胃と腸 43巻13号 (2008年12月)

今月の主題 大腸癌の発生・発育進展

序説

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はじめに

 大腸癌は遺伝性の有無により,遺伝性大腸癌(家族性大腸腺腫症,遺伝性非ポリポーシス性大腸癌など)と遺伝性のない散発性大腸癌に分けることができるが,本号は後者についての特集であるため,以下は散発性大腸癌の発生・発育進展について述べる.

 散発性大腸癌の組織発生には腺腫を前駆病変として発癌するadenoma-carcinoma sequence1)2)と腺腫を経ずに正常粘膜から直接発癌するde novo carcinoma3)4)があり,どちらが主経路かをめぐって多くの議論が交わされてきた.また,最近ではこれらのルート以外に過形成性ポリープ(hyperplastic polyp ; HP),鋸歯状腺腫(serrated adenoma ; SA)などの鋸歯状構造を有するポリープ(serrated polyp)を前駆病変として発癌するserrated polyp neoplasia pathway5)の存在が注目されている.さらには,炎症性腸疾患,特に潰瘍性大腸炎を背景とした大腸癌(colorectal carcinoma associated with ulcerative colitis, colitic cancer)ではdysplasiaと呼ばれる前癌病変から発癌するdysplasia-carcinoma sequence6)の概念が提唱されている.

 本稿では,これらの大腸癌の発生・発育進展に関して歴史学的流れと現状の問題点について簡単に解説したい.

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要旨 一般人口に類似した集団を対象に大腸の発生・発育進展について検討した.無症状または一時的腹部症状で,かつ初回検査である8,270名を対象とし,発見される進行癌を除いたadvanced neoplasiaの形態を検討した.発見頻度は,男性で7.9%,女性で3.8%,総数600例であった.形態はポリープ型が75%と多くを占めた.表面型は7%であり,その1/3が陥凹型であった.側方発育型は18%を占めた.同様集団14,817名を対象に発見される早期癌のみでの由来の推定を行った.nonpolypoid growthかつ腺腫残存のないものを陥凹型由来と推定した.陥凹型由来と推定されたのは,男性18.6%,女性27.4%であった.

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要旨 大腸癌の組織発生については,最初に腺腫が発生し,腺腫の大きさの増大に伴い,腺腫内に癌が発生するというadenoma-carcinoma sequenceと,腺腫を介さず正常大腸粘膜から直接癌が発生するde novo癌説が考えられている.現在,国際的にはadenoma-carcinoma sequenceが一般に認められている.一方,日本においては1990年前後から平坦な表面型早期癌,なかでも表面陥凹型癌が数多く発見されるようになり,それらの癌には腺腫性分を伴わない病変が多いことから,de novo癌も存在する,と認識されるようになってきている.今後,腺腫と癌に関する本邦と欧米の病理医間での組織診断基準の違いが統一され,表面型早期大腸癌の存在,その頻度が国際的に明らかにされることで,大腸癌の組織発生のメインルートが明らかになると思われる.

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要旨 大腸鋸歯状病変をSA,THP,AHPの3群に分けて検討した.SA,THP は左側結腸に多いが,AHPは右側結腸に多かった.肉眼形態では,SA では隆起型が,THP,AHPでは平坦型が多かった.色調では,SAは発赤型が,THP,AHPは褪色・常色調が多かった.平均腫瘍径は,SA,AHPがTHPより有意に大きかった.拡大所見では松毬状や羊歯状を呈した病変の約90%がSA であり診断容易であるが,星芒状を呈した病変にはTHP以外にAHP,SAも少なからず含まれ診断困難であった.SAにはTHP由来とそうでないものがあると考えられた.鋸歯状病変の担癌例を13例経験した.5mm以上のSAのうち6.3%,5mm 以上のAHP中7.4%であったが,同時期の早期大腸癌 991 病変中1.1%,0.2%を占めるにすぎなかった.担癌 AHP 病変には SA 部分を認めず,SAを介した癌化とは別の pathway が存在するのではないかと思われた.鋸歯状病変の病理診断基準には大きな混乱が存在する.概念の整理・統一と,症例の集積が必要である.

