生体の科学 69巻2号 (2018年4月)

特集 宇宙の極限環境から生命体の可塑性をさぐる

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 医師かつ宇宙飛行士である筆者は,5か月半に及ぶ宇宙滞在で極限的ストレスを経験しました。それは例えば無重力による骨格筋の萎縮,頭重感,閉鎖環境による体内リズムの不調,宇宙放射線被曝,微生物リスク,等々。「これらは相乗的に作用するのでは? 地上でも関連する問題があるのでは?」との問いから,統合的な連携研究が必要との強い認識に至りました。

 宇宙というとどこか遠い存在で実生活とは無関係,とお考えの研究者の方が多いのではないでしょうか? しかし,宇宙で身体に起こる事象を生命体の可塑性の観点から解明すれば,地上の研究だけでは気づかなかった微生物からヒトまで,生命の持つ新たな秘密を知ることができるでしょう。それらの知見は将来月や火星などに向かう超長期宇宙滞在や,一般の方の宇宙旅行,更に人類宇宙移住時に役立つと共に,地上での課題解決にもつながります。

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本特集の狙い

 かつて「2001年宇宙の旅」(“A Space Odyssey”, 1968)でStanley Kubrick監督が描いたような未来が,今,着々と実現されようとしている。国際宇宙ステーション(以下,ISS)における長期宇宙滞在を実現した人類は,火星への有人惑星探査など,更なる課題に挑戦しようとしているのである。

 地球上に棲むわれわれが宇宙に魅せられるのは,未知なる世界への探求と共に,広い宇宙から地球を俯瞰してみたい,という憧れがあるからであろう。本特集で取り上げるのは,まさにそのような憧れを持つ筆者らが,宇宙という非日常的な極限空間が生体にもたらす影響を解明し,長期宇宙滞在に向けて克服すべき生物学的課題の解決を目指すと共に,そのような極限状態に対する生体応答から初めて解き明かされるであろう,生命を育む地球環境の秘密を探ろうとする研究である。無重力,閉鎖環境,宇宙放射線など,宇宙での長期滞在がもたらす様々な極限的ストレスに対する生命の可塑性とその破綻を統合的に理解し,その限界の克服に挑戦する研究の,難しさや楽しさをお伝えできれば,と思う。

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 モデル生物の一つである線虫Cエレガンス(C. elegans)は,成虫の体長が1mmで約1,000個の体細胞から成る比較的小さな生物であるが,神経,筋,消化管,生殖細胞など多細胞生物としての基本的なつくりを有している。また,全ゲノム2万遺伝子の約4割はヒトにおいても高度に保存され,ヒトの病態モデルとしても利用されている。卵から成虫になるライフサイクルは,約4日間と短く,大腸菌などの微生物を餌とした培養が容易なことから,宇宙実験にも広く利用されてきた。

 本稿では,筆者らがこれまでに実施した宇宙実験の成果を中心に,微小重力に対する線虫の適応応答について概説する。

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 一般にわれわれが考える宇宙環境とは,無重力,高放射線,高真空の状態を指す。一方で,近年は望遠鏡の発達に伴い系外惑星の研究が進んでおり,人類が居住可能な惑星の存在が示唆されている。例えば,2017年に発表されたLHs 1140bは39光年の距離にあり,その表面重力は3.24Gと計算されている1)。宇宙ステーションに人が住み,有人火星探査が計画されている現代では,地球以外の環境における生命の活動について考えることには意味がある。

 宇宙で起こる人体の変化として,筋萎縮や骨量減少がよく知られている。宇宙環境は細胞内情報伝達や遺伝子発現量を変化させ,細胞の分化・増殖に甚大な影響を及ぼす。これらの変化は,個々の細胞が重力の変化に応じて活動を変化させることに起因することが明らかになってきた。その全貌はまだ明らかではないが,キーとなるプロセスの幾つかが浮上している。本稿では,哺乳類の細胞の重力感知機構について概説する。

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 地球上に存在する生物に関して,骨組織をはじめ血管,神経,筋肉など様々な組織の複合的な構成は,重力環境に適応していると言って差し支えないはずである。1900年代初頭に生物への重力影響について考察した記録があるが,地球上の重力加速度は約9.8(N/kg)という一定の値であるため,生物における重力の意義を解明することは容易でなかった。しかし,1960年代に宇宙開発が本格的に始まり,無重力状態となる宇宙船内で人間が生活をすると,人体で様々な変化が生じることが明らかになった。骨量の減少はその1つであり,骨と重力は密接な関係にあることがわかってきた。宇宙を利用した実験ではどこまでがわかり,骨と重力の関連性は地上でどのように研究されるのであろうか。

