助産婦雑誌 55巻9号 (2001年9月)

特集 「三歳児神話」の検証

三歳児神話とはなにか 大日向 雅美
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はじめに

 「子どもが小さいうち,とりわけ3歳までは母親が育児に専念すべきだ」という考え方は,子育ての真髄をあらわしているとして人々の間で長く信奉されてきた。その子育て観が近年,大きく揺らいでいる。1998年版『厚生白書』によって合理的根拠のない神話と断定されて話題となったのは記憶に新しい。しかし,依然として「3歳までは母親の手で育てるのが最適」という子育て観が根強く残っていて,出産や育児に専念するために仕事を辞める女性が少なくない。また,いじめや非行の凶悪化等,最近の子どもの成長の過程をみると正常とはいえない歪みを示す現象が目立つことから,乳幼児期の母子関係の重要性を再評価すべきだという論調も一部で強まっている。この立場に立つ主張は,幼少期に母親が育児に専念する重要性は古来普遍の真理であり,何よりも尊重すべきであって,それを神話とみなすような態度が昨今の子育てを歪めている元凶だという。

 しかし,このように乳幼児期の育児を専ら母親一人で担うように主張する考え方は,歴史的にみれば大正期の資本主義の勃興期にルーツがあるのである。都市型の労働力を確保するための社会的・経済的要請に基づく性別役割分業体制を支えるイデオロギーであったにすぎない。そもそも子育ては現在の社会のあり方を反映するものであり,同時に未来の社会のあり方に対する要望に敏感に反応するものである。今,なぜ三歳児神話が問い直されるのか,時代が要請しているものは何かを明確にした議論が必要であろう。

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2つの「三歳児神話」

 先日第1回の「日本赤ちゃん学会」が東京で開催された。赤ちゃん学会は,これまで医学,心理学,動物行動学,サル学,コンピューター学などさまざまな分野で別々に行なわれてきた赤ちゃんについての学問を,異分野の研究者が集まって幅広い見地から共同で研究していこう,ということで創設されたものだ。その第1回の学会のテーマとして選ばれたのが「三歳児神話を検証する」であった。1日めの午前中は,基礎脳科学の立場で三歳児神話を検証し,午後は保育の現場に関係のある主に発達心理の立場から検証する,という趣向であった。

 ふたをあけてみたところで,奇妙なことが起こった。午前中の基礎脳科学のセッションの座長が,シンポジウムの開催に先立って「三歳児神話」の意味を説明するとしてことわざの「三つ子の魂百まで」を例として持ち出したのである。そして三歳児神話の意味を,3歳までに子どもの脳はできあがってしまう,それくらい重要な時期なのだ,という説明でまとめたのである。座長は小児科医であり,子育ての現場にも詳しい方であったが,その方が三歳児神話の意味を,「3歳までの(脳)発達は極めて重要であって,その間に正しい刺激を与えなければ,健常な発達が臨めないことがある」という意味に解釈されていたのであった。午後のシンポジウムの座長を筆者がつとめたのだが,そこでも参加している小児科医から,「三歳児神話をどういう意味で捉えているのか」という私にとっては意外な質問がだされた。もちろん「三歳児神話」の公式の意味は「3歳までは母親が子育てをしないと,健常な発達がさまたげられる」というものであり,数年前に厚生省が出した三歳児神話にはそれを支える科学的な裏づけはないという声明においても,三歳児神話はそういう意味で使われている。

赤ちゃん研究の動向 小西 行郎
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 今年の4月に「日本赤ちゃん学会」をたちあげ,その第1回学術総会を開催した。年があけて21世紀が始まったこの時に新しい学会を設立したためか,マスコミの取材が殺到し,事務局(実は私と秘書1名だけ)の電話は鳴りっぱなしで,おおげさではなく日本中から参加の問い合わせがきた。当日500名の参加を見込んだ会場の他に100名収容できるビデオ会場を急遽用意したが,若干名のかたにお帰りいただかざるをえなかった。特別講演やシンポジウムの内容が魅力的だったこともあり,本当に熱心な討論が繰り広げられた。研究者だけではなく一般の方々からの熱心な発言もあり,この会に対するさまざまな思いに接して,設立総会を開催させていただいた者として,責任の重さを感じている。と同時に今回の学会に向けられた熱意の背景にあるものを探ることも重要であると思う。そのために,20世紀の子ども研究を振り返り,現在の状況を整理して以下に文献的考察を交えて述べてみたい。

