臨床皮膚科 55巻11号 (2001年10月)

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 患者:54歳,農家の主婦.

 初診:1997年6月6日.

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 1999年より当院ではアトピー性皮膚炎患者に対し教育入院を実施している.対象は18歳以上の軽症から中等症の患者で,2週間の期間中にさまざまな検査,治療,講義を行っている.教育入院の核となる講義は,7項目をそれぞれ1時間使い説明を行っている.現在までに教育入院として61名が入院した実績があり,入院経過とともに,治療に前向きな姿勢がうかがえ,よい成果を上げたと考える.入院中に行った各種検査データをまとめた結果,低蛋白血症となる患者や血清レプチンが低値の患者では,より重症度が高いときに高値となる好酸球数,総IgE値が有意に高いことがわかった.

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 当科で過去5年間に経験した恙虫病15例を臨床的に検討した.14例は10月,11月に発症しており,5月の発症が1例であった.初発症状より当科受診,診断に至るまでの期間は3〜11日であった.発熱などの初発症状より数日の経過で典型的な皮疹を生じ,全例で刺し口を確認した.肝機能障害は12例で,血小板減少を2例で認めたが,DIC,間質性肺炎などの重篤な合併症はみられず,塩酸ミノサイクリン投与により軽快した.ペア血清による抗体価の検索では,Karp,Kato,Gilliamの3株ともに上昇していたものが4例,Karp, Gilliamの2株が上昇していたものが8例であり,全例でGilliam株の抗体価が上昇していた.本症は診断の遅れにより,ときにDICなどの重篤な合併症をきたすため,発症早期の臨床診断と適切な治療が重要である.

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 65歳,男性.激しい関節痛と39℃台の発熱があり,顔面,頸部,上背部から上腕部にかけて浸潤を触れる紅斑が多発してきた.当初,臨床像,病理組織所見からSweet病と思われたが,経過とともに両側耳介軟骨部の発赤腫脹が出現し,病理組織像も合わせrelapsing polychon—dritisと診断した.副腎皮質ステロイド剤内服にて症状の軽快をみるも再燃を繰り返し,特徴的な鞍鼻も出現した.

症例報告

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 29歳,女性.出生時より右側頭部に境界比較的明瞭な非瘢痕性脱毛斑を認め,ほぼ二等辺三角形を呈し,その底辺は髪際部直近に位置していた.脱毛斑の表面に軟毛を少数認めた.局麻下で切除し縫縮.病理組織学的に真皮は菲薄で,毛包は疎で小さい.本邦報告は5例と稀である.また,脱毛斑の形状・部位が自験例は典型的であったが,過去の報告では楕円形の例が多い.

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 症例1は67歳の男性.扁桃原発の非ホジキンリンパ腫の再発に伴い,全身に小水疱が出現.症例2は78歳の女性.重症熱傷による植皮術施行後,全身に小水疱が多発した.2例とも治癒までには比較的長期間を要したが,重篤な合併症を併発することなく経過した.

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 32歳,男性のhuman immunodeficiency virus(HIV)感染者.3か月前に生じて拡大した,ほぼ全身性の瘙痒性皮疹で受診した.初診時,ほぼ全身に融合傾向の強い小紅斑・丘疹が多発し,小結節が散在性に認められた.激しい瘙痒があった.表在性リンパ節を触知した.組織学的には,真皮の血管,毛包周囲性にリンパ球と好酸球の強い浸潤がみられ,膠原線維束間に脱顆粒を生じた好酸球が認められた.また,小血管内の血栓形成や赤血球の血管外漏出が認められた.ステロイド外用剤と抗ヒスタミン剤を投与したが,皮疹は軽快せず,プレドニンを追加したところ皮疹は徐々に軽快した.初診3か月半後,視野狭窄のため眼科を受診し,サイトメガロウイルス感染症を疑われ,血液検査でHIV感染陽性,CD4 0.18/μlであった.この時点でpruritic papular eruption(PPE)と診断しえた.その後,本症例にはHIV—associated eosinophilic folliculitis(HIV-AEF)と考えられる瘙痒性膿疱が生じている.

