公衆衛生 82巻5号 (2018年5月)

特集 発達障害者支援の到達点—新しい支援の枠組みを考える

西牧 謙吾
  • 文献概要を表示

 発達障害者支援は,障害福祉の枠組みに収まらず,児童福祉,教育,就労,司法など幅広い分野で大きな課題となっている.その背景には,育てにくい子ども,学校で落ち着かない子ども,不登校になる子ども,いじめに遭う子ども,大学で学業が続けられない学生,就職試験に受からない学生,就職しても長続きしない人,犯罪を繰り返す人の中に,いわゆる発達障害や軽度知的障害のある人の存在が明らかになってきたことがある.

 発達障害者支援の難しさは,社会適応が良好な人がいる反面,高学歴でも社会適応の悪い人もいて,従来の障害福祉的考え方では捉えきれない点にある.また,定型発達者と発達障害者の境目がはっきりせず,その実数を明らかにすることも困難であるため(学齢期の6.5%が発達障害者であるという文部科学省の統計データがある),対策の網の目は粗くならざるを得ない.早期発見,早期対応という従来の児童発達支援の考え方だけに基づかないで,年齢によらず,診断がなされたときから,しっかりした支援が受けられる体制づくりが求められる.

  • 文献概要を表示

はじめに

 わが国の障害者は法律上,長らく措置制度に守られ保護される存在であった.障害者が「社会的自立」と「社会参加」を目的にして公的責任の下で支援を受けられるようになるには,1993(平成5)年の障害者基本法改正を待たなければならなかった.「国際障害者年」〔1981(昭和56)年)〕以降,わが国でノーマライゼーション(normalization)の理念が広がり,「施設から在宅へ」の流れが醸成されてきたことを受け,1990(平成2)年に福祉関係8法が改正され,在宅福祉サービスが法定化された.

 1997(平成9)年の介護保険法は,新たな高齢者介護サービスの体系化と新たな社会保険の創設という意味を持っていた.障害福祉においては,社会福祉基礎構造改革を経て,措置制度から利用契約制度への移行が図られた.そして,身体障害者福祉法,知的障害者福祉法,精神障害者福祉法,児童福祉法に基づいて提供されてきた福祉サービス,公費負担医療などを,2005(平成17)年に障害者自立支援法(現 障害者総合支援法)によって一元的に提供する仕組みが創設された.

 発達障害者支援法は,その前年の2004(平成16)年に成立したが,発達障害は,障害としての認識が遅れた.また,その施策も,身体障害,知的障害,精神障害への対策とは違い,法律によって規定された入所施設を持たなかった.

 発達障害者への福祉サービスでは,就労系,自立支援医療,障害年金などのニーズが高い.乳幼児期は児童発達支援が,学齢期では特別支援教育が主に対応する.症状の出現時期は,家庭,学校,職場における適応状況に依存し,診断時期は本人や保護者の困り感によってさまざまである.障害者総合支援法だけで対応できない難しさを内包している.児童自立支援施設や児童心理治療施設(両者は,非行に関する社会的養護の施設)も発達障害との関連において重要な入所施設である1)

 本稿では,発達障害者支援法の成立前の,戦後の障害福祉の源流を探りながら,地域にある発達障害者支援に関連のある社会資源について述べる.また,発達障害支援の裾野の広さと,その公衆衛生課題を明らかにする.

  • 文献概要を表示

地域保健の仕事に重なる発達障害者支援

 地域保健の分野の仕事と発達障害者支援の仕事の性格は非常に似ている.地域保健分野の仕事は,医療機関で行うような診断や治療ではないし,入所や通所の対応を毎日行う直接処遇の仕事でもない.それらの支援につながる前後の相談や,疾病などの知識の啓発など,まさに「地域」を舞台にしたものである.発達障害者支援も,「障害」という文字が入ってはいるが,基本的には地域保健とかなり似た仕事を行っている.

