臨床皮膚科 55巻12号 (2001年11月)

カラーアトラス

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 患者:24歳,男性.

 初診:1998年12月17日.

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 症例は62歳の女性.幼少時から弾力線維性仮性黄色腫があり,20代に項部に蛇行性穿孔性弾力線維症と思われる皮疹が出現し,さまざまな治療を受けるも軽快せず,自然治癒したことがある.1年前より再度,左上腕内側に環状の赤褐色角化性丘疹が出現したため当科を受診し,病理組織検査にて蛇行性穿孔性弾力線維症と診断された.今回,筆者らは蛇行性穿孔性弾力線維症の本邦報告例85例に自験例を加えた86例を集計し,文献的考察を行った.

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 64歳,男性.1年前HIV陽性と判明し,血液内科にてAZT,ddCにより治療を受けていた.発熱,全身倦怠感,関節痛,上肢に有痛性紅斑が出現し当科を受診した.生検組織像は真皮上層に好中球の浸潤をびまん性に認め,臨床所見と合わせSweet病と診断した.AIDS患者にみられたSweet病の報告は,AIDS患者増加の現状においても稀であるため,若干の考察を加えて報告する.

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 22歳,女性.低温熱傷の植皮後,左大腿の採皮部にヒルドイドソフトによる接触皮膚炎,左下腿にエキザルベによる接触皮膚炎を生じた.パッチテストでヒルドイドソフトに含まれるヘパリン類似物質とエキザルベに含まれるラノリンが陽性であった.ラノリンを含むパッチテストで口唇にも反応がみられた.その後,外国製の化粧品が合わなくなったが,日本製に代えてよくなった.これまでヘパリン類似物質による接触皮膚炎の報告は少ないが,注意が必要である.

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 27歳,男性.初診の前日,両足底に疼痛,紅斑,腫脹が出現.初診時,両足底に紅斑と浸軟した白色調の水疱が認められ,激しい疼痛を伴っていた.化学熱傷を疑ったが患者にはまったく覚えがなく,警察の調べで,患者と同じアパートの住民が患者の靴にフッ化水素酸を注入していたことが判明した.塩化ベンザルコニウム洗浄,デブリードマン,グルコン酸カルシウム4回局注で深部への浸透が停止した.1か月後,一部潰瘍を残し上皮化した.フッ化水素酸が凶器として犯罪に使われた例は過去になく,確定診断に苦労した.

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 症例は19歳の女性.感冒に対してアモキシシリン(サワシリン®)を内服後,4年前のジベルバラ色枇糠疹の初発部位(右大腿)に一致して紅斑が出現し,しだいに全身に拡大した.皮疹が出現中にもかかわらず海水浴へ行き,その際の露光部に紅斑の著明な増強を認めた.皮疹消退後のアモキシシリンの常用量の内服テストにて,ジベルバラ色枇糠疹の初発疹の部位と露光部に紅斑の誘発を認めた.以前に皮膚の傷害を受けた部位に優先的に薬疹を認めたという点で,Shelleyらが1984年に報告したphoto recall phenomenonと類似の現象と考えられた.

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28歳,男性.急性骨髄性白血病(AML,M6)にてHLA,血液型一致の兄からの骨髄移植を施行した.移植の20日後,前胸部に軽度の紅斑が出現したが,プレドニゾロン内服により消失した.その後,下痢,イレウス症状が反復していた.消化管症状の悪化に伴い,移植後230日目頃より体幹に軽度瘙痒のある拇指頭大までの,辺縁に鱗屑を伴う淡褐色から紅色斑が出現した.組織学的所見では,表皮基底層の液状変性,表皮内炎症細胞浸潤,表皮細胞の好酸性壊死を認め,GVHDと診断した.プレドニゾロンを増量したが皮疹は拡大・増悪し,びらんや水疱も出現しTENとなった.ステロイドパルス療法を施行したが,移植後283日目に原因不明の間質性肺炎のため死亡した

