看護教育 8巻9号 (1967年9月)

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 不快指数は80から90,気温は34から35度を往復するといった猛暑の中で,2つの勉強会がひらかれた。看護教育研究会夏期講習会は,8月1日から5日まで東京・新宿の野口英世記念会館で,全国准看護婦教育学会は,8月5,6の両日新宿文化会館で,それぞれ暑さの中をものともせず,全国津々浦々の看護学校から集まった熱心な先生がたが参加,連日ギッシリとつめこまれたスケジュールどおりに勉強会がすすめられた。

教育のひろば

心の結びつき 滝沢 英夫
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 現在大学では,あまりにも学生が多すぎて個々の学生と教官との心のつながりを求めるのは,非常に困難な事態におち入っている。これは[教育のマスプロ化」といわれていることであり,大学教育の危機として,非常に憂慮されていることである。この学生と教官との意志の疎通が十分に行われていないために,小さな問題が解決せずに次第に大きくなり,教官対学生,または大学当局対学生の激しい対立にまで発展してしまう事態にいたるのである。今こそ教育にたづさわる者がこのことに少しでも努力をはらわないと将来大きな禍根をのこすことになるのではないだろうか。

 このことについて大学当局もクラス編成についても学生数を少くしたり,人数の少いセミナーの授業時間を多くしたりして,その対策に努力しているが,私たち教官もあらゆる機会をとらえて学生との心のふれあう場を作って努力しているのが現状である。もちろん学生自身も努力するよう指導しなくてはならない。お互いの心の結びつきを強くしようと努力することにより,美しい人間関係が生じてくるのである。この心のふれあいのない教育は教育とはいえないと思う。

特集 看護教育研究会夏期講習会集録

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はじめに

 前半にお話し申し上げますことは,最初は授業という問題でございますが,要するに教えるということであります。これはひじょうにわかっているようでございますけれど,なかなかわかっていないというのが事実ではないでしょうか。そういう点から,授業というものを,われわれはどういう工合に見たらいいだろうかということをまずお話しして,その次に授業というものは一体どういう基礎条件が必要であろうか,そういうことを2番めにお話しします。それが前半にお話しする内容でございまして,後半になりまして,実際の具体的な方法でございますが,一体どういった方法でいったならば,どのような効果があがるだろうかという点をお話しします。それから最後には,教育効果をあげるためには,授業効果をあげるためにはどういう条件を整理していったらいいだろうか,こういう点を最後に結論的にお話し申し上げたいと思います。

 最初からお断りしておかなければいけないのは,私自身が実は教育心理学というものを基礎にいたしまして,さまざまな教育方法のありかた,そういうものを研究している1人でございますけれど,こういうお話の内容にいたしましても,これは私の方がたとえ,仮りにでございますが,いくらうまい話をしましても,あまりうまい話はできませんが,仮りにうまい話をいたしましても,つまり,聞かれる先生がたの方でうまく聞いていただかないと効果があがらない(笑)。ということがいえると思います。

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文化と教養の出発点

 教養ということばは英語のculture,あるいはドイツ語のBiltungということばの訳だろうと思います。cultureはご存じのように文化といういみにも訳します。もとのことばは土地を開拓するとか,培養するということだったんです。そこからきて,第1に田畑を耕す,開拓あるいは耕作といってもいいですが,土地を耕すことが文化とか教養ということの出発点であったわけでありますが,そこからしてさらに内面的には心を耕す,心田ということばを使えば心田を耕す,それが文化とか教養ということのいみに変わってくるわけですね。

 人間が生きてまいりますのには,当然われわれを取り巻く自然環境を,人間に住みよいものにつくり変えていくことが必要になります。いちばん端的な例は,たとえばロビンソンクルーソーが無人島に流れついた,この間ヨットでコラーサ二世号というのが太平洋を横断して無事に横浜にっきましたけれども,もしあの船が台風にあって途中でどこか無人島にでも流れついたといたします。すると船に乗っていた鹿島さんという人はどうしなくちゃならないかといえば,ロビンソンクルーソーがやりましたように,無人島でまず食べものを獲得しなくちゃならない。ロビンソンクルーソーは船にあった小麦その他の食べものの種を大急ぎで沈みかかった船から岸にかつぎあげて,まずそれを確保した。

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はじめに

 私の職業の図書館学科といいますのは,さいきん流行の情報学,図書館学,情報を取扱うのが専門の科でございます。文献についてお話しするんですが,私の専門が大自然科学文献,と申しますと,当然看護学の文献も入ってまいります。ところが恥を申し上げますのですが,看護学の文献をあわてて目を通し出したのが,ことしの夏の初まり後,看護学の文献について調べろ,といわれましてから,あわてて,ウチの図書館をかきまわして気がつきましたら,なんと,ウチは生意気な言い分でございますが,慶応の医学部の図書館としては,日本一であると昔から,うぬぼれておりますし,自他ともに,というと大ゲサですが,医学関係の文献としてはひじょうにいい,看護学の文献としては所蔵がお粗末だったことでございました。

 看護学の外国のトップクラスのいくつかの雑誌が,ウチにぜんぜんない,という惨たんたる状況なので,実はことしの9月にあわてて,来年の1月からの雑誌をオーダーするのに,看護学をそうっとたくさん入れておこうと考えている次第でございます。

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はじめに

 最初には代表値という問題,要するにどういうことが,ある傾向などを示す,代表するものであるかということを,教育統計学の方からちよっと考えてみたいというのが1ばん目です。

