公衆衛生 74巻3号 (2010年3月)

特集 公衆衛生再考

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 公衆衛生制度は西欧社会の市民型社会,分権型社会の中で育ってきたものであります.にもかかわらず,明治期の先人は新しい国づくりの中に公衆衛生の思想や理念も含めたフルセット型をめざしたようです.案の定,当初の公衆衛生制度は明治中期に頓挫してしまいました.また明治期に導入された医学教育制度の中には衛生学があるのみで,公衆衛生学は導入されるに至りませんでした.

 第二次世界大戦後に進駐してきたGHQにより,わが国の医学教育の中に公衆衛生教育が導入されてから,半世紀を経ています.現在,わが国の公衆衛生はどのような状況にあるのでしょうか.明治期の先人,GHQが持ち込もうとした公衆衛生が,わが国の中でどのように推移してきたのでしょうか.

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公衆衛生制度の導入

 明治4年から1年半,米欧の医学教育の調査を目的に岩倉使節団に随行した長与専斎は,米欧には「国民一般の健康保護を担当する独特の行政組織」があることを知り,これを「文明輸入の土産」として日本に導入しようと考えた(長与専斎『松香私志』,p133,平凡社,1980).明治6年に帰国して,文部省医務局長に任命された長与は,すぐに公衆衛生制度導入の準備に取りかかった.

 しかし当時のわが国の状況では,公衆衛生制度の実施など及びもつかないことだった.

戦後の公衆衛生行政再考 中原 俊隆
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はじめに

 戦後,わが国では伝染病の征圧が進み,結核による死亡が大きく減少して,死因構造の中心は感染症から生活習慣病へと大きく変化した.これは保健医療の進歩,公衆衛生の向上の賜物であり,わが国の公衆衛生行政は,国民の生活習慣を健康的な観点から改善することが重点となっている.

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 政権交代で政治状況も大きく変わろうとしている.その是非を論じるには早すぎるが,地域保健の基本指針の見直しも検討されている折から,しっかりとした地域保健の将来展望を見据えて,改革を進めていくべきであろう.

 しかし現代は将来展望が描きにくい時代である.それは,社会が多様化・複雑化し,人々のつながりが希薄になり,人間が生きていく支援的基盤としての家族やコミュニティが不安定に揺らいでいることとも無関係ではない.そこから派生した健康格差問題や自殺,社会的暴力などの新たな健康課題に取り組むには,時代感覚に応じた地域保健活動(コミュニティヘルス)を再構築し,展開できるかが問われる.揺れる時代には原点に戻って活動の本質を考え,将来像に思いをめぐらせたい.

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はじめに

 21世紀に入り,環境や地域紛争など前世紀からの宿題に加えて,新しい形の貧困や社会的排除(social exclusion)が大きな課題となってきた.その解決のため,政府行政・民間企業・NPO/NGO等の組織はそれぞれどのような役割を担うのか.また,近年重視されることの多いセクターの垣根を越えた「協働」は,どこまでの有効性と可能性を期待できるのか.いずれにしても,その際,従来の発想と方法論を超え,社会の仕組みや人々の参画の仕方を変革し,具体的に実現していくことが必要になってくる.そのような思考と実践を,筆者は「社会デザイン」と呼びたい.

 こうした中,1980年代半ば頃から新しい形で注目を集めることになってきた,福祉・環境保全・まちづくり・国際協力などの,地域の人々の自発的な諸活動は,「市民活動」という呼び名で今日認識されるようになっている.現在のボランタリーな市民活動は,問題点の指摘や告発,あるいは反対運動だけに留まらず,「ではどうすればいいのか」「そのためにどのような構想,政策,それを実現する手段やプロセスが必要なのか」という点を,実際の活動を通じて身をもって提案するとともに,めざす状況を自ら創り出そうとするところに新しい特徴を見出すことができる.すなわち,社会を変革する力,イノベーションを起こす機能,コミュニティを再編していく機能,新しい政策や社会づくりへの提言・提案を含むアドボカシーと言われる機能等々の特徴である.

