公衆衛生 82巻12号 (2018年12月)

特集 公衆衛生活動と疫学

「公衆衛生」編集委員会
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 公衆衛生における19世紀の画期的な出来事として,英国でジョン・スノウがコレラの流行と井戸水の関係を明らかにしたことや,わが国で高木兼寛が脚気は食事に起因すると考え,「洋食+麦食」と「白米食」による介入実験を行ったことなどが挙げられます.これらの考え方は現在の「疫学」となり,疫学調査での地理情報システム(geographic information system:GIS)の応用や無作為化比較試験(randomized controlled trial:RCT)などへと発展し,多大な成果を上げることになりました.

 しかし,わが国の公衆衛生活動において疫学研究が本格的に導入されたのは最近のことです.「日本疫学会」が発足したのは1991年であり,大学や研究機関における疫学研究は活発になっていますが,公衆衛生の現場に広く普及しているとはいえない現状にあります.一方,臨床医学の領域では「根拠に基づく医療」(evidence-based medicine:EBM)として,臨床疫学が急速に普及してきています.また,近年は,臨床現場における検査や診断において「ベイズ統計」の有効性が再認識され,公衆衛生の分野でも疾病の発生頻度,スクリーニング検査の評価に応用されています.その他に,社会疫学や社会ネットワーク分析など,新たな研究・調査手法なども登場しています.

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はじめに

 本号の特集企画「公衆衛生活動と疫学」の最初の項目を執筆する責務の重さをひしひしと感じている.筆者に与えられた課題は疫学の概要であるが,限られた誌面で疫学の全容を解説するのは不可能である.詳細は文献1)2)を参照いただきたい.本稿では疫学のエッセンスを概観する.なお文献1)は現在,絶版で入手しづらいが,一般向けに執筆された分かりやすい書籍である.文献2)は以前,筆者が本誌に専門家向け入門として連載した内容が基となっている.

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疫学の歴史

 疫学は「要因と疾病との関連を明らかにする,人の集団を対象とした評価手法の学問」であり,19世紀の英国に起源を持つ.1854年8月に,ロンドンのブロード街でコレラが流行し,感染者の地理的分布から原因となっている井戸をジョン・スノウ(John Snow)が特定したことは,疫学の有名な史実である1).日本では,海軍の脚気の予防のため,当時の海軍軍医であり,英国医学を学んだ高木兼寛が「洋食+麦食」と「白米食」による介入比較試験を1884年に実施したことが疫学の先駆けとなった2).いずれの場合も,およそ30年後にようやく疾病の原因物質が特定されたが,原因物質が明確にならずとも,疫学によって健康を守ることができることが示された事例である.

 しかしながら,日本では1869年にドイツ医学の採用が決まった.当時,英国医学が臨床に重きを置いていた一方,ドイツ医学が基礎研究を重視していたことや,原因物質がまだ明らかではなかったこともあって,疫学的関係性から予防に成功した高木兼寛の介入比較試験の成果については,日本の医学界に受け入れられるまでには長い時間がかかった.このような歴史的背景も,日本における疫学教育が欧米より大きく遅れることとなった一因として挙げられる.

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はじめに

 本稿では,環境疫学研究の位置付けと,現在,世界的に最大規模で実施されている環境疫学研究である「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」の概要を示し,環境疫学研究の特質について考察します.

 疫学研究には,「臨床疫学」(clinical epidemiology)や「薬剤疫学」(pharmacoepidemiology)などの領域がありますが,近年,「環境疫学」(environmental epidemiology)という領域が認知されるようになってきました.「疫学辞典」1)で定義された環境疫学(表1)を簡潔にまとめると,「外部環境に存在する物理的,化学的および生物学的因子がヒトの健康に及ぼす影響を研究する疫学の一分野あるいは下位専門分野」となります.つまり,環境疫学とは,体の外の環境における要因は全て研究の対象としているということになります.「食物摂取に関わる研究は環境疫学に含まれるのか」と問われたとして,環境汚染によって食物の中に蓄積された化学物質の摂取量と健康影響との関連性を分析するということであれば,このテーマの研究を「環境疫学」であるとしても違和感はないものと思われます.一方で,食品の摂取と健康との関連性を分析するということであれば,公衆衛生に携わっておられる方にとっては,このテーマの研究については「環境疫学」というより「栄養疫学」といったほうがしっくりくるのではないでしょうか.