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 59歳,男性.左上背部の潰瘍を筆者らは褥瘡と診断し,漫然と治療していた.初診2年6か月後,潰瘍周囲がpoikilodermaの様相を呈していたため,慢性放射線皮膚炎と診断,患者の治療歴を再検討したところ,心筋梗塞の治療のため,初診8か月前まで複数回の冠動脈造影や冠動脈interventional radiology(IVR)が施行されていた.総被爆線量は約12Gyに及んでおり,ことに背部左側からのX線照射が長時間であったことから,原因がIVRによることが判明した.原因不明の潰瘍や限局性強皮症様の皮疹が上背部や側胸部に生じた例では,常にIVRとの関連性を考慮に入れる必要があると考えた.

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 PUVA療法後に乾癬の皮疹を避けて出現したオクソラレンの光接触皮膚炎6例を報告する.年齢は22〜69歳,男4例,女2例.症例1と4は外用PUVAの過剰照射により,その他の4例は外用PUVAの1〜2日後に夏の強い日光に当たり皮膚炎を生じた.過去に経験した乾癬部のアレルギー性接触皮膚炎やコールタールの刺激性皮膚炎ではこの現象は認められなかった.

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 75歳,男性.1年前に気管支喘息を指摘され,初診の5日前に腰臀部,四肢に紫斑が生じ,続いて発熱,左握力低下,前頸部および腋窩から体幹までの疼痛,右趾のしびれ感,足背の浮腫が出現した.末梢血白血球数,好酸球数,IgE値,ECP値はいずれも高値で,初診の翌日には下腹,腰臀部に浮腫性紅斑も出現した.紫斑の組織像では真皮上層の血管周囲に著明な好酸球の浸潤を認めた.初診の3日後には左趾のしびれ感,左下肢の筋痛,左尺骨神経麻痺,左下垂足などの症状が出現し,多発性単神経炎と診断,神経生検にて周囲に好酸球の浸潤を伴う肉芽腫性血管炎の像を認めた.神経症状が急速に進行したため,ステロイドパルス療法を施行した.その後,プレドニゾロンとシクロホスファミドの内服を継続し,皮疹は速やかに消退したが,神経症状の一部は残存した.

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 患者は67歳,女性.C型肝炎の経過中,両下腿に斑状あるいは丘疹状の紫斑および褐色の色素沈着を多数認めた.病理組織学的に,真皮の血管周囲にリンパ球の浸潤,赤血球の血管外漏出を認め,一部の血管の内腔は好酸性に染まる無構造物質により狭小化していた.血清中のHCV抗体陽性,HCV-RNA陽性,クリオグロブリン陽性であった.免疫電気泳動ではモノクローナルなIgM—κとポリクローナルIgGの混合性クリオグロブリンが認められ,II型のクリオグロブリン血症と診断した.HCV感染とクリオグロブリン血症との関連について若干の考察を行った.

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 66歳,女性.1999年1月より抗生剤に反応しない発熱が約1か月半続いた.3月より全身のリンパ節と手指関節の腫脹を生じた.近医にてブシラミン内服後14日目に,全身に瘙痒を伴う紅斑が出現した.異型リンパ球と肝酵素値の上昇,EBV抗VCA-IgG高値,IgM陰性よりEBウイルスの再活性化が疑われた.また,パッチテストとDLSTにてブシラミン陽性より,ブシラミンによる薬疹も同時に起こったと考えられた.内服薬の中止により皮疹はいったん消失したが,約1か月半後に再燃した.薬剤の中止にもかかわらず皮疹が遷延する場合には,ウイルスの関与が考えられる.

