臨床皮膚科 74巻3号 (2020年3月)

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要約 69歳,男性.初診の約半年前から,左下腿に軽度のかゆみのある結節が出現した.病理組織所見で,真皮から皮下にかけて,形質細胞の稠密な浸潤とダイロン染色陽性のアミロイドの沈着が認められた.アミロイドは過マンガン酸処理に抵抗性で,AL型アミロイドと考えられた.血液検査で,IgG上昇,抗核抗体陽性,抗SSa抗体,抗SSb抗体陽性,リウマトイド因子(RF)高値を認め,唾液腺の生検で中程度の慢性炎症性細胞浸潤と間質の線維化があり,Sjögren症候群と診断した.浸潤形質細胞は多クローン性で,血清M蛋白,Bence Jones蛋白は検出されず,多臓器にも所見は認められなかったため,Sjögren症候群に合併する,皮膚限局性結節性アミロイドーシスと診断した.Sjögren症候群は進行なく,無治療で経過観察されている.皮下結節は左下腿のみに多発し,複数箇所を切除したが新生があり,希望時に切除,組織検査をしながら経過観察している.皮膚にAL型アミロイドの沈着をみる場合,全身性か限局性か,全身性疾患に合併したものではないかの検討が必要である.

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要約 42歳,男性.数年前より四肢に小豆大程度の皮下結節を自覚した.自発痛はないものの圧痛を生じたため,2018年3月に精査加療目的に当科紹介初診となった.一部切除生検したところ,病理組織学的所見で皮下脂肪織内の動脈炎を認めた.血清学的に抗リン脂質抗体が複数陽性であり,3か月後の再検査でも陽性となった.その他の膠原病の合併を否定できたが,血栓形成を証明できなかったため病理組織学的に皮膚動脈炎(cutaneous arteritis:CA)と診断した.CAの男性例は稀とされ,自験例のように抗リン脂質抗体が複数陽性の報告例は調べた限りなかった.抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid antibody syndrome:APS)に血管炎を伴う場合もあり,皮膚血管炎に一部の抗リン脂質抗体が関与していることも報告されているため,CAを含む皮膚血管炎とAPSが密接に関係する,もしくは一部overlapする可能性が考えられた.

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要約 56歳,男性.当科初診の約2週間前より顔面や体幹に紅斑が出現し紹介受診した.顔面および体幹に浸潤を触れる紅斑,手指関節背に角化性の紅斑,両上肢に腫脹がみられた.また筋肉痛,関節痛を自覚していた.臨床症状,皮膚病理組織像,筋原性酵素の上昇,筋生検の所見より皮膚筋炎と診断した.免疫沈降法にて抗nuclear matrix protein-2(NXP-2)抗体が陽性であった.入院にてプレドニゾロン(PSL)40mg/日より治療を開始したが改善に乏しく,PSLを50mg/日に増量し,ミゾリビン150mg/日を追加した.症状は改善し3か月後に退院となった.その後PSL 13mg/日まで漸減したが,皮膚症状と筋症状が再燃し,50mg/日に再度増量し改善した.皮膚症状に対する効果が不十分であったため現在,免疫抑制剤をタクロリムス4mg/日に変更し,PSL 6mg/日で治療中である.これまでに悪性腫瘍や間質性肺炎の合併はない.一般に,抗NXP-2抗体陽性の成人皮膚筋炎患者における悪性腫瘍の合併は,およそ2〜3割程度と稀ではなく,画像検査等で定期的な腫瘍検索の精査をすることが望ましいと考える.

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要約 症例1:39歳,女性.5年前から,体幹と上肢に軽度の瘙痒を伴う色素斑が多発.体幹と左前腕屈側に暗褐色斑,赤褐色斑が多発.症例2:49歳,女性.6年前より体幹部に瘙痒を伴い浸潤を触れる褐色斑が多発.8年前より,倦怠感と手関節の朝のこわばりあり.採血でIgG,IgA,IgM高値,リウマトイド因子陽性.いずれの症例もリンパ節など他臓器に転移を疑う所見はなく,色素斑部の皮膚生検では真皮内に形質細胞浸潤がみられ,皮膚形質細胞増多症と診断した.本疾患は,わが国からの報告が多く,医中誌とPubMedでは現在までに71例の日本人の報告例がある.多発性骨髄腫を合併した14例を除いた57例について文献的考察を行った.男女の偏りはなく,血清IgG高値が半数以上にみられた.血清IL-6値は不明が多かったが,高値を示した症例は記載されていた症例の半数以上を占めていた.確立された治療法はなかった.