 疫学の領域には,研究者の関心の持ち方によっていろいろな名前が付けられており,領域間で重複している研究テーマもあるのではないかと思われます.本稿では,疫学辞典で定義された環境疫学の領域からさらに焦点を絞り,環境汚染による化学物質への曝露を因子とした疫学研究と定義して話を進めます.なお,外部環境を個々人が自身で制御できる場合と,自身では制御できない場合に分類し,後者を扱う疫学研究を「環境疫学」と定義することもあります2)

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はじめに

 生活習慣病には,がん,脳卒中,心疾患,糖尿病などが含まれており,その名のとおり,生活習慣が原因で発症すると考えられている.生活習慣といっても,食習慣や運動習慣などさまざまである.具体的に,どのような習慣がこれらの疾患に関連するのかを明らかにするために疫学研究があり,その結果を予防に役立てることを目指している.

 本稿では,岐阜大学大学院医学系研究科疫学・予防医学分野が実施してきた疫学研究である「高山スタディ」から,特に食習慣を中心にした生活習慣病についての知見を紹介する.

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はじめに

 近年,日本における臨床研究を取り巻く状況は,2017年に臨床研究法が制定されるなどして目まぐるしく変化しています.一方,医薬品開発においては,観察データ(リアルワールドデータ)の活用が注目されています.観察データの活用は,臨床研究のみならず,公衆衛生活動の実践・改善においても有効だと思われます.

 本稿では,日本における臨床研究の現状を分析し,公衆衛生活動の改善に役立つ方法論の解説を行います.

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はじめに

 1850年代に英国・ロンドンにおいてコレラが流行した際,ジョン・スノウ(John Snow)が,コレラで死亡した患者の居住地を地図上にプロットすることで,患者が特定の井戸の周囲に集中していたことを発見した.この発見がコレラ流行を終息させるための公衆衛生対策に結び付いたことはよく知られた事実である.

 時を経て,感染症に対する予防策,検査方法,治療は著しく発展した.しかし,近年も世界的には,重症急性呼吸器症候群(severe acute respiratory syndrome:SARS)や新型インフルエンザ,西アフリカでのエボラ出血熱,南米をはじめとしたジカウイルス感染症の流行,中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome:MERS)の出現が報告されている.日本国内でも複数の大規模食中毒事例や薬剤耐性菌による院内感染,約70年ぶりのデング熱国内感染例の報告がある.2015年に日本から排除認定された麻疹も輸入例を発端にして,さまざまな場所で集団感染を起こしている.

 上記のように,依然として感染症の流行(集団発生)は世界各地,国内でたびたび起こっており,大きな健康危機問題である.現代の感染症集団発生事例に対応するための実地疫学専門家を養成するための世界標準プログラムが「Field Epidemiology Training Program」(FETP)である1)

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はじめに

 今,ここに1人の結核患者と,その接触者のペアが2組ある.これらのペアの結びつき(接触関係)を考える時,新たな「社会ネットワーク」が想定され,複合的なネットワーク点検の対象となる.さらにこれら2つのグループが共有する場所(例えばMel's Bar)で結ぶと…(図1)1)2)

 上記が,筆者と,結核に関する社会ネットワーク分析(social network analysis:SNA)との出会いである.かつて,性感染症患者の発生に関して「VDジーメン」(VD G-men.VD=venerial disease,性病.G-men=government men,連邦捜査員.米国の俗語.)が接触者を追跡する米国の話を聞いていたが,慢性疾患の結核にも似たような「追跡」の手法が適用され,しかも単なる「追跡」を超えた科学の体系がありそうな点に惹かれた.筆者はこれを機に「これからの接触者調査はSNAとDNA(deoxyribonucleic acid)だ」と喝破し(?),この語呂合わせに大いに満足した.

 その後,自分なりに参考書や文献を読んでいるうちに,医学分野でのこの領域への世界の関心や,その手法の応用例がますます高まっていることを知った(図2).ならばと,何度か周囲の仲間に,この領域について「注意喚起」の声をかけている.

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はじめに

 英国の牧師・数学者であったThomas Bayesは「ベイズの定理」を確立した.彼の論文「An Essay towards solving a Problem in the Doctrine of Chances」は,その死の2年後の1763年に,彼の友人であり数学者・物理学者・天文学者であったPierre-Simon Laplaceによって発表された1).Laplaceはベイズの定理を拡張・一般化し,パリとロンドンにおける新生児の男女比の推定に用いたことが知られている.