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 ほぼ50年来下腿静脈瘤が存在し,25年間うっ滞性潰瘍の増悪・軽快を繰り返していた患者に生じたアカツキ病を経験した.患者は79歳の女性で,内科的疾患も含めて通院加療の必要な状態であったにもかかわらず,体力的な要因に加え頑固な性格のため,治療に悲観的で医療機関より遠ざかっていた.当科初診時,両下腿全周に潰瘍を生じ,その周囲に褐色疣状の局面が形成され,悪臭を放っていた.Bucladesine sodium軟膏による潰瘍面の処置および毎日のポビドンヨード足浴,洗浄と5%サリチル酸ワセリンによる処置にて疣状局面は軽減した.2か月間の入院加療の後退院したが,その後外来受診はしていない.

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 68歳,男性.初診の2か月前より肩関節痛が出現し,近医で慢性関節リウマチと診断され加療を受けていた.その後,顔面,躯幹に紅色皮疹が出現.顔面は蝶形紅斑を呈し,躯幹の皮疹は多形滲出性紅斑であった.また,その組織像はgraft versus host disease(GVHD)に類似し,蛍光抗体直接法にて表皮真皮境界部に免疫グロブリン,補体の沈着を認めた.発症要因として紫外線などの何らかのストレスが誘因となった可能性が示唆され,今後も注意深い経過観察が必要な症例と思われた.

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 72歳,男性.体幹・四肢に瘙痒を伴う環状紅斑が出現し,ほぼ全身に拡大したため当科受診.貧血があったため精査したところ,内視鏡にて食道癌が発見された.皮疹は治療抵抗性で,その増悪に伴って末梢好酸球数も増加した.病理組織学的には,真皮上層と表皮内に好酸球浸潤が認められた.皮疹は食道癌摘出後急速に消退し,末梢好酸球数も正常化した.本例および過去の文献から内臓悪性腫瘍,好酸球,環状紅斑の関連性につき考察を加えた.

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 43歳,女性.約4か月前より癌痒を伴う多形紅斑様皮疹が,その6週後より緊満性水疱が出現した.病理組織学的に表皮下水庖,細胞間浮腫および好酸球を伴う炎症性細胞浸潤がみられた.蛍光抗体直接法では基底膜部にIgG,C3の線状沈着と表皮細胞間にもIgGの沈着を認めた.1mol/l NaCl処理正常ヒト皮膚を基質とした蛍光抗体間接法では,表皮側にIgGの沈着を示したが,表皮細胞間は陰性であった.そこで,患者血清中で正常表皮をexplant cultureしたところ,表皮細胞間にIgGの沈着を認めた.免疫プロット法では,患者血清は表皮抽出液の230kD,180kD蛋白のみだけでなく,200kD付近の蛋白とも反応した.また,ELISA法による抗デスモグレイン1,3抗体価のインデックス値は正常範囲内であった.

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 86歳,女性.小脳出血の既往があり,直腸腟痩の加療中であった.全身に散在性に粟粒大から半米粒大の赤褐色丘疹を認め,一部の皮疹の中央には萎縮性局面を伴っていた.病理組織所見にて,真皮上層から表皮に向かって模型に拡がる凝固壊死を認め,Degos病と診断した.プロスタグランジン製剤による加療を行った.

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 27歳,女性.頭頂部から右側頭部にかけて脱毛を伴う巨大な落屑性局面を認めた.局面の中央部はやや萎縮・陥凹していた.局面型皮疹はその後顔面および四肢にも多発,拡大した.頭頂部の病理組織像では,真皮全層に乾酪壊死を伴わない類上皮細胞肉芽腫を認めた.胸部X線写真で著明なBHLを認め,皮疹に先行したぶどう膜炎があり,ACEも上昇していたことからサルコイドーシスと診断した.局面型皮膚サルコイドーシスは顔面に発症することが多いが,本症例のように頭部に脱毛を伴う,比較的大きな皮疹を認めることは稀であると考えられた.