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要旨 早期大腸癌604病変(M癌300病変,SM癌304病変)を対象に,大腸癌の発育進展における鋸歯状病変の意義を検討した.鋸歯状病変はHP,SSP,TSA,SADに分類した.M癌においてHP ,SSP,TSA,SADの合併率はそれぞれ31.3%,2.0%,12.7%,5.3%であった.SM癌においてHP ,SSP,TSA,SADの合併率はそれぞれ43.4%,1.0%,9.2%,4.9%であった.SSP合併例は全例が右側大腸に存在し,TSA合併例は左側大腸に多かった.胃型形質は,SSP,TSAの鋸歯状病変部では全例に発現がみられたが,癌部では発現率が低下した.早期癌全体で,SSP,TSA,SADの少なくとも1つが合併した病変の頻度は13.9%であった.この値が鋸歯状病変由来の大腸癌の頻度に相当すると推測され,serrated pathwayは大腸癌の発育進展において無視できない割合を占めると考えられた.しかし,大腸鋸歯状病変は用語の統一や診断基準の確立などの解決されていない問題点を残しており,さらなる検証が必要である.

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要旨 潰瘍性大腸炎(UC)には慢性炎症を母地とした大腸癌の合併が高率にみられる.内視鏡的サーベイランスが推奨されているが,炎症粘膜を背景とするため初期病変の診断は容易でなく,形態変化,発育速度,進展様式などの実態は明らかでない.今回,当院において診療したUC合併大腸癌(UCAC),dysplasiaを対象に癌化につながる臨床的危険因子や病変を遡及できた症例を通じ,発育・進展について検討した.UCACの平均罹患年数は14年,全大腸炎型と左側大腸炎型が97.7%を占めていた.32.3%の症例に多発傾向を認めたが,病変全体の74.6%,深達度が判明している病変のMP以深浸潤例の95.7%が直腸・S状結腸に分布していた.活動期の症例が60.5%を占め,内視鏡的に緩解と判断しえた症例はなかった.遡及が可能であった病変の検討では,比較的長期間粘膜内癌でとどまっている病変があった.早期肉眼形態で浸潤性発育を示し進行した病変は,平坦・肥厚型に多く見られた.UCACの癌化,進展ともに慢性炎症が大きく関与しており,粘膜治癒を目指した治療が重要と考えられた.

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要旨 長期経過全大腸炎型潰瘍性大腸炎(UC)に合併したSM以深浸潤癌10症例11病変の随伴粘膜内部12病変を対象に,その病理形態像(肉眼と組織),p53蛋白過剰発現,細胞増殖動態,細胞粘液形質,を検討した.肉眼的には,周囲とは境界不明瞭な丈の低い顆粒状・結節状・不整扁平隆起,または平坦病変の広範囲進展(10/11が30mm以上の大きさ)を示した.組織学的には腺腫はなく,全例UC-IVであったが,低分化化傾向,高分化低異型度癌(表層分化,細胞分化異常などを伴う)などを特徴とし,3病変はUC-IIIを伴っていた.p53蛋白過剰発現率はUC-IVで75.0%,UC-IIIで66.7%と高率であり,2病変では随伴粘膜内腫瘍周囲の“組織学的に腫瘍と判定できない粘膜"にも同蛋白過剰発現がみられた.細胞増殖動態は,diffuse typeかbasal typeが主体を占め,superficial typeはなかった.71.4%で胃型粘液形質MUC5ACの異常発現があり,その全例で背景炎症粘膜にもMUC5ACが発現していた.以上のことから,UCの炎症粘膜における大腸癌の組織発生には以下の経路が推定された.① 長期の慢性持続性炎症による胃化生粘膜→ ② 腫瘍としての形態形質を獲得する以前に生じるp53遺伝子異常→ ③ 異型の弱い腫瘍(表層分化や細胞分化異常を伴う)の発生とその広範囲粘膜内進展→ ④ 高分化高異型度癌へのprogression→ ⑤ SM以深浸潤,または ⑤ 粘膜内高分化型腫瘍の脱分化→ ⑥ SM以深浸潤.