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 骨格筋は運動や食事など外界の影響を最も受けやすい臓器の一つである。例えば,骨格筋は運動(トレーニング)すれば肥大し強い力を発揮できるようになるし,逆に,負荷のかからない無重力環境や寝たきりになれば萎縮してしまう。一方,ロイシンなど分岐鎖アミノ酸を含むホエイタンパク質などは筋タンパク質合成を刺激したり,Cblin配列を有する大豆タンパク質は筋タンパク質分解を抑制したりする。

 本稿では,筆者らの行ってきた研究を中心に,無重力による筋萎縮のメカニズムとその栄養学的な改善法について概説する。

Ⅱ.宇宙滞在の高次機能への影響

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 宇宙に滞在をする際には,様々な特殊な環境因子が存在し,ヒト循環系に影響を与える。最もよく知られた因子は,無重力(微小重量)である。無重力の循環系への影響としては,体液の分布が頭部方向へシフトする現象がある。最新の知見においては,この現象に伴い頭部臓器の機能的・形態的な変化も起こる可能性が認められ,注目を集めている。更に,宇宙滞在が長くなるほど無重力に伴う運動不足が循環系の機能を低下させる。ほかにも,宇宙船の閉鎖環境に閉じ込められる精神心理的ストレスやその他の因子(往還時の過重力,宇宙放射線被曝,微生物叢の変化,高二酸化炭素など)も循環系に影響を及ぼす可能性がある(図1)。そして,宇宙飛行により循環系が様々な影響を受けた状態で地上に帰還すると,立位でいる際に,頭に十分な血液を供給することができなくなり,失神や前失神症状を呈して立っていられなくなる例が高頻度に認められる。本稿ではこれらについて最新の知見を含めて概説する。

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 直線加速度・重力の感知器官である前庭は,重力の大きさおよび重力方向の変化を感知して姿勢制御(前庭-脊髄反射),眼球運動(前庭-眼反射),自律神経・血圧(前庭-交感神経反射,前庭-血圧反射)など,多くの身体機能調節に関与している。更に最近,前庭系が骨量・筋量の調節に関与しているという報告がなされ,その機能の多様性に注目が集まっている。本稿では,重力変化に対する前庭系を介する急性応答,および長期にわたり1gとは異なる重力環境に曝されたときに起こる前庭系の可塑的変化について解説する。

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 宇宙環境のような微小重力環境では,力学的負荷が小さくなるため骨量が減少する。また,地上でも長期間にわたる寝たきり状態でも骨量が減少するなど,地上の脊椎生物にとって重力による力学的荷重は骨組織を正常に保つための重要な要素である。これまでの研究から力学的非荷重による骨量減少の病態理解は進んでいるが,分子レベルでの骨量減少のメカニズム解明は道半ばである。

 本稿では力学的非荷重による骨量減少について,骨破壊を担う破骨細胞を中心に概説する。

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 現代はグローバル化による24時間型社会であり,多くの人々が厳しい環境とストレスに曝されて恒常性に異常を来し,睡眠障害やリズム障害に苦しんでいる。一方,国際宇宙ステーション(International Space Station;ISS)に居住する宇宙飛行士も,極端に短い日周期や閉鎖環境,過密スケジュールなどの厳しい条件に曝されており,ISS環境は現代ストレス社会の究極と捉えることができる。そこで,筆者らは新規睡眠診断法および新規睡眠覚醒制御手法の開発により,宇宙環境における睡眠問題の解決を目指している。この研究成果を地上で応用・展開することにより,現代ストレス社会の睡眠問題も解決できると期待している。

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 現在の科学技術では,宇宙環境において地上と同じ水準で生活環境を整えることは不可能である。そのため,宇宙飛行士は様々な制約を受け,非常にストレスフルな生活を送らなければならない。特に大きなストレスとして挙げられるのは微小重力,宇宙放射線,精神心理的ストレスである。

 本稿では,精神心理的ストレスに焦点をあて,宇宙飛行士に求められる精神心理的資質,宇宙環境での心理的な変化とその評価法,ストレス対処について述べる。

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 米国航空宇宙局(NASA)などが計画している火星探索は2-3年にわたる長期のミッションであり,その間,宇宙飛行士の健康管理が重要となる。また近い将来,宇宙滞在が身近になることも考慮すると,生体の防御システムである免疫系に与える影響を調べることは,必要不可欠な研究と言えよう。宇宙滞在は,主に微重力,宇宙放射線,精神的ストレスを介して免疫系に影響する。本稿は,T細胞とその産生器官である胸腺に対する宇宙環境や重力変動の影響に関して概説する。

