生体の科学 65巻3号 (2014年6月)

特集 器官の発生と再生の基礎

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 動物の体細胞から新しい未分化細胞iPSCが人工的に作製されるようになりました。この特集を企画した当時は連日のように器官の再生の成功例と将来のヒトへの応用の見通しなどがメディアを賑わしていました。それが少し下火になったと思ったら,STAP細胞旋風が突如として吹き荒れ,現在は暴風一過のあとの凪が訪れています。現在他人の論文のあら捜しとメディアによる論文叩きが新しい不安定な状態を醸し出しているかに見えます。

 それはともかくとして,iPSCが新薬の開発に重要な役割を果たすことは間違いありません。しかし,人々のより大きい期待は器官の再生に向けられていることは当然です。現在,iPSCの作製は時間がかかり,成功効率も悪いとされています。たとえそうであったとしても,それから誘導された組織を拒絶反応の危惧なしに宿主に戻すことができるという意義は大きいと言えます。

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 体細胞に数種の遺伝子を導入することにより,胚性幹細胞(embryonic stem cell;ES細胞)と同等の多分化能と増殖能を持つ人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell;iPS細胞)が作製された1,2)。この革新的な技術は幹細胞の医学応用へ新たな扉を開こうとしている。iPS細胞は患者自身から樹立可能な多能性幹細胞であり,ES細胞の抱えている“受精卵の利用”と“拒絶反応”という問題を解決しうる。これにより自家移植医療の実現が理論上可能となり,夢の医療として期待されている。当初はレトロウイルスベクターによるゲノムへの挿入変異が危惧されたが,最近ではエピソーマルベクターや合成RNA,センダイウイルスベクターを用いた外来遺伝子のゲノムへの挿入を伴わない樹立方法が開発されている。さらにiPS細胞は患者から樹立可能なため再生医療の材料としてだけではなく,病態解明,新薬の創出,毒性試験など,多彩な利用を可能にする。このように患者自身のiPS細胞から目的の細胞を作り出し治療に用いるといった,まさに21世紀の医療を変革することが期待される。

 一方,これら多くの研究が細胞を移植して治療する細胞治療を目的としているのに対し,移植可能な臓器を作り出すことも再生医療における究極的な目標の一つである。患者自身のiPS細胞から臓器が作り出せれば圧倒的なドナー不足に悩まされる移植医療の切り札となり,さらに移植後も免疫抑制剤の必要のない理想的な再生医療が実現できる。また,臓器を作り出す過程を解析することは臓器発生のメカニズムを知るうえでも意義が大きい。

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 現在,再生医療を目的に様々な臓器の細胞を分化誘導する研究が進められている。幹細胞とは造血幹細胞や間葉系幹細胞などの体性幹細胞,ヒトの受精卵の胚から作るembryonic stem cell(ES細胞),ヒトの皮膚などの細胞をリプログラミングし作製するinduced pluripotent stem cells(iPS細胞)が含まれる。現在では多くの臓器の細胞をiPS細胞から分化誘導する研究が進められている。これらの再生医療に向けた研究は発生学的視点からみても重要である。分化誘導過程で発生を模倣しながら分化することで生体内と等価な細胞が誘導できると考えられているからである。本稿では細胞分化を進める手法の構築について,膵臓の発生生物学の見地から述べたい。

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 脳の形成は他の器官形成におけると同様の二つの重要なステップ,すなわち,① 細胞の種類・数の確保と,② 組織構築(組み立て)の進行,によって果たされる1)。具体的には,① 細胞の誕生(神経幹細胞・前駆細胞による細胞産生)と個性化(ニューロンかグリアか,それぞれの群の中でどんなサブタイプかなど),および,② 広義の回路形成(ニューロンの移動・配置,線維連絡・シナプス形成,ニューロン・グリア連関の成立など)という現象群が適切に営まれる必要がある。近年,散発的に蛍光標識を施してスライス培養するなど,神経前駆細胞の挙動に向き合う研究手法が“ライブで三次元”へと発展してきたことに伴って,彼らの多才ぶりが詳しく捉えられるようになった2-4)。本稿では神経前駆細胞が行う核の反復運動5-10)に注目し,その意義,機構の一端を概説する。

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 脳の組織を観察すると,いつもその非常に複雑で精緻な構造に魅入られてしまう。脳には非常に多くの種類のニューロンがあるが,決してランダムに作られて配置されているわけではない。どの個体でも発生期には“種ごとに再現性良く(!)”それぞれの種類のニューロンが正しい数作られ,正しい場所に配置され,そして正しい相手と回路を形成して機能的なネットワークを作る。その結果,脳の高次な機能が達成される。ではどのようにして,特定の種類のニューロン(回路素子)が必要な場所に必要な数作られるのだろうか? そもそも脳の大きさや構造はいかにして決まるのだろうか?