 その後,ベイズの定理に基づくベイズ統計学はほとんど顧みられることなく,20世紀においては,Ronald A. Fisher,Jerzy Splawa-Neyman,Egon S. Pearson,Karl Pearsonらが先導する頻度論派統計学が主流となっていた.

 1970年代に入ってベイズ統計学の理論的発展は進んだ.また,1980年代のコンピューター,特にパーソナルコンピューター(personal computer:PC)の普及と同時にマルコフ連鎖モンテカルロ(Markov Chain Monte Carlo:MCMC)シミュレーションが導入され,ベイズの定理に基づくさまざまな統計解析を実施することが可能となった2).1990年代には英国ケンブリッジ大学のMRC(Medical Research Council)Biostatistics Unitを中心にしてBayesian Inference Using Gibbs Sampling(BUGS)3)が開発され,実用化が進んだ.以降,医学の分野でもベイズ統計の普及が進み,人口統計,適応的デザイン臨床試験,メタアナリシスなど多数の分野で用いられている.

 ベイズの定理では,仮説Hが正しい確率P(H)が,データを得た際に変動し,データを得た際のその仮説が正しい確率P(H|D)は,その仮説が正しい場合にそのようなデータを得る確率P(D|H)とデータを得る前の仮説が正しい確率P(H)の積に比例するということになる.式で表すと次のようになる.

P(H|D)=P(D|H)P(H)/P(D)

 分母のP(D)はそのようなデータを得る確率であるが,さまざまな仮説が正しい確率を比較する場合には共通の値になるので,積の計算であるP(D|H)P(H)だけを問題にすればよいことになる.仮説は無数に設定可能であるのに対し,データは実測値として固定されたものである.無数の仮説を設定すれば,そのうちで,正しい確率が一番高い仮説を知ることができる.伝統的な頻度論派の統計学では,帰無仮説を一つ設定し,その下でそのようなデータを得る確率をP値として計算することを行っている.このような帰無仮説有意検定(null hypothesis significance testing:NHST)の問題点についての認識が広がったこともベイズ統計学の普及を促進した要因の一つである.

 ベイズの定理は,人工知能(artificial intelligence:AI)も含む,確率が問題となるようなあらゆる解析に適用されている.医学の分野での応用もネットワークメタアナリシスのような複雑なモデルにまで広がっているが,原型は非常にシンプルである.本稿では,スクリーニング検査の有効性評価のためにその理解が必須と考えられる感度・特異度・陽性的中率・陰性的中率などベイズ統計に属する概念について解説する.

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はじめに

 地理情報システム(geographic information systems:GIS)は,デジタル化された地図データや位置情報を持つさまざまなデータを統合的に扱い,データの作成,視覚化,保存,利用,管理をする情報システムである.GISの内部では,道路,河川・湖沼,医療施設,家屋など多様な地物が重層的なレイヤーに分解されたデータ構造となっており,その上に,患者居住地,人口密度平面,気温平面など位置情報を持つデータであればどのようなデータでも重ねることができるようになっている.

 近年のGISの普及は目覚ましいものがあり,地理学,環境学,犯罪科学,経済学,生態学,都市計画学,疫学・公衆衛生学など学術利用を中心とした活用から,マーケティング・ビジネスや一般向けの情報サービスまで広く活用されるようになってきた.Google社のGoogleマップ(Google Maps)やGoogleストリートビュー(Google Street View)などもGISの1つの形といえる.

 政府や自治体のデータベースにもGISが取り入れられている.例えば,国土交通省の「統合災害情報システム」(DiMAPS),環境省の「環境アセスメントデータベース」(EADAS),e-Stat(政府統計の総合窓口)の「地図で見る統計」などである.これらの政府や自治体が公開しているWebデータベースの実態はWebアプリケーション型のGIS(WebGIS)といえる.閲覧者はこれらの情報サービスをGISであるとは意識せずに利用しており,それほどGISは日常生活に溶け込んでいる.