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要旨 大腸SM癌を,その割面形態からPGとNPGの2種類に分類し,形態上から大腸癌の発育進展について検討した.NPG SM癌は,PG SM癌と比較して小さい病変のうちから,高度SM浸潤する例がみられた.粘膜内病変が保存されたNPG SM癌の検討から,NPG SM癌の初期病変として,IIc,IIc+IIa,IIaなどの表面型のM癌が考えられた.また,NPG SM癌はSM浸潤度の増大に伴いIs,IIa+IIcなどにその形態を変化させるものと考えられた.20mm以下大腸進行癌では,そのほとんどがNPG病変で占められていた.一方,SM2,3病変でPG,NPGの割合は約50%ずつであったが,SM癌におけるPG,NPGの平均径はそれぞれ22.5mm,12.9mmであり,PGの平均径は20mmを超えていた.したがって,少なくとも20mmまでの進行癌では,表面型M癌から進展したNPG SM癌がその形成の主体を占めると考えられた.

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要旨 大腸上皮性腫瘍を病変発育様式と進行度別に分類し,形質発現型(① 大腸型,② 小腸型,③ 胃型,④ 混合型,⑤ 分類不能型)と対比することにより,腫瘍の発育進展様式を考察した.対象は,PG型のものは腺腫(LG)15病変,腺腫(HG)25病変,SM癌44病変,進行癌≦2cm 4病変,進行癌>2cm 12病変であり,NPG型のものは腺腫(HG)9病変,SM癌26病変,進行癌≦2cm 32病変,進行癌>2cm 69病変である.まず,腺腫から癌への進展において形質は大きく変化するが,SM浸潤後の変化は少ないことが示唆された.次に,発育様式を考慮して進行度別の形質発現をみると,NPG型腫瘍での各形質型の割合はSM癌と進行癌>2cmではほぼ同じであり,NPG型SM癌はほぼそのままNPG型進行癌へ移行していることが推測される,PG型腫瘍ではSM癌でみられていたSI型は進行癌>2cmではみられず,PG型/SI型は悪性度が高く進行が早いことによりPG成分が破壊消失するため,進行癌となるとNPG型へ含まれると推察された.また,NPG型進行癌≦2cmは形態的および形質的にもいわゆる “de novo発癌"が起源と考えるのが妥当であると考えられた.形質発現という視点より大腸上皮性腫瘍の発育進展様式の解析が有用であり,大腸進行癌はNPG型由来が優位であると考えられたが,PGおよびNPG型由来の割合についてはさらなる検討が必要と思われた.

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要旨 大腸癌は多段階発癌の代表的モデルで,これに関連して多くの遺伝子異常の仮説が提唱されてきた.ゲノムレベルの異常としては,CINとMSI(MIN)がある.これに加えて,遺伝子のプロモーター領域のメチル化が大腸癌の発生に重要なことが指摘されてきた.これはCpG island methylation phenotypeと言われ,MSIやki-ras変異に関連している.細胞周期の異常からも大腸癌発生のメカニズムが明らかになっている.Wnt系経路,ki-ras系経路,TGFβ系経路,p53系経路のいずれか,もしくは複数の経路に異常が蓄積されている.大腸癌の組織発生としては,腺腫を経由するタイプがほとんどで,これにはAPC,ki-ras,p53遺伝子の変異が密接に関連している.一方,正常粘膜から直接発癌するde novo型発癌も指摘され,これにはp53遺伝子変異が関与しているとされる.その他,鋸歯状病変や炎症性背景を基に発生することも明らかになっており,大腸癌は最も分子レベルの異常が明らかになっている癌である.

