看護教育 33巻8号 (1992年8月)

特集 生命倫理と教育ディベート

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脳死ディベートのいきさつ

 ディベートの組分けを抽選して,やや興奮気味の研究員たち.彼女らは,昨年10月から,ゼミで脳死の問題を取り上げてきた.その学習の成果をディベート方式で,しかも公開で行なおうということになった.それにNHKの取材が入ることになって,蜂の巣をつついたようなのである.

 「私たちは,放映のために学習をしたわけではない」「発表するために勉強したのではない」という意見も出ているようだ.

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 川本 今日は標準的な方法でディベートを行なってゆきます.まず肯定側,否定側それぞれから1人づつ立論,これは自分が主張していること,およびその根拠のことですが,を述べていただきます.一応約8分ということでお願いします.

 両者の立論が終わりましたら作戦タイムという相談する時間を3分ほど,とります.その後,否定側から肯定側に向かっての質問をしてもらいます.質問に対しては適宜応えていただくということで,だいたい20分くらい用意しています.

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 今回私は司会を担当させていただいたが,専門外の問題での司会を手落ちなく務めるため勉強会にも3度参加した.その際の印象を含めてディベートの講評をさせていただく.

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はじめに

 生命倫理は,その話題や定義からもわかるように,多くの学問領域にまたがっている.遺伝学,生物学など含めた生命科学・医学,またそれらに付随する技術・宗教・倫理・哲学・法律・経済・社会学等である.人間のいのちをあずかる者の一員として,看護者も生命倫理について,深く思考すべき時になっている.

 個人の尊厳とはどういうことなのか,生きる権利について自己決定権をどう考えるのか等々,さまざまな課題がある.

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はじめに

 平成2年カリキュラムが改正され学科目の内容も新しい考え方のもとに運用されるようになった.医学概論においては時間数30時間となり,その考え方も従来の医学概論に加え,生命倫理等を教授する必要性も明らかにされた.全回,当看護学院においても従来どおり15時間(医学概論I)を医師による講師に任せ,残りの15時間(医学概論II)を看護教員が担当し,生命倫理について授業を展開することにした.

 生命倫理に関する問題として考えなければならないことはたくさんある.これらに,学生が関心をもち,それぞれについて自己の考えや意見をもてるようになるためには教授方法にも工夫が必要である.

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 脳死臨調1)は,脳死容認の是非,臓器移植のあり方に関する最終答申で「医学的に脳死は人の死であり,おおむね社会的・法的にも受容されている」と結論を出したが,臨床の現場は法的な枠組みが不明確なために戸惑い,臓器提供者が現われても移植できないという状況を引き起こしている.

 太田2)は,『臓器移植はなぜ必要か』という著書の中で,「脳死を個人の死として認めてしまうと,人の死は全て脳死で判定され,臓器を有無を言わさず摘出されてしまうという誤解が多い」と述べている.もしこのような誤解から脳死を人の死と認めないとするのなら,脳死・臓器移植に関するありのままの情報を提供し,恐怖心や誤解のないように社会に働きかけていく必要があるだろう.

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求められている新しい〔責任〕

 1992年1月22日,政府の臨時脳死及び臓器移植調査会(脳死臨調)は2年間の審議の結果,脳死は人の死であり臓器移植を認めるという討議結果を総理大臣に答申した.

 これより先,1991年11月20日,民間の研究会である生命倫理研究会(代表吉利和)は「臓器の摘出に関する法律」(試案)を発表している.その内容は脳死を人の死と立法化せずに,脳死状態の人からの臓器移植の道を開こうというものである.その中で特筆すべきことは,多くの医学部に設置された「生命倫理委員会」のメンバーには全く参加を認められていなかった看護婦を「脳死確認の立会い」,「署名」の条項に入れていることである(表1).その理由は看護婦の地位を認めようというものであるが,今まで看護婦に課せられてはいない[新しい]責任を求めようという意図があることも事実である.