 脳を構成するニューロンと,それを様々な形で支えるグリア細胞は,共通の前駆細胞である“神経系前駆細胞(神経幹細胞)”(neural progenitor/precursor cell;NPC)から産み出される。したがって,NPCの運命制御はこれらの神経回路素子の形成や脳構築を理解する鍵となる。本稿では大脳新皮質発生におけるNPCの(Ⅰ)数の制御と(Ⅱ)分化運命の制御について,最近数年の文献を中心に概説したい。

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 胎生期において神経と血管のネットワークは共通のメカニズムによって相互依存的に発生し,両者には伴走性がみられるようになる。成体脳においては血管のネットワークは既に完成しているが,側脳室の外側壁に沿って存在する脳室下帯(ventricular-subventricular zone:V-SVZ,図1A)と海馬歯状回の顆粒下層の2か所では,神経幹細胞が一過性増殖細胞と呼ばれる活発に増殖する前駆細胞を経て,継続的に新生ニューロンを産生する1,2)

 Palmerらの研究によって,神経幹細胞や前駆細胞が血管に接して存在していることが明らかになって以来3),成体ニューロン新生の調節に血管がかかわっている可能性が示唆されている。一方で脳が傷害を受けると,ニューロン新生と血管新生が促進され,脳組織の再生に寄与すると考えられており,再生過程にみられるニューロン新生と血管新生の協調的な関係は,胎生期に起こる神経-血管形成の相互依存性の再現のようにも思われる。すなわち,胎生期と同様に,成体脳のニューロン新生においても血管が重要な働きをしている可能性がある。

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 網膜は眼の後部に位置するシート状の組織であり,視覚を司る。網膜において,眼に入った光は電気信号に変換され,情報処理された後,視神経を通して脳へとその情報が送られる。6種類のニューロン(杆体視細胞,錐体視細胞,双極細胞,水平細胞,アマクリン細胞,神経節細胞)および1種類のグリア細胞が整然とした層構造を持っている。発生学上,脳に由来し中枢神経系の組織でありながら,脳に比べシンプルな細胞構成と細胞形態を持つことから観察に適しており,in vivoでの実験操作を施しやすい。このような特徴から,古くはカハールによるゴルジ染色による網膜の観察を通したニューロン説の提唱やレトロウイルスを用いた系統解析によるニューロンとグリアが共通の前駆細胞由来であることの発見など,神経科学における重要な知見が網膜研究を通して見いだされてきた。したがって,網膜は中枢神経系の発生や機能の研究モデルとして適した組織であると言える。

 遺伝学的な解析が進み,網膜初期発生にかかわる転写因子や分泌因子など重要な因子が多く明らかにされている。最近では分子メカニズムについての知見を活用し,ES細胞などの多能性幹細胞から網膜細胞および組織を誘導する研究が進んでいる。本稿では網膜初期発生とその分子機構について述べた後,多能性幹細胞からの網膜細胞誘導に関するこれまでの知見について述べる。また,ヒトの場合,感覚情報の大部分を視覚に依存していることから,網膜変性疾患による視覚異常は日常生活に大きな支障を来す。網膜変性疾患の有効な治療法がないため,細胞移植による治療に向けた再生医療研究は注目を集めている。これに関して,後半では網膜変性疾患に対する細胞移植の基礎研究について今まで報告された知見を概説する。

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 胸腺はT細胞分化を担う一次リンパ組織であり,定常的な免疫器官の中で唯一の上皮性組織である。胸腺は多様な抗原認識特異性を示すTリンパ球の分化を誘導するばかりでなく,自己生体の防御に有用で,しかも自己生体成分に寛容なTリンパ球を選択的に成熟させる。胸腺では分化途上のTリンパ球を取り囲んで,胸腺上皮細胞,線維芽細胞,樹状細胞,血管内皮細胞などの非Tリンパ球系細胞が三次元的に配置されている。これらの細胞は胸腺という器官を形作るだけでなく,幼若Tリンパ球の生存,分化,選択,移動を制御する多様な分子シグナルを発信することでTリンパ球の産生を支持し,それによって免疫システムの成立に重要な役割を果たしている。