早期胃癌研究会

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 第47回「胃と腸」大会は5月23日(金)に新横浜プリンスホテルにて開催された.司会は工藤進英(昭和大学横浜市北部病院消化器センター)と井上晴洋(昭和大学横浜市北部病院消化器センター)が担当した.

 〔第1例〕 60歳代,男性.早期大腸癌(症例提供 : 東京都多摩がん検診センター消化器科 大野康寛).

 大腸ポリープ切除後のフォローアップのため下部消化管内視鏡検査を施行し,上行結腸に15mm大の粘液の多い隆起性病変を指摘した(Fig. 1a).インジゴカルミン撒布拡大観察にてII型pitを認め,large hyperplastic polypと考えられ経過観察となっていた.約8か月後,同病変は中央部に大きな陥凹が出現していた.山野(秋田赤十字病院消化器病センター)と佐野(薫風会佐野病院消化器センター)が内視鏡の読影にあたり,陥凹周囲はserrationを伴うII型pit,陥凹内部はVI高度不整~VN型pit patternを認め,serrated adenomaが癌化したSM massive癌との読みであった.注腸造影でも平田(藤田保健衛生大学消化管内科)が,陥凹ははっきりしないものの厚みのある上皮性腫瘍で,弧状変形を認めSM massive癌と読影した.

画像診断レクチャー

胃癌と胃潰瘍の鑑別の基本 長南 明道
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はじめに

 胃癌はしばしば病変内に潰瘍を伴うため,消化性潰瘍との鑑別に苦慮する.そこで,潰瘍を伴う胃癌と胃潰瘍の鑑別のコツについて述べた.

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要旨 患者は34歳の男性.当初回腸末端の不整形潰瘍,結腸の類円形潰瘍,縦走潰瘍からCrohn病を疑われた.steroid使用にて一時症状は軽快するが狭窄を呈し手術が施行された.その後も約1年にわたり発熱,腹痛が持続.播種性血管内凝固症候群で緊急入院した際,異常な抗Epstein-Barr virus(EBV)抗体価と血中EBVの増加から慢性活動性EBV感染症(chronic active EBV infection ; CAEBV)と診断した.CAEBVは数か月以上伝染性単核球症様の症状が持続し,5年で約半数が致死的となる疾患である.本症例はCrohn病類似の腸病変を呈したこと,steroidで一時症状が軽減したことで診断に難渋した.Crohn病と診断された症例でも不明熱が持続する場合はCAEBVの消化管病変の可能性も考え,EBVの検索をすることが必要であると考えられた.

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 今年のJDDW(Japan Digestive Disease Week)は東京高輪で開催された.私も30代のころは,各地の学会に出席して,名所を見物し,御当地名物を食べ歩くのが楽しみだったが,中年にさしかかり感受性も衰えてくると,やはり東京開催が気楽でよい.特に品川近辺だと空港に近く,地方の者にはありがたい.夏場の暑さは北国育ちには耐え難いが,さすがにこの時期になるとスーツを着込んで外を歩くのもつらくない.歓楽街からもほど遠く,気力充実したまま学会期間を終えることができた.

 さて,参加登録を終えていきなり気になったが,各会場,写真やビデオ撮影禁止の紙が貼られていた.私も血気盛んなころは,これと思った演題はデジカメでこっそり撮影し,あとからゆっくり勉強するということをやったものだし,自分の発表が撮影されているのを見て,全然悪い気はしなかったものだが,これも時代の悪い流れと受け入れるしかないのであろうか.ケチくさい話だが.

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 JDDW(Japan Digestive Disease Week) 2008は10月1日(水)から4日(土)までの4日間,消化器関連の5学会の合同会議として,東京のグランドプリンスホテル新高輪を中心に開催された.台風15号の接近でお天気が危ぶまれたが,大きな崩れもなく時折青空の広がる中での開幕であった.連日多数の参加者が集い,恐らく過去1位2位を争う大勢の出席者のDDWになったと思われる.