 わが国の「発達障害」は,2004(平成16)年に成立した発達障害者支援法第2条に「自閉症,アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害,学習障害,注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と定義されている.そのため,上記の診断がつく者のみを対象にした取り組みを行っているものと誤解されやすいが,実際には,乳幼児健診や就学時健診における発見,国民に対する知識の啓発など,診断前の支援についても重要な位置付けとなっている.また,2016(平成28)年の改正発達障害者支援法1)(以下,平成28年改正法)では,発達障害「者」の定義に,無理解や差別,資源の不足などの「社会的障壁により」日常生活や社会生活に制限を受けているという視点が追加され,身近な「地域」の中で暮らすことへの支援が重視された(表1〜3,図1)2)

  • 文献概要を表示

子どもの心の診療ネットワーク事業の成り立ち

1.子どもの心の診療拠点病院事業(モデル事業)の背景

 子どもの心の問題は1980年代から徐々に増加し,1990年代には医療機関に受診を希望する子どもが急増した.その背景には,①発達障害の概念の変化とそれへの注目,②発達障害と診断される子どもの増加,③子ども虐待による精神的な問題の増加,④うつなどの治療可能な精神障害に対する認識の増加などが挙げられるであろう.しかし,それに対応することのできる医療者の不足も顕著になり,その解決に向けて,2005(平成17)年3月から「子どもの心の診療医」の養成に関する検討会(座長:柳澤正義.以下,本検討会)が厚生労働省母子保健課の下で開催され,12回の議論を経て,2007(平成19)年3月に報告書が編纂された1).検討会には関連する学会や医会の代表者などが集まり,本音で議論がなされた.最初は精神科と小児科の考え方の違いなどが論争になることもあったが,最後は子どもの心の診療を構築する方向性で一致できたことが大きな収穫の一つとなった.

 本検討会では,まず,対応できる医師を増やすべく,①一般小児科医や一般精神科医も子どもの心の問題に対応してもらえるようにし,そのサブスペシャリティーとして,②子どもの心の診療を定期的に行っている小児科医や精神科医,③もっぱら子どもの心の診療に携わる専門的な医師,の3層を考え(図1)1),それぞれの教育に関する到達目標を明確にした.これを基にしてテキストを編纂し,それぞれに対する研修会などを企画し,これを継続した.

  • 文献概要を表示

はじめに

 わが国の子どもを巡る施策については近年,多くの話題が提供されている.その背景の一つとして,1989年の合計特殊出生率の「1.57ショック」に象徴される少子化傾向に歯止めがかからず,わが国の人口が2005年以降,減少し始めたことがあるだろう.子どもを産み,育てやすい社会体制づくりを国家的な重大施策として取り上げ,検討した一つの成果物が2012年の「子ども・子育て関連3法」の制定であり,さらには直近の幼児教育無償化問題である.しかし,これらにはいずれも障害児関係への言及が除かれていたということを,読者はどこまでご存じであろうか.

 わが国においては,子どもの「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」などが1994年に「子どもの権利条約」として批准されているが,虐待児件数は今日もなお,飛躍的な増大を示し続けている.問題は,育ち・育てづらさのある子どもがより多く,その被害にあっているのではないかとの懸念である.

 今日は経済的な繁栄を謳歌する世相であるが,人類の歴史を振り返ると,激動の社会や強者が価値を持つ社会では,その社会のもたらすひずみは弱者により収斂しがちである.「子ども受難の時代」と言われるように,社会的な弱者になりがちな子どもと家族,とりわけ障害児とその家族にとって生きづらい社会となっているのではないかというイマジネーション力が,われわれ関係者に今強く求められている.

 本稿では,子どもと家族に寄り添うことをミッションとしたわれわれの療育事業の展開を1990年代から概観し,今日的な発達支援の課題と今後の方向性を検討する.

  • 文献概要を表示

はじめに

 2007(平成19)年に「特別支援教育の推進について(通知)」1)(以下,通知)が出されてから,全ての学校園において特別支援教育の体制整備が行われるようになった.発達障害も含めた特別な支援を必要とする幼児・児童・生徒への理解が進み,指導の充実が図られている.その後,同年9月に日本国が署名した「障害者の権利に関する条約」2)を批准するに当たって,共生社会に向けたインクルーシブ教育システムを構築するために,さまざまな制度改正などが行われ,特別支援教育はさらに推進されることとなった.

