatics を開発した.Cancer Cell Informatics は,39種のがん細胞(JFCR39)をセットとして扱うセルベースのスクリーニング系であるが,JFCR39の薬剤感受性をデータベース化し,インフォマティクスを導入することによって,化合物ごとに分子標的を予測することを可能とするものである.本稿では,Cancer Cell Informatics の方法論を概説し,がん分子標的薬創薬への応用例を紹介する.

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海洋生物は,私たちの想像をはるかに超えた複雑な構造を持つ天然物を産生する.さらに重要なことは,それらの多くが切れ味鋭い生理活性物質として機能することである.近年上市された抗がん剤であるエリブリンも,そのような海洋性天然物であるハリコンドリンBをリード化合物として開発された.その開発の過程には,天然物の単離と構造決定,その全合成,そして作用機構の解明といった化学と生命科学のエッセンスが凝縮されており,今後の天然物をリード化合物とした創薬におけるモデルケースになると考えられる.

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フィンゴリモド塩酸塩(FTY720)はアカデミアとの共同研究をもとにした創薬展開によって見いだされた世界初の多発性硬化症経口治療薬であり,現在欧米や日本など65以上の国で承認されている.FTY720はスフィンゴシンと類似構造を有するため,スフィンゴシンキナーゼによってリン酸化体に変換され,リンパ球の体内循環に必須の役割を果たすスフィンゴシン1- リン酸受容体1型(S1P1 受容体)の機能をブロックすることで免疫調節作用を発揮する.本稿ではFTY720の発見から臨床応用に至る経緯について紹介する.

基本情報

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細胞工学
32巻6号 (2013年5月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:0287-3796 学研メディカル秀潤社

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