看護研究 51巻5号 (2018年8月)

特集 ケアの意味を見つめる事例研究─現場発看護学の構築に向けて

山本 則子
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 本特集では,私たちがここ数年取り組んでいる「ケアの意味を見つめる事例研究」について,これまでに蓄積した私たちの考えをまとめている。

 対人の実践である看護に多様なタイプの知が求められることは,古くから指摘されている(Meleis, 2017)が,実際には,看護学の学問領域も,およそ知の蓄積と考えられるものは実証主義の枠組みで生み出すことを中心に進められてきた。しかし一方で,そのような枠組みでは追究しきれない個別の事例に関する詳細な検討も,実は看護の中では重視され,長い歴史をもっている。看護学の知を考える上での課題は,実証主義的な考え方に基づく取り組みこそが科学であり学術であると目される中で,実践に関する事例研究が学術的な研究とは認知されてこなかった点にある。

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 特集の最初に,この章では私たちの取り組んでいる「ケアの意味を見つめる事例研究」がどのように着想され,これまでにどのような取り組みが行なわれてきたかについて,概要を述べる。

 私たちは看護職を中心とする研究グループを組み,看護実践についての事例研究に取り組みながら検討を進めてきた。グループとしての活動は2013年ごろから開始したが,この活動の背景には,私がそれ以前から抱いていた問題意識があったので,まずはそこから話を始めたい。

「ケアの意味を見つめる事例研究」のプロセス 実践の意識化・言語化から概念化へ

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 前章を受け,ここからは研究の具体的なプロセスを紹介していく。まず,取り上げる事例をどのように選ぶか,そして取り上げた事例の看護実践をどう具体的に言葉にして共有できるものにしていくのかという,事例研究という旅に出るスタート地点からはじめの一歩を踏み出す方法について述べていくこととしたい。

「ケアの意味を見つめる事例研究」のプロセス 実践の概念化

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 前章では,事例の書き出しと語り合いから,事例の意味を端的に表わすキャッチコピーをつけていく過程について紹介した。キャッチコピーを考えるときは,皆で語り合い,頭を遊ばせ,自由な発想で楽しみながら言葉を探す。しかし,自由な発想でつけられたキャッチコピーのため抽象度のバラツキが大きく,具体的にどのような看護実践が行なわれたのかという説明には至らないことが多い。「ケアの意味を見つめる事例研究」(以下,本事例研究)は,優れた看護実践の知を共有・転用可能なものにすることを目的にしており,事例研究の読者が次の実践に活用できる知の提供をめざしている。そのため,キャッチコピーからさらに踏み込んだ分析が必要となってくる。そこで,本章では事例研究の分析プロセスの後半(概念化)にあたる,①キャッチコピーから「大見出し」「小見出し」への整理と「表」の作成,②ポスター作成と学術集会での発表について述べる。

「ケアの意味を見つめる事例研究」のプロセス 実践の文章化

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はじめに

 前章までは,事例研究の主たる結果(「大見出し」「小見出し」などが整理された「表」)が出来上がった段階について述べた。従来の研究プロセスでいえば,データ収集・分析に該当する。「ケアの意味を見つめる事例研究」(以下,本事例研究)では,実践の「意識化・言語化・概念化」のプロセスである。

 次に,「文章化」という新たなステップに進む。具体的には,事例を論文化するプロセスである。文章化(論文化)においては,「結果」の記述が中心となり,「緒言」「方法」「考察」なども重要である。本章では,私たちの取り組みの中でこれまで論文化に至った事例研究を振り返り,①論文を書き上げるプロセスと,②看護職(実践者)と看護職(研究者)とが円滑に協働できる場づくりのポイントを中心に述べていく。

 私たちは実践者と研究者を二元論的に捉えているわけではない。主たる活動が患者(利用者)へのケア提供である看護職(以下,実践者)と,主たる活動が研究である看護職(以下,研究者)は,時に主たる活動が変化することで行き来することもあり,むしろそれが望ましいと考えている。本来は明確に分かれていないが,本章ではわかりやすく伝えるため,あえて実践者と研究者として分けて,説明を進めていくことをご理解いただきたい。

 なお,私たちが取り組む事例研究は,「現場発」という点を強く意識している。実践者と研究者どちらもが主役の形でともに論文執筆に取り組むので,通常みられるような,研究者が執筆する事例研究とは異なる。この点を,まずは強調しておきたい。

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はじめに

 本章では,「ケアの意味を見つめる事例研究」(以下,本研究)で取り組んでいる事例研究の中で,これまでに学会誌に投稿して掲載まで至ったメンバーの経験から,査読でどのような指摘を受け,どのように対処して採択に至ったのかを紹介したい。

