看護研究 46巻1号 (2013年2月)

特集 被ばく医療における看護の人材育成と研究─弘前大学大学院被ばく医療人材育成プロジェクト

西沢 義子
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 2007年6月7日の弘前大学(以下,本学)各部局の学長説明会において,当時の遠藤正彦学長から,「青森県には核燃料再処理施設および原子力発電所があることから,有事の際に備えておくことは,地方大学である弘前大学の責務である」という説明があった。これを実現するため,本学大学院保健学研究科に対して被ばく医療を担うコメディカルの養成に取り組んでほしいという要請があった。この要請を受けてすぐ,研究科内に緊急被ばく医療検討委員会が設置された。

 2007年度は,医学部保健学科から保健学研究科に部局化され,教員組織が大幅に変更となった年であった。研究科は,全人的なケアに焦点を当て,実践や経験に基づく成果の科学的根拠の追究を行なう健康支援科学領域(看護学,総合リハビリテーション科学)と,生体情報や生体機能に焦点を当て,サイエンスとしての保健学の追究を目標とした医療生命科学領域(放射線科学,検査技術科学)の2領域から構成されている。筆者は当時,健康支援科学領域代表を務めていたことから,役職指定により緊急被ばく医療検討委員会の委員となった。

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こうして取り組みは始まった

 緊急被ばく医療にかかわるコメディカルの人材育成の取り組みが,弘前大学大学院保健学研究科における課題として初めて提案されたのは,2007年6月7日の学長説明会(遠藤正彦学長,当時)であった。当時,弘前大学(以下,本学)では,核燃料再処理施設をはじめとする原子力関連事業所が多数存在している青森県という立地条件を背景として,医学部附属病院に有事の際の緊急被ばく医療を柱の1つとする「高度救命救急センター」を設置する構想が進められていた。説明会において遠藤学長は,この構想の一環として緊急被ばく医療における医療専門職教育の必要性を説かれ,この課題に向けたプロジェクトの立ち上げを示唆された。

 この要請を受ける形で,2007年6月28日,本学大学院保健学研究科にワーキンググループが組織され,被ばく患者の看護や被ばく線量測定などの特殊検査にかかわる医療専門職の人材育成に向けた検討が開始された。

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はじめに

 東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所での事故(以下,福島原発事故)は,甚大な影響を及ぼし,いまなお最終的な収束に至っていない。原子力発電所などの被ばく事故によって傷病者が発生した際,汚染対策や除染,線量測定,特殊臨床検査,リスクコミュニケーションなど,特別の対応を含む緊急被ばく医療が必要となる。看護職者が緊急被ばく医療に携わることはまれであるため,万が一に備えておくにはこれまでの経験事例を参考に,継続して学習していく必要がある。

 そこで本稿では,緊急被ばく医療に関する看護研究の動向を探ると同時に,弘前大学で取り組んでいる「緊急被ばく医療人材育成プロジェクト」での研究の紹介,さらに緊急被ばく医療に関する研究の課題と展望について述べていく。

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はじめに

 本稿では,「緊急被ばく医療人材育成プロジェクト」(以下,プロジェクト)において,弘前大学大学院保健学研究科(以下,保健学研究科)の教職員が一丸となって取り組んできた,被ばく医療における人材を育成するための教員組織の体制化と実際について,大学外との関係づくりの経緯を含めて報告したい。

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はじめに

 2011年3月11日14時46分頃,三陸沖を震源に,国内観測史上最大のマグニチュード9.0の地震が発生した。この地震により発生した津波で,東北地方と関東地方の太平洋沿岸部は壊滅的な被害を受けた。福島第一原子力発電所の原子炉は地震発生直後に停止したが,1~3号機の緊急炉心冷却装置の稼働用非常電源が津波被害を受け,故障した。政府は原子力災害対策特別措置法に基づき,原子力緊急事態を宣言した。12日には1号機で水素爆発,13日には3号機の燃料棒が露出,14日には3号機で水素爆発が発生した。水素爆発による原子炉建屋の損壊で大量の放射性物質が漏洩し,重大な原子力事故に発展した。このため,周辺一帯の住民はいまだに長期の避難を強いられている。

