公衆衛生 83巻1号 (2019年1月)

特集 人獣共通感染症—獣医衛生領域から見た対策

筒井 俊之
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 近年,世界で発生するヒトに関係する新興・再興感染症の多くが動物由来であるといわれるように,ヒトに健康被害を与える公衆衛生上の脅威として動物の感染症が注目されています.動物感染症のまん延は動物集団にも直接的な悪影響を及ぼすため,必要に応じてさまざまな獣医衛生対策が講じられています.特に,多様な畜産業を支える家畜の重要な伝染病については,発生の予防やまん延防止を目的とした対策の制度的な枠組みが整備されています.

 動物に発生した疾病が人獣共通感染症の場合は,動物への被害はもとより,感染による直接的なヒトへの健康被害や社会的な影響による産業への間接的な被害もあることから,より徹底した対策を講じる必要があります.例えば,高病原性鳥インフルエンザが発生した場合,発生農場や周辺地域では早期封じ込めのための厳重な対策がとられます.これは,ニワトリを飼育する生産者を保護する対策であると同時に,ヒトへの感染機会を低減させる公衆衛生対策でもあります.このように,獣医師が中心となって動物側から取り組んでいる獣医衛生対策は多岐にわたっており,それはヒトの公衆衛生対策にも貢献しています.

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 獣医師の社会的役割を考えるためには,獣医師としての資格がどのような職域で活用されているかを知る必要がある.獣医師の就業状況は獣医師法によって2年に一度,農林水産省に届け出ることが義務付けられており,その詳細が公表されている.それによると,2016年末現在で届出のあった獣医師の総数は約3万9千人であり,うち半数が小動物や産業動物の臨床業務に従事していた1).約1/4は公務員であり,残りの約1/4は製薬会社や飼料会社などの民間企業,大学・研究機関などの法人で働く獣医師や,獣医事に携わっていない有資格者となっていた(図1)1).一般に獣医師の仕事というと,イヌやネコの診療業務をイメージするが,実際にペットの診療を行っている獣医師は全体の4割程度にすぎず,社会が獣医師の専門性に求めるものは,飼育動物の診療にとどまらず,広い職域に及んでいることが分かる.

 本特集が掲げる「人獣共通感染症」への対策においては,特に公務員獣医師が大きな社会的役割を果たしている.2016年現在で9,000人以上の獣医師が国や地方自治体の職員として公衆衛生や農林水産関連の業務に従事している2).公務員のうち国家公務員は全体の数%にすぎず,公務員獣医師の74%は都道府県の職員が占めている.また,残りの20%は市町村職員で,主に政令指定都市などの大都市で公衆衛生に関する業務に従事している.

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はじめに

 H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルス(以下,本ウイルス)は,1996年に中国広東省のガチョウ農場で出現して以来,世界中に広がり,これまでに70カ国を超える国々で流行を引き起こしてきた.中国,インドネシア,ベトナム,エジプトなど16カ国ではヒトへの感染も報告されており,現在までに860人が感染して,そのうち5割を超える454人が死亡している(2018年7月20日現在)1)

 本稿では,まず,高病原性鳥インフルエンザの国内外における最新の発生状況と,わが国の獣医衛生領域における防疫対策の概要を紹介する.また,本ウイルスが近年,多様化・複雑化の様相を呈してきている現状と,ヒトへの感染リスクあるいは,このウイルスが今後,パンデミックウイルスに変異する可能性について,獣医学的な立場から言及する.

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はじめに

 2001年9月のわが国における牛海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy:BSE)の発生は当時,深刻な社会問題となるとともに,食品安全基本法(平成十五年法律第四十八号)の制定によるリスクアナリシス注1の概念の導入といった,わが国の食品安全行政の体制を見直す契機となった.以来,17年以上が経過した現在では,各国のBSE対策が功を奏し,わが国のみならず世界中でBSEの発生は著しく減少している.

 食品安全委員会は,食品安全基本法の下,規制や指導などの「リスク管理」を行う関係行政機関(厚生労働省や農林水産省など)から独立して内閣府に設置された機関であり,科学的知見に基づき,客観的かつ中立公正な立場から,食品に含まれる可能性のある危害要因が人の健康に与える影響について「リスク評価」を行っている1)

 本稿では,BSEの発生状況や対策などに触れつつ,わが国におけるBSEの食品を介した人へのリスクに関する議論の経緯について解説する.