 本事例研究の論文でこれまでに採択されたのは,表1に示した3本である。執筆に関わった主なメンバー間で,それぞれ査読において指摘された経験を共有し,質的に整理した。本来プライベートなものである査読内容を,論文をまたいで共有することは,同じ研究メンバーで取り組んでいるからこそ可能な試みである。わずか3例であり,まだ試行錯誤の段階ではあるが,私たちの取り組みの可能性を考える上で,査読という壁を乗り越えて理解が得られたそのプロセスを示すことは,今後,事例研究に取り組む方にも資するものが少なくないと考える。

 以下,論文を構成する主な項目別に,査読でのやりとりを整理して紹介する。なお,査読コメントは本来非公表であるので,コメントの趣旨を要約する形で表現を修正したり,複数のコメントを統合したりするなどの形でアレンジしていることを了承いただきたい。

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はじめに

 研究を始めようと思ったときにまず考えなければならないことは,倫理的な配慮である。研究は臨床診療と異なり,患者に大きな利益を与えることは多くない。だからこそ,研究参加が自由意思で行なわれていること,研究参加によって危害がないことを検討する必要がある。

 事例研究では身体侵襲はないが,看護実践の意味や意図を詳細に考えるためには実践事例の経過を詳細に提示しなければならず,関係者のプライバシーを侵害する危険性がある。また,学会発表,論文投稿時には,倫理審査委員会の審査を受けていることが投稿の要件とされていることも多く,「倫理審査の申請書の記載方法がわからない」「倫理審査を受けようとしたら,『事例研究では倫理審査は要らない』と言われた」「施設に倫理審査委員会がない」などの“倫理審査の壁”(小長谷ら,2016)があるという話を耳にすることがある。

 本章では,「ケアの意味を見つめる事例研究」(以下,本事例研究)に取り組むために,主に下記の2側面を確認したい。

 1.守るべき倫理的配慮は何か(研究参加への同意,プライバシーの保護)

 2.倫理審査をどう考えるか(倫理審査が必須か,申請書の書き方,審査委員会がない場合の対応)

 また,倫理指針や実際の倫理審査委員会とのやりとりの経験から,具体的な倫理的配慮の実施方法について考える。なお,ここでは私たちが現時点で「あるべき」と考える,事例研究の倫理的配慮について論じている。個別の倫理審査委員会や医療機関,大学等の事情により倫理審査の実際は多様であり,判断に窮する場合もあるのが実情である。事例研究の倫理的配慮については,今後も検討を重ねる必要がある。

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はじめに

 「ケアの意味を見つめる事例研究」(以下,本事例研究)は,看護学における知の蓄積と継承を目的としているため,本章では,学問の知を創る研究方法とするために必要な学術性についての検討を行ないたい。事例研究はしばしば,科学的な研究方法ではないとの議論がされている。特に,私たちの研究のように1つの看護実践について検討を行なうことに対しては「一事例で一般化可能性はあるのか」,実践者が過去の実践を思い出しながら語る内容を素材とすることに対しては「データの信頼性や再現性はどう考えるのか」「客観性はあるのか」,またケアの対象者の特性や行なわれている実践自体に一見目新しさがないことも多く,「研究の新規性はどこにあるのか」といった疑念を投げかけられることもある。これらの点について,下記の4点から検討を行ないたい。

 1.本事例研究で扱う知の種類とその性質

 2.自分たちが明らかにしたい知を明らかにできる研究方法か(内的妥当性Internal validity,信用性Credibility)

 3.明らかにした知を次に使える研究方法か(外的妥当性External validity,転用可能性Transferability)

 4.研究としての独創性Originality,新規性Noveltyを担保できる研究方法か

 なお私たちは,本事例研究の学術性を考える上では,「明らかにする知が,人間の観察とは独立に(外に)存在する」と考える実証主義の伝統に基づく学術的厳密性評価の視点と枠組みを可能な限り踏まえながら,その評価のための具体的な指標に関しては,看護の知に関する事例研究の特徴に基づいた考え方を主張したいと考えている。看護学は多様な知を必要とする学問領域であり,研究方法も多様である。この中で,質的研究や事例研究の背景のみに基づいた主張をしても,実証主義者の理解を得られず,建設的とはいえないだろう(宮田,甲斐,2006)。実証主義の立場でも了解可能,連結可能になるように議論していきたい。