 弘前大学(以下,本学)では,3月13日の「弘前大学放射線安全機構」緊急会議の席において,文部科学省より被ばく患者受け入れや避難住民の汚染検査等への協力要請があった場合,積極的に対応するとの基本方針を確認し準備を進めた。この方針を受け,本学大学院保健学研究科では医学部附属病院放射線部と協働し,避難住民の汚染検査に従事するサーベイチームの編成と,派遣準備を行なうことが決定した。翌14日には文部科学省からの協力要請を受け,「弘前大学被ばく状況調査チーム」の派遣を決定した。その後,3月15日の第1次隊を皮切りに,7月末の第20次隊まで,教職員延べ365名を送り出した。また,警戒区域に指定された20 km圏内の住民の一時帰宅を支援する「一時立ち入りプロジェクト」が5月から開始されたことに伴い,ここにも人材を派遣することを決定し,第11次隊まで延べ202名を派遣した。

 私たちはこの2つのプロジェクトに数日ずつ参加し,原子力災害における看護活動の実際を経験するという貴重な機会を得ることができた。ここでの経験を共有化し,後世に語り継いでいくことが看護専門職の責務であると考える。

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福島第一原子力発電所の事故からみえてきたもの

 2011年3月11日に発生した東日本大震災による津波の影響から生じた福島第一原子力発電所の事故では,大量の放射性物質が環境中に放出されたため,原子力発電所周辺の地域住民は避難を余儀なくされ,放射線に対する不安が増大していった。また,情報が迅速・正確に伝達されなかったため,多くの避難住民は自分たちの健康や今後の生活に対する不安を抱えていた。もちろん,避難住民は0歳の乳児から高齢者まで年齢層は幅広く,これまでの生活が一変してしまったことは周知のことである。

 そのため,避難住民に対して迅速に対応し,彼らの不安を少しでも軽減する必要があった。しかし,原子力発電所の事故であったことから,放射線に関する正確な知識と技術をもって避難住民への支援を行なえる人材や,また,被ばくした患者が医療機関で治療を受けるに際して適切に対応できる人材が少ないことも明らかとなった。

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はじめに

 弘前大学(以下,本学)の「緊急被ばく医療人材育成プロジェクト」(以下,本プロジェクト)における教育については,「学部教育」「大学院教育(博士前期課程)」「現職者教育」を3つの柱として,2010年度からの教育開始を目的に,2008年12月から具体的な検討を開始した。

 検討にあたって,被ばく医療に関する教育は本学大学院保健学研究科の各専門領域の枠を超えて構築することが不可欠であることから,インタープロフェッショナルワークとして取り組むことを合意した。本学の医学部保健学科は,看護学,放射線技術科学,検査技術科学,理学療法学および作業療法学の5専攻で構成されており,博士前期課程は看護学,生体情報科学,生体機能科学,総合リハビリテーション科学の4領域から成っている。生体情報科学領域は放射線技術科学専攻を,生体機能科学領域は検査技術科学専攻を基盤にしている。そして教員の所属は,博士後期課程の健康支援科学領域と医療生命科学領域となっている。

 2008年度は,保健学研究科の緊急被ばく医療検討委員会の下位組織である教育・研修部門に「学部教育」「大学院教育」「現職者教育」の3つのワーキンググループ(WG)を設け,それぞれの目的・目標および教育内容を検討した。各WGの委員は5~7人で,「教育・研修」「情報収集」「検査」および「研究」の4部門(当時)から選出し,委員の専門領域が偏らないように構成した。

 そして,2009年度にプロジェクト発足時の組織が改められ,これまでの教育・研修部門で積み上げてきた緊急被ばく医療教育の構築を引き継ぐ形で,教育部門が独立して設置された。部門のメンバーは,健康支援科学領域と医療生命科学領域の2領域から各4名選出された8名である。できるだけ2008年度の委員が継続するよう配慮した。

 それぞれの教育プログラム作成にあたって,学部教育,大学院教育,現職者教育の有機的連携の観点から,WG間でめざすべき人材育成の到達目標を共通認識するために合同の会議をもち,「人材育成コアカリキュラム」(図1)および各教育で育成する人材像(表1)を明確にして,それぞれの教育プログラムに着手した。

 2010年度から緊急被ばく医療に関する教育を開始して2012年度で3年目を迎えている。本稿では,緊急被ばく医療教育の教育課程の構築について,学部教育と大学院教育,そして現職者教育について紹介することとする。特に,大学院教育を中心に述べる。