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はじめに

 経済動物である家畜における伝染病対策の考え方は,当然,ヒトにおけるそれとは大きく異なっている.ヒトでの対策では,伝染病から個人を守ることに主眼が置かれるのに対し,家畜においては,家畜群の維持や生産性の確保が優先される.また,その疾病がヒトへの病原性を持つ場合には,ヒトの健康の確保が最優先される.また,対策の方法として,ヒトでは,個人の健康と生命を確保しつつ伝染病の流行を抑制する対策がとられるのに対して,家畜においては,群の保全やヒトの健康を確保するためには,感染個体や感染の疑いがある個体を積極的に殺処分することも多い.

 ウシの結核病とブルセラ病は,家畜群における健康の確保というよりも,ヒトの健康の確保を目的として家畜側での疾病対策が実施された最初の例といえる.現在では,両疾病の重要性を背景にして,両疾病の清浄性は国産畜産物を海外に輸出するうえで重要となっている.両疾病の特徴を踏まえたうえで,これまでに実施されてきた対策を振り返り,現在の動向を知ることは,わが国の人畜共通感染症対策を俯瞰することにつながる.

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はじめに

 狂犬病は世界中で毎年59,000人以上が死亡しているウイルス性の人獣共通感染症〔別称:動物由来共通感染症,人畜共通感染症,ズーノーシス(zoonosis)〕である.いったん狂犬病を発症すると,急性,進行性,致死性の脳炎を示して10日以内に100%死亡するが,99%以上が狂犬病を発症したイヌによる咬傷を原因とした感染である.その30〜50%は15歳以下の子どもである.アジアは世界有数の狂犬病流行地域であり,毎年24,000人以上が狂犬病で死亡している.その背景には,1,900万人以上の咬傷被害者が報告されており,狂犬病の発症を防ぐため,400万人以上が曝露後予防接種(post-exposure prophylaxis:PEP)を行っている1)〜3)

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はじめに

 サルモネラ属菌は,ヒトおよび家畜・家きんに感染する人獣共通感染症の原因菌の一つである.サルモネラ属菌にはSalmonella enterica(S. enterica)とSalmonella bongoriが属しており,S. entericaentericaarizonaediarizonaehoutenaeindicasalamaeの亜種に細分類されている.また,サルモネラ属菌は,Kauffmann-Whiteの抗原表を用いた血清型に分類されており,現在,2,600ほどの血清型が挙げられている.血清型別は菌体表面多糖であるO抗原によって群に分けられ,さらに,鞭毛抗原であるH抗原によって細分化される.サルモネラ属菌のH抗原は,2つの異なった性質を持った構造(相)の間で変異が起こる相変異がある.したがって,2つの構造を持つ複相性と一つの構造(相)を持つ単相性がある.近年,H抗原の第2相を欠くサルモネラ血清型O4:i:-による感染事例の報告が増加している1)

 サルモネラ属菌がヒトに感染・発症するとチフス性疾患や胃腸炎(腹痛,嘔吐,下痢を呈する食中毒)を引き起こし,小児や高齢者に感染すると重篤になることがある.一方,家畜・家きんにサルモネラ属菌が感染すると,発熱,食欲不振,元気消失を主徴とし,急性敗血症や慢性的な下痢症を引き起こす.

 本稿では,家畜・家きんのサルモネラ症について,その感染状況,国内外の対策の実施状況を述べる.

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はじめに—野生動物による農作物被害の現状

 わが国には700種以上の野生鳥獣(哺乳類・鳥類)が生息している.近年,ニホンジカやイノシシなどの一部の野生鳥獣の生息数が急激に増加するとともに生息域を拡大しており,自然環境,農林水産業,生活環境への被害が深刻化している.農林水産省の被害調査では,2016年度の野生鳥獣による農作物被害額は172億円,被害面積は65,000ha,被害量は490,000tとなっており,主要な獣種別の被害額は,シカが56億円,イノシシが51億円,サルが10億円であった1)

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はじめに—動物検疫をめぐる情勢の変化

 わが国は,これまでに度重なる動物の伝染性疾病の侵入と直面してきた.しかし,国土が海に囲まれているという地理的条件と輸入検疫の実施によって多くの動物の伝染性疾病の侵入を防止し,また,国内の防疫措置の実施によって多くの動物の伝染性疾病の清浄化を達成してきた.