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はじめに

 これまでの章で,「ケアの意味を見つめる事例研究」の構造,事例研究を実践するプロセス,研究方法としての学術性について論じてきた。本章では,「ケアの意味を見つめる事例研究」の方法としての学術性を踏まえて,事例研究の質をどのように評価するかを検討したい。学術性と質の議論は分かちがたく絡まり合うが,前章では,研究方法としての「ケアの意味を見つめる事例研究」が,学術的な取り組みとしてどのように認めうるかを中心に検討し,本章では,研究のプロダクトとしての個別の事例研究について,研究計画や学会発表,研究論文の形となったものの質をどう評価すべきかを考えたい。

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 本章では,「ケアの意味を見つめる事例研究」に実際に取り組んだ看護師や,私たち研究グループが行なっている参加型ワークショップにおいて,模擬的に事例研究に取り組んだ看護師から寄せられた声から,私たちの研究が現場にどのようなインパクトをもたらしているのかについて整理し,意味づける。そして,そうしたインパクトをもたらした研究プロセスの特徴や,研究方法のしかけ・しくみについて考える。

 現在まで,「ケアの意味を見つめる事例研究」の研究グループが直接関わった事例研究は12件で,3件が論文発表,9件が学会発表に至っている。これらの研究の経験者に対しては,課題を提示して記述式アンケートを行なった。またワークショップにおいては,参加者への聞き取りに加え,終了後のアンケートの自由記載を参照した。これらをベースに,研究のプロセスごとに現場からの示唆をまとめていく。

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はじめに

 平成30年度からの科学研究費助成事業(科研費)審査システムの改革は,その背景に日本の基礎科学力の揺らぎがあるとされ,「日本が将来にわたって卓越した研究成果を持続的に生み出し続け,世界の中で存在感を保持できるのか」が問われている(文部科学省研究振興局学術研究助成課,2017)。このような情勢から,科学技術・学術審議会では,学術研究の現代的要請として科研費の抜本的改革を提言し,2年半をかけて“科研費構造の見直し”が行なわれた。知のブレークスルーをめざす半世紀ぶりの大きな改革であるが,科学研究に対する時代の大きなうねりの中で,はたして看護研究をどのように位置づけ発展させていくことができるのか。これを契機に国際競争力,学際性や若手研究者の育成をキーワーズとして,すべての学問領域の中での看護研究の存在意義を改めて見直す機会になればと思う。特に,日本の学術研究を主導する大学数780校のうち,看護系は3割の263校に及んでいる(平成29年度)(日本看護協会出版会編,2017)。また,科研費の応募資格登録者総数は約11万6000人であるが,そのうち看護者(保健師,助産師,看護師の有資格者)はその1割以上と推計される(平成26年度)(日本学術振興会研究事業部,2017)。これらのデータをみると,看護における科学研究の成果が大いに期待されることは明らかであろう。

 本稿では,日本学術振興会(以下,学振)の学術システム研究センターにおいて医歯薬班の専門研究員である立場から,同センターの協力を得て科研費制度改革の概要の資料を紹介するとともに〔文部科学省研究振興局学術研究助成課(2017).http://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/hojyo/1362786.htm〕,看護における科研費応募の現状と今後の課題について私見をまじえて論じたい。

連載 集まる つながる 広がる 若手研究者のバトン・1【新連載】

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若手研究者は,今日も看護の未来に向けて疾走中。

ここはそんな同じ目標を抱く者同士が,ぷらっと立ち寄り語り合う場所。

誌面をフィールドに,思いをバトンに乗せて走り継いでいきます。

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 大学病院の「がん看護外来」に担当医から依頼を受けた患者K(60歳代,女性,子宮体がん)と,がん看護CNSはかかわった。

 Kは両親や弟とのサポートを断ち一人暮らしであった。Kの体調の悪化は,Kが一人で暮らしてはいけないことを突きつけていた。がん看護CNSは,Kの残された時間を予測し,Kの最期に向けた希望を引き出していこうと考えた。

連載 理論構築を学ぶ─看護現象から知を生むために・10

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 これまで,9回にわたり理論構築の基礎を具体例とともにみてきた。これからの3回は応用編で,今回は,理論枠組みを使うことで事例の理解が深まる例を示したい。ここでは,摂食嚥下障害を抱える脳血管障害患者の摂食嚥下リハビリテーション(以下,摂食嚥下リハビリ)の事例を,Transitions Theory(Meleis, Sawyer, Im, Messias, & Schumacher, 2000)の理論枠組みを用いて考えてみる。

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目次

INFORMATION

今月の本

次号予告・編集後記

基本情報

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看護研究
51巻5号 (2018年8月)
電子版ISSN:1882-1405 印刷版ISSN:0022-8370 医学書院

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