 通知では,障害のある子どもを教育するに当たって,家庭だけでなく,福祉,医療,保健,労働などの関係機関と連携することが求められている.文部科学省は連携の必要性について,単独の通知を出すのみにとどまらず,厚生労働省と連名で通知を出すなどして,その周知を図ってきた.

 各学校や地域の特別支援教育の体制づくりについては,文部科学省が行っている特別支援教育体制整備状況調査3)から,実態把握や校内委員会の実施,特別支援教育コーディネーターの指名,個別の教育支援計画や個別の指導計画の作成などの基本的な体制が多くの学校で整えられてきていることが分かる.しかし,本人・保護者,学校現場,関係機関からは「体制が整ってきてはいるものの,学校と家庭や福祉,医療等の関係機関との連携がうまくとれていない」という声をよく聞く.

 そこで,本稿では,全ての人に知っておいていただきたい,特別支援教育の基本的な事項について解説する.また,最新の動きである,2017(平成29)年に改訂された小・中学校の新学習指導要領4)における特別支援教育の基本的な方向性についても解説する.さらに,今後,学校と関係機関の連携がより進むための方法について考察する.

  • 文献概要を表示

はじめに

 1955〜1973年の高度経済成長とともに福祉予算が増加し,それまでの精神薄弱児施設(当時)では処遇することが困難な重度精神薄弱児のための施設が開設され始めた.1958年に国立秩父学園が開設され,重度重複障害児の処遇が始まった.1961年に重症心身障害児施設(島田療育園,秋津療育園)が開設され,1964年に児童福祉法による重度精神薄弱児収容棟が設置された.1969年に東京都立梅ヶ丘病院(東京都),大阪府立中宮病院(大阪府),三重県立高茶屋病院(三重県)の公立病院に自閉症児施設が整備され,その翌年から療育費用に対して国が助成を行ったことで自閉症施策はスタートした.

 強度行動障害という名称は1988年に行動障害児(者)研究会において命名された.頻繁な自傷や他傷などの行動のため,強度な適応行動障害をみせる障害児(者)という意味から,この名称は採用された.

 筆者は1971年に社会福祉法人滝乃川学園〔1891(明治24)年に創立された日本初の知的障害児施設〕に就職し,児童部重度棟の責任者として配属された.その後,1991年に自閉症者施設の「めぶき園」(大分県,図1)を開設し,主として最重度・重度の知的障害を伴う自閉症児(者)の強度行動障害支援に取り組んできた.

  • 文献概要を表示

はじめに

 「児童自立支援施設」は,同じく社会的養護の児童福祉施設の一つである「児童養護施設」と比べて認知度は低いと言わざるを得ない.「児童自立支援施設=少年院」と誤解している人もいる.

 子どもの支援については,福祉,教育,保健,医療,司法などの関係機関によって,また,根拠となる法令や所管する省庁(役所)によって,対象となる年齢や時期,用語,支援の目的や方法などの専門性の違いがある.しかし,子どもの健全育成のため,また,最善の利益の確保などの権利擁護のため,という基本方針,何より,子どもの幸せを願う思いに違いはないはずである.

  • 文献概要を表示

はじめに

 近年,大人の発達障害への関心が高まっている.医療現場からは,発達障害の特性がありながらも思春期以降まで配慮を受けておらず,生活の中でさまざまなストレスを経験し,成人期になって初めて受診するケースが多いことが指摘されている1).こうした背景の1つとして,就職活動時や就職後の就労場面での失敗経験が影響していることが考えられる.

 本稿では,「発達障害のある人は就労に当たって,どのような困難に直面するのか」,また,そのような中,「就労支援機関をどのように利用して就労に結びつけているか」「今後の地域連携による就労支援の課題は何か」について,われわれが実施した就労支援機関(発達障害者支援センター,障害者就業・生活支援センター及び地域障害者職業センター)へのヒアリング調査およびアンケート調査の結果2)を紹介する.