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母親の仕事と保育士の仕事

 子どもを育てることはやさしい仕事ではない。そのことを理解するために,保育の専門家と認められている保育士との比較をしてみよう。

 保育士になりたいと思う人は,多くの場合どこかの大学や短大で保育についての専門的な勉強をする。そこでは,とても多くの教科を学び,実習を行なうことが義務づけられている。保育の専門家と認められるためには,そのようにして取得した資格が必要とされるのである。

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「先日はアトムでの取材ありがとうございました。あの後,肩の力が抜けたようで頭もボーッとして何も考えることができないほど疲労していました。自分の過去を振り返ることが,あんなにもエネルギーを使うことだとは思いませんでした。次の日,冷静にもう一度昔のことを思い出してみました。決してイヤイヤではなく,落ち着いた気持ちで客観的に…。思い当たることがありました。母はとても神経質で周りに気を遣う人でした。自律神経が弱く,何か心配事があると頭痛,肩凝り,吐き気ですぐ寝込んでしまうのです。商売をしていたせいもあるのか,心配事が多かったのでしょう。しょっちゅうでした。それをいつも見ていたせいか,母に心配をかけるようなことはできなかったように思います。横川さんから,喘息で母に迷惑をかけたので,母に気を遣って,いい子になろうとしたのでは?と指摘されましたが,むしろ,こっちのほうが強かったと思います」

 大阪・泉南郡熊取町にある無認可の「アトム共同保育所」(アトム)に,子どもを預けている母親,美穂さん(35)=仮名=から,こんな書き出しで始まる長い手紙をもらったのは,アトムで2時間近く美穂さんを取材して帰った数日後のことだった。

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 最近,育児が負担だという母親が増えてきたと言われる。その原因のひとつとして「3歳までは母親が子どものそばにいて育児に専念すべきだ」とする「三歳児神話」が根強く,それが女性に対する過度の期待と賛美となって母親を苦しめていることが挙げられることが多い。しかしもちろん,育児負担感が増している原因はそれだけではなく,例えば育児に関する適切な情報提供と支援の不足も原因のひとつとして挙げられるだろう。

 母乳育児についても,母子双方にとっての母乳育児の利点,授乳のための基本的な知識,支援グループなどについての情報提供の仕組みが不十分で,母親を支援するための技術や技能を持った医療・保健専門職が非常に少ないために,必要な情報や支援が受けられない中で,母乳育児を負担に思ったり,続けられなかったりする母親が少なくない。母乳育児をしたいと思う女性に対して,必要な情報や支援が受けられるようにすることは,母親の育児負担感を軽減するひとつの有力な方法になるだろう。しかし,母乳育児が3歳までの育児の大きな部分を占めるために,母乳育児を支援することは,「三歳児神話」を補強し,結局女性の選択肢を狭めることになると批判されることも少なくない。

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子育てと現代女性の罪悪感

 現在,子どもへの虐待や思春期の少年犯罪などのさまざまな社会問題を「乳幼児期の母子分離」「母乳育児をしなかったこと」すなわち「母性の欠如」と結びつける論調があり,他方「母子の密着育児」「母乳育児へのプレッシャー」すなわち「母性の押し付け」が問題の根源だという一見正反対に見える見解も示されている。どうやら人によって定義の違う「母性」といった言葉が誇張されて議論されているようだ1〜3)

 小さい子をかかえた多くの現代女性はいろいろなことに罪悪感を感じ悩んでいる4)。「母乳で育てられなかったこと」「母乳がいつまでもやめられないこと」「子どもを預けて働いていること」「外で働かずに家で子育てだけをしていること」。それらに共通するのは,世の中の「〜すべき」という理想(もしくは自分の中にある「理想の女性像」)に自分が達していないという思いである。「育児に専念すべき」というアドバイスも「子どもを預けて自立すべき」というアドバイスも,女性を罪悪感から解放しない。育児を24時間楽しんで全くストレスを感じないという女性はいないし,育児も仕事も100%こなすスーパーウーマンもいないからだ。