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 医療技術の発展,治療法の開発がなされ,医療の進歩する中で,患者の自主性と尊厳を尊重し,信頼にこたえられる医療が問われて来,医療従事者に対して,職業倫理に加えて生命倫理が求められてきている.特に,医療がキュアからケアに移った際には,重点がより患者の意思を主体とする方向に移ってくると思われる.

 看護業務は,医療の一環の中で,患者との信頼関係を基にしてなされるので,当然,その行為には生命倫理学的な判断が求められる.

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 室生犀星の詩集『鶴』1)に収められている「友情的なる」という詩の一節を掲げよう.

 此の日雪降れり

 此の日我心鬱せり 此の日我出で行かんとはせり

 何者かに逢はん望を持てり

 何者かに,―

 何者かに留めがたき友情を感ず

 友情的なる縹渺を感ず,

 此の日雪降れり,

 友情的なるものを痛感せり,

 雪の中に我出で行かんとはせり.

連載 ことば

ディベート(debate) 都留 春夫
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 集団討議法のひとつとしてディベート(debate:対立討論)というのがあるのを知ったのは30年程前,10余名の仲間と集団思考についての勉強をして「討議の手びき」(民主教育協会,1961)という小刷子を出版した頃である.

 その中に代表討議(Panel Discussion),並行討議(Symposium),陪席討議(Colloquey),バズ・セッション(Buzz Session)などと共に対立討議(Debate Forum)という項目にして,次のような説明がつけてある.

連載 往復書簡 東京と小樽を結んで・20

文字と言葉 鼻野木 晴美
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 北海道にもいよいよ夏がやって来ました.小樽では,照り返す海のまぶしさが私たちに夏が来たことを知らせてくれます.東京はさぞ暑い毎日かと思われますが,お元気でございますか.この輝く夏の海が私に,やはり海の街での1年前の貴重な体験を鮮烈に思い出させてくれます.千葉市の幕張メッセで開催された日本看護研究学会で看護記録についての共同研究の発表をしたことです.

 幕張メッセは20年からの歳月をかけて海を埋め立て,陸地が沖に約2キロも広がった土地に築いた新しい都市でした.21世紀の,新都心の中核を担う幕張メッセでの私の体験は,まるで未来という空間で時を過ごした様な貴重なものでした.その暑い夏の盛りの出来ごとを想うと,看護への熱い思いと,初めての体験とが重なり,大きな胸の高鳴りとなって甦って来ます.

連載 准看護婦教育課程における教育内容・4(最終回)

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 今回は『専門基礎科目』の教育内容をどう精選したか述べる.

連載 看護学生解体新書・8

ほどよい距離 加藤 光宝 , 藤田 悌子
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 「A子,やったねー」

 「そんなに悩むことなかったじゃん」

 「でも,最初はやだよねー」

 「好きな人もいないと思うけど」

 食事に入った混み合う店で,聞き慣れた声を耳にした.後隣りの4人のギャルは,実習中の学生だった.

連載 1つの看護教育史 1946~53 東京看護教育模範学院で学んだ人々・8

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 現在の看護学校では,全寮制をとる学校は少なくなった.寮をもっていても希望者のみであったり,管理を学生の自治にゆだねていたりする.しかし,寮生活で学んだことは計り知れないほど多かった.今回の東京看護教育模範学院で学んだ人々に対して行なったアンケートの中でも,寮生活に関する質問には多くの回答が寄せられた.寮生活によって初めて感じた親の恩,人を思いやる心や協調性,生活の中でしつけられた職業人としての心得など,多岐にわたっている.

 人間を対象とする看護の社会では,人間を理解するということは,重要な課題であり,時代を越え,あるいは,生涯を通しての命題ともいえるものである.とくに現代にあっては兄弟姉妹が少なくなり,テレビゲームなどの1人遊びが普及し,核家族化に加えて子供部屋の個室化など,乳幼児期から共に生活する中での人を知る機会や時間が,昔に比して非常に少なくなっている.そのような中で,看護学校に入学して1年ぐらい,寮生活を経験することは,人間理解に大いに役立つように思われる.実際に1年生のみ全寮制をとっている看護学校もあり,それなりの成果をあげているときいている.