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はじめに

 被ばく事故はその予防が最も重要ではあるが,万が一発生した場合の対応も必須である。緊急被ばく医療は高度医療の集約が必要となり,チーム医療が基本となる。緊急被ばく医療の対応では,看護師は医師,診療放射線技師,放射線管理要員といった放射線の専門家とチームを組み,放射性物質が付着し汚染された患者(以下,汚染患者)や内部被ばく・外部被ばくを伴う被ばく患者(以下,被ばく患者)の看護,汚染対策や除染,線量測定,放射線管理などの対応が求められる(弘前大学大学院保健学研究科緊急被ばく医療検討委員会,2009;青木,前川,2004)。

 弘前大学は,「緊急被ばく医療支援人材育成及び体制の整備」事業に2007年度から取り組み,2008年度には文部科学省特別教育研究経費に採択され,「緊急被ばく医療人材育成プロジェクト」を開始した。人材育成プログラムを作成するにあたり,学部教育,大学院教育,現職者教育のワーキンググループに分かれ,教育内容の検討が行なわれた。

 現職者を中心とする医療者教育(以下,現職者研修)は,2010年度から開始した。現職者研修の教育内容を構築するにあたって,研修を受講する専門職者の決定から始めた。弘前大学は看護学専攻,放射線技術科学専攻,検査技術科学専攻,理学療法学専攻,作業療法学専攻の5専攻で構成されている特徴を有しているが,緊急被ばく医療の特色から,看護学・放射線技術学専攻,すなわち看護職と診療放射線技師を対象とした人材育成プログラムを作成することになった。本稿では看護職の現職者研修について,その概要と研修内容,成果および今後の展望について述べる。

海外における被ばく医療教育─研修から得た学び

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はじめに

 弘前大学大学院保健学研究科では,「緊急被ばく医療人材育成プロジェクト」における教員研修の一環として,米国テネシー州オークリッジにあるREAC/TS(Radiation Emergency Assistance Center/Training Site)での短期研修に,2008年より毎年数名の教員を派遣している。

 REAC/TSでは,放射線関連事故時の緊急対応,放射線被ばく医療に対する相談や助言,保健物理学的知見に基づく放射線量評価,放射線医学研究など多岐にわたる業務を担うと同時に,被ばく医療に関する研修を開催している。現在,REAC/TSで行なっている研修には,「Radiation Emergency Medicine」「Advanced Radiation Medicine」「Health Physics in Radiation Emergencies」「Pre-Hospital Radiation Emergency Preparedness」「Agents of Opportunity for Terrorism」の5つのコースがある(REAC/TSウェブサイト:http://orise.orau.gov/reacts/)。

 筆者らは今回,2011年11月1~4日に開催されたRadiation Emergency Medicineコースを受講する機会を得た。研修の参加者は14名であり,国別の内訳は,日本6名,米国4名,台湾3名,スペイン1名であった。また職種別では,医師7名(救急医6名,放射線科医1名),看護師4名,医師助手1名,保健物理の専門家2名であった。本学からは,医師1名,看護師2名,保健物理の専門家2名の計5名が参加し(写真1),研修内容については,日本保健物理学会の学会誌『保健物理』でも紹介されている(細田,齋藤,床次,高間木,横田,2011)。本稿では,Radiation Emergency Medicineコースの概要および本研修を通して得られた学びについて,看護職の立場から概説する。

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はじめに

 1986年4月26日,ソビエト連邦(現ウクライナ)のチェルノブイリ発電所4号炉がメルトダウンにより爆発し,国際原子力事象評価尺度(International Nuclear Event Scale ; INES)において最悪のレベル7に分類された。後に,4号炉をコンクリートで封じ込めるために石棺が造られたが,放射性物質による汚染範囲は,ベラルーシ,ウクライナ,ロシアにまでまたがる。このときの被ばくにより,多くの住民が甲状腺がんに罹患したと報告されている。

 今回,弘前大学大学院保健学研究科(以下,本学)の「緊急被ばく医療人材育成プロジェクト」における教員研修の一環として,2012年10月下旬,本学の5名の教員が他部局の教員とともに,ウクライナではチェルノブイリ原子力発電所30 km圏内を,ベラルーシでは医療施設および学校等を視察した。

 ウクライナ(図1)は,人口約4570万8000人,面積は60.3万km2で,キエフに首都を置く。主要都市は,ハリコフ,ドニエプロペトロフスク,オデッサがあり,今回は,キエフとチェルノブイリを訪れた。公用語はウクライナ語である。キエフは石畳の道や地下道が特徴的で,夜も人通りがあり,賑わいがみられた。