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要約 症例1:61歳,女性.歩行障害およびふらつきを主訴に神経内科を受診した.症例2:68歳,女性.認知症,歩行障害を主訴に神経内科を受診した.いずれの症例も特徴的なMRI所見から神経核内封入体病を疑われ,皮膚生検目的に当科に紹介された.腹部より皮膚生検を行い,神経核内封入体病と診断した.神経核内封入体病は,病理組織像にてエオジン好性の核内封入体を認める進行性の神経変性疾患で,2011年にSoneらが皮膚生検が診断に有用であることを報告して以来,生前に診断される症例が増加しつつある.Soneらは,下腿外側上方10cmの部位での生検を推奨しているが,自験例では腹部より皮膚生検を施行し,確定診断に至った.腹部は皮下脂肪組織や汗腺組織が豊富で,非露出部で整容面で優れているため,神経核内封入体病の皮膚生検部位として適していると考える.

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要約 65歳,男性.2011年より落葉状天疱瘡としてプレドニゾロンの少量内服で加療されていた.病勢は安定していたが,2017年5月より体幹と四肢に紅斑とびらんが出現し急速に増悪したため,当科を受診し入院となった.同時期に直腸癌の多発肺転移を合併したため,免疫グロブリン大量静注療法を施行したが,難治であり紅皮症となった.ステロイドパルス療法や週2回の二重濾過膜血漿交換療法を繰り返し行ったにもかかわらず重症化し,抗デスモグレイン1抗体価は29,600と異常高値を示した.血漿交換療法後の抗体価リバウンド現象と考え,3週間に1回の肺転移の化学療法に合わせて血漿交換療法と,その直後に免疫グロブリン大量静注療法を施行したところ,皮疹の改善がみられた.自験例は落葉状天疱瘡の悪化時と同時期に直腸癌の多発肺転移がみられ,重症化した誘因として,悪性腫瘍の関与が推測された.

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要約 症例1:65歳と69歳の男性2症例をテネリグリプチンによるDPP-4阻害薬関連水疱性類天疱瘡(bullous pemphigoid:BP)と診断した.テネリグリプチンの内服中止により改善したが,それぞれアログリプチンとビルダグリプチンが投与され再燃した.再発時の特徴として,前回生じた前胸部の掻破痕や下腿の潰瘍に一致して皮疹が認められた.DPP-4阻害薬関連BPの報告はこれまでに国内外で報告されているが,自験例のように異なる2種類のDPP-4阻害薬によって発症・再燃した報告は少ない.DPP-4阻害薬関連BPを発症した場合,すべてのDPP-4阻害薬の投与を避けるべきと考えた.

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要約 70歳,女性.体幹,四肢の水疱を主訴に近医より紹介受診した.初診時,四肢を中心に発赤を伴わない緊満性の水疱が多発していた.表皮下水疱で,水疱内には好酸球を主体とした細胞が浸潤していた.蛍光抗体直接法で表皮基底膜部にIgG,C3が線状に沈着していた.抗BP180抗体は陰性であったが,水疱性類天疱瘡と診断し加療を開始した.しかし,プレドニゾロン,ジアミノジフェニルスルホンやミゾリビンとの併用は無効であった.その後の血清解析で後天性表皮水疱症と診断した.プレドニゾロン15mg/日にコルヒチン1mg/日の内服を追加したところ,コルヒチン開始後2週間で皮疹は著明に改善した.現在プレドニゾロン5mg隔日投与とコルヒチン1mgとの併用で増悪はみられず経過している.治療抵抗性の後天性表皮水疱症に対するステロイドとコルヒチンの併用投与は治療効果が比較的早期に現れ,また病理組織学的に好中球の浸潤がみられなくても有効である場合もあるため,積極的に併用してもよい薬剤であると考えた.