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 55歳,女性.15年前よりWegener肉芽腫症(以下WG)で加療されている.1999年10月より左下腿に出血性膿疱,潰瘍と紫斑が出現し,潰瘍が蚕食性に拡大したため当科を受診した.通常,WGでは皮膚症状が早期から出現するとされているが,自験例では診断確定から十数年後になって下腿に出血性膿疱,潰瘍を生じている.従来,予後不良とされてきたWGも,シクロホスファミドとプレドニゾロンの大量併用療法が導入されてから,病勢をコントロールできる症例が増えつつある.したがって,皮膚症状の合併についても長期的な観察が必要となってきている.

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 57歳,女性.数年前より外陰部の多発性腫瘤に気づいていたが,自覚症状がないため放置していた.最近,数の増加が気になり当科を受診した.大陰唇から一部会陰にかけて米粒大〜小豆大のやや黄白色を呈する弾性硬の皮下結節を十数個認めた.その中の1つを局麻下で全摘したところ,組織学的には表皮からなる壁を有し,内腔に層状の角化物質を含む表皮嚢腫であり,以上より多発性陰唇粉瘤症と診断した.男性の陰嚢に粉瘤が多発する症例は数多く報告され,多発性陰嚢粉瘤症としてよく知られているが,それに比べて発生学的に男性の陰嚢に相当する大陰唇に粉瘤が多発する症例は少ない.本邦では調べえた限り本症例を含めてわずか6例のみであった.

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 54歳,女性.ヘルメットを常用していた.直径5mmの隆起した暗褐色から赤褐色の結節が,ヘルメットが当たる前額部にみられ,表面に血痂が付着していた.病理組織学的に,eccrine poromaと診断した.Eccrine poromaは顔面では額部に生じることが多いが,これは自験例のように額部は精神発汗など,手掌・足蹠に近いエクリン汗腺の反応が起こりやすい部位であることが関係しているのかもしれないと考えられた.

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 41歳,女性.初診の約5年前より右眼窩下部に直径4mm,紅色調で,ドーム状に隆起する小腫瘤が出現した.病理組織学的には,表皮と連続性のない嚢腫構造が真皮の浅層から中層にかけてみられた.嚢腫壁を構成する細胞は有棘細胞よりやや小型の円形もしくは立方形の細胞であり,特に嚢腫壁の辺縁には管腔構造が著明であった.以上から自験例をeccrine poroma(Winkel—mann-McLeod型,subtype I)と診断した.Ec—crine poromaは表皮内エクリン汗管由来の皮膚付属器良性腫瘍と考えられており,好発部位は通常足蹠である.顔面の発症は比較的稀で,本邦報告例は自験例を含め17例に過ぎない.エクリン汗腺は顔面では頬および鼻尖に発達し,眼瞼では眼瞼縁のみにみられる.しかしながら,本邦報告例では眼窩部に最も多くみられ,逆に鼻部に少ないことは,顔面における発症頻度が単にエクリン汗腺の分布の点からでは説明ができず,多様な発症因子の関与が推察された.

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 20歳,男性.初診の約8年前より左足底に自覚症状を欠く隆起性皮疹が出現し,徐々に拡大したため切除を希望され当科を受診した.局所麻酔下に病変部を全摘した.病変部は腫瘍細胞が充実性に増殖する部分,管状構造を示す部分と粘液の沈着する部分が混在し,組織学的所見よりいわゆる皮膚混合腫瘍と診断した.足底発症のいわゆる皮膚混合腫瘍は極めて稀であると思われ報告した.

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 76歳,男性.外陰部の紅斑を主訴に当科受診.皮膚生検より乳房外Paget病と診断.アポクリン腺存在部位である腋窩,乳頭,臍部,肛囲の無疹部皮膚生検を施行し,組織学的に左腋窩部にPaget細胞を認めた.両乳頭にもPaget細胞に類似した明澄細胞がみられたが,PAS染色などの結果から,Tokerらが提唱したclear cell of nipple epidermisと考えた.当教室の乳房外Paget病22例中,無疹部にも組織学的にPaget細胞が確認された症例は3例(13.6%)であったことから,腋窩,乳頭などに多発する症例は潜在的にかなり多いと考えられる.乳房外Paget病では皮疹を認めなくともアポクリン腺存在部位については皮膚生検を行うべきあると思われた.

