編集デスク・29
惜櫟荘主人
長谷川 泉
pp.56
発行日 1963年7月1日
Published Date 1963/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663904408
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惜櫟荘(せきれきそう)はすなわち熱海に建てられた岩波茂雄の別荘である。ここは客ずきであった岩波茂雄が,物資の乏しいなかでも好んで客をしたところであり,最後の息を引きとったところでもある。この別荘の庭には櫟(くぬぎ)の大木がわだかまっていた。別荘を建てるのに,これを邪魔として切ろうという大工に,岩波は「この木を切るなら,その前におれの腕を切れ」と言ったのである。くぬぎはやくざな木だ。おれみたいだと云った。別荘の名のあるゆえんである。
小林勇著「惜櫟荘主人」は[一つの岩波茂雄伝」と副題されているように,岩波茂雄の生涯を浮き彫りしたものである。著者は18才の時岩波書店に入った。そして現在は岩波書店の会長であるが,その間に図書配達の荷車ひきから編集の苦労をつぶさになめ,岩波書店主の娘と結婚しているから,書店主との関係は店のだんな(岩波書店では「先生」と呼んだ)から父に変わっている。そのような関係が,日本の出版界にアカデミズムの基礎を築いた文化人岩波茂雄の赤裸々な人間性を洗い出すことにもなったのである。著者の著述家としての力量はすでに幸田露伴や寺田寅彦などについて記した回想記によって十分に評価されている。エッセイストクラブ賞も受賞している。
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