 小生は「胃と腸」の編集室より胃の話題を中心に学会印象記を書くようにとの依頼を受けたこともあり,聞きたい演題が重なり学会会場をあちらこちらへと走り回っていた.特に印象に残った事項について実況中継してみたい.

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 2008年10月1日(水)から4日(土)まで,グランドプリンスホテル高輪,新高輪,国際館パミールでJDDW(Japan Digestive Disease Week)2008が開催された.10月1日は,第1回日本カプセル内視鏡研究会が坂本長逸先生(日本医科大学消化器内科)会長のもと目黒雅叙園にて開催され,筆者はそちらに演題発表もあったため,JDDWには2日目から出席した.

 2日目のシンポジウム13「小腸疾患の内視鏡診断と治療」は,ダブルバルーン内視鏡の登場,シングルバルーン内視鏡の発売,そしてカプセル内視鏡の保険適応により,現在,小腸疾患に対する検査方法も増えてきたため,ますます興味深いテーマとなっていて,会場も盛況だった.今回発表されていた,イレウス時における原因検索は,以前から難しいことが多く,外科手術によって診断がつくことも多いが,ダブルバルーン内視鏡は,診断,治療の手助けに有効な手段かと思われる.ただ,侵襲性の大きな検査のため,必ず患者の状態や安全性も考慮して使用すべきである.カプセル内視鏡検査は,2007年10月から使用可能となったため,小腸内視鏡検査,小腸造影検査,腹部CT検査,血管造影検査なども合わせて,どのような疾患に,どのような時期に,費用も含めて,適切な検査を施行するかが重要であり,多く討論がなされた.ただ現時点では,すべての施設に同じ検査条件を求めることは難しく,可能な検査での診断,治療を優先すべきで,統一された見解は今後も検討される課題かと思われる.最後に,小腸出血は原因不明の消化管出血(obscure gastrointestinal bleeding ; OGIB)と大きく分類されることが多いが,OGIBの中でも顕出性出血なのか非顕出性なのか分けて検討することが必要であり,そのうえでそれぞれの検査の特徴や有効性を評価していくことが重要である.

追悼

大谷吉秀君を悼む 幕内 博康
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 敬愛する後輩,大谷吉秀君は2008年6月22日永眠された.52歳という余りに若い急逝に涙も出ないほどの衝撃を受けた.神は大谷君に多くのものを与えた.明晰で優秀な頭脳,豊かで優しい人格,人を引きつけずにはおかない容姿,まさに欠けるところのない素晴らしい若き外科医である.彼の将来は光輝いていたはずであり,その栄光への門をくぐって間がないときであった.君はあまりに神に愛されすぎたのかもしれない.日本の消化器外科学・消化器病学の大きな損失であり,暗澹たる想いに沈んでいるのは私ばかりではないはずである.

 大谷吉秀君は1981年に慶應義塾大学医学部を卒業され,6年間の研修を受けた.その間立川共済病院外科,国立埼玉病院外科へのそれぞれ1年間の出向を経験し,6年目にはチーフレジデントとして外科病棟の管理・運営,手術および診断の遂行,レジデントの教育に携わった.

大谷吉秀先生を悼む 杉野 吉則
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 敬愛する友人,大谷吉秀先生が去る2008年6月22日に逝去されました.あまりに若くして人生の幕を閉じられてしまい,残念で言葉もありません.先生は私の6年後輩で,所属した科は違っていましたが,彼が初期研修を終了して一般消化器外科胃班に入ってからは二十数年間,ともに胃疾患の臨床・研究に携わってきました.その間,外科や消化器の学会で,国内はもちろんのこと国際学会でも活躍するとともに,早期胃癌研究会運営委員として,また「胃と腸」の編集幹事として大いに貢献されました.

