助産雑誌 60巻7号 (2006年7月)

特集 海外を通して見る,日本の産科の医療安全

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はじめに

 1999年11月,アメリカ,Institute of Medicine(IOM)により公表された報告書は,医療行為にかかわるミスが引き起こす重大性を指摘することを通して,人々を救うべき医療が,逆に人々を傷つけている実態を明らかにしたという意味で,大きな衝撃をもって受け入れられた。だが同時に,この報告書が示した実態は,我々が長年にわたって抱き続けてきた「人命にかかわる医療行為は完璧でなければならない」という神話をも崩すものであり,これまでの医療のあり方に根本的な再考をもたらすものであったと言える。

 こうした問題提起は,医療といえども人間の行為が介在する組織的行為であり,リスクの遍在性を無視することは不可能である。こうしたリスクに対して医療の場において,どのように対処していくべきかという課題への対応を促すこととなる。

 本稿においては,医療における新たなリスクの捉え方に基づく医療安全にかかわるさまざまな施策,方策を概観することを通して,今後の医療安全に関するあり方を検討する。

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研究の動機

 マタニティケアにおいて,消費者の女性たちが求めるものは,「安全性」と「快適さ」である。しかし,日本の母子保健指標は非常に優れており,妊産婦や新生児が亡くなることや,障害を残すことは非常に稀なこととなっている。そのため消費者の女性は,「安全」は「あって当たり前」と認識しているように思われる。それを裏づけるように,消費者女性を中心とするNPO法人いいお産プロジェクトが行なった「いいお産」普及・啓発のための基盤作り事業1)では,「安全性」については言及せず「快適性」に関する評価基準作りが行なわれている。私たち助産師も助産ケアの質を測るうえで,「安全性」は確保されて当然のこととして素通りし,「快適さ」の向上のみに目を向けていた傾向はなかっただろうか。

 この研究は,助産ケアの質を「快適さ」の前提にある「安全性」という側面から考え直してみよう,という動機で開始されたものである。

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英国の周産期ケアシステムの特徴と流れ

 周産期ケアシステムについては,表1と図1にまとめたのでそちらをご参照いただきたい。

英国の周産期医療安全システム

医療安全のための中枢機関 National Patient Safety Agency

 英国の医療安全対策への本格的取り組みは1999年に始まり,国の中枢部署として2001年に「National Patient Safety Agency(国家患者安全局,以下NPSA)」を設立した。このNPSAが中心となり,医療の安全文化醸成のために各病院やクリニックなどのリスクマネジメントシステムが構築された。NPSAの1つの大きな成果に,国レベルのインシデント注1)報告システムの確立がある。これは「全英報告・学習システム」と呼ばれ,すべてのインシデントが電子ルートによりNPSAに届けられ,NPSAが類別,分析して医療機関にフィードバックするシステムである。インシデント(約85,000件)に関して最初の詳細なる報告書1)が2005年夏に発行,配布された。迅速に取り組むべきタイプのインシデントに対しては,NPSAにより随時戦略が練られ,医療機関はそのプラン―たとえば「正しい手術部位キャンペーン」―を実行に移すなどの取り組みが行なわれてきている。

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はじめに

 「人は間違うもの」1)という理解のもと,医療における「過ち」の発生リスク減少と,「過ち」を「事故」につなげないための努力が世界中でなされている。しかし,「過ち」は減少させることはできても完全には無くならないことがわかっている以上,「過ち」や「事故」あるいは,その可能性が疑われる事象が起こった場合の対応の整備は欠かせないものである。

 カナダでは,医療専門職の苦情対応の手順が州法に基づいて定められている。本編では,カナダ,ブリティッシュ・コロンビア州と助産師業務管理機関で定められている苦情対応について検討する。そして,苦情に直面するリスクを減少するために必要な,助産師個人の基本的な姿勢について考える。まずは,カナダの周産期医療と助産師の概要から述べる。

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助産師はマタニティ・ケアの中心的担い手

 ニュージーランドは,妊娠・出産のケアに助産師が大活躍することで知られている。今でこそ頼りがいのあるニュージーランドの助産師だが,1990年に法が改正されるまで助産師には開業権さえなかった。この十余年のめざましい発展を誰が想像できただろう。