Ⅲ.宇宙空間滞在の環境リスク

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 今日,人類は宇宙に飛び出し,長期宇宙滞在に挑戦している。米・露・欧州諸国・日本・カナダの15か国が共同運用する国際宇宙ステーション(ISS)で,2000年から宇宙飛行士の滞在が始まり,今では半年から1年ほどの長期滞在が可能となり,船外活動の機会も増している。また,中国は単独で,既に2016年9月から宇宙ステーション(天宮)の建設を始めており,2022年の完成を目指している。更に,世界の動向としては,再び月へ,火星へと,有人宇宙探査に対する人類の夢は尽きない。2017年9月に「月軌道近くに新宇宙ステーションを建設」という米露共同声明が出され,10月には米国の国家宇宙会議で「米国の宇宙飛行士を月に送り,旗を立てるだけでなく,火星やより遠くに行くために必要な土台を作る」ことが表明された。わが国においても,宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2030年ごろに国際協力のもと月面探査を目指しており,日本人初のムーンウォーカーの実現が一段と強くなっている。

 一方,宇宙空間は磁場と大気に守られている地上とは異なり,生物学的効果の高い重粒子線(一粒子でも飛跡に沿って重篤なDNA切断を引き起こす)を含めて線質の異なる混合放射線が,低線量・低線量率で降り注いでいる。ISSでの1年ほどの長期滞在の間に浴びる放射線量は地上の約100倍の約0.3Svと推定されており1),船外活動では船内の約5倍の放射線に曝される。太陽表面で大規模な爆発が生じると,大量のプラズマ粒子が宇宙空間に放出され,比較的高い線量を被曝する可能性がある。月は大気がないため,月面表面で約1Sv/年を超えると推定され2),地球磁気圏から遠く離れた深宇宙では,特に重粒子線の被曝量が増すことも知られている。また,火星までの往復と滞在期間の合計約2年半で約1Svの被曝が予測されており3),これまでのミッション以上にがんや白内障の発症リスクが高くなり,中枢神経系や免疫機構への悪影響が危惧されている。更に,宇宙空間は微小重力環境であり,月や火星では地上の1/6,1/3の重力環境である(図1)。月や火星,宇宙空間での長期宇宙滞在を実現するためには,宇宙放射線のみならず,地球と異なる重力環境との複合影響を明らかにすることで,リスクを正しく評価し,宇宙での生活の質を高めることが喫緊の課題である。ここでは宇宙放射線と重力変化環境との複合影響研究の過去・現在・未来について紹介する。

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 宇宙に生きるうえで想定される様々なリスクのなかで,宇宙放射線のリスクの評価には,宇宙の放射線場の生物学的影響に関する十分な知識が必要とされる(図1,2)。ここ50年の間に,宇宙技術は地磁気圏が担う放射線防護がもはや及ばない領域にまで地上生命を移動させる手段を与え,特別な条件に対する生体応答の研究ができるようになった1)。単純なものから複雑なものまで,総じて生体(生体分子,微生物からヒトまで)は生物学的な見地から,低地球周回軌道(low Earth orbit;LEO)上の宇宙船,国際宇宙ステーション(ISS)の船外あるいは船内,あるいは月への軌道,他の宇宙生物学的に興味深い天体(火星,木星や土星の氷衛星)へと地上を遠く離れるにつれ増大する“放射線被曝”のような,様々な物理的な環境の変化を経験する。宇宙における微生物実験のほとんどは,地球周回軌道のロボット型衛星,例えばロシアのフォトン(FOTON)や欧州の回収可能衛星(European Retrievable Carrier;EURECA),あるいはスペースシャトルや宇宙ステーション(MIRやISS)などのような有人宇宙船を用いて実施された1-3)