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助産婦から保育士へ

 私は東京都小金井市という人口10万人ほどの都市で定員10名の小さな保育室を営んでいます。無認可保育園ですが,東京都と小金井市の補助を受けています。小金井市は東京の東部,中央線沿線に位置し,都心から電車で1時間足らずの距離にあります。緑も多く自然環境にも恵まれていますので,子供を育てるにはよく,共働き家庭も少なくありません。各種調査によると,ホワイトカラーが多く,経済的にも豊かな人たちが住んでいる土地柄です。

 私が保育室を始めて23年になりますが,その前は助産婦として6年,臨床で働いていました。現在市内には,同じような保育室が7園あり,認可保育園不足の補完的役割を担ってきています。各園はそれぞれに保育理念を持って保育に当たっており,異年齢混合保育や,育児ノイローゼの母親のサポートをしたり,障害児保育を実施している園もあります。無認可保育園だからこそ,種々の保育ニーズに応え,特色ある保育をしている園も少なくありません。保育室の保育者は,最前線の保育事情に接していると言えます。

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 戸田 今年4月に「赤ちゃん学会」が設立されました。その会議での話題や,赤ちゃん学ということで皆様のお話をお聞かせいただければと思います。まず最初に,皆様がご自分の使命だと感じておられること等を含め,自己紹介からお願いします。

 榊原 小児神経を専門にしていまして,実際に子どもを診ながらいろいろと学んでいるところです。そして最近は,子どもの発達にも興味が移り,さらにはその発達をサポートし,ケアするという意味から育児に関心を抱いています。 特に,育児については,生物学的なひとつの出来事であると同時に,社会的,歴史的なバックグラウンドが凄く影響していますから,育児がどう変遷し,あるいは文化的な違いはどういうことか,また進化論的にどう捉えるか等々に非常に興味をもっております。

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 私は助産婦であるが,平成13年5月より,訪問看護婦として山梨県看護協会立訪問看護ステーションに非常勤で勤務している。現在は「訪問看護婦」という立場のため,老人の訪問看護を月に数回実施している。しかし活動の中心は母子関連の内容であり,5町村の母親学級と2町の妊産婦・新生児訪問を実施している。県内の商業高校より性教育の講義の依頼も受けている。

 本稿では,私の所属している訪問看護ステーションの活動のなかの助産婦の母子保健活動について紹介したい。

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 本誌 この度は,厚生労働副大臣ご就任おめでとうございます。助産婦の皆様もさぞかしお喜びになっていることと存じます。ご就任間もないご多忙の折に,このような時間をつくっていただきありがとうございました。

 南野先生が参議院議員になられたことで,助産婦の皆様の政治への関心も強まったように思うのですが,いかがでしょうか。

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 男性助産士導入をめぐって,最近では新聞紙上でも賛否両論を交えての議論が報道されている1〜4)。筆者らは4年制看護大学において「助産」選択学生に教育を行なっていることから,その学生が男性助産士をどうとらえているか把握したいと思った。そこで助産選択科目の助産論で本テーマを取り上げ,学生11名の考え・意見を述べてもらった。本稿ではそのうち学生4名の意見を紹介したい。レポートの課題は「男性助産士の問題について消費者,医療従事者,法的・教育的な立場から考えて,派生する問題,改善すべき点等を交えて,あなたの意見を述べなさい」というものであった。

研究・調査・報告

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 筆者が委託を受けている兵庫県K市の母子保健事業において,平成10年度から母親学級の中で希望者に乳頭チェックを行なうようになった。

 それは,妊娠中の個別の乳頭チェックと手当ての指導は,その後の直接的なケアの有無にかかわらず,母乳育児の継続に有効に作用するという仮説によるものである。

クローズ・アップ

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 訪問看護ステーションの歴史もそろそろ10年を迎え,高齢者の地域ケアで実績を上げています。地域に拠点を置くその訪問看護ステーションにもし助産婦が配置され,母子ケアを担当できればトータルな家族ケアになると,実現は難しいと思いつつも望む声が多々聞こえていました。

 全国で唯一ですが,助産婦が配置されている訪問看護ステーションがありました。山梨県看護協会立「ゆうき訪問看護ステーション」(甲府市)です。山梨県は望月弘子看護協会長の英断で,最初に協会立の訪問看護ステーションを8施設立ち上げた前向きなところです。子育て支援にも意欲的で,助産婦の配置が必要という発想もなされてきました。