 助産師は女性からLMC(マタニティ・ケア担当責任者)として選ばれると,妊娠検査から産褥までずっと継続ケアを行なう(表)。その場合,医師の診断が必要かを決めるのも,検査のオーダーを出すのも助産師。もちろん会陰縫合や会陰切開もできるし,限られた種類ではあるが,薬の処方や点滴もできる。産科医や産科認定一般医もLMCになれるが,利用者に人気があるのはやっぱり助産師で,なんと7割以上のお産がLMCとしての助産師に任されているそうだ。

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はじめに

 フィンランドは,日本とほぼ同じ国土面積でありながらその約4分の1が北極圏内にあり,人口密度も日本のわずか20分の1と著しく少ない「森と湖の国」である。1907年,西欧諸国で最初に婦人参政権を認めたほか,男女平等の概念を世界に先駆けて確立したことで有名なこの国における妊娠・出産・育児のサポートシステムは,三砂1)の報告にあるように,驚くほど整然と機能しているが,その一方で,妊娠・出産・産後の継続ケアが展開しにくい点や,医療化された出産が主流となり医療介入が増え続けている点については,母子の安全性と快適性という側面から改善の必要性が指摘されている。

 特に,1950年代以降,急速な勢いで「妊娠・産後ケアの地方分散化」と「出産の集約化」を推し進めてきたフィンランド政府が今日抱えている医療安全上の問題は,出産のオープンシステム化に向けて歩み出したわが国が今後直面する課題でもあろう。そこで本稿では,フィンランドの出産の集約化の歴史と現状について調査した結果をふまえつつ,わが国の周産期システムのあり方について考えてみたい。

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ドイツの医療安全の取り組み

 今回,分担研究の機会をいただき,ドイツの周産期ケアシステムを中心とした医療安全について調査した。その結果,医療安全対策のうえで,医療社会の質の維持向上,医療従事者の教育の充実,コミュニケーションの改善を重要視していることがわかった。

 医療安全を図るためのリスクマネージメントは,ドイツでも今まさに最重要課題であり,どの分野でも取り組んでいるところであった。連邦としての一貫した苦情処理ルートなどは確立されていないものの,苦情相談はさまざまな窓口で受け付けている(表1)。また,医療社会の質をコントロールする方法についても第三者機関による評価を実施しているところが多い。これらは強制的なものではないが,皆積極的に統計評価を公表したいと考えていることが特徴的であった。

 ドイツは医学研究や,助産師において独自の長い歴史と伝統を持っている。安全対策についても独自の方法で対策を講じている姿勢は学ぶところが多い。今回は,その一部を紹介したいと思う。

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担当国を調査して感じたこと

 松岡 厚生労働科学研究費補助金の研究のなかで,「リスク管理を含めた諸外国の包括的産科管理のあり方に関する研究」を,私たちは2年間にわたって行なってきたわけですが,それぞれご担当された国と,そこから見えてきた日本との違いや,調査をして驚かれた点など,うかがいたいと思います。

 谷津 私はフィンランドの周産期ケアシステムについて調査をしたのですが,フィンランドが実施している出産の中央集約化,つまり大きな病院にお産を集中させ,妊娠期と産褥期を日本でいう保健所のようなところで,保健師さんのような方が担当するシステムがどのように出てきたのかという歴史を知ると同時に,現状としてフィンランドが今抱えている課題を知りました。これは日本も今後オープンシステムやお産の集約化を目指すという報告書が出てきている現在,非常に参考になる点が多いと思いました。

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はじめに

 平成16年度,17年度の厚生労働科学研究「リスク管理を含めた諸外国の包括的産科管理のあり方に関する研究」(課題番号H16-医療-040)を通して,先進諸国の周産期管理における安全対策の概要を知ることができた。対象国の医療・助産ケアシステムには違いがあり,それぞれが抱える問題も国による違いがあった。しかし,各国の医療安全対策には共通する内容を見いだすことができた。そこで本稿では,これらの共通事項を提示し,日本の周産期ケアの安全対策における課題について考えたい。

連載 密着フォト・ルポ 助産師のいる風景

森田助産院 船元 康子
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先代の跡を継いで,助産院を切り盛りする2代目・森田玲子助産師。