  • 文献概要を表示

はじめに

 発達障害者支援センター(以下,センター)は,2002(平成14)年に創設された自閉症・発達障害支援センターを前身とし,2005(平成17)年施行の発達障害者支援法に規定された機関である.都道府県,指定都市を実施主体とし,2017(平成29)年11月現在,全ての都道府県と指定都市に,分室,支所を含め計93カ所のセンターがある1)

 センターには,地域の発達障害者支援の中核機関として,専門的な支援,医療,保健,福祉,教育,労働などの複数の分野の垣根を超えた総合的な支援を行うことが期待されている2).一方で,「発達障害」の旗を掲げる数少ない支援機関の一つとして,関連した幅広い相談を受ける窓口となっている側面もある.本稿では,センターの機能と連携事例を紹介し,今後の展望について述べる.

  • 文献概要を表示

 当研究室の目指すところは至ってシンプルである.医療(健康・医療・介護)システムの質と効率性を可視化すること,そして,それらを向上して公正で持続性ある医療システムの構築に貢献する,ということである.筆者は大学教育では医学部と大学院を担当しているが,本稿では大学院について述べる.4年制の博士(医学),3年制の博士(社会健康医学),原則2年制の専門職学位の,いわゆるMPH(Master of Public Health)の課程を有しており,社会医学系専門医の育成にも積極的に関わっている.

 当研究室では,フィールドとのインタラクションとプロジェクトのマネジメントを通じて現場力を醸成する.特に研究者を目指す者には,ふんだんなデータ解析と,現場インタラクションの場によって保健医療介護の大規模データのアナリティクス力(ビッグデータ解析力)を付けてもらう.そのうえで,健康・医療・介護システムの洞察力を身に付けてもらう.

連載 リレー連載・列島ランナー・110

  • 文献概要を表示

「妻」編

 筆者は,学部と修士で心理学を学び,現在は博士課程で地域総合医療学を学んでいる,一大学院生である(図1).現在は育児と大学院生活が中心であるが,プライマリ・ケア(primary care)領域において,いわゆる「内科でも精神科でもない困りごと」(いわゆるメンタルな健康問題)に対応できる心理士になりたいという思いがあり,心理学というバックグラウンドがありながら,地域総合医療学というコースを専攻した.

連載 ポジデビを探せ!・15【最終回】

  • 文献概要を表示

オランダのポジデビ中学校1)

 本連載も今回で終わりとなり,総論として締めくくりたいところである.しかし,ポジデビの面白さは各論にある.ある社会的文脈の中で見つけられた,あるいは作り出されたポジデビ行動を知るたびに,私たちは虚を突かれたような感覚に陥る.

 「あ〜,そうなのか,そうだったのか」という驚き体験をする.ポジデビの基本テキスト『The Power of Positive Deviance』2)の30頁では“アハ・モーメント”(アハ体験の瞬間)という言葉も用いられている.この驚きなくしてポジデビへの関心は長続きしない.同テキストでは,この体験こそがポジデビのミソであるとすら言っている.そこで今回も,まずは各論から始めたい.まだ紹介していなかった,オランダの中学校におけるメンタルヘルス対策事例である.

連載 Coda de Musica 心に響く音楽療法・5

  • 文献概要を表示

ライフシフト

 人の寿命が延びるにつれて,人生の考え方に関する改革の必要性がメディアで多く取り上げられるようになっている.各分野の多くの専門家が,人生のあり方,働き方,そして生き方について述べている.いろいろな選択肢に囲まれながら,80年,100年と生き抜いていく時代.かつての,還暦を迎えると高齢者とされていた時代から,定年後も働き続ける時代.年齢にかかわらず人生を充実させる時代の中で私たちは生きている.

 人の寿命がどれだけ延びようと,死は全ての人に平等にやってくる.病の治療法は多く開発されているが,死に打ち勝つ薬はいまだに開発されていない.ましてや,死を迎える日を予測することは誰にもできない.