 GISは,通常の情報システムにはない機能(空間検索,空間演算,空間分析など)を有するため,さまざまな分野において分析支援ツールとして活用されている.GISを活用すれば,異なる情報源からの情報を位置に基づいて連結し統合することが可能であるため,空間的な思考が実現され,その結果,個々の情報源からは得ることができない新しい知見を得ることができる.保健医療分野の地理空間情報は他の分野と同様に情報量が膨大で,かつ複雑であるため,その情報管理にGISは必須である.また,地理空間データ解析や空間疫学解析を効率よく実行するためにもGISが必要である.保健医療分野におけるGISの活用は多岐にわたっており,感染症サーベイランス・疾病地図,医療ニーズ評価,医療資源配分,医療アクセシビリティ評価などがあるが,本稿では,疾病の発生状況把握における活用に絞って解説する.

視点

夢と思考を受け継ぐこと 笽島 茂
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■公衆衛生学と疫学

 疫学(epidemiology)は,疾病の予防や診療に役立つ要因を人間集団において探索,分析,そして検証するための科学です.そのような研究によって明らかにされたことを,他の諸科学と連携して健康な社会の実現を総合的な視点から考究・実践するのが公衆衛生学です.当教室は,医療と公衆衛生を推進するのに必要なevidenceに至る科学的探求と,一方で,それらを総合的に活用するための社会疫学的研究を行っています.最も重要な課題は,このような研究基盤を担う人材の育成にあります.

 疫学の研究デザインは統計学に基づきますが,その内容は人間に対する深い知識を前提にしており,それをさらに深めることを目的としています.主として疾病予防に関わる場合には伝統疫学,診療に関わる場合には臨床疫学として分けていますが,本質的な目的は共通しています.これらの疫学的研究によって明らかにされた結果を根拠とする医療,公衆衛生活動のことを,それぞれevidence-based medicine(EBM),あるいはevidence-based public health(EBPH)と呼んでいます.

連載 衛生行政キーワード・129

疫学を活用した対策の立案 原澤 朋史
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はじめに

 疫学とは,「明確に規定された人間集団の中で出現する健康関連のいろいろな事象の頻度と分布,およびそれらに影響を与える要因を明らかにして,健康関連の諸問題に対する有効な対策樹立に役立てるための科学」と定義される1).本稿では,HIV(human immunodeficiency virus)感染症および梅毒を例として,厚生労働省がどのようにして「有効な対策立案」を行うか,ということについて述べる.

連載 リレー連載・列島ランナー・117

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はじめに

 2018年は多くの自然災害が日本を襲いました.6月の大阪府北部地震,7月に西日本を襲った豪雨,9月の台風第21号,北海道胆振東部地震により被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます.被災地域の一日も早い復旧を願うとともに,皆さまが一日も早く平常の生活に戻られることをお祈り申し上げます.

 近年の災害発生の傾向として,気候変動によってもたらされる豪雨によるものが目立ってきています.水害による被害は広範囲に及び,インフラの壊滅などによって社会経済の機能が麻痺するため,被害が長期化しやすくなります.その対応の難しさは容易に想像できるのではないでしょうか.世界の中でも日本は「災害大国」といわれ,これまでも大きな災害に見舞われてきましたが,特に1995年1月に発生した阪神・淡路大震災は多くの教訓を私たちに残してくれました.災害支援の重要性に対する国民の認識を高めるとともに,看護においては災害看護分野を確立するきっかけとなったのです.看護師教育の指定規則が改正され,2009年から看護基礎教育に導入されました.

 私と災害看護の出会いについて,ご紹介します.私は助産師で,母性看護学を専門にしている者ですが,阪神・淡路大震災を体験した兵庫県立大学に在職中,21世紀COEプログラム「ユビキタス社会における災害看護拠点の形成」のメンバーとして,多くの研究や災害への備えに向けた教育活動に関わらせていただきました.また,現職になってからは,東京都看護協会の災害対策委員として,東京都災害支援ナースの養成に携わってきました.2017年からは東京都大田区(以下,本区)の災害医療体制の構築に向けた活動にも加っています.本稿では,上記の活動を通して追求してきた,災害時に求められる看護職の役割と課題について述べます.

連載 睡眠と健康を考える・2

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はじめに

 ヒトの健康や疾病発症には,両親から受け継いだ遺伝要因に加え,長年にわたって曝露した生活環境要因や,さまざまな生活習慣要因などが複雑に絡み合って関与していることが,多くの疫学研究から明らかになっている.