 一方で,わが国の動物検疫を取り巻く情勢は目まぐるしく変化してきた.国際化や国際交流の進展,科学技術の進歩による人・動物・物の移動手段の多様化,その移動時間の短縮などによって,人の移動機会は着実に増大している1).また,世界貿易機関(World Trade Organization:WTO)が設立され,経済連携協定(Economic Partnership Agreement:EPA)や自由貿易協定(Free Trade Agreement:FTA)が締結されて貿易の自由化が進展したことなどに伴って2),動物や畜産物などの輸入機会も変化している(図1,2)3)4)

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国際獣疫事務局(OIE)とは?

 本稿では,現在,国際機関が連携して取り組んでいる,人獣共通感染症および薬剤耐性の問題について述べる.本題に入る前に,まずは筆者が現在勤務している,読者諸氏には聞き慣れないかもしれない国際機関について簡単に紹介させていただきたい.日本語では「国際獣疫事務局」と訳されているが,日本を含め世界中の関係者の間では,フランス語(Office International des Épizooties)の略語で通常は「OIE」と呼ばれている.2003年には通称として「World Organisation for Animal Health」を使用していくことが決まったが,公式文書以外ではあまり使用されていないのが実態である.

 OIEの歴史は古く,国際連合が設立された1945年より約20年さかのぼり,1924年にフランス・パリで発足した.世界の動物衛生の向上をミッションとして掲げており,現在でも国際連合(United Nations)とは別の政府間組織である.2018年5月時点で182の国と地域が加盟している.発足当初は,当時,ヨーロッパで大きな問題となっていた牛疫(Rinderpest)という重篤な感染症を制圧することを主眼としていたが,現在では,その所掌範囲を大きく広げている.具体的には,動物衛生(人獣共通感染症を含む),アニマルウェルフェア,食品安全などの分野における国際基準の策定などを行っている.対象動物も,哺乳類,鳥類,蜂,魚類,甲殻類および軟体動物に加え,2008年に両生類が,2016年には爬虫類が加えられている.

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 「公衆衛生」という分野に私が惹き込まれたのは,下の言葉との出会いだった.

 「Public Health is the science and the art of preventing disease, prolonging life, and promoting physical health and efficiency through organized community efforts…」1)

連載 睡眠と健康を考える・3

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はじめに

 わが国の65歳以上人口は約3,500万人(2017年10月1日)となった.今後も65歳以上人口は増加し,2042年にピークを迎えると推計されている1).高齢期になると,健康な高齢者でも睡眠障害を自覚する人が多くなる.高齢者人口の増加に伴い,睡眠の不調を自覚する高齢者数はさらに増加することが予想される.

 睡眠の問題は個人の健康や生命,生活の質に直結するだけでなく,社会の安全性や疾病負担の観点からも重要な課題である.本稿では,高齢者の睡眠や睡眠障害について概説する.また,看護の立場から高齢者の不眠への対応法について述べる.

連載 ヘルスコミュニケーションと健康な社会づくりを考える Dr.エビーナの激レア欧州体験より・5

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 前回は,2017年に私の母がスコットランドの首都,エディンバラで転倒し,大腿骨を骨折した際の医療体験を報告しました.具体的には①救急車を呼ぶも2時間待っても来なかった.結局,タクシーでエディンバラ王立病院の救命救急センター(以下,センター)に連れて行ったが,センターは混雑を極めており,入院できたのは,病院到着から実に7時間後(骨折からは,なんと10時間後)という衝撃の救急医療体験,②外国人患者への対応体制についての内容でした.

 今回は,その後の手術内容の説明をはじめ,手術にまつわるヘルスコミュニケーションについてリポートします.

連載 リレー連載・列島ランナー・118

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ソーシャルワーカーになったきっかけ

 病院にソーシャルワーカーがいるということを初めて知ったのは,私が通っていた大学での特別講義においてです.当時は社会福祉士の国家資格はなく,大学で社会福祉を学んだ者がソーシャルワーカーとして勤務していました.その後,社会福祉士国家資格ができて,私も後から受験して資格を得たという経緯があります.「社会福祉士」というよりは,「医療機関のソーシャルワーカーとして働いていて,社会福祉士資格を取った者」というべきですが,資格のなかった時期の話も出てきますので,以下,「ソーシャルワーカー」という言葉で統一させていただきます.