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 73歳,女性.高血圧と骨粗鬆症の治療中に帯状疱疹後疼痛に対してカルバマゼピンを処方された.その1か月後に露光部に紅斑が出現したため,薬剤性の光線過敏症として薬剤の内服中止を指示された.しかし,患者は自己判断で内服を継続し,その2週間後に全身に浸潤を触れる播種性の丘疹が生じ,激しい下痢を呈するようになったため入院となった.入院後,薬疹を疑い,すべての薬剤を中止してステロイドの点滴を開始したが,症状は遷延し,経過中に発熱がみられた.カルバマゼピンのパッチテストとリシノプリルの光パッチテストが陽性であった.組織学的には表皮の壊死と基底膜の液状変性,真皮にリンパ球の浸潤と赤血球漏出像を認めた.以上によりリシノプリルによる光線過敏症に引き続いて起こったカルバマゼピンによるhypersensitivity syndromeと診断した.入院時のHHV−6に対するIgGが高値であり,hypersensitivity syndromeが起こった原因としてHHV−6の再活性化の関与も考えられる.

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 72歳,女性.57歳,64歳時に不明熱で入院歴がある.インフルエンザワクチン接種の約2週間後に40℃台の発熱,咽頭痛,多関節痛,全身の筋肉痛が出現し,好中球優位の白血球増多,脾腫,肝機能異常,血清フェリチン値の上昇を認めた.皮疹は発熱とともに消長する一過性紅斑と汗疹様の持続性丘疹で,成人Still病と診断した.発症時から約1か月後のB型インフルエンザウイルスの抗体価は4,096倍と著増しており,発症にワクチン接種の関与を推定した.抗体価は半年後も高値が持続し,本症の病因が感染症に基づく個体側の過敏反応であることを示唆する所見と思われた.

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 26歳,女性.1998年5月,顔面に瘙痒性紅斑が出現したため来院.以後,皮疹は急速に増悪し,ヘリオトロープ疹,ゴットロン徴候が相次いで出現.胸・背部の広範囲に多形皮膚萎縮を呈してきた.病理組織学的には表皮の萎縮,基底層の液状変性,真皮上層の浮腫,血管周囲の炎症細胞浸潤を認めた.血液検査上,抗核抗体陽性.筋原性酵素は日ごとに上昇,皮疹出現約1か月後には筋症状が出現し,筋電図上,筋原性変化を示した.皮膚筋炎の診断のもと内臓悪性腫瘍の有無を精査したところ,大腸に無数のポリープを認め,遺伝子検索結果と合わせて家族性大腸ポリポーシスの存在が明らかとなった.皮膚筋炎症状の急速な進展に対しプレドニゾロン(PSL)60mg/日の内服を開始し,12.5mg/日まで漸減した段階で大腸切除術を施行.病理標本上,103個以上のポリープ中1個のポリープに癌化が見いだされた.

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 症例は83歳,女性.75歳頃より瘙痒性丘疹が出現してきた.5か月後,難治性の口腔内びらんが出現し,丘疹はその後長年にわたって結節性痒疹の像を呈していた.8年後,激しい痒みとともに結節部のびらんと紅斑部や正常皮膚面に水疱形成が認められた.水疱部の生検組織にて表皮真皮境界部にIgA,IgG,IgM,C3の線状沈着が認められた.これらの所見より結節性類天疱瘡と診断した.治療はステロイド内服(プレドニン®)が有効であった.

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 56歳,男性.6か月前より胸部に,2か月前より両下腿に,2週前より仙骨部に潰瘍を認め,徐々に増大した.右側胸部,仙骨部,左下腿外側,右下腿内側に5cm大から10cm大の辺縁堤防状に隆起する潰瘍を認める.また,一部の潰瘍周辺には膿疱が散在している.病理組織学的には,真皮から脂肪織にかけて好中球の著明な浸潤が認められた.血清免疫電気泳動でIgG-κ型M蛋白がみられ,monoclonal gammopathyを合併した壊疽性膿皮症と診断した.