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 緑色植物は,すべての生物のエネルギー源となる炭水化物を光合成によって生産する。その光合成を効率よく営むために,植物は茎葉を地上に伸ばして光および二酸化炭素を,根を土壌中に伸ばして水および無機栄養を効率よく獲得する。これは主に,重力を感知してそれぞれの器官を上側および下側に伸長させる重力屈性によるものである。特に固着性の植物にとって,重力屈性は陸地で遭遇する環境ストレスを回避・軽減して生きるために重要な役割を果たす。この重力屈性は古くから植物生理学の課題として注目されてきたが,植物の重力応答は重力屈性以外の成長現象にも及ぶ。また,重力応答によって干渉されて通常は認識されにくい成長現象も知られている。植物が進化過程で獲得したこのようなしくみは,生物学的に解明されるべき研究課題であるだけでなく,ヒトの生命維持や生活に必要な植物生産を向上させる基盤的機能としても重要である。しかし,植物の重力屈性を担う重力感受機構や最終的な屈曲(偏差成長)に至るシグナル伝達系,重力応答によって影響される様々な成長現象の制御機構には,いまだに不明な点が多い。その理由の一つが,地球上では恒常的に働く重力を排除できないことにある。近年,これらの課題を解決して重力生物学を進めるために,また,人類が長期宇宙居住を実現させるための植物生産システムを確立するために,宇宙船内の微小重力環境を利用した宇宙実験が行われている。

 本稿では,植物の重力応答およびそれによって影響される植物の成長現象について,筆者らが実施した宇宙実験を含めて概説する。

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 有人宇宙探査では,微生物は常にヒトと共に移動する1-5)。これは,宇宙居住の擬似環境とも言える南極基地6,7),またクリーンルームや医薬品製造施設などにおいても同じである。いずれも通常の居住環境とは異なり,微生物の流入と流出は制限されている8)。そこでは微生物の活性は低く,ヒトと微生物との関係を理解することは容易ではない。宇宙居住環境,またその擬似環境へのアクセスは容易ではなく,サンプリングの機会は限られ,その取り扱いにも制約がある。更に微生物量も極めて少ない。このようにチャレンジングな課題ではあるが,宇宙居住環境や地上の擬似環境では,居住者の動き,清掃頻度,気流などの影響を受け,微生物は時間をかけて変遷していくことが広く認識されつつある。

 宇宙居住環境,またその擬似環境では,日常的なハウスキーピングや消毒,あるいは連続的な空気の濾過によって微生物を管理し,微生物の現存量を全体として少なく維持しているが,一部の居住環境においては衛生的に制御することがかなり困難である。国際宇宙ステーション(ISS)のトイレ,ダイニングエリア,運動器具では,微生物が集積する。宇宙飛行士自身,また彼らが食べる食物,廃棄物に関連する微生物が広く存在している。これは,完全には清掃できないことなどに起因している。

連載講座 生命科学を拓く新しい実験動物モデル−14

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 古いコケの乾燥標本を水に戻したら,標本に付着していたワムシ(輪形動物門),線虫(線形動物門),クマムシ(緩歩動物門)などの微小な生物が動き出したという現象は,300年も前から知られていた。このミクロの生物たちの無代謝での活動休止現象をクリプトビオシス(cryptobiosis)と呼び,冬眠などの低代謝の休眠とは区別して定義された1)。クリプトビオシス現象で着目すべき点は,“多細胞生物の細胞や組織が蘇生可能な状態で数年,あるいは数十年という長期間,常温乾燥保存が可能である”ことを暗示していることである。クリプトビオシスの分子機構,すなわち,極限的な乾燥に伴って生じる様々なストレスから生体成分,細胞,組織がどのように保護されているのか,そのしくみを明らかにし,更に模倣することで,既存の冷蔵や冷凍保存ではなく,エネルギーを必要としない未来型の常温乾燥保存技術の開発や普及が可能になってくるはずである。

 筆者らはクリプトビオシス生物のなかで最も大型で高等なネムリユスリカを用いて,その驚異的な乾燥耐性のしくみの解明を進めてきた。本稿では,その成果や応用技術への可能性について紹介することで,このシステムの魅力を伝えたい。

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Ⅰ はじめに ヒトの心臓発生と先天性心疾患

 心臓は主に心筋から成る管腔臓器で,絶えず拍動しながら体内の血液を循環させる役割を持つ。ヒトの心臓は中隔や弁で仕切られた4つの部屋(2心房2心室)を持ち,それぞれが立体的な相互関係を保ちながら特定の位置に配置された極めて複雑な構造を持っている。この理由は,陸上生活を行う脊椎動物の心臓は,1つの臓器で体循環と肺循環という2つの循環(並列循環)を成立させなければならないためである(図1)。酸素需要の高い哺乳類において,体循環を担う左心系と肺循環を担う右心系は血圧と酸素飽和度の点で大きく異なる。大量の酸素を全身に供給するためには体循環と肺循環を完全に隔離し,心臓弁によって血液の逆流を防がなければならない。ヒトの正常な心臓発生の過程を図2に示す。ヒトの心臓は側板中胚葉由来の心臓前駆細胞をはじめ,部位によって起源の異なる様々な細胞群により,原始心筒形成-ループ形成-中隔形成の段階を経て形成される(図2)。

