看護教育 4巻7号 (1963年7月)

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 わが国は教育の水準が高いことにおいて各国からその特質が認められている。実際に多数の青少年が学校へ進学しているという点においては,世界で第2位であるということができるであろう。学校には幼稚園から大学まで体系ができているが,その中で一般教育を施す学校と専門教育のための学校とがある。しかし専門教育を施す教育機関の中において専門職のための特殊な教育を施す学校ができている。これは近代学校の教育を展開している先進国において,学校教育を拡充するにつれてこうした専門職のための学校が分化して成立してきたのである。

 専門職のための学校教育を割合に古い時代から分化させてきたのは,法律学,医学,神学を修めるための高等教育機関であった。これらは司法官,弁護士,医師,牧師を養成する学校であって,世間ではこれらを専門職として一般職業と区別したのである。それはこれらの専門職が社会においてきわめて重要な役割を果たしているために,高度な学識と技術とを必要としているので,だれでもこの職につくという性質のものではあり得ないとした。いわば社会における人間のあり方の中心の柱を支えているようなもので,この専門職が堅実でないとその社会の人びとは幸福であることができない,そうした特殊な職分である。そのために最高水準の教育をうけ,社会的にも尊敬され,待遇も特に考慮されているのである。

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 去る4月5日,東京都立保健婦助産婦学院でDay Campが行なわれた。この催しは今年で3回目を迎えたが,現在の学院長渡辺もとゑ先生の教育目標に沿って,教育的効果を狙ったものとして大いに興味のあるところである。

 毎年4月は,日本のほとんどの学校が新学期を迎え,新入生が入学してくる。新しい期待と新しい生活環境への若干の不安をまじえて,幾分おずおずとした新入生が,教室や校庭の隅にかたまっている光景は,私たちのよく目にするところである。この新入生たちに,早く学院になじませ,学院の教育方針を理解させ,教育効果をあげるようにとの狙いが,Day Campの形をとって行なわれ,そのすばらしい効果を私は目のあたりにすることができた。

小児看護教育における一つのこころみ

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 小児看護教育の一つの大きな目的は,学生に人間の成長発達過程(特に小児期)を理解させることにあると思う。そしてそれをカリキュラムのなかでどのように教えるかは最も重要な点であろう。W. H. O. の小児科学教育についての研究協議報告(Technical Report Series No. 119)にも「小児科学は単に身体的器管,特殊な技術,特殊な疾病に限られた専門ではなく,人生の特殊な期間に適用される一般医学であり,個人の生涯において小児期は出生から思春期にいたる発育という特殊性をもった生物学的な期間である」ということをいかに学生に理解させるかについて種々討議されており,またドクター・ブラウンはその著書「Curriculum Development」のなかで小児の成長発達—出生から思春期に至る間の身体的精神的,情緒的,社会的発育発達を学生に理解させるために,教授法のプログラムのなかにできるだけ健康小児に関する学習をふくめることが望ましいし,新生児室や乳児院,保育園,幼稚園,学校などの社会施設を利用して病児の看護にはいる前に健康な小児についての理解を深め,その養護の実習を計画するようすすめている。

予科期の実習

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はじめに

 「予科期の実習」という題を与えられて,何か書くようにとのことてペンを取ってみたものの,生来物を書くことが不得手なので,私の云いたいことがどの程度皆様にご理解いただけるか,その点非常に気がかりではありますが,当校で行なっている1年生の夏休み前の実習こついて一言述べてみたいと思います。

 皆様の忌憚のないご意見とご教示をいただけたら幸いと存じます。

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前近代的な現状を乗り越えて

 わたしたちは卒業生をおくりだすまもなく,新入生を迎えました。毎年のことながら看護に対する大きな希望と純すいな理想に胸をふくらませて入学する1年生を迎えるたびに,看護教育の現状を思い,もってゆきどころのない悩みにかられます。

 看護業務の確立,理想的な看護チーム,看護体系の将来など,いく多の問題をもつ不安定な看護制度のなかにあって,直後看護教育にあたるもののなやみは想像以上のものがあります。特定の一部の学校をのぞいて,大部分の看護学校,養成所の経済的基盤はあまりに貧弱です。あのようにもしたい,このようにもしたいと考えながらも,予算制約のためまったく動きのとれない教育内容,教育設備,いいすぎといわれるかもしれませんが前近代的な様相を呈しているように見えてなりません。国立大学の一学科にかかる何分の一のわずかな費用で,その何倍かの学生数の教育を求められています。もちろん現状の看護教育が一般大学のそれと質,量において簡単に比較てきるものとは思いませんが,その卒業生が求められる社会的責任,実質的責任をおもえば現状はあまりにみじめではないでしょうか。これらのあつい壁,大きな困難に直面しながらもなお,看護教育にあたるものはその責任を果たさなければなりませんが,これも開拓期にあるものに課せられた宿命と一人でなぐさめております。

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 看護部門において人間関係が良好に結ばれるためには,自分の意志を相手に正しく,効果的に伝えること,すなわち,コミュニケーションということがまず問題となる。

 このコミュニケーションが効果的に行なわれるためには,まず,こちらの話しの内容が正しく相手に理解されることが第1要件である。しかし,さらに重要なことは,こちらが所望するような反応が相手の側に確実に現われるということである。そのためには,いったいどのような方法でコミュニケーションが行なわれた場合,あなたは自分が意図するように相手を行動させることができ,説得指導の効果をあげることができるかということであろう。