 妊娠中は,感情面や嗜好の変化とともに睡眠状態も変化し,さまざまなタイプの睡眠障害が惹起される1).米国National Sleep Foundationの調査2)によれば,妊娠中の睡眠時間は非妊時に比べて平均で40〜50分増加する.1週間に2〜3日以上の不眠症状を訴える妊婦の割合は非妊時よりも高く(84%vs.67%),昼間の眠気や昼寝の頻度が増加する.また近年は,妊娠に伴う母体の体重増加などに起因する睡眠時無呼吸症候群が,妊娠高血圧症候群やそれによる胎児発育遅延の危険要因として注目されている3).一方で,妊娠女性の睡眠障害は,生まれた子どもの将来の健康や睡眠障害あるいは疾病発症に関わっているという報告もある4)〜7)

 本稿では,妊産婦の睡眠に関する最近の代表的研究を,われわれの行っている研究とともに紹介する.また,今後のこの領域の研究の課題,展望について概説する.

連載 ヘルスコミュニケーションと健康な社会づくりを考える Dr.エビーナの激レア欧州体験より・4

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 前回までは,「ヘルスリテラシーの先進国」ともいえる英国の取り組みの全体像や,ヘルスリテラシーの視点から健康格差の是正を目指すWHOヘルシーシティ認定都市,ストーク・オン・トレントの取り組みを取材し,お伝えしてきました.今回は,患者家族として,英国の実態をリアルに体験することになった,そのリポートです.専門家の話と現実とを比較できるとは,われながら稀有な経験をしたものです.

連載 Coda de Musica 心に響く音楽療法・12【最終回】

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Coda

 ソナタ形式.序奏,提示部,展開部,再現部,そして結尾部という構成で繰り広げられる,楽曲形式の一つ.音楽を志すものにとって,あらゆる楽器の楽曲において出てくる定番の形であり,とてもなじみがあるものだ.序奏では,楽曲が始まるという期待感が描写される.提示部での楽曲の主題(テーマ)の出現,展開部における主題の発展性によって,楽曲の色がはっきりと見えてくる.再現部では,提示部を振り返りながら終焉への準備がされ,結尾部(Coda)へと続く.その流れは,まるで人生のように,次から次へと止まることなくつながっていく.思いがけない主題が出てきた展開部があっても,結尾部では全てが収まる.あなたの人生には,終末期までに果たしていくつの主題が出てくるのだろう.

 これまで11回にわたって,米国・ニューヨークや日本における音楽療法と終末期医療の実際を描いてきた.それぞれの地に住む,さまざまな背景を持つ患者さんとの交流も紹介した.今回は,本連載の総括として,現在の日本における音楽療法の現状と,終末期に関連する国内外の動きについて紹介する.

予防と臨床のはざまで

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 2018年8月17日に,順天堂大学で「第7回国際学会で発表するための講習会」を開催しました.実はこの講習会,第1回は約10年前の2009年にさかのぼります.第1回アジア太平洋ヘルスプロモーション・健康教育学会(APHPE. 2009年7月18〜20日)が開催されるのに合わせて,幕張メッセ国際会議場で武藤孝司学会長(当時,獨協医科大学教授)の下,第1回を開催しました.当時は約50名が参加し,後日,そのほとんどが国際学会発表デビューを果たしたのでした.

 今まで,春山康夫氏(獨協医科大学),甲斐裕子氏(明治安田厚生事業団),横川博英氏(順天堂大学)など,日本健康教育学会やヘルスプロモーション・健康教育国際連合(IUHPE)関係者諸氏の協力を得ながら,予防医療分野の関連学会の紹介,国際学会の楽しみ方や抄録の書き方,ポスター・口演発表のコツなどについてセミナーを行ってきました.第2〜4回(2011・2012年)は第2回APHPE(台湾)を,第5回(2012年)は第21回IUHPE(タイ)をそれぞれ目標としてセミナーを開催しました.ちょうどよい発表目標があることが重要であり,その中でも,やはりアジア近隣諸国や国内開催の国際学会が良い目標となります.第6回は湯浅資之氏(順天堂大学)の協力を得て第22回IUHPE(ブラジル)に,今回の第7回は涌井佐和子氏(順天堂大学),江川賢一氏(東京家政学院大学)の協力を得て第23回IUHPE(ニュージーランド)にそれぞれ向けたセミナーとなりました.地球の裏側で行われる国際学会が目標となると,ややハードルが高いという声も聞かれました.