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要約 55歳,女性.初診9年前から体幹に瘙痒を伴う紅斑が出現,初診1か月前より体幹四肢に潰瘍が出現した.初診時,体幹四肢に浸潤を伴う紅斑,その一部に潰瘍を認めた.病理組織所見を含めてCD8陽性菌状息肉症と診断した.入院後より光線療法およびベキサロテンの投与を開始,皮膚症状は徐々に改善し,入院後第53日目にはmSWATは119から53に低下,皮膚病変は部分寛解となった.第182病日にはmSWATは17まで低下,潰瘍は消退した.第198病日にはCT画像で腫大していた両側鼠径部のリンパ節の縮小を認め,病理組織所見でも表皮の菲薄化,真皮浅層のリンパ球の減少を確認した.本症例は光線療法とベキサロテン内服の併用により部分寛解を得たCD8陽性菌状息肉症の初めての症例報告である.光線療法とベキサロテン内服の併用はCD8陽性菌状息肉症の治療法の1つとして期待されると考えられた.

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要約 63歳,女性.2013年脳梗塞を契機にプロテインC欠乏症と診断され,入居施設の管理下でワルファリンを内服中であった.2017年3月下旬より高熱と四肢の疼痛を認め,4月初旬に四肢に疼痛を伴う紫斑が出現し,急速に増悪したため,当院へ救急搬送された.病変部は次第に黒色壊死へとなり,臨床経過と血液検査,病理組織学的所見より感染を契機に発症したワルファリン誘発性皮膚壊死(warfarin induced skin necrosis:WISN)と考えた.WISNは10日以内の発症がほとんどあるが,先天性プロテインC欠乏症等,基礎疾患がある場合は長期間内服症例においても発症する可能性がある.突発性の紫斑をみた場合は鑑別に挙げるべき疾患の1つである.

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要約 42歳,男性.受診5日前より熱発,2日前より右足関節の腫脹により歩行困難となり受診.四肢を中心に全身の点状紫斑や紅色丘疹,紫斑を伴う小膿疱を認め,成人水痘,右足蜂窩織炎の合併と考え入院,アシクロビル,セファゾリン投与を開始により速やかに解熱した.入院4日目に血液培養よりNeisseria gonorrheaが検出され,受診10日前の不特定の女性との性的関係も確認され播種性淋菌感染症と診断し,セフトリアキソンに変更し治療を継続した.経過中尿道炎症状は出現しなかった.HIV感染症,梅毒の合併はなかった.熱発に加えて膿疱が主体で主に四肢に皮疹が多発,非対称的な関節痛を有する場合には,尿道炎症状がない場合でも播種性淋菌感染症が鑑別に挙がり,血液培養および性行為歴など詳細な問診が重要であると考えた.

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要約 尋常性乾癬の基本治療は外用療法が主体であり,ステロイド外用薬と活性型ビタミンD3外用薬が中心である.しかし薬剤の有効性と患者満足度は必ずしも一致せず,また本邦では配合外用薬治療による患者満足度の評価はほとんど実施されていない.今回われわれは,既存の外用剤に治療抵抗性の乾癬患者を対象に,本邦で2番目に発売された配合外用薬であるマキサカルシトールとベタメタゾン酪酸エステルプロピオン酸エステル配合製剤の有用性と患者満足度を把握することを目的として調査を行った.全身療法と外用療法を併用していた乾癬患者14例と外用療法のみを行っていた乾癬患者6例の計20例に対し,外用薬をマキサカルシトール/ベタメタゾン酪酸エステルプロピオン酸エステル配合薬に変更し,治療効果を経時的に検討した.その結果,9割の症例で外用薬変更前と比べると変更後に皮疹の改善がみられ,患者満足度も8割の症例で改善がみられた.このことから既存の外用剤に治療抵抗性の乾癬患者に対して配合外用薬への切り替えは皮疹と患者満足度を改善し,また治療効果を維持するためには経時的に皮疹と患者満足度を確認することが大切であると考えた.