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 62歳,女性.生下時より右大腿外側面に黒褐色斑が存在していた.1996年頃より黒褐色斑の中心に黒色腫瘤が出現し,同時期より黒褐色斑の色調が灰褐色調となってきた.1998年,黒色腫瘤より出血を認め,当科を受診した.先天性母斑上に生じた悪性黒色腫と診断し,黒色腫瘤より3cm離し灰褐色斑を含めて切除し,同時に右鼠径リンパ節郭清術を施行した.病理組織所見は灰褐色斑部では真皮内に母斑細胞の集簇を,腫瘤部では異型メラノサイトの胞巣状増殖を認めた.HMB−45染色では異型メラノサイトのみ陽性,S—100染色では母斑細胞と異型メラノサイトの両者で陽性であった.病期はstageII(PT3aM0N0).Feron DAV 2クール目の化学療法後より眼囲,背部に鶏卵大までの白斑が出現し,黒色腫関連性白斑と診断した.蛍光抗体直接法,間接法による抗メラノサイト抗体,抗メラニン抗体の検索を行ったが,すべて陰性であった.

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 73歳,男性.約10年前より露光部に紅斑が繰り返し出現していた.数か月前より全身に瘙痒を伴う紅斑が拡大.当科初診時は紅皮症状態で,末梢血の異形リンパ球は1,258.6/mm3であったが,皮膚発疹部の病理組織学的検索では異型細胞を認めなかった.副腎皮質ステロイドホルモンの全身投与にて軽快するも,減量にて再燃を繰り返していた.約7か月後,皮疹が増悪し,組織学的にもcerebriform cellを認め,末梢血異型リンパ球も増加したためSézary症候群と診断.化学療法を施行するも,急速に皮疹,全身状態とも増悪して死亡した.本例はpre-Sézary症候群がSézary症候群に進展したものと考えた.

連載

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SLE(全身性紅斑性狼瘡)について正しい組み合わせを選べ.

①蝶形紅斑はACLE(acute cutaneous lupus erythematosus)に分類され,ときに鼻根部にまで及ぶことがある.

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ハーバード大学医学部皮膚科学講座におけるレジデントの研修(その3)

 Ellias教授,Edelson教授のレジデント時代

 Dr Peter Elliasも極めて興味深いレジデントであった.彼はNIHで最初の研修を受け,その際,電子顕微鏡学的研究についてのトレーニングを受けた.その後MGHにレジデントとしてきたのであるが,Fitzpatrick教授が彼を私に紹介する際に,今後世界の皮膚科学における基礎生物学,ことに皮膚の電子顕微鏡学的研究における第1人者となるべき男であるといわれた.Peterは私自身も電子顕微鏡学的研究に興味を持っていることをすでに知っており,お互いに仕事上で競合すること,また比較されることを嫌い,研究の方向を変えるといって,今まで研究をしていなかった皮膚吸収に興味を示し,Dr H BIankとDr RJ Scheuplein(後にワシントンのFoods andDrug RegistrationのTechnologica1 Sciences-deputy directorへ転向)の指導を受けた.従来,皮膚吸収の研究はPhD出身の研究者がphysicsを用いた研究を行うことによりなされていたが,彼はこういった従来の仕事に生物学と生化学および電子顕微鏡学的手法を加え,多くの新しい知見を発表していった.現在,彼は皮膚吸収および皮膚角層の研究では世界的第1人者である(現在,カリフォルニア大学医学部皮膚科の副主任教授).

 ワシントンで開かれた2001年第62回SIDの学会の特別講演の1つにWilliam Montagna Lectureshipがあった.LectureshipのMontagna賞は,若い現役の研究者に授与される極めて名誉のある賞である.Dr Elliasは第62回SIDで同賞の受賞者に選ばれ,「皮膚細胞の構造と機能」という講演を行った.この日は研究者としての彼にとって最も記念すべき名誉の日であった.

基本情報

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臨床皮膚科
55巻12号 (2001年11月)
電子版ISSN:1882-1324 印刷版ISSN:0021-4973 医学書院

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