看護教育 17巻6号 (1976年6月)

私の発言

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はじめに

 先日のこと,専修学校制度に関する説明会があったので,我が校も早く各種学校のレッテルを取りはずしたいという期待から勇んで出席した.しかし会場を埋め尽くした関係者の属しておられる学校の種類が分かってくるにつれ,また説明が進むにつれ,私の心の弾みは次第に消失し,我が国における看護教育の社会的地位が,編み物や料理の専科の学校と同等である現実に大きなため息をつき帰路に向かった.

 この4-5年の間,日本においても看護大学,短期大学が新設され,学校教育法に基づく看護教育も手の届かぬ夢ではないと思っていたが,まだまだそこに至る道は長く厳しいようである.アメリカにおける看護教育制度は,我が国でも看護の専門誌に何回となく紹介されており,すでに皆さん既知のことであるが,日本の看護教育は,その制度,質からして,残念ながら10年以上は遅れているとしか思われない.

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 終戦直後の混乱を背景として日本経済の再建が図られたこの時期に本格的な看護婦養成の事業がGHQの指導のもとに強力に推し進められ今日の基礎が築かれたといえよう.既に戦後30年を経ている現在草創期の厳しい状況のもとで活躍された多くの先達の努力から学び取り更に次代に継承してゆくことが大切であろう.そこでかつての指導者の方々に登場していただき師弟のリレー対談を通して戦後の看護教育の足跡をたどってみることにしたい.

成人看護学各論の授業展開

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はじめに

 東邦大学高等看護学校(以下,本校と記す)における成人看護学各論指導展開順位2番目の呼吸器疾患患者の看護指導展開の概略は,本誌Vol. 16 No. 12に発表したので,今回は除外し,その後に続く循環器疾患患者の看護の指導展開について述べる.展開順位を3番目に位置づけたのは,本誌Vol. 17 No. 4でも簡単に触れたが,呼吸器系と循環器系は解剖・生理学的に関連性が強く,疾病,治療,看護のいずれにおいても,切り離せないと考えたからである.しかし,循環器疾患は学生の体験がほとんどないので,消化器・呼吸器疾患に比べて学習の動機づけ,理解がやや困難と考えられる.

 そこで,日ごろ心臓の存在,働きなどを意識しない健康人でも,恥ずかしい思いをしたときや走ったときなどは,動悸や息切れを自覚するものであり,しかもそれらは循環器疾患患者のほとんどにみられるので,この体験を導入とし,できる限り学習に興味を持たせ,理解しやすくしたいと考えている,なお,教室授業の全体指導構造は表に示すとおりであり,次に述べる指導目的・目標は,表全体を含めたものである.本稿の授業案は専任教員が担当する看護学の指導展開についてのみであるが,循環器疾患患者の主な看護上の問題と,その解決の視点を‘看護の特殊性’とし,その特殊性を踏まえて援助するための共通する知識・技術を‘看護上の要点’として挙げる.

助産婦教育における実習指導の実際

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はじめに

 助産婦教育における専任実習指導教員の役割について,第1報(本誌Vol. 17 No. 4)では,学院籍の臨床実習指導教員がどのような役割を持っているか,また専任教員や実習病院スタッフの協力のもとに,どのようにその役割を果たしているかを述べた.第2報(Vol. 17 No. 5)では,‘実習形態と実習指導方法’と題して,助産論実習のうち産婦看護(助産を含む)と母子保健管理実習のうち,妊婦の健康診査と保健指導に教員指導のウエイトを置きながら,実習進度にそって各段階ごとに実習科目別実習指導方法について述べてきた.

 そこで今回は,これまでのまとめとして,教員による実習指導の効果について,1)実習項目の経験数,2)能力の上達度,3)教員の業務量などの側面から考えてみたので報告する.

臨床実習レポート

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はじめに

 患者と看護婦との人間関係は,看護をしていく上で重要なことである.このことはだれでも知っているし,数多くの研究もなされてきた.これらを基礎にし,看護哲学を形成して,臨床において実践していけばよいわけである.

 しかし,いざ臨床の場に出て対人関係をもつ段になると,うまくいかない場合が多い.患者は複雑な個性を持つ人間である.ケアを全く拒否される場合もあるし,今まで‘あの人はこういう人柄だ'と思っていたのに,突然思いもかけない面を発見して当惑することもある.また,いくらこちらから働きかけても反応がなく,これからどうしていったらよいかという方針がたたないこともあるだろう.そのようなことを1度や2度経験された人も少なくないだろう。

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実習指導を担当して 松本 君代
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 看護教育の場での臨床実習は,学習の理論を実習すること,すなわち,知識を自己実現化し,体験学習として保存する場である.看護の対象は,人間であると言われているが,看護の専門職業人としての学習の大きなステップである臨床学習は,生(なま)の体験として重要である.指導者としては,その学習へのプログラムを学習者に適応できるものとして計画しなければならない.