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 肝臓は体内における最大重量の実質臓器であり,各種の代謝,解毒,胆汁の産生,血清タンパク質の産生など多種多様な機能により生体の恒常性を保っている。これら多種多様の機能の大部分は肝重量の約80%を占める肝実質細胞である肝細胞が担う。肝臓には小腸で吸収された栄養に富んだ血液が門脈から流入し,肝特有の毛細血管網である類洞を経由して,中心静脈から肝臓外へと流出する(図1)。肝細胞は類洞に沿って一列に配置され,類洞を構成する類洞内皮細胞は有窓構造により血液と肝細胞間の効率の良い物質交換を可能にしている。一方,肝細胞が産生する胆汁は肝細胞間に形成された毛細胆管を通って,胆管上皮細胞からなる肝内胆管へと集められ,肝外胆管を経て最終的に十二指腸へと排出される。肝細胞と類洞内皮細胞の間にはディッセ腔と呼ばれる間隙が存在し,そこには星細胞が位置している。星細胞は線維芽細胞であり,傷害時に失われた細胞の隙間を埋めるためのコラーゲンや細胞増殖因子を分泌する。一方,過剰なコラーゲンの分泌は肝臓の線維化に繋がることが知られている。

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 ヒトES細胞,さらにはiPS細胞の開発により,患者自身の細胞から種々の臓器を作り出し,これを治療に用いるという再生医療に現実味が増してきた。ES細胞やiPS細胞からの臓器作出に関しては,肝臓を含め種々の臓器が作出されつつあるが,その中で肝臓は作出が難しい臓器とされている。その理由は完全に明らかではないが,発生における肝臓形成過程には複雑な細胞間相互作用が必要なためである可能性がある。他方,最近の目覚ましい分子生物学的アプローチ,特に遺伝子欠失技術の発展により,細胞種および時期特異的に発現遺伝子を制御できる時代となり,これにより肝臓発生における細胞間相互作用の分子メカニズムが明らかになりつつある。また,肝臓を構成する各細胞種を単離するための特異的な細胞表面マーカーも報告され,FACSやMACSによる細胞単離と培養系を用いた肝臓形成研究も進展している。本稿では,胎生期マウスを用いた肝臓構築・機能発現における細胞間相互作用に関する研究の現状を紹介したい。

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 腎臓領域の再生医療に関しては,他の臓器に比較してその報告も少なく,遅れていると言わざるを得ない状況であった。しかしながら,増加を続ける慢性腎臓病患者に対し,腎臓再生療法の開発が期待され,また急務と考えられている。わが国において透析療法を必要とする末期腎不全患者数は30万人以上,透析医療費は年間1兆5,000億円(全医療費の約4%)を超える。毎年3万人以上の新規透析患者が生じる一方,根治的な治療法である腎移植は年間1,500例程度で,その多くは生体腎移植である。腎移植希望患者数12,000名に対し,献腎移植は年間約200例(約1.6%)と需要に対して供給が全く追いついていない状態である。筆者らは,主にヒトiPS細胞(induced pluripotent stem cell;人工多能性幹細胞)を用いて,試験管内で腎臓を再生することにより,移植に提供できる細胞を作ることや,新しい治療薬を開発することを目的とし研究を行っている。最近,筆者らを含む複数の研究グループから,ヒトiPS細胞やES細胞(embryonic stem cell;胚性幹細胞)を用いた腎臓系譜への分化誘導法に関する報告が相次いでいる。生体内のすべての細胞種に分化することが可能な多能性幹細胞であるES細胞と,簡便な遺伝子操作によってES細胞とほぼ同等の性質を有するiPS細胞が樹立可能となり1),再生医療の研究が大きく進展した。また,最近ではヒトiPS細胞を用いた臨床研究も開始されている。これらの幹細胞を用いて腎臓系譜への分化誘導法を開発し,腎臓再生療法に応用することが非常に期待されている2)。本稿では幹細胞を用いた腎臓再生の研究について,最新の知見を中心に概説する。