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 ベルリンの小さなカフェ「クロデンツ・カフェ&ベーカリー」からこの映画は始まります.常連客らしいオーレン(ロイ・ミラー)が美味しそうなケーキをオーダーし,妻への土産にクッキーも注文します.また,店のケーキ職人のトーマス(ティム・カルクオフ)に息子の誕生日プレゼントを買うおもちゃ屋について相談し,その買い物に付き合ってくれるように頼みます.

 場面は変わって1年後,彼らは恋人同士になっています.この場面転換は多くの観客に大きなインパクトを与えると思います.不要な説明を省いた衝撃的なシーンによって,観客は驚きとともに映画に引き込まれていきます.男性の同性愛を描いていくのか,と思うと,物語はさらに大きく転換していきます.グレイツァ監督による鮮やかな展開です.

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 これまでは人間の健康状態を健康か病気かという二分法で区分して対処してきた.しかし,その両者は連続した変化の中で存在している.特に生活習慣病の分野では,人はある日突然病気に陥るのではなく,予兆段階を経て発症し,重篤化していく.こうした流れを念頭に置いて,従来型の健康観とは異なった,個人の自立的意思や予防・回復努力を重視した新しい健康観「未病」が提唱されている.

 本書でいう「グレーな症例」への対応策は,まさしくこの未病的な健康観に符合するものと思われる.これはわが国で通例行われている医療スタイル,すなわち公的医療保険が想定する医薬品や手術に依拠する典型的な治療方法に一石を投じる新時代のスタイルである.治療の手段として,運動や食事療法を重要な選択肢に加えた「生活処方箋」という考え方は,健康寿命の延伸をめざす人生100年時代という人生の健康サイクルに目を向けた注目すべき方法論である.

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 オックスフォード大緩和ケア講座の初代主任教授であったトワイクロス先生が1984年に執筆し,武田文和先生が翻訳された『末期癌患者の診療マニュアル』(医学書院,1987)が出版されてから30年以上が経過した.当時,緩和ケアの実践に関する日本語の書物はほとんどなく,貪るように読んで診療に当たったことを思い出す.過去30年においてわが国での緩和ケアの知識と技術の普及には目覚ましいものがあるが,患者に対する心構えについての教示を受ける機会は乏しく,物足りなさを感じていたところに本書が世に出たことは時宜にかなっていると感じる.

 トワイクロス先生はセント・クリストファー・ホスピスの研究所の所長として招聘され,がん患者の痛みの治療法などの研究に励み,その後,「WHO方式がん疼痛治療法」(1986年)の作成会議の専門家委員として中心的な働きをされた.監訳者のお一人である武田文和先生とは,それ以来の深い親交があり,お二人は「WHO方式がん疼痛治療法」の普及活動と医療麻薬の管理規制の改善に取り組まれている.本書は,トワイクロス先生の50年にわたる緩和ケアの臨床・研究・教育の経験を通して得られた英知の集大成といえるであろう.

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目次

次号予告

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 本特集では,公衆衛生に携わる者にとって,“基本中の基本”である疫学研究について取り上げました.基本中の基本,と書いたものの浅学な私は,今回の9点の玉稿から多くのことを学び,また認識を深めることができました.かなり幅広い内容の特集となりましたが,読者の皆さまは,いかがでしたでしょうか.

 中村好一氏には,健康増進事業に取り組む自治体を例に引き,今こそ(疫学研究により)根拠を求めるべき時であると,ご指摘をいただきました.中村氏への執筆依頼は「疫学の基本的な理解」という無理な内容でご迷惑をおかけしましたが,そのエッセンスがしっかり伝わりました.伊藤陽一氏には,日本における臨床研究の現状について,「リアルワールドデータ」の活用,観察データに基づく臨床研究など,公衆衛生活動の改善にとって非常に興味深い話題のご紹介をいただきました.森實敏夫氏には,ベイズ統計の概念について丁寧に分かりやすく解説していただきました.そして,陽性的中率・陰性的中率は,検査法の診断能だけで決まらないことを改めて認識し,スクリーニング検査の「益」と「害」の評価について考えさせられました.

基本情報

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公衆衛生
82巻12号 (2018年12月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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