 以上のような流れを踏まえ,(地域)社会の運営にあたっては,NPO/NGOを含む住民・市民の多様な諸活動,あらゆる面で自らの革新を求められている政府行政,地域社会と消費社会の大幅な変動への対応を迫られる民間企業,などによるネットワーキング,パートナーシップ,コラボレーション等々,「協働」関係が不可欠だとさえ言われるようになっている.

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 近年イタリアのボローニャは,世界最古の大学を擁する歴史都市でありながら,たえず新たな芸術や思想,そして産業や社会システムを創造する力に満ちた「創造都市」として注目されている.いったい,「創造都市」とは何か? ここでは,その核心に迫ってみよう.

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ニュー・パブリック・マネジメントはほんとうに死んでしまったのか?

 ニュー・パブリック・マネジメント(New Public Management,以下NPM)という言葉は,クリストファー・フッドが,1970年代と1980年代において,イギリスをはじめとするウェストミンスター諸国やアメリカの行政過程,政策過程がかなり似通った類型を示していたと考え,そのことを表現するために用いはじめたものである1)

 フッドは,1980年代半ばに行われた中曽根行革のうち教育改革についての著作もあり,日本の新幹線が大のお気に入りで,それに関する本も書いている.だが,NPMについてはかなり評価が辛く,大きなパラダイム・シフトをもたらしたわけではないと考えてのことだと思われるが,すでに1990年代のはじめには,この手法があらゆる分野に適用できるのかという疑問を投げかけていた2).そして,2000年代の半ばになると,NPMは,半ば宗教的な熱狂を持って迎えられたかと思えば,その一方では非難ごうごうといった扱いを受けてきたが,すでに古くなりかけているのではないか,パラドックスがもたらされはじめているのではないか,その原因についてきちんと議論がなされ,確証されなければならないと主張するようになった3,4)

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はじめに

 2008年12月31日,新公益法人制度が全面的に施行された.1896年に制定された民法で規定する社団法人及び財団法人制度(いわゆる公益法人制度)が実に110年ぶりに廃止され,全く新しい制度の下で再発足したのである.

 筆者は本稿により,この改革が目指す理念と方向を確認し,21世紀市民社会における社会的意義を考えてみたい.

視点

公衆衛生再考 多田羅 浩三
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公衆衛生の4つの地平

●社会による防衛

 フランクは,『完全なメディカル・ポリースの体系』(1779年)によって,人々の健康状態が破綻するのは,多くの人たちが集まって生活していることから生ずる有害な現象の結果である,つまり「不衛生」と「疾病」と「貧困」がつくる悪循環の結果であることを報告した.人々が乱暴であったり行き過ぎがあったりするのは,彼らに「過誤」があるからではない.だからこれらの事態に対しては,より強い社会の関与が不可欠であり,その社会の関与を彼は「メディカル・ポリース」と呼んだ.この人々の健康課題は,人々の「過誤」によるのではないという理解の上に,人類の今日の公衆衛生は構築されてきた.

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はじめに―がん対策だからこそヘルスプロモーション活動を

 健康はどこでつくられているのか.WHOの健康の定義論争にも見られるように,人々の健康観が拡大した今日,多様な健康観を支援するための施策のあり方が議論されている.その経過の1つにWHOが1986年から7回に亘り開催してきた,国際会議の中で検討されているヘルスプロモーション戦略がある(表1).

 ヘルスプロモーションとは,人々が自らの健康とその決定要因をコントロールし改善することができるようにするプロセスであると定義される1,2).図1は,ヘルスプロモーションの考え方を導入した島内によって作成された図解ヘルスプロモーション3)である.

 この図は,人々の健康を支援するためには健康的なライフスタイルの形成とそれを支援するための環境整備が必要であることを提示している.この2つ(ライフスタイル形成と環境整備)の考え方は,それぞれ厚生労働省の健康日本21(2000年)4)や健康文化都市構想(1992年)5)等に反映され,多くの地方自治体健康部門関係者の間で認知されるようになった.その結果,健康なまちづくりや健康なコミュニティづくりを通じて,従来の保健事業を市民と共に遂行していこうとする自治体が多く見られるようになった.