 先生は学生時代には競走部(陸上部を慶應ではこのように呼んでいる)で活躍され,背が高くスマートでまさに慶應ボーイの典型でした.性格は常に明るく常に前向きで,落ち込んだところは見たことがありませんでした.この2年間は,病気を発症し治療のために慶應に通院されていましたが,廊下で見かけると必ず先生のほうから声を掛けてくれました.強力な治療のためにかなり参っているような様子で,私のほうからはどのように励ませばよいかためらうこともありましたが,辛いとも言わず,もう少しで現場に復帰できると常に前向きに話されていたのが印象的です.

大谷吉秀先生追悼 細川 治
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 南国の大雪やゲリラ豪雨など,近ごろは極端な天候であることを感じることが多い.それにしても今年の夏は暑く,長く思われた.その夏を越えることなく,大谷吉秀先生は他界された.

 この数年病魔と闘っていることは,人を介して聞いていた.そのために学会活動も少なくされ,「胃と腸」の編集幹事も欠席が続くことに対する責任感から身を引かれたが,消化管画像診断に対する情熱は失われておらず,編集委員を続けられていた.身体の具合がそんなに差し迫ったものであったことを知らず,ご逝去の報に接して言葉もなかった.1年前の日本消化器外科学会時の残胃癌に関するシンポジウムの司会,教育集会でのGIST(gastrointestinal stromal tumor)に関する講演では,相変わらず切れ味のよい話しぶりであったことを参加者から聞き,回復力の強さに安堵して,無理をせずに全国の若い外科医師の指導を続けてほしいと感じたことを思い出した.それにしても,あまりに早く,あまりに若い逝去である.1957年の生まれと伺っており,享年は51歳.研鑽に裏打ちされた知恵と技術でたくさんの患者さんに治癒や延命をもたらしながら,当人は早々に旅立たれてしまった.

磨伊正義先生を悼む 藤野 雅之
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 磨伊先生は肺aspergillomaの外科切除の後,予期せぬ合併症が生じ,2008年7月28日朝,呼吸不全で亡くなられました.享年69歳.

 磨伊先生逝去の報に接し,私はただ茫然としました.今でもまだ信じられない気持でおります.

 磨伊先生は富山県出身.1963年金沢大学医学部医学科を卒業,富山県立中央病院で実地修練の後,金沢大学大学院に進まれ,1968年医学博士の学位授与.1968年4月から国立金沢病院で厚生技官.1975年6月金沢大学がん研究所講師,1978年9月同助教授,1980年8月同教授.1983年から14年にわたり金沢大学がん研究所付属病院長,1997年から2005年まで金沢大学がん研究所所長を務められました.この間大学評議員を2期,また岡田晃学長の学長補佐を務めておられました.

磨伊正義先生を偲んで 下田 忠和
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 2008年7月28日,前金沢大学がん研究所腫瘍外科教授磨伊正義先生がお亡くなりになりました.今年2月に開催された第80回日本胃癌学会総会ではお元気な姿を拝見しましたが,その半年後に突然の訃報に接するとは思いもよりませんでした.胃癌学会のときに先生が長い間にわたって積み上げられた癌研究や診療についてわかりやすく記述された著書『「がん」根治治療から休眠・緩和療法まで』(悠飛社,2007年)をいただきました.その本を拝読すると,定年退官された後も癌の撲滅,早期発見,診療などに心血を注がれていた様子が手に取るように感じられます.あまりにも早くお亡くなりになったこと,本当に残念でなりません.