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医学部看護学科であること

 東京慈恵会医科大学医学部看護学科は,医学部の中に設置された看護学科としては全国で初めてであり,現在では唯一のものです.

 医学部看護学科ということから,多くの方が医学中心あるいは医帥主導の看護学科を想像されるようです.しかし実際はむしろその逆であり,解剖学,生理学などの専門基礎科目および専門科目の中の医師担当部分のほとんどすべては,医学部医学科の豊富な教授陣による兼担が可能です.よって看護学科の教員は,その大部分を看護学専攻の教員により構成することが可能になるわけです.

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 浜松市北部の三方原台地に開学した聖隷クリストファー看護大学は,入学定員100名(男女共学)の看護学部看護学科の単科大学である.

 大学を経営する学校法人聖隷学園は,昭和初期から社会のニーズを先取りしながら,社会福祉,保健医療の課題に挑戦してきた社会福祉法人聖隷福祉事業団(当時は聖隷保養農園)が母体となり,1966(昭和41)年に設立された.それ以前から聖隷保養農園でキリスト教精神に基づく准看護婦養成を行なってはいたが,学園創立以来聖隷学園高等学校衛生看護科(現在は普通科),次いで聖隷学園浜松衛生短期大学における2年制(本年度より募集停止)および3年制の看護婦(士)の養成,専攻科における助産婦養成を行なってきた.これらの看護教育と聖隷福祉事業集団の看護実践の歩みを通して,社会のニーズに応え得る看護職の育成は,4年制の大学でという結論に達した.そしてその構想が練られていた時,聖隷福祉重業団と高齢化社会における介護問題を共同研究していた東京海上火災保険株式会社から,創立110周年記念事業として看護大学設置のための寄付の申し入れがあり,看護大学設立構想が実現の運びとなったのである.

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 広島大学医学部保健学科は,看護婦不足を憂うる社会の声盛んな中,本(1992)年4月に看護学専攻,理学療法学專攻,作業療法学専攻とあわせて3專攻を擁する新学科として発足した.看護学専攻は中・四国地方で最初の看護学士課程として,理学・作業療法学専攻の2課程はともに日本最初の学士課程として,それぞれ注目と期待を寄せられている.所定の科目を履修し,国家試験または免許試験を受けることによって卒業後得られる資格は,看護学専攻の場合,看護婦(士)・保健婦・助産婦・養護教諭であり,理学療法学,作業療法学専攻では,それぞれ理学療法士,作業療法士である.また理学療法学専攻の場合は,スポーツコーチ,トレーナーへの道も開かれている.

BOOKS 海外文献

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 米国看護婦協会(ANA)は,1980年に「看護とは,現存または潜在する健康問題に対する人間の反応を診断し,かつそれを治療すること」という声明を発表した.この声明でもわかるように,米国においては,診断とか治療という言葉は医師の独占語ではなく,“看護診断=NursingDiagnosis”“看護治療=Nursing Therapeutics”という概念で看護婦の実践を示す用語としても使用されている.

 看護において治療目的のタッチ=Therapeutic touchを概念化し,実践や教育に積極的に取り入れたのはニューヨーク大学のKrieger博士が最初ではないかと思う.そこで今回は,Krieger博士の初期の論文1編と治療目的のタッチに科学的根拠があるかどうかについて論述した文献1編を紹介する.

昌子の英会話ワンポイントレッスン・5

発音の盲点 横山 昌子
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 会話のなかでおぼえておくと便利なhaveとtakeについて書いたところで,中断して,初心者が案外気のついていない発音の盲点について書いてみたいと思う.特にlとnについて説明してみる.

 lは舌の先を歯と歯茎の境まで,すなわち,我々がラリルレロと言う場合よりずっと前まで持って来る.そうして,次の単語を発音してみると,カナをうったようにきこえるのではないかと思われる.ためして頂きたい.

基本情報

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看護教育
33巻8号 (1992年8月)
電子版ISSN:1882-1391 印刷版ISSN:0047-1895 医学書院

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