 ところが,2000年代に入ると,国では高齢化やそれに伴う医療費高騰を背景に,疾病対策が強調されるようになった.疾病予防や健康づくりを進めてきた市町村では,それまで取り組んできたポピュレーションアプローチによる事業展開から,特定健診・特定保健指導の導入により再びハイリスクアプローチを主体とした取り組みを余儀なくされ,両アプローチの兼ね合いを懸念する自治体関係者の間では,混乱の時期を迎えている.このような現状を察する限り,わが国の疾病対策はハイリスクアプローチを主体としているように見える.しかし,次なる課題として提起されたがん対策ではどうだろうか.がんという疾病に対する対策ではあるが,がん対策だからこそ,両アプローチを包含しうるヘルスプロモーション活動が再び必要とされる理由を,本稿で述べたい.

連載 人を癒す自然との絆・8

犬に読み聞かせをする 大塚 敦子
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 アメリカでは,子どもたちが犬に読み聞かせをする,「R.E.A.D.プログラム」というのが盛んに行われている.R.E.A.D.とは,“Reading Education Assistance Dogs”のこと.つまり「読書介助犬」というような意味だ.

 国立教育統計センターが,アメリカ国民の読み書き能力を調べるために行った2003年の調査では,基礎レベル以下とされた大人は人口の15%にあたる3,400万人(内1,100万人は英語が母語でない人).これらの人々の55%は高校を卒業しておらず,44%が貧困ライン以下の生活をしているという.このような現実も,R.E.A.D.プログラムのような新しい発想が支持されている理由の1つだろう.

連載 働く人と健康・15―フランス在住ジャーナリストの立場から③

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 前回執筆時(2009年12月9日)から本稿執筆時(2010年1月2日)までの間に,フランスでは,プシコソシオ問題で“巨大な一歩”が刻まれた.

 世界的自動車メーカーとして知られ,日本の日産自動車も傘下に収めるルノー・グループ(Groupe Renault)が,フォート・イネクスキュザーブル(faute inexcusable=許され得ない過ち,許し難い過ち,以下,許し難い過ち)の判決を言い渡されたからだ.前回予告した,シルヴィーさんの裁判である.

 最終回(筆者担当分)となる今回は,これを取り上げることから始め,次いでフランスでいま一気に深められている重要議論を紹介して,日本における労働関連自殺撲滅の一助となることを念じたい.

連載 ドラマティックな公衆衛生―先達たちの物語・15【最終回】

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…百年の後に知己を待つのだ.(勝海舟,『海舟語録』より)

 

 ドラマは今日で幕切れとなる.これまで全15回の本連載を読んでくださった読者に感謝したい.この中の一つとの出会いでもいい,単なる体験としてではなく,経験となりうるものがあったなら,それは大きな喜びである.古典との出会いは,古きよき友との出会いのごとし.これを契機に,自分なりの新たなるドラマティックな出会いを楽しんでいただきたい[注:「体験」と「経験」の違いについては,本連載第1回(73巻1号)を参照].

連載 地域保健従事者のための精神保健の基礎知識・3

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はじめに

 本連載の第1回では精神保健の定義として,“精神保健とは,「共に生きる社会」の実現の基本理念のもと,社会に起こるさまざまな問題について,精神保健の基本である人間の理解,人間の行動の理解を踏まえ,その実態と関連する要因を明らかにしつつ,社会との協働によって解決を図り,社会をよりよいものにしていく活動である”と述べた1).また第2回では精神保健の実践としての地域精神保健活動の発展の経緯について述べた.精神保健は,公衆衛生学の実践である公衆衛生行政の一部であって,精神保健の歴史は,しばしば精神保健福祉施策発展の歴史として語られる.また精神保健は,精神医学,心理学,社会学,社会福祉学等の学際的な研究をもとに発達してきたが,精神医学とその実践である精神医療および関連領域の影響を最も強く受けてきたことは言うまでもない.