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 哺乳類の肺や乳腺,ショウジョウバエの気管や唾液腺など,生命活動に必須なこれらの器官の多くはすべて上皮チューブから成る。それぞれサイズや形は異なるが上皮細胞の集団が形成する均一な細胞シートであるという点は広く保存されている。これらの複雑に分岐した肺などの器官はどのようにして形成されるのであろうか。例えば網目状に広がったハエの気管支は上皮細胞の集団から成るチューブが伸長(移動),出芽,分枝といった形態変化を繰り返すことで形成される。しかし,上皮細胞集団の秩序だった動きだけでは複雑に分枝した非対称な器官を生み出すことはできないであろう。ときに上皮細胞集団の中の一部の細胞(群)や移動する先端の細胞が形態変化を起こす必要がある。上皮細胞は周辺組織とのシグナルのやり取りによって,遺伝子発現の変化を伴った細胞骨格の再編成や極性の変化などを引き起こすことで,細胞の形態変化や移動方向の転換などを起こす。いわば,均一な細胞群の中で一部の細胞のみが特異化(specification)されることで生み出されたある種の不均一性が,非対称で複雑な形態形成を成し遂げるための重要なファクターになるとでも言えよう。しかしながら,このような器官形成の際に起こる細胞骨格調節機構の全貌は明らかにはなっていない。これらの器官が生命活動に必須であることや,in vivoでのライブイメージング解析が困難であることが主な理由であると思われる。ゆえに,これら器官の形成メカニズムの解明には古くから遺伝学的操作に長けたハエや線虫などの小さなモデル生物が多大な貢献をしてきた。

 本稿では筆者らが線虫C. elegansの生殖巣形成モデルの解析から明らかにした器官形成過程に起こる先端細胞での細胞骨格制御機構を,調節因子スペクトラプラキンの機能解析を中心に,他種との比較を踏まえつつ概説したい。

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Ⅰ.イモリに学ぶ新しい再生法

 再生医療の主な研究対象はヒトや動物の培養細胞(iPS細胞を含む)か哺乳類の個体である。これに対して,われわれは同じ脊椎動物でありながら大規模な再生が可能なイモリの機構を解明して,それを(部分的にでも)ヒトやマウスの再生に利用することを考えた。

 両生類のイモリは様々な部位を再生できる1,2)(図1)。しかも強力な再生能を個体の一生にわたり維持している。このようなイモリの再生研究は,遺伝子レベルでは進展してこなかった。その理由は,これまで使われてきた日本産アカハライモリや北米産ブチイモリが研究室で大量繁殖できないことにある。例えばアカハライモリは成熟に3年以上かかるうえ,産卵数もわずかである(図2A)。このため,基本的に各国で現地採集されたイモリが用いられてきた。これでは研究用イモリを共通化することは難しい。さらに,イモリを含む両生類は世界中で野生個体数が減少しており,安定な供給源を野外採集に期待できない。そもそも有用な遺伝子導入個体を作製した際には,それらを繁殖,系統化して使用する必要がある。

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 近年,哺乳類において多能性細胞を用いた再生医療研究が目覚ましい進展を遂げ,応用段階に入りつつある。多くの場合,iPS細胞やES細胞といった分化全能性細胞を,培養系において目的の細胞種や組織に誘導し,それを移植することによって損傷した細胞や組織を再建する方法がとられている。これはわれわれヒトをはじめとする哺乳類が,大きく欠失した組織や器官を再生させることができないためである。哺乳類の各組織には組織幹細胞と呼ばれる幹細胞が存在していることが知られている。限定された組織の損傷や恒常的な維持において,これらの組織幹細胞は必要な細胞を供給する。しかしながら,例えば腕を切断されるような損傷においては,組織幹細胞を用いた再生ができない。一方で,同じ脊椎動物の中には,有尾両生類のイモリのように高い再生能力を持つ種も存在する。このような動物では組織幹細胞や既に分化した細胞が脱分化することで幹細胞化した細胞が,再生現象に寄与することが知られている。究極の再生医療とはイモリのように失った部分を,元々存在する幹細胞を用いて,in vivoで完全に,または部分的にでも再生させることであろう。そのためには,高い再生能力を持つ生物がどのように幹細胞を使って自由に再生しているのかを知ることは,非常に有意義である。再生能力を持つ種は動物界に広く存在している。特に海綿動物や刺胞動物,扁形動物,環形動物,尾索類では,イモリのように失った部分を再生するのではなく,個体の1断片から新たな個体を再生する個体再生を行う驚くべき能力を持つ種が存在している。本稿ではその一例として,われわれが再生研究の実験動物として用いている扁形動物,プラナリアの個体再生の幹細胞を中心とした細胞・分子生物学的基盤の最新の知見を紹介したい。