 ベラルーシ共和国(図2)は人口約963万4000人,面積は20.7万km2で,ミンスクに首都を置く。今回は,ミンスクとゴメリを訪れた。公用語はベラルーシ語とロシア語であり,ロシア語を多く話しているようであった。広大な平地が続き,雑木林と農地・牧地が印象に残る。ミンスクでは高層で多くの世帯が入居可能な住宅が建ち並んでいた。

 本視察の目的および訪問施設は以下の通りであった。

【研修目的】

・チェルノブイリ原発30 km圏内の視察

・チェルノブイリ事故後の甲状腺がん発生の現状に関する情報収集

・放射能汚染地域近隣の学校における健康への留意事項に関する情報収集

・ベラルーシおよびウクライナにおける医療および教育関係者との交流

【主な訪問施設】

・チェルノブイリ原子力発電所(ウクライナ)

・チェルノブイリ博物館(ウクライナ:キエフ)

・ミンスク国立甲状腺センター(ベラルーシ:ミンスク)

・国立小児がん,血液学および免疫学科学・応用センター(ベラルーシ:ボロヴリャーニ村)

・国立ゴメリ子どもの家(ベラルーシ:ゴメリ)

・オトール村幼稚園・普通学校教育複合施設および診察所(外来)(ベラルーシ:オトール村)

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はじめに

 フランス共和国は,人口約6300万人,面積は日本の約1.5倍で,パリに首都を置く。日本同様,国内のエネルギー資源は十分ではなく,対外依存率を軽減させるためにエネルギー政策の根幹として原子力開発を精力的に進め,米国に次ぐ原子力発電大国となった。現在,国内の電力の約75%を原子力発電に依存し,19か所の原子力発電所,59基の原子炉を保有している。この背景には,1896年にフランスの物理学者アンリ・ベクレルが放射線を発見して以来,ピエール・キュリー,マリー・キュリーなどによる放射線や原子力の基礎・応用研究の推進,1973年のオイルショックを契機に電気エネルギーを国内でまかなう方向に政策を転換したことがある。放射線防護や被ばく患者の治療等の研究もトップレベルであり,ヨーロッパにおける被ばく医療の中心となっている。

 今回,弘前大学大学院保健学研究科「緊急被ばく医療人材育成プロジェクト」における教員研修の一環として,2010年3月末に保健学研究科教員5名がフランスを訪問した。本研修の目的および訪問施設は次の通りであり,有用な情報が得られた。以下,訪問した主な施設について解説していく。

【研修目的】

・緊急被ばく医療体制および被ばく患者の医療・看護・リハビリテーションに関する視察と情報収集

・緊急被ばく医療教育体制の現状と課題に関する情報収集

・過去の被ばく事故例の受け入れに関する情報収集

【主な訪問施設】

・輸血センター(Center de Transfusion Sanguine des Armées ; CTSA)

・パーシー国防軍病院(Hôpital d’Instruction des Armées Percy)

・放射線防護・原子力安全研究所(Institut de Radioprotection et de Sûreté Nucléaire ; IRSN)

・フランス国防省放射線防護センター(Service de Protection Radiologique des Armées ; SPRA)

・キュリー博物館(Musee Curie)

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はじめに

 サンフランシスコは,米国カリフォルニア州の北部に位置する,人口約78万人の,西海岸を代表する都市の1つである。カリフォルニア大学サンフランシスコ校(University of California, San Francisco ; UCSF)は,サンフランシスコ市内に4つのキャンパスを有しており,医学・薬学・看護学・歯学大学院等から構成され,主に医学分野を専門にした大学院大学となっている。UCSFの母体は,カリフォルニア州オークランド市に本部を置くカリフォルニア大学(University of California)であり,10の州立大学を有するアメリカ合衆国で最大規模の州立大学群である。

 今回訪問したUCSFのMiranda Kramer氏(写真1)は,看護師,専門看護師(CNS),ナースプラクティショナー(NP)の資格を有し,看護学大学院において,スタッフナース,ナースプラクティショナー,専門看護師,教員等,さまざまな場面・職種で活躍している。専門は主にがん放射線治療で,近年は特に乳がんを専門に教育・研究に携わっている。

 今回,筆者ら3名の教員がUCSFを訪問し,米国における放射線看護に関する教育体制等について学んだ。米国では,放射線診療における看護師の役割が日本に比べて大きいため,米国における放射線診療に伴う看護職の役割や実践,放射線看護教育等について学ぶことは,本研究科で取り組んでいる被ばく医療人材育成の対象者とその教育内容を検討する上で非常に参考となるものであった。