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 76歳,男性.50年前より鼠径部,腋窩に湿潤性紅斑があった.7か月前より体幹,四肢に皮疹は拡大し,瘙痒も強くなった.ステロイド軟膏外用で改善せず,ステロイド外用剤による接触皮膚炎,鼠径部についてはPaget病を考え,左鼠径部より生検した.表皮に棘融解がみられ,崩れかかった煉瓦壁の像を呈していた.Hailey—Hailey病と診断した.ステロイド外用に反応せず,ステロイド少量内服にて皮疹は速やかに改善した.

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 67歳,女性の外陰部に生じたisolated epidermolytic acanthomaの1例を報告する.軽度瘙痒を伴う米粒大までの常色から灰白色の扁平隆起性丘疹が約20個多発.組織学的に顆粒変性の像を呈していた.免疫学的,電顕学的検索から,トノフィラメントの異常凝集がその本態で,ウイルスの関与は否定的であった.治療は液体窒素療法が有効であった.

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 爪甲下ケラトアカントーマの1例を経験したので報告する.症例は59歳,男性.4か月前より左第3指爪甲遠位の剥離と爪床の隆起をきたした.抜爪後,爪床に径6mm大の丘疹を認め,組織所見でcup shaped像を呈する境界明瞭な腫瘍であった.腫瘍細胞は有棘細胞様細胞であり,細胞異型は認めない.指骨X線にて左第3指直下の末節骨に腫瘍による圧迫による骨融解像が認められた.腫瘍全摘を行い,術後13か月後の現在,再発を認めていない.

連載

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妊娠に伴う皮膚症状・病変について正しい記載を選べ.

①分娩後の脱毛は休止期に入る毛髪が増加するために起こる.

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ハーバード大学医学部皮膚科学講座におけるレジデントの研修(その2)

 Ackerman教授と相前後してMGHに在籍していた皮膚科レジデントの中には,Dr Gerald Lazarusがいた.彼はその後ペンシルバニア大学の皮膚科の主任教授となり,医学部長にもなった.私と彼とはMGHに同時期に在籍していたことはなく,私がMGHへ行った前年の1969年に彼はMGHでのレジデントを終了していた.レジデント時代から症例検討会における討論では絶えず他のレジデントをリードしていたと聞く.彼とは米国皮膚科研究学会(Soci—ety for Investigative Dermatology; SID)での参加を通し親しくなった.SIDでは若手の期待される1人として極めてシャープな発言を行っていた.

 1970年度のMGH皮膚科レジデントのチーフはDr GJ Braunerであった.彼とはどういうわけか,ボストンに着いた最初の日,MGHのレジデントの宿泊施設の同じ部屋で1晩を過ごすこととなった.それをきっかけに友情が生まれ,私のMGHにおける最初の論文は彼との共著であった.彼は,MGHでのレジデント終了後兵役につき,1975年に再びボストンに戻ってきた.そのとき,今後の新しい仕事の展開について相談を受けたが,ちょうど当時,現在のハーバード大学皮膚科の主任教授であるDr John Parrishがレーザーの仕事を始めており(この経緯については後述する),レーザーはこれからの皮膚科診療の有力な武器となるということでお互いの意見が一致し,彼はレーザーに将来の方向を定めた.驚いたことに彼は,その後,全米の臨床レーザー学会の会長となった.

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 50歳,男性.左耳介下部に65×85mmの紅色腫瘤があり,中央部は潰瘍化し,周堤を伴っていた.生検にて基底細胞上皮腫と診断し,画像診断,深部は耳下腺と接していた.耳下腺浅葉を含めて腫瘤を切除し,側頭筋膜弁と遊離植皮を用いて再建した.術後,Frey症候群などの合併症はみられず,機能的,整容的に良好な結果が得られた.

基本情報

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臨床皮膚科
55巻11号 (2001年10月)
電子版ISSN:1882-1324 印刷版ISSN:0021-4973 医学書院

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