 2ばん目は,学生指導というテーマを与えられておりますけれどもこれも領域として,私の取り上げようとしている学生指導の領域にはこういうものがあるということを研究していかれる—皆さんこれからも10何回かつづけていかれるわけでしようが,つづけていかれる上において,こういうふうな問題について勉強して頂きたい。資質の向上をはかるんですから—宿題を出すのは,大へんたのしみじゃないかと思います。

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はじめに

 皆さま方の中にはすでにアメリカの看護教育のあり方を,いちおうご存じの方が多いとは思いますけれども,だいたいどんな教育がいままであったかということから説明をしていきたいと思います。

 すでにご存じのとおり,アメリカには正看護婦,つまりR. N.(Registered Nurse)になるための看護婦学校が3種類ございます。一つは4年制の大学,一つは2年制の短大,一つは3年制の高等看護学院でございます。このほかに准看(Licensed Practical Nurse)を養成する1年制の准看護学校がございますが,これはのちほど説明をいたします。この3種類の看護婦学校はそれぞれ特色を持ち,それぞれ違った教育理念に従って教育をしているわけでございます。

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量的拡大と高校衛生看護科設置による質的転換も部分的に生起してきた准看護婦とその教育,また制度。現に准看昇格に揺れ動く今日の看護界。ここに収録したのは今夏行なわれた准看教育学会におけるシンポジウムである。准看教育者たちの方向づけと課題の一端が文部,厚生両行政当局の所信と専門職団体の指向性と併せ打ちだされているといえよう。准看護婦は看護分野において医療チームの中で何をする職業人であるのか。あらためての追求と鮮明化が要請されるとき,このシンポジウムは年一年と混迷なその所在を解きほぐしてきている姿を示しているとはいえないだろうか。読者の誌上参加ご発言を期待する…

新カリキュラム講座 一般教養課目・4

地学編II 兼平 慶一郎
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地球科学の歴史

 地学あるいは地球科学という学問の全体を展望するような講義,あるいは地球科学の基礎となっている考え方を理解させるような講義が一般教育の地学では望ましいであろう。しかしそうは言ってもこれはなかなかむずかしい注文である。科学というものを展望するときに,科学史をたどってみるのが一つの手段と思われるが,地球科学という学問の輪郭を展望しようとする場合にも,その発達の歴史をたどってみるのが一つの有効な手段であろう。

 ところで地球科学は,地質学・鉱物学・地球物理学・地球化学・気象学など地球を研究する多くの分野を含んでいる。これらの各分野は学問としてそれぞれ特徴があり,またその発達の歴史を異にしている。地球を研究する学問・統一された地球科学というものが意識して論じられるようになったのは近年のことに属するし,現在はまだ各分野の学問が,地球を研究するという点で統一される気運にあるという段階なのである。ここでは,主として地質学の歴史の一部を述べて,現在の地球科学の状態とひきくらべてみることにしようと思う。

新カリキュラム講座 一般教養課目・3

哲学編II 高橋 憲一
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 いちおう前回で“哲学はあらゆる学問的知識の底にひそむ根源的知識に基づいて,できる限りの価値の高い生存を形づくる仕方を求めるものである”という規定を与えておいた。今からこの規定をその内容において深めるに当って,学問が一般にどのようなものであるか,またいわゆる根源的知識が具体的に何を指すかが中心になる。広く哲学が何であるかについての真の理解は,最後に来るであろう。

ものがたり教育史 日本の女子教育・その6

女子高等教育の発足 中嶌 邦
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20世紀へ

 1900年から1901年(明治33年〜同31年)への転換は,日本の女子高等教育にとって,記憶すべき時である。1900年の9月には,津田梅子の女子英学塾(現津田塾大学)が麹町に誕生し,12月には,吉岡弥生の東京女子医学校(現東京女子医科大学)が飯田町の至誠病院の一隅に創設をみ,そして翌年4月には,藤田文蔵によって本郷弓町に女子美術学校(現女子美術大学)が開校され,同じ4月に成瀬仁蔵によって,日本女子大学校(現日本女子大学)が目白台に創立されている。誠に,女子高等教育の着実な歩みが築かれた感がある。その他,従来からの私立女学校の中にも,かなり高度な教育を与えているところもあって,この事実だけみると,女子教育の前途は,洋々たるものがあるようにみえる。しかし,これらの学校の創設までの過程を追って行くと,並大抵の苦心,努力ではないのであって,いづれも民間有志の溢れる様な熱意によってのみ,支えられているのである。成瀬仁蔵が,ひろく学界や財界の有力者を,挺子でも動かないような頑固さで説得し,比較的大きい規模で日本女子大学校を開校させたのを除けば,いづれも小規模の,学校の体裁も整いかねる有様で出発しているのである。

教育技術ゼミ

授業目標の設定 沼野 一男
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■目標設定する形体

 前号では授業の目標について,それを学生に明示することによって,学習の目的や価値を自覚させることが動機づけに役立つということを述べた。今月は別の角度からもう一度授業の目標について考えてみよう。授業の目標をどういう形で設定するのがよいかという問題である。

 教師の授業活動は目標を設定するところから始まる。教材を研究したり授業の計画を立てたり,授業の方法や技術をくふうしたりするのは,その目標を達成するための手段である。その意味では,教師の授業活動は一つの仮説であり,その仮説は授業の目標が達成された場合には受容され,目標が達成されなかった場合には,棄却されてさらに新しい仮説が立てられることになる。授業の計画や実践はこうした仮説実証的研究を通じて次第に改善され,多くの教師が利用しうる公共的な知識となってゆくのである。

基本情報

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看護教育
8巻9号 (1967年9月)
電子版ISSN:1882-1391 印刷版ISSN:0047-1895 医学書院

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