連載 新生児医療最新トピックス・8

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 未熟性や出生後の適応不全などが原因で起こる新生児に特有な疾患がいくつかある。なかでも新生児低血糖・新生児黄疸・新生児メレナなどがよく知られている。これらは昔から研究され,一応の理解がなされているが,学問の進歩に伴い,それまでの考え方と大幅な変化を遂げている。上記の3つの疾患以外に多くの疾患があるが,これらは臨床的な管理の面からも新しい考え方で理解する必要がある点で重要である。

連載 いのちの響き・32

こうのとり号がゆく 宮崎 雅子
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 若いお父さんが保育器の中のわが子をじっと見つめている。

 時計の針が止まったかのように静かな時間。父の眼差しは暖かで優しい。 生まれて2日目。双子の兄は1197グラム。別の保育器にいる弟は1214グラム。

連載 とらうべ

映画のすすめ 片場 嘉明
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 映画館と呼ばれる建物が,次々と街から消えていったのは,昭和から平成になったころではないかと思う。その頃,古きよき時代の映画館と,そこに集う人々をノスタルジックに描いたイタリア映画,トルナトーレ監督の「ニューシネマ・パラダイス」が話題を呼んだ。街から消え行く映画館への惜別とともに老映写技師とトト少年を軸にした人間模様は,懐古派だけでなく若き世代の胸を打った。懐古派の一人である私には,この作品で描かれた映画館が,うしろに「館」の付いた日本の映画館の消え行く姿と重なってみえたのである。

 この映画を観る度に,欧米映画にうつつを抜かしていたガキの頃を思い出す。終戦直後の荒廃した日本では到底だし得ぬ臨場感と存在感が,洋画の世界にはあふれていたのである。ロードショウに行けるのは,お年玉をもらった正月ぐらいで,ふだんは小便臭い2本立ての映画館や名画座を渡り歩いた。どんな場末の映画館でもプログラムは売っており,昼飯代を削ってでも買い求めた。映画を観たあと,プログラムから仕入れたうんちくを傾ける楽しみもあった。古本屋であさった映画雑誌は,すぐに置き場に困り,屑屋にいく運命にあったが,紙4枚程度の薄いプログラムは,たとえ百冊になっても本棚の片隅に寄せておけばよかった。自分が観た映画の確かな証拠として,プログラムだけは捨てるに忍びなかったのである。映画に対する私の「こだわり」は,ここいらで始まったように思える。

連載 英国助産婦学生日記・9

コミュニティ実習始まる 日方 圭子
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引越しの季節

 2月の最終週に初めての実習が始まった。助産学生の実習先は大学の周辺2州6病院に散らばっている。自宅通学の学生は家から近い病院を実習先に選んだけれど,大学寮の住民たちは大学が振り分けた病院の看護寮へその週末引越しをした。そしてこれ以降,病院の寮をベースにして,そこから実習へ向かい,講義のあるときはここから大学へ通うことになる。

 学生の楽しめるクラブや映画館が充実しているギルフォードの生活を半年楽しんだ学生たちは,未知の実習先へ引っ越していくのに気が重そう。場所によっては街への交通が便利なのところもあるけれど,特にレッドヒルはその点最悪。病院に近い以外,そこに住む利点はなく,学生たちにデッドヒル(dead hill)と呼ばれている。

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「古い」生殖技術

 ここ数回,ロングフル・ライフ訴訟,ヒト・クローニング,代理母と,最先端の生殖補助医療技術(ART)に関わるテーマを続けて扱ってきた。これは筆者の問題関心によるだけでなく,この領域での「事件」が立て続けに起きたためである。

 今後もこうした最前線の動きを追跡していくつもりだが,それと同時に,一見すると「古い」問題も忘れてはならないだろう。ARTの問題とは,技術そのものの問題ではなく,技術がもたらす「意味」や「価値」の問題である。最新技術が喚起する問いが実は古くからあるものだったり,反対に古い技術が新しい意味を担って再登場したりすることもある。

基本情報

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助産婦雑誌
55巻9号 (2001年9月)
電子版ISSN:2188-6180 印刷版ISSN:0047-1836 医学書院

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