院長であると同時に,日本助産師会東京都支部の支部長も務める。

東京都支部の行く末,助産院の行く末と,両方への目配りが欠かせない毎日だ。

連載 今月のニュース診断

脳科学と教育の現在 加藤 秀一
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脳と教育の現在

 「脳」がブームである。その立役者の1人は川島隆太氏(東北大学未来科学技術共同研究センター教授)で,『脳を鍛える大人の計算ドリル』等の著書が人気の他,氏が監修した『脳力トレーナー』や『脳を鍛える大人のDSトレーニング』といったソフトウェアもヒットしている。「クオリア」という専門用語を一般に広めた茂木健一郎氏も,頻繁にマスメディアに登場して,脳科学の知見を語っている。

 それだけではない。科学技術振興機構(JST)が2001年度に「脳科学と教育」プログラムを開始,2002年度には文科省「脳科学と教育」検討会が発足するなど,ここ数年,行政レベルで続々と脳科学研究推進のためのプロジェクトが立ち上げられているのだ。文科省はまた,「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会」を2004年末に立ち上げ,翌年10月に報告書を出した。

 このように脳,より正確には脳科学が基礎科学の枠をはみだして,官民を問わず注目を集めている。

連載 やさしい社会保障 政策はだれのもの?・7

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胎児の世界

 解剖学者三木成夫に『胎児の世界』という著作がある。学生時代に,これを題材にした講義を聴いた。「個体発生は系統発生を繰り返す」――母親の体内で胎児が成長する過程は,地球上の生命体が進化してきた悠久の歴史を再現しており,太古の海で誕生した生物があるとき上陸を果たして今日のヒトに至ったという痕跡を,胎児が変貌してゆくさまにみることができる,というのである。そう聞かされて33日目(だったと思う)のヒトの胎児がスライドで映された瞬間,息を呑んだ。胎児の顔は魚そのものだ。時間がたつにつれ,胎児の顔は生物の上陸をなぞるように,次第に両生類の顔に進化し,ついには哺乳類の顔へと変貌を遂げるのである。生命の神秘は奥深い【注1】。

選ばれるオス

 クジャクの派手な羽根は,メスをひきつけるためのオスの飾りだ。模様の目玉の数が多いほどメスに選ばれるとよくいわれるが,目玉の数を数えた学者によれば,実際は違うようだ。しかし,鹿にしても角がオスにしかないように,多くの動物で,派手な色彩や目立つ体の部位を持っているのはオスだ。外見だけではない。オスのカエルは声の大きさや高さでメスにアピールし,ヨシキリ(鳥)のオスは歌がうまくなければメスに選ばれない。

連載 とらうべ

いのちが生まれる 徳永 進
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 一度はいのちを遠くから見つめてみたいと思うのに,いのちはいのちが終ろうとする病室にぼくを軟禁する。ぼくは,至近距離でいのちをみつめるしかない。

 4月16日の夜,16号室の51歳の肺癌の女性のT さんに強い呼吸困難が生じた。

連載 新しい病院出産 院内助産院“助産科”は,こうして生まれた・7

育児支援 高橋 八重子 , 石村 朱美
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退院後のかかわり

 退院して1週間後,助産科外来に予約して母と子が訪れます。乳房マッサージをうけながら自宅での様子を話したり,時には束の間のうたた寝を味わったりして過ごします。新おにいちゃんやお姉ちゃんが一緒に来ると一生懸命お手伝いをしたり,ママに甘えてみたり,赤ちゃんにチュッとキスしたり。ほほ笑ましい家族の様子がよくわかります。ママも初めての外出で,少しおしゃれをして華やいでいます。おしゃれを楽しめる心のゆとりが見られると私たちは安心です。ちょっとくらいトラブルがあっても大丈夫,自分で切り抜けていけそうです。

 この半月健診は無料で実施しています。褥婦が退院時に,来院か家庭訪問のどちらかを選択して,家庭訪問の場合は担当助産師が訪問します。産後1か月健診を終了すると,小児科外来で“抱っこちゃんクラブ”と“乳児ランド”の育児サークルお誘いカードを渡します。

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はじめに

 助産師の資格試験は,1899(明治32)年制定の産婆規則によって初めて規定されて以降50余年にわたり地方長官(現在の都道府県知事)の行なう試験として実施されてきた。その後,保健婦助産婦看護婦法が制定され,厚生大臣(現在の厚生労働大臣)の行なう国家試験へと大きく変化し,今日に至っている。その間,時代のニーズに合わせて出題形式,出題数,内容などが検討され,幾多の改善が行なわれてきた。今回は助産師の資格試験が検定試験から国家試験に変わった当時から現在に至るまでの変遷を述べる。なお法改正により名称等が改正になっているが,ここでは当時の名称により記述した。