 特別講義は,後に職場の先輩として大変お世話になった方が担当されていました.医療の中に社会福祉の立場から患者さんに関われる職種があり,いかに重要かを生き生きと説いてくださったのです.実家の母が33歳(私は8歳)の時に,乳がんで右の乳房を切除するということがありましたが,これは私にとって物心ついての一番強烈な体験となり,将来はがんの患者さんへの治療などについての支援がしたいと思っていました.しかし,医学部に行くには学力が追い付かず,「看護学部か薬学部などの道に行けたら良いかな」という考えでこれらの学部を受験しましたが,1年目は全て不合格でした.2浪は許さないと実家で言われ,辛うじて受かった,とある大学の社会福祉専攻というところに身を置くことになったのです.医療には程遠いと思われ失望していた時に,特別講義でのソーシャルワーカーとの出会いは強烈でした.

予防と臨床のはざまで

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 2018年9月8日(土)に,今年で第26回を迎えるさんぽ会夏季セミナーが「どうする?女性の健康支援」をテーマにして東京・銀座で開催されました.夏季セミナーは,多職種産業保健の研究会であるさんぽ会(http://sanpokai.umin.jp)の活動の中で,通常の月例会では時間的に扱えないテーマを年に1回じっくりと議論するのを目的としています.このセミナーがさんぽ会への初参加となる方もいらっしゃるので,最初に会長の私から,会の歴史や今までの夏季セミナーでの議論の経緯などをお話しました.併せて,今年のテーマである「女性の健康」について,ミシガン大学公衆衛生大学院での女性の健康に関する講義や,5月に開催されたダブリンでのICOH(国際産業衛生学会)での「Women Health & Work」の科学分科会の様子を紹介しました.また,トピックとして「Gender-Sensitive Health Literacy」について説明しました.

 第1部は,堀場裕子氏(慶應義塾大学病院漢方医学センター)と川島恵美氏(花王)に婦人科医と産業医の立場からそれぞれ基調講演をいただきました.女性ホルモンと体の仕組みの基礎,ライフステージごとの女性特有の疾患について解説があり,さらに,企業において産業保健と健康経営双方の活動に「性差」の視点を持つことの重要性についてお話をいただきました.

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 「フランケンシュタイン」というと,1931年の映画でボリス・カーロフが演じた,首からボルトが突き出ていて,全身に縫い目がある四角い頭の怪物をイメージする方が多いと思います.日本でも東宝の特撮映画にフランケンシュタインが登場する作品がありますが,ボリス・カーロフのメーキャップとは異なる造形でした.今月ご紹介する映画は,この「フランケンシュタイン」の原作者メアリー・シェリーの人生を描いています.

 19世紀初頭,16歳のメアリー・ゴドウィン,後のメアリー・シェリー(エル・ファニング)は,書店を営む作家の父と継母,妹たちと暮らしています.メアリーの実の母は彼女が生まれた時に亡くなっており,その墓にもたれて小説の構想を練る文学少女です.亡くなった母は当時,女性の権利拡大を主張した思想家で,父も作家・思想家として名をなしていましたが,生活は楽ではありません.

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目次

書評

次号予告

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 本誌の特集企画は農業・食品産業技術総合研究機構の筒井俊之氏(獣医師)に立案をお願いし,動物衛生に関わる方々を中心に執筆をいただきました.1996年の堺市学童集団下痢症は人獣共通感染症の腸管出血性大腸菌O157が原因でした.当初,食中毒としてのみの対応で始まりましたが,二次感染者が多く発生し,その対応の在り方が問われました.1998年に成立した感染症法において,動物由来感染症への対応が明確に位置付けられました.食中毒を起こすサルモネラ菌やカンピロバクター菌,またインフルエンザウイルスなど,多くのものは動物由来のものです.

 獣医師と保健医療職は,卒前教育では獣医師資格免許が農林水産省の所管ということもあって,ほとんど接点がありません.しかし,動物由来感染症への対応を行うためには,保健医療職と,動物衛生に関わる分野の職員との協働や連携が不可欠となっています.BSEが問題になっていた2005年に北海道釧路家畜保健衛生所を訪問させていただいたことがあります.13名の獣医師で構成され,家畜農家の指導・相談,病気の家畜の診断・検査,許認可事務,殺処分など,ほとんどの業務が獣医師だけで行われていました.保健所には保健師や検査技師などの多職種がいて業務を行っているのと対照的な印象を受けました.

基本情報

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公衆衛生
83巻1号 (2019年1月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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