 本稿では,公衆衛生学,精神医学の2つの学術領域における重要な概念と,これらの領域における精神保健の捉え方をもとに,精神保健の現在および将来について考察する.

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 仙台市健康福祉局保険高齢部の伊藤加奈子さんからバトンを受けました.今回は産業保健・健康管理の立場から,JR東海における生活習慣病対策をご紹介します.

連載 保健師さんに伝えたい24のエッセンス―親子保健を中心に・12

自閉症の療育をめぐって 平岩 幹男
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 自閉症は決して珍しい障害ではありません.本連載第10回でもお話ししたように,この30年余りで10倍以上に増加しています.わが国では,自閉症がありふれた障害になっているということが,小児科の世界を含めてまだまだ十分には理解されていません.自閉症が数千人に1人のまれな障害であった時期には,一般の小児科医が目にすることは少なかったのですが,現在では数百人に1人となり,状況は変わってきました.30年前には自閉症は知的障害を抱えると考えられていましたから,現在のような高機能自閉症(高機能とは知的障害がないという意味.臨床的にはAsperger症候群・障害とほぼ重なります)の概念はありませんでした.ここでお話しするのは,以前から知られている自閉症(古典的自閉症あるいはKannerの自閉症と呼ばれることもあります)の療育の進歩についてです.

連載 衛生行政キーワード・63

矯正医療 北村 薫子
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はじめに

 矯正医療とは刑務所や少年院等の矯正施設に収容されている人々(被収容者)を対象とする医療のことである.「矯正医療」や「矯正施設」という用語は一般には耳慣れないかもしれないが,実は矯正施設は全国に300施設近く存在しており,周辺の医療機関を始め,地域の保健医療福祉サービスの協力に支えられている.

 本稿では,読者の皆様に矯正医療へのご理解をいただく契機となることを期待しつつ,概要をご紹介する.

連載 路上の人々・3

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 「前略,ごめんください.先生お変わりございませんか.愚生もどうやら生きながらえております.山(山谷)にいた自分が腹ペコでいる時,目を患って入院している時もお見舞い下され,また色々とお世話をしてくださいましたことは忘れてはいません.呑んだくれの小生は飲まずに生きていきたいと考えております.本年9月に断酒2年目のメタルをいただきますが,これも石井様の親にも勝る多大なる力だと思っています.先生,お体を大切に」

 この173通目の便りが,大さんからの最後となった.私と大さんの文通が始まってから13年が経過していた.

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はじめに

 うつの症状として,気分の落ち込み,気力・食欲の低下などがあげられるが,うつが長引くと日常生活に支障を来たし,自殺に至る場合すらある1).うつが所得,教育,職業など社会経済的地位の低い層に多いこと(健康格差)は,内外の研究により報告されている1~3)

 本稿では,それらの研究を元に,うつにおける健康格差がどの程度あるのか,考えられる原因は何かを見ていく.以下,疾患をさす場合は「うつ病」,スクリーニングテストにより判定された場合を「うつ状態」,症状や疾患を含めた広義の意味では「うつ」を使用する.

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あとがき 高鳥毛 敏雄
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 大正13年生まれの芥川賞も受賞した小説家,安部公房(1948年に医学部を卒業.しかし医師免許は修得していない)の短編小説「赤い繭」(昭和25年発表)を読むと,ハッとさせられる表現があります.「日が暮れかかる.人はねぐらに急ぐときだが,おれには帰る家がない.おれは家と家との間の狭い割れ目をゆっくり歩き続ける.街じゅうこんなにたくさんの家が並んでいるのに,おれの家が一軒もないのはなぜだろう?」.「おれは首をくくりたくなった」.「なぜおれの家がないのか納得のゆく理由がつかめないんだ」という表現で,小説がはじまっています.

 戦後の混乱期において,住居のない人が多かった時代を写しているものと思われます.そのような人間は死ぬしかないのか,また寝場所がないのは個人の責任なのか,などの問いかけは,自殺者が増加しているわが国の公衆衛生制度のあり方について,われわれに問いかけをしているように思えてなりません.

基本情報

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公衆衛生
74巻3号 (2010年3月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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