 先天性心疾患(congenital heart disease;CHD)は主に心臓の発生段階において,何らかの原因で心臓の形態が正常に形成されないために心不全や低酸素症,血流障害を引き起こす疾患である。CHDは全出生児の約1%に生じ,多くは乳児期,小児期に発症する。医療の進歩によりCHDは早期診断,早期介入が可能となった。しかし,多くのCHDでは手術が必要で,重篤な疾患では患児の成長に合わせて段階的に複数回行うこともある。心臓手術はそれ自体患者に対する大きな肉体的,精神的負担となり,家族全体の生活の質を低下させる。CHDの原因や発生機序については不明な点が多く,これが効果的な予防法,薬物療法を開発するうえでの障壁となっている。筆者らはヒト心臓の正常発生機構ならびにCHD発生機序を解明する目的で,軟骨魚類の心臓に着目して研究を行っている。

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 泉孝英先生による『ポケット医学英和辞典』第3版が出版された。辞典に「書評」というのも,おかしな企画と思われるかもしれないが,これは単なる辞典ではない。それは,故・渡辺良孝博士による1967年の初版以来,脈々と受け継がれてきた崇高で,そして謙虚な学びの精神「欧米から最新の医学を学ぶ」が宿っているからである。この「第3版序」には,第2版出版(2002年)からの医学・医療の変動が解説されており,この辞典に「現代性を与える(故・渡辺博士)」ことが理念とされていることがわかる。その流れの中で,医薬品,医療機器の開発のほとんどは米国を中心に行われている現状を嘆きつつも,急速な変貌・進展を遂げる米国医学・医療の的確な把握こそが,わが国の医学・医療の向上につながる,と結んでいる。この辞書の価値は,この泉先生の信念にある,と言っても過言ではない。

 収録語数は7万語と膨大なものになっているが,驚くほどコンパクトで,まさに“持ち歩ける”辞典となっている。収録語については,“Dorland's Illustrated Medical Dictionary”や“Current Medical Diagnosis & Treatment”などを参照し,また,八幡三喜男博士による“The New England Journal of Medicine”からの緻密な情報も取り入れて,用語の刷新,削除,追加が的確に行われている。うれしいことは,略語の収録が充実していること,薬剤名も充実し,薬剤用語集としても活用できること,さらに,医学研究者とその業績までもが収録されており,世界医学人名事典としても活用できることである。この膨大な人名の収録は,「日本近現代医学人名事典【1868-2011】」(医学書院,2012)という大著も出版されている泉先生の真骨頂である。「欧米から最新の医学を学ぶ」とともに,「過去から学ぶ」姿勢も大切にしてほしい,とのメッセージである。

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目次

次号予告

財団だより

財団だより

お知らせ

あとがき 松田 道行
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 先月,Ursula Le Guinが亡くなった。彼女の描く宇宙の世界は,人間(知的生命体)の多様性を受け入れる寛容性の重要性を語るとともに,科学のもたらす未来に胸を躍らせるものがあった。わたしが研究者になったのは彼女の本の影響が大きいのである。とはいえ,宇宙で暮らすことなど学生の頃は夢物語と思っていたが,近年,にわかに現実味を帯び始めている。そうなると今度は逆に,宇宙で暮らすことがいかに難しい挑戦であるかもまざまざと見えてくる。本特集で取り上げられている微小重力,宇宙放射線,精神ストレスの三大ストレス以外にも,はるかに多くの困難が待ち受けているだろう。そもそも,もっとも近い恒星まで4.2光年かかる。気が遠くなるような旅だ。乾燥状態のネムリユスリカの幼虫はアフリカの酷暑に耐えるのみならず宇宙の極限環境にも何年も耐えるそうだ。「2100年宇宙の旅」にはネムリユスリカを模倣した乾燥人間が乗っているのではなかろうか。一方,宇宙ステーションの微小重力を使った骨研究や閉鎖空間における人間関係の研究は,寝たきり患者の骨粗鬆や実社会でのストレス対応など,直近の課題解決にヒントを与えることも強調すべきだろう。「宇宙」という少年心をくすぐるテーマをご編集いただいた瀬原淳子先生,ご執筆いただいた,宇宙飛行士である古川聡先生を始めとする宇宙生物学最前線の方々,ユニークな動物を使った研究を紹介していただいた奥田先生,平崎先生,南沢先生,岡部先生にあつくお礼申し上げたい。(松田道行)

基本情報

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生体の科学
69巻2号 (2018年4月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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