 このレポートは,高等学校衛生看護科卒業の衛生専攻科1年生時の臨床実習をレポートしたものである.1年生ではあるが3学期でもあり,看護教育を受けて4年目の最終学期である.彼女以前に他の生徒が,同ケースで身体的(狭義)ケアのみの医療処置を中心とした実習体験を,前期に学習している(臨床実習を前期・後期と2期にし,成人実習で内科系・外科系のローテーションをさせている).このケースの選択決定過程で,身体的ケアを中心とした技能習得を実習のポイントにする力を,より大きく伸ばすためにこのケースを継続させるべきか,私は迷った.彼女自身も心理的ケアを優位とし,身体的ケアの技能力の弱さを自覚していたため決断には迷ったことであろう.

西ドイツKrupp病院での印象 遠矢 福子
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はじめに

 海外の看護,殊に‘アメリカにおける看護’は今までに多くの先輩によって紹介され,現に私たちの動向に大きな影響を与えていますが,‘ヨーロッパにおける看護’は余り知られていないのが現状です.

 そこで,私が1966年7月から3年間,西ドイッKrupp病院で働きながらドイツ医学および看護の実際を見たり聞いたりして来ましたので,それと合わせて,日本の看護を考えてみたいと思います.

未知の看護書をたずねる・11

“医疾令” 山根 信子
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“医疾令”

 このシリーズの最後として今回は,日本最古の看護制度がうたわれている“医疾令”を紹介する。ここで紹介する“医疾令”は国立国会図書館に収められているものである.原典は散逸していて現在では,いろいろの記録から寄せ集めて27か条が知られているという.その27か条の写本である.最終ページの欄外に,‘嘉永甲歳季中冬以(1854年)の家君手鈔本校読了清川孫’(写真1)と書かれているところを見ると,比較的新しい写本のようである.

 “医疾令”は,718年(養老2年)に大宝律令が改正されて‘養老律令’となり,この中の医事制度としてあるものである.奈良時代の医事制度を明らかに知ることのできるたいそう貴重な資料である.

教育思潮

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Ⅰ.学校教育法第1条校のもつ意味

 看護教育機関を学校教育法第1条で規定する学校にしていこう,という方向が明確に打ち出されたのは,昭和38年に医療制度調査会が厚生大臣に対して行った‘医療制度全般についての改善の基本方策に関する答申’てあった,だが,この時までに学校教育法第1条に基づく学校がすでに,4年制大学2校,3年制短期大学4校,合計6校設置されていた.高等学校における看護教育は,周知のように,上記答中が出された翌年の昭和39年に神奈川県立二俣川高等学校の新設によって始まる.あえて言えば,答申は高竿学校の衛生看護科の新設とその振興を主としてねらったものである,といってもいいだろう.もちろん,高等学校衛生看護科ないし衛生看護高校は当然のことながら,大学・短期大学も急速に増加しているのであるから,高校衛看が本命であったとだけいうのは,正確さを欠くかもしれないが.......

 ところで,学校教育関係者が看護教育に注目し始めるようになるのもこのころからである.特に昭和47年に准看護婦学校・養成所が技能教育施設として認定され,高等学校との連携制度の一環に組み入れられるようになってからである.それまでの認識は,中学校の教師であれば,進路指導にあたって高校進学者ではなく,就職希望者のなかに看護婦志望者がいれば,彼女を‘看護学校’に世話するという程度のものであった.

新しく看護学生になった人たちへの手紙・3

人間研究と生涯学習 大段 智亮
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‘長’族には人間の看護の援助や指導はできない

 今まで,看護という仕事が,本来,いかにやっかいなものであり難しいものであるか,について話してきた.これは,しかし,私がそういうことを他人ごととして語っているのではない.私の本職であるカウンセリング,しまやっている‘組織開発’、すべて‘人間相手’の‘援助’であり,その難しさは看護と同質のものと言ってよいのである.ただ,看護には,人間の‘生死'がからんでくる.そのところが,たいへんなのである.‘生死事大’という昔からの言葉もある.

 さて,看護というものの仕事としての難しさを述べてきたのだが,仕事が難しいから,やめろ,とは何事か.難しい仕事だからこそ,やりがいもあるというものではないか.その通り,その通りであるが,もう1つ,もっとやっかいな条件があることを申し上げなくてはならない.それは,日本の現在の医療と看護を動かしている人たちについてである.つまり,日本の医師,日本の看護婦といった人たち,看護学校に入った皆さんが,これら実際に付き合い,教師として指導を受け,上司として指揮される.その人たちについて私の感じるところ,考えるところを率直に申し述べたいのである.

基本情報

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看護教育
17巻6号 (1976年6月)
電子版ISSN:1882-1391 印刷版ISSN:0047-1895 医学書院

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