 先生と私の出会いは1970年まで遡ります.当時,私は国立がんセンター研究所病理部,佐野量造先生のもとで胃癌を中心とした外科病理学の研修を行っていました.磨伊先生は厚生省(当時)が行っていた「早期胃癌の診断と治療に関する研修」に参加されるために国立がんセンターに来られました.そのときが先生との最初の出会いでした.当時,国立がんセンターは草創期を過ぎ,大きく発展していた時期で,特に胃癌の早期発見とその治療で熱気あふれていました.佐野先生のもとにも胃癌の病理を勉強するために全国から多くの先生が集まっていました.磨伊先生も胃癌診療のためには病理学的知識が必要とのことで,日夜研修に励んでいたことが今でも鮮明に思い出されます.その後,国立金沢病院に戻られましたが,いつも難しい症例を佐野先生のもとに持参されて臨床像と病理所見との対比を行い,胃癌の研究と診断に役立てていました.そのころ,先生は石川県胃腸疾患研究会を立ち上げ,多くの先生とともに早期胃癌診断の症例検討を熱心に行ってきました.そのため,石川県での胃癌研究は早くから成果をあげてきたと思われます.先生は胃癌の原因や形態発生にも大変興味を持たれ研究に励んでおられました.その業績が認められて金沢大学がん研究所の外科教授に若くして就任されました.その後の先生の歩みは先生が著された著書に詳しく書かれています.その中で感嘆するのは,亡くなられるまで,診療と研究以外に地域における活動を実践されたことです.前述したように石川県での早期胃癌診療の向上に努められ,多くの内視鏡医を育てられました.先生は外科医としてだけでなく内視鏡医としての活躍もめざましいものがあり,それが評価され第57回日本消化器内視鏡学会を開催されました.

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欧文目次

書評「感染性腸炎A to Z」 平田 一郎
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 かつて消化管といえば胃が主流で,胃がんの内視鏡診断と治療,消化性潰瘍の病態生理,Helicobacter pylori感染症などが学会や一般臨床の場でも大々的に取り上げられていた。もちろんこれらのテーマは現在でも重要なものであるが,近年は下部消化管に多くの注目が集まっている。この理由として,本邦における生活習慣の欧米化などによって,IBD(炎症性腸疾患)や大腸がんなど腸疾患が増加していることや,大腸内視鏡検査が広く普及し日常臨床でも盛んに行われるようになったことなどが挙げられる。このような背景のもとに,血便や慢性下痢などを有する患者には大腸内視鏡検査が積極的に行われるようになり,必然的に感染性腸炎の内視鏡所見が集積されることにもつながった。しかし,感染性腸炎の内視鏡所見は特異的と言えるものから非特異的なものまで実に多彩で,系統的な診断学としてまとめ上げることは困難であり,なお一層の知見の集積が必要と思われていた。

 そのような折に,実によいタイミングで大川清孝先生と清水誠治先生の編集による本書が出版の運びとなった。両先生はいずれも下部消化管疾患(特に炎症性腸疾患)の診断・治療においてはわが国でもトップクラスの方たちである。小生も,今まで両先生と下部消化管臨床に関する多くの研究会に参画し,共に学んできた。両先生は,いずれも腸の炎症性疾患における症例経験が非常に豊富で,臨床に真摯に取り組んでおられ,そこから得た診断能力は言うに及ばず,総合的臨床能力は他の追随を許さないものがある。しかも,学問に対する誠実さと謙虚さがあり,私は常日ごろから両先生から多くのことを学ばせていただいている。そのような両先生の思想や姿勢が本書においても貫かれており,1例1例が丁寧に取り扱われて,誠実さの伝わる編集である。

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 繰り返される医療事故が社会的にも問題視されてから久しいが,医療従事者が原因究明と事故防止に努めることは責務である.まして合併症や偶発症の危険性が少なくない消化器内視鏡診療において,普段からリスクマネージメントのあり方を考えておくことは重要である.その精神を理解することは正しい診断と安全な治療に直結し,偶発症発生の予防,不幸にして事故が発生したときには患者の被害を最小限にとどめることにつながる.内視鏡医やコメディカルはリスクマネージメントを知らずして診療に携わることはできないと断言しても過言ではない.