連載 図解 助産師のためのフィジカルイグザミネーション・File.15

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はじめに

 授乳期の乳房は出産とともに著しく変化をする。そして,出産後の授乳および乳房手当ては,その後の育児に大きく影響を与える。時期の変化に合せた乳房手当てができるよう,わかりやすく写真と図を用いて解説してみた。

連載 バルナバクリニック発 ぶつぶつ通信・28

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変な予感

 今年,新年第1号のお産は癒着胎盤から始まった。1年の始まりがこういう大変なお産で始まったことに,私とティナは顔を見合わせて互いにため息をついた。私たち2人は無言で今年は大変なお産が多くなることを予感していた。それが当たるように今年は本当に癒着胎盤が多い。4人目のお産のアルンもその1人になった。

 産後いつまで待っても胎盤剝離兆候は見られなかった。お腹のうえで無邪気に手足を伸ばす赤ちゃんと共に待つ。やがて出血が始まり,それはだんだん深刻になった。癒着胎盤だ。急いでアトニンが入った点滴を開始する。口唇の色はさっきからの出血で一気に白くなっている。

連載 りれー随筆・259

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 春の住宅街。そこのけそこのけ お馬が通るとばかりに通り過ぎる一台の自転車。おや,よく見るとなんと4人乗り。中国雑技団の一員かと思わせる艶やかなテクニック。前後の子ども乗せに1人ずつと,運転手の背中におんぶのちびっこ1人。何を隠そう私の現在の姿ではないですか。

 5年前には想像もできない姿に変わり果てた自分。こうも5年で違うとは面白いとしか言いようがありません。

この本、いかがですか?

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 あなたや,大切な人が生まれたときのストーリーについて聞いたことがありますか? 一緒に話したことがありますか?

 本書は,聖路加看護大学21世紀COEプログラム「市民主導型の健康生成をめざす看護形成拠点」の協力を得た「いのちの物語」プロジェクトにより企画・出版されたものです。いのちの誕生にまつわる体験エッセイを「生まれてくれて,ありがとう」をテーマに公募しました。そのなかから飾らない言葉で書かれた33編の真実のストーリーが紹介されています。

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進学の動機

 畑中 2年生の畑中です。私は青森県出身で,静岡の4年制大学で看護を勉強しました。天使大学に専門職大学院が初めてできるという情報を得て,チャレンジしたいと思って来ました。助産師の資格はまだ無く,国家試験の結果待ちです。

 松尾 2年生の松尾です。出身は福岡で,4年制の看護大学を卒業後,1年間の臨床勤務を経験しましたが,産科ではなく,外科とICUの病棟でした。助産師学校へ行きたいと思っていたのですが,周産期だけでなく,幅広い視点から助産を勉強したいと思っていたので,チャンスだと思い,九州からやってきました。私も国家試験の結果待ちです。

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私たちの活動

 私たちは知的障害・発達障害児者の特性や接し方を伝える公演活動を行なっています。メンバー7名は自閉症児,ダウン症児を持つ母で,3年前,地元の神奈川県の座間市手をつなぐ育成会(知的障害・発達障害児者の本人および家族の会)への入会をきっかけに知り合いました。

結成のきっかけ

 平成15年5月,当時小学校6年生だったメンバーの息子の「学校で障害の子をバカにしている同級生に,なんでそういう行動をするのかを説明できなくて悔しかった」という一言がきっかけでした。ダウン症の妹のことを日頃から「この子たちの行動には必ず意味がある」と話していた母が,息子の担任の先生に「子どもたちに知的障害について話をさせてもらえますか」と持ちかけたところ,先生に「是非」と受け入れていただき,母が1人で我が子だけのことを伝えようとせず,複数のお母さんたちへ話をもちかけたことが大きな一歩となり,キャラバン隊結成となったわけです。平成15年7月1日に初めて地元の小学校の6年生に向けて発信してから,もうすぐ3年になります。

基本情報

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助産雑誌
60巻7号 (2006年7月)
電子版ISSN:1882-1421 印刷版ISSN:1347-8168 医学書院

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