【研修目的】

・急性放射線障害に対する看護・教育に関する視察・情報収集

・被ばく医療に関する学生への教育カリキュラムに関する情報収集

・病院での放射線看護の現状と課題に関する情報収集

【主な研修内容】

・UCSFがん専門看護師プログラム(UCSF Oncology CNS Program)

・PhD/DNP・CNS/NPの役割(The Role of PhD/DNP・CNS/NP)

・放射線被ばく(Radiation Exposure)

・放射線看護(Radiation Nursing)

・UCSF患者意思決定プログラム(UCSF Decision Making Program)

・乳がんサバイバーシッププログラム(UCSF Breast Cancer Survivorship Program)

【主な訪問施設】

・UCSF看護学大学院(UCSF School of Nursing)

・UCSFメディカルセンター・マウントザイオン(UCSF Medical Center at Mount Zion):腫瘍放射線科(Radiation Oncology Department),がん情報センター(Cancer Resource Center),治療センター(Infusion Center),Osherセンター(統合医療)〔Osher Center(Integrative Medicine)〕,乳がんセンター(Breast Care Center)

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はじめに

 質的研究は,論文のなかでリッチなデータが提示できるので,よりリアリティのある現象の記述ができる,と教えている。しかし,質的研究方法のなかでも,記述の方法やデータを提示する方法は多様である。先日,質的統合法を用いている看護学の研究者から,グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いる人は,データを捨てて理論を示すことができる人たちなのだといわれて驚いた。データから抽出された概念を用いて理論を生成し,再びデータに戻って現象を記述するグラウンデッド・セオリー・アプローチで,データを捨てていると考えたことがなかったのである。

連載 看護における質的研究の前提と正当性・1【新連載】

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連載のねらい

 質的研究には,グラウンデッド・セオリー・アプローチや解釈学的現象学等のさまざまな研究方法があり,その方法論についても多様に論じられている。これは,各々の研究テーマやその目的に応じて方法が選ばれるためであり,それゆえに,質的研究一般に関する統一的な基準は存在しないとしばしばいわれている。だが,質的研究の前提として,研究の基礎的な事態があるのではないだろうか。このことを明らかにすることが,本連載の第1の目的である。

 続いて考えてみたいことは,看護における質的研究に応じた知のあり方である。看護研究のテーマは「ケア」という非常に独自の事柄であり,この点を踏まえないと研究自体の大枠が定まらないであろう。

 以上の問題に関して哲学や社会科学等に依拠しつつ,基礎的な事態に戻って考えてみたい。看護における質的研究の発展に少しでも役に立てればと願う。

第1回の内容

 質的研究の正当性は徐々に認められつつあるが,しかし,完全には承認されていない(髙木,2011, p.iv)。まず質的研究に対する代表的な2つの疑問を確認する(第1節)。そして,現在の看護研究の2つの基本書,Polit & Beck(2004/近藤監訳,2010)とBurns & Grove(2005/黒田,中木,小田,逸見監訳,2007)註1における質的研究の前提を検討する(第2節)。というのは,これらの議論には自然科学的な思想が分有されており,それゆえに,これらの議論は看護における質的研究(そして看護実践)に必ずしも適合しているとは考えにくいからである。続いて,看護における質的研究の前提的事態(言語性)と,研究の基本的な主題(意味)に触れて(第3節),最後に,今後の連載の内容を予告する(第4節)。

連載 Words, words, words.─学際的なダイアローグをめざして・words 7

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 研究や学問,そして思索について,鍵となることばを枕にしながら日頃考えていることをつれづれなるままに書いてみようというこの連載も2年目を迎える。今年も,本誌読者の皆さんに面白く,そして,特に院生や若手の研究者の皆さんにとってためになるお話ができるよう頑張りたい。

 昨年の最終号でお知らせしたように,今年は「研究と言語」を大きなテーマにして稿を進めてゆきたいと考えている。ここで言う「言語」とは,思考,そして理解や解釈といった,言語による,言語を介した知的な活動全般も含んでいる。ことばの問題は,さまざまな専門分野を超えて,多くの読者の皆さんが関心をもち,また議論に参加していただけるテーマだと思う。いろいろなご意見やご質問を期待している。

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INFORMATION

今月の本

『看護研究』投稿規定

次号予告・編集後記

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基本情報

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看護研究
46巻1号 (2013年2月)
電子版ISSN:1882-1405 印刷版ISSN:0022-8370 医学書院

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