 日本消化器内視鏡学会でも各種委員会などにおいて,安全な内視鏡診療のあり方に関する討論が繰り返され,必然的に様々なガイドラインが提案されてきた.本書の執筆者である小越和栄先生は常にこの方面の議論の中心にいる存在であり,様々な提案を行ってきた最大の功労者の1人である.小越先生は海外における内視鏡診療の現況と問題点に熟知し,わが国の医療水準と社会的ニーズなどの事情を考慮しながら,リスクマネージメントの概念の普及に尽力してきた先駆者である.私も学会リスクマネージメント委員会における報告書作成の場で,小越先生の博学と篤い情熱を知り教えられることが少なくなかった.

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 まことにユニークで役に立つ病理学の本が出版されたものである.2004年5月に第1版が上梓された時から,この日を機して3年半の準備を積み重ねた上での第2版出版となった.その意気や好し,当然のことながら内容は好評であった第1版にも増して充実したものとなっている.消化管臨床医を対象に書かれているだけに,美しい精選された写真が多くてとにかくわかりやすい.写真を見ているだけで楽しくなってくるのは,形態学が得意な人にとってはたまらない贈り物である.のみならず,消化管病理を志す人々にも大変役に立つ専門性を含んだ成書でもある.

 本書は10章から構成されている.第1章は切除標本と生検の取り扱いで,極めて実際的に注意事項が記載されている.第2章は大腸SM癌の取り扱いの要点が,かなり専門的な問題も含めて詳しく述べられている.実地に詳しい筆者がかなり力を注いだ部分であることがわかる.第3章に間葉系腫瘍と類似病変の病理アトラスとして,珍しい13症例が提示されている.この辺の構成がいかにも筆者らしくユニークなのである.第4章から第8章までは病理組織診断として口腔,食道,胃,小腸,大腸(肛門管を含む)が順序よく記述されている.口腔病変ならびに肛門管病変についても記載があるのも,いかにも筆者らしくユニークなところである.筆者が序文で自ら述べているように,colitic cancerにはかなり力を注いで記載していることがわかる.著者の幅広い交友関係を反映して,数多くの優れた臨床家の協力を得たおかげで,教育的な症例が多数提示されているのは特筆すべきであろう.掲載されている写真はいずれも症例選択が的確で美しく,この分野の経験に乏しい医師にとっては非常に参考になると思う.全体的にみてもどの写真も質が高く,著者の病理学者としての自負がうかがわれる.何度見直してみても“?”がつく写真は1枚もない.

編集後記 田中 信治
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 本特集号では「大腸癌の発生・発育進展」を主題に取り上げ,多角的にすべてを網羅して現時点での最新情報が理解できるよう企画した.「大腸癌の発生・発育進展」における平坦陥凹型腫瘍の位置づけは,非常に興味深い部分であるが,浸潤に伴う形態変化や粘膜内癌の消失が生じるため浸潤癌での臨床的解析には一定の限界があるし,両者の発育進展速度を加味する必要性など難しい点が多い.一方,臨床的に症例の蓄積や解析が急速に進んでいるのは,潰瘍性大腸炎関連腫瘍(dysplasia/癌)であり,serrated polyp-carcinoma pathwayもその定義や診断基準に関する研究が多角的に本邦でも進行中である.本特集号では,臨床所見や病理所見以外に,粘液形質や遺伝子異常についても解説いただいた.これらの手法は,形態学の限界を補助する研究手段として期待される.ただ,大腸癌の遺伝子異常が詳細に解明されつつあるなか,古くから議論されてきた通常の隆起型癌と平坦陥凹型癌の違いがK-ras mutationの異常以外に解明されてないもどかしさを感じる.

 いずれにしても,本特集号が「大腸癌の発生・発育進展」に関する現時点での総まとめになり,これを起点に今後その病態解明がさらに進み,大腸癌の予防,早期診断や治療に応用される新たな知見が得られるとともに,大腸癌患者の死亡率低下,QOL向上に貢献できることを期待したい.

基本情報

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胃と腸
43巻13号 (2008年12月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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