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 “おがめばなおる”というような“病気なおし”をはじめとするさまざまなゴリヤクの信心こそ,新興宗教のかなめです。追いつめられて“ワラにでも”すがる気持はわかるにしても,起こるはずのないそういう奇跡の信仰が幾百万の現代人をひきつけているからには,何かそこに特別のうまい仕掛けでもあるのではないでしょうか。いったいその奇跡なるものは,どんな構造になっているのでしよう。だれしも最初は首をかしげるはずなのにそれがどんな仕掛けで信じこむようになってしまうのでしょう。新興宗教にはレクリエーションの要素もあるし,社会的な活動の代用もつとめて悩みと迷いの多い未組織の大衆をひきつけます。そのことは前回にのべました、それにしても,新興宗教のかなめであるゴリヤク信心そのものの構造はどうなのか。この回ではその点を,病気との関係を中心にして,しらべてみることにしましょう。

Guide for Teachers 私は内科看護法をこう教えている

急性胃炎 兼久 令子
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はじめに

 内科看護法(30時間)の言薄義中「消化器疾患の看護」にはいって,「消化器の解剖生理」「消化器系疾患患者の観察すべき症状」および「口腔食道疾患の看護」を経て当疾患の看護にはいりますが,本講には約1時間をとります。

肝硬変症 上田 久子
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肝硬変の概略

 どのような疾患の看護をするにあたってもその疾患についての基礎知識必要で,ことに患者からの質問,あるいは看護にあたって,その理由を十分納得させるための知識をもっておかねばならない。「肝硬変症の看護」について申し上げる前に肝硬変の概略について述べておく。

 肝硬変症とは,肝細胞の変性と再生,間質結合組織の増殖,萎縮,との両病変が起こったものを肝硬変と総称する。このような肝臓は,その名の示すように硬くなり,末期にはたいてい小さくなる。またその表面は,顆粒状あるいは,結節状を呈し,正常の肝臓の表面のようになめらかさがなくなり,ぶつぶつが一面にできる。好発年令は45才〜65才の中年以後の男子に多く,男女の比は2:1であるといわれている。

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まず人間味のある看護婦に

 どうすれば自分の病棟のスタッフたちに張切って仕事をしてもらえるか,またお互いに協力し合って明かるい雰川気の中で自分の持つ能力を十分に活用し,看護のよろこびを感じながら働けるかという事は,一口に申しますならば,“良い人間関係”にあると信じております。

 外科病棟においては患者の動きも激しく,また患者の大部分が手術という試練に耐えるために,入院してくる事が多く,その手術に対してひじょうに不安な心理状態にあり,その時“この看護婦なら”という安心感が満たされた時,患者は精神的に安心し,信頼して治療看護を受けることができます。いかに医師が卓越した手腕をふるっても,これに伴う合理的な看護がなかったなら,診療の成果はあがらないことはいうまでもありません。この意味からも,看護婦はよく自己の責務の重大さを自覚し,職業人としての責任ある態度が望ましいと思います。ある時は,患者や家族の心を越えて行動しなければならない時もありますが,看護の対象は申すまでもなく,疾病そのものではなく病に苦しんでいる人間なのですから,深い愛情と観察力を持った人間味のある看護婦でなければならないと思います。

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 内科臨床実習指導計画表をめぐって

 側面からながめてみると,ひじょうに多くの枝葉をかかえているようにみえる看護の現実の姿。が,とにかく“その成り立ちは理論と実践にあり”という一節をだれも否定するものはあるまい。知識ばかり豊富でも,もしそれが実践の伴わない場合,また実践を無視しているような場合,その価値は半減するといっても決して云いすぎではないことを信ずる。

 そこで,実践の場として私どもの手元には,実習場所が提供されている。

編集デスク・29

惜櫟荘主人 長谷川 泉
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 惜櫟荘(せきれきそう)はすなわち熱海に建てられた岩波茂雄の別荘である。ここは客ずきであった岩波茂雄が,物資の乏しいなかでも好んで客をしたところであり,最後の息を引きとったところでもある。この別荘の庭には櫟(くぬぎ)の大木がわだかまっていた。別荘を建てるのに,これを邪魔として切ろうという大工に,岩波は「この木を切るなら,その前におれの腕を切れ」と言ったのである。くぬぎはやくざな木だ。おれみたいだと云った。別荘の名のあるゆえんである。

 小林勇著「惜櫟荘主人」は[一つの岩波茂雄伝」と副題されているように,岩波茂雄の生涯を浮き彫りしたものである。著者は18才の時岩波書店に入った。そして現在は岩波書店の会長であるが,その間に図書配達の荷車ひきから編集の苦労をつぶさになめ,岩波書店主の娘と結婚しているから,書店主との関係は店のだんな(岩波書店では「先生」と呼んだ)から父に変わっている。そのような関係が,日本の出版界にアカデミズムの基礎を築いた文化人岩波茂雄の赤裸々な人間性を洗い出すことにもなったのである。著者の著述家としての力量はすでに幸田露伴や寺田寅彦などについて記した回想記によって十分に評価されている。エッセイストクラブ賞も受賞している。

基本情報

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看護教育
4巻7号 (1963年7月)
電子版ISSN:1882-1391 印刷版ISSN:0047-1895 医学書院

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