マイオピニオン

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 2018年に二度目のデルマトオーケストラに参加し,ブラームス交響曲第2番の1stホルンを担当した.この曲は,私が高校生のときに初めて好きになった交響曲である.ホルンソロが多数あり,それを克服するために,フルトリプルホルンという大変重量のある楽器を手に入れ,日々練習に励んだ.しかしながら本番1か月前から左腕のしびれ,左手関節屈側のガングリオンなど左腕の異常が出現した.ホルンは左手で持つため負担が大きかったのであろう.本番は無事に終了し,思い出に残る演奏会となった.しかし,代償は大きかった.左手のしびれが永続した.首を動かすと,しびれが増強し,C6-7の頸椎症と考えられた.半年の間,ペインクリニックを含むさまざまな病院を受診し,種々の投薬も受けた.

 その日は突然やってきた.2日間で突然体重が4kg増加したのである.思わぬネフローゼ症候群という診断.腎生検も行うため,入院となった.しかし,症状は急激に進み,腎生検結果を待つまでもなく,数日で腎不全となり緊急入院となった.腎生検結果が出るまでに2週間かかったのであるが(電顕も含むため),その間に通常よりは急速な経過をたどったのである.

連載 Clinical Exercise・151

Q考えられる疾患は何か? 南 満芳
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症例

患 者:44歳,男性

主 訴:両手指背・顔面の皮疹,肩・膝の関節痛

既往歴:特記すべきことなし.

現病歴:初診の2か月前から両手指背,右耳介に自覚症状のない紅色小結節が出現.

顔面にも同様の小結節が拡大し,肩・膝の関節痛や手指のこわばりも自覚するようになったため,当科を受診した.

現 症:両耳介,前額部,内眼角,頰部に左右対称性に米粒大前後の紅色小結節が多発していた(図1a).手指では左右の示指,中指背面に米粒大の紅色結節が数個ずつみられた(図1b).

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目次

欧文目次

文献紹介

文献紹介

次号予告

あとがき 戸倉 新樹
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 令和2年の3月末をもって皮膚科学講座教授を退任となる.産業医大,次いで浜松医大と2つの大学の皮膚科学教室をそれぞれ8年2か月と9年3か月主宰した.楽しかった.が,かなりエネルギーを費やし,頭も体も酸化された.特に産業医大のときはこれ以上できない限界を100%とすると,90数%まで働いたように思う.この数字には地域医療を背景とする交流も含む.つまりは,午前様になるまで小倉の夜を楽しんだ後,帰って論文を直すさまを意味し,しかもザラであった.浜松医大での働きは80〜90%であり,特に任期の終わりのほうは年齢的なものもあり,錆び付いた頭で夜間の仕事ができなくなった.多岐に及ぶ仕事の1つとして,本誌をはじめとしていくつかの雑誌の編者あるいは編集委員をした.和書では『今日の治療指針』において皮膚科領域の編者をした.もっと負荷がかかることに3つの国際誌(JD,JDS,JCIA)の編集長を合わせて9年務めた.退任が間近に迫ってきた今から2年くらい前は,辞めたらどうしようと考えるのは楽しいことであった.バラ色までとは行かなくともコスモス色くらいの生活が待っていることを想像し,小学生が夏休みに入る前の気分であった.しかも人生最後まで夏休みである.パリに2年間住む,いやヘルシンキだ,庵を整備しそこに住む,音楽にどっぷり浸かる,小説を書く,などなど.しかし実際に退任日が近づくと,種々の状況は許さず,その妄想は半分以上砕けた.結局,4月からは浜松医大の細胞分子解剖学講座の特任教授になる.この講座は質量顕微鏡という道具を使って皮膚角層の構成成分を見る仕事もしており,自分にとっては新しい領域を探り,退任時になっても未完遂の仕事を片付けるためにも好弁である.講座名の字面だけを見ると,終に解剖学の教授になったことになる.思いもよらなかった.そもそも学生の頃,解剖はあまり好きな科目ではなかった.何か古典的な感じがして,しかも覚えなければならない名前が非常に多く,意味づけもなく記憶するのは抵抗感があった.ラテン語自体は口に出すと心地良く嫌いでなかったのが唯一の幸いであった.いずれにしろ退任で未知のフェーズに入った.さてさて,件のコスモス色の生活はいつやって来るであろうか.

基本情報

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臨床皮膚科
74巻3号 (2020年3月)
電子版ISSN:1882-1324 印刷版ISSN:0021-4973 医学書院

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