予防と臨床のはざまで

  • 文献概要を表示

 本稿でも複数回,紹介させていただいた「臨床疫学ゼミ」.2008年7月に開始し,働き盛り世代の生活習慣病や健康障害の予防・臨床に日々取り組んでいる専門職(医師,看護職,栄養士,運動指導士など)を対象として,臨床疫学,研究デザイン,統計手法の基礎を学ぶために開催しています.順天堂大学医学部総合診療科とさんぽ会(http://sanpokai.umin.jp/)に加え,2016年からは日本ヘルスプロモーション学会健康疫学研究部会の共催となり,より広い方々に参加を呼びかけています.

 もともとは,私が2007年から3回参加したミシガン大学公衆衛生大学院の疫学セミナー(https://sph.umich.edu/umsse/)にヒントを得て開講しました.同セミナーは米国の公衆衛生大学院の社会人向け疫学セミナーの中でも最古のもので,すでに50年以上の歴史があります.毎年,世界中から300人以上の社会人が夏季の3週間に疫学・統計学の集中プログラムに参加します.いろいろな職種・背景を持つ仲間が,授業だけでなく,学生寮の食事(ミール)プログラムや,「Fun Run」(週末の10kmマラソン)などのさまざまな行事を通じて仲良くなり,20以上あるレベル別の必修・選択プログラムからクラスを選択して,みっちり勉強します.各クラスの最終日には試験もあり,3年通って12単位以上を取得したらcertificationが得られます.夏の間だけ学生に戻ったかのような気分が味わえる貴重なプログラムです.

  • 文献概要を表示

 1963年6月26日に西ベルリンを訪れた米国のケネディ大統領は,ベルリンの壁を前にして「この壁は共産主義の失敗を最も如実に示している」と演説しました.1989年にベルリンの壁は崩壊し,その後,東欧諸国に民主化の波が押し寄せ,ついにはソビエト連邦も崩壊します.カール・マルクスやフリードリヒ・エンゲルスが提唱した,いわゆるマルクス主義の限界が露呈されたとも言われます.二人が「共産党宣言」を発行したのは1848年ですが,この時代のヨーロッパは産業革命による社会構造のひずみが顕在化し,貧困の嵐が吹き荒れていました.そのような時代背景の中で,資本主義が抱える問題点を指摘したこの2人の言説には無視できないものがあります.今月ご紹介する「マルクス・エンゲルス」は,マルクスとエンゲルスの二人の若き日の交流を描いた作品です.

 貧しい村人たちが森の中で枯れ木を採集している場面から映画は始まります.そこに突如として馬に乗った警官隊が現れ,村人たちは容赦なく殴打され殺戮されていきます.時代は1840年代のプロイセンで,「木材窃盗取締法」が施行され,枯れ枝1本といえども所有者の許可なく森の外へ持ち出すことはできないとされていました.この法律を痛烈に批判する記事を書いたのが「ライン新聞」の記者,マルクスでした.しかし,プロイセン政府は言論を封殺し,ライン新聞は発禁処分を受け,マルクスはプロイセン(ドイツ)を後にしてパリに向かいます.

--------------------

目次

次号予告

  • 文献概要を表示

 発達障害をテーマとした特集は,本誌では,発達障害者支援法(同法)の施行後10年目となる2014年の第78巻6号でも組まれました.2016年に同法は改正され,発達障害の定義に,社会的障壁(支援を妨げる社会環境や人材不足など)によって日常生活の制限を受けている視点が追加されました.障害者基本法(2011年改正)や障害者差別解消法(2016年制定)でも障害者の定義に反映されていた視点ですが,同法においても同様に追記された意義は大きいと思います.他の障害と比べて,発達障害は周囲の環境因子(無理解や差別などを含む)に起因する制限を受けやすいことを考慮すると,法改正が遅かったともいえます.

 社会的障壁は「障害福祉」という枠にはめた制度が障壁となってつくられていた可能性もあります.企画の立案に当たってゲストとしてお招きした西牧謙吾先生が玉稿の中で強調されているように,発達障害者支援には,障害福祉の枠を超え,母子保健,学校教育,医療,就労支援など広い裾野を持つ公衆衛生課題と捉えて社会的に解決する視点が重要であることを再認識しました.

基本情報

03685187.82.5.jpg
公衆衛生
82巻5号 (2018年5月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

文献閲覧数ランキング(
7月8日~7月14日
)