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 サイクリン依存性キナーゼ(cyclin-dependent kinase;Cdk)は真核生物の細胞周期のエンジンとして働くプロテインキナーゼである。増殖細胞ではDNA損傷やDNA複製,染色体分配などの異常によりゲノムが維持できなくなると,エンジンであるCdkは活性化されず細胞周期の進行が停止し細胞死が誘導される。一方,分化して増殖しない神経細胞では増殖にかかわるCdkの発現はなくなり,細胞周期は停止するが,Cdkファミリーの一つCdk5が発現し,多様な神経機能の制御にかかわるようになる。様々なストレスはCdk5を異常活性化し,神経細胞死を誘導する。このような神経細胞死の過程ではCdkを含む細胞周期装置が再活性化し,あたかも細胞周期へのリエントリーとも言える現象を介して細胞死が進行する。

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 生命を構成する最小単位である細胞を理解することは,生命現象を解明する出発点であるが,一般的な生物の研究においては,組織片や培養細胞など多くの細胞集団をホモジェナイズした後,溶媒抽出などの前処理を経たものをサンプルとして用いるため,得られる結果は試料として用いた細胞集団による平均的なものである。しかし顕微鏡下で細胞を観察していると,個々の細胞が様々な大きさや形を持ち,それぞれが独立して変化していることがしばしば観察される1)。細胞に刺激を与えたときに見られる反応も,一見均一に見受けられる培養細胞であっても,細胞による相違が観察できることがある1)

 もし,ある細胞がある現象を発現した瞬間の細胞内の分子群の動態を,生きた細胞個々の状態変化を観察するのと同時に分析することができれば,細胞集団をすり潰した全体の分析では得ることが難しい細胞内での分子の必然的な変動を知ることができると考えた1)

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 複雑に見えるわれわれの体も元を正せば1個の受精卵から始まっている。すなわち動物の体はその構築の過程“発生過程”において,受精卵から分裂によって増殖した細胞がお互いに影響を与えながら変化し,複雑なパターンを自律的に形成している。この発生過程において,それぞれの細胞は徐々に特徴的な細胞へと分化していくが,各細胞の挙動はその細胞の中に発現している遺伝子の種類と量によって規定されると考えられる。例えば筋肉の細胞では,筋肉アクチンやミオシンといったタンパク質が多量に含まれており,これらは筋原線維を構成し,筋収縮という筋肉に特徴的な機能を担うために必須のタンパク質である。これらの遺伝子の発現はMyogeninという転写因子によって制御されている。一方で,例えば神経の細胞では,アセチルコリン受容体やグルタミン酸受容体といった神経伝達を担うための受容体タンパク質を発現しており,遺伝子発現のレベルで筋肉とは全く異なることがわかる。

 個々の遺伝子は核内で転写された後,細胞質でタンパク質に翻訳され機能を発揮する。現在,マイクロRNAなどによる転写後調節も多数報告されてはいるものの1),ある細胞における遺伝子の発現を第一義的に規定しているのは転写段階であり,特定の配列を認識し,転写反応を誘導する“転写因子”が重要な役割を担っている。さらにこの転写因子自体も遺伝子である以上,それ自身の転写も何らかの転写因子によって制御されている。例えば,先ほどの筋肉における転写因子,Myogenin遺伝子自体も,筋肉細胞の特異化の段階では,その発現は転写因子MyoDなどによって制御されている。

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次号予告/財団だより

あとがき 藤田 道也
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 現在,日本の医学・生物科学の研究者たちは突如として襲ってきたつむじ風にさらされています。事の始めは理系女子を代表するかのような美人研究者による“ノーベル賞クラス”の研究発表でした。それは研究団体とメディアの合作と言っていいような演出であり,研究内容よりも発表者の身だしなみや立ち居振る舞いに好奇の目を誘導しました。しかし,瞬時にして彼女の論文のあら捜しが凱歌を上げ,メディアは一転賞賛から追及に乗り換えました。挙句は彼女の不正を調査する委員の論文までがあら捜しの対象になり,その波はついに本物のノーベル賞受賞者にまで押し寄せ,彼の目を白黒させました。

 問題の本質は論文の作成方法にあると思います。一つは論文をわかりやすくするため,いわば読者へのサービスとして切り貼りすることがあり,それをでっち上げ,詐欺と呼ぶことは可能です。もう一つは研究の分担であり,分担研究者は地球の裏側のこともあります。相手を信頼するから協同研究者として認めるのであり,実験ノートを見せろと言うことは通常はないでしょう。分担研究者を増やす効果は大です。研究が短時間に仕上がるだけでなく,共著者が多い分引用回数も増えます。現在の業績主義にはもってこいなのです。

基本情報

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生体の科学
65巻3号 (2014年6月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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