臨床皮膚科 55巻10号 (2001年9月)

カラーアトラス

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 症例:22歳,男性.

 主訴:頸部,両側腋窩,肘窩の淡褐色網状局面.

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 症例1は56歳,女性.1997年8月に胸部CTにて異常陰影を指摘され,同年9月より耳介の紅斑と指関節背に丘疹が生じ,翌年5月に咳嗽と筋力低下が出現した.症例2は46歳,女性.1998年2月より指関節背に紅色丘疹が生じ,6月に発熱,関節痛と筋痛が出現した.2例とも間質性肺炎を認めたが,その経過は緩徐な増悪を示した.皮膚および筋症状,筋電図の結果から皮膚筋炎と診断し,症例1は0.6mg/kg/日,症例2は1.0mg/kg/日のプレドニゾロンの内服を開始後,皮疹と筋症状は急速に軽快し,間質性肺炎も軽快傾向を示した.当科の間質性肺炎を合併した皮膚筋炎の症例について検討したところ,急性型では動脈血酸素分圧が日〜週単位で急速に60Torr以下に低下するのに対して,亜急性型では経過中ほぼ70Torr以上に保たれ,治療選択のうえで重要な所見であると考えた.

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 1982年1月〜1997年12月までの16年間に,当科で経験した有棘細胞癌110例につき統計的に観察した.患者数は1982〜1989年までの前半8年間では39例,1990〜1997年までの後半8年間では71例と増加傾向にあり,原因として地表紫外線量の増加,生活スタイルの変化,平均寿命の延長などが考えられた.組織分類(腫瘍の深さによる分類)を行い転移との関係を検討し,腫瘍の深さが深いほど転移しやすい結果であった.

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 85歳,男性の右下腿の同一局面内にbaso—squamous cell carcinoma(以下BSCC)と有棘細胞癌(以下SCC)の発生をみた1例を報告する.右下腿外側の褐色局面内に,痂皮を付着した結節と黒色の結節を非連続性に認めた.病理組織学的に前者をBSCC,後者をSCCと診断した.両者の間の皮膚はやや隆起しており,pseudocarcino—matous hyperplasiaを呈していた.

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 49歳,女性.卵巣癌を合併した皮膚筋炎.皮疹は卵巣癌の病勢と並行して,寛解・増悪を繰り返した.経過中,UFTによると思われる間質性肺炎を併発したが,同剤の中止と加療により軽快した.しかし,その後も間質性肺炎の病勢とは無関係に血清KL−6値が上昇した.同時期より急速に卵巣癌の増大と転移が進んでいることから,腫瘍の体積と相関しているものと考えた.一方,KL−6と同様に間質性肺炎の指標となる血中SP—D値は正常範囲内であった.近年,II型肺胞上皮由来であるKL−6, SP-Dなどのマーカーが間質性肺炎の指標として広く用いられている.しかし,臨床症状と乖離してこれらマーカーの上昇する場合は,悪性腫瘍の検索も忘れてはならない教訓的な症例と思われた.

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 生後3か月の女児.顔面から胸部の環状紅斑にて紹介.新生児ループスエリテマトーデスを疑って母親の既往を調べたところ,反復する顔面の紅斑,抗核抗体陽性.精査にて抗Ro/SS-A抗体,抗La/SS-B抗体陽性であった.患児は生後6か月までに皮疹が,生後10か月までに抗核抗体が陰性化し,その後症状の再燃はなく,母親は無症状で経過観察中.

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 本邦において1994年に承認,発売された非イオン性造影剤であるイオメプロール(イオメロン®)の遅延型アレルギー性薬疹の3例を経験した.3例とも播種性紅斑丘疹型であった.症例1,2では初回投与からそれぞれ11日,10日目に,また症例3は初回投与10日後に再度投与され,約10時間後に皮疹が出現した.ステロイド外用剤の塗布にて3例とも1週間以内に皮疹は消失した.上記3症例に各種非イオン性ヨード造影剤のパッチテストと皮内テストを施行し,造影剤アレルギーの交差の有無を検討した.イオメプロールの抗原決定基は症例により異なる可能性,また複数の構造が抗原決定に関与する可能性が示唆された.以上より,急性心筋梗塞のように何度も造影検査を必要とする疾患では,症例ごとに造影剤アレルギーの交差の有無を検討する必要があると考えられた.

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 69歳,女性の疱疹状天疱瘡症例を報告する.頭部,腹部,上肢に激しい痒みを伴う紅斑が出現.しだいに紅斑辺縁に小水疱が出現した.組織学的には,表皮内に水疱形成およびeosino—philic spongiosisを,蛍光抗体直接法で表皮細胞間にIgG,C3の沈着を認めた.患者血清中には抗デスモグレイン1抗体のみ陽性であった.オキサトミド60mg内服とジフルプレドナート軟膏外用で2週間後には皮疹は消失し,以後オキサトミド内服で8か月間にわたり皮疹は抑制された.その後,徐々に再燃してきたため,プレドニンを併用したが効果は少なく,ミノサイクリンの併用でコントロールしえている.

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 51歳,男性.30年間毎日40本の喫煙歴があった。2年前から掌蹠に膿疱が出現するようになった.3年前の健康診断で指摘されていた巨大肺嚢胞の増大が認められたため,外科的に切除したところ,速やかに皮疹新生が止まった.1年後の現在まで皮疹の再燃はない.

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 14歳,男児.初診の半年前から両頸部リンパ節腫脹,1か月前から体幹,四肢に痒みを伴う丘疹,点状紫斑,発熱が出現.近医でのリンパ節生検の結果,組織球性壊死性リンパ節炎と診断.無治療で経過を追ったところ,約2か月で症状は自然に軽快した.皮膚の病理組織像では真皮の血管周囲にcoat sleeve状のリンパ球,組織球の浸潤がみられた.リンパ球に明らかな異型や異常核分裂像はなかった.リンパ節にある組織球が赤血球を貪食する像は皮膚には観察できなかったが,赤血球漏出像は目立った.紫斑を混じた皮疹は本例に特異的所見と考えられた.

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 45歳,男性.初診の1年前より右第1趾に爪甲剥離を認め,3か月前より疼痛と悪臭を伴う紅色腫瘤となった.その後,痺痛が増強し,腫脹も徐々に増大を示したため当院紹介となり,生検を行った.生検時に爪の切離を行うと,病変は棍棒状紅色腫瘤を形成しており,florid reactive periostitisの外観としては非典型的であったが,病理組織にて線維芽細胞の増生と血管増生よりなる肉芽性組織の中に類骨の形成もみられ,本疾患と診断された.骨膜を含む腫瘤の摘出により疼痛は軽減し,腫脹も消失した.本疾患は悪性腫瘍との鑑別が困難であり,病理組織を含めた十分な検索が必要と思われた.

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 61歳,男性.40年前に足白癬に対し,両足底から内足縁にかけて限界線照射を数十回受けた.その15年後より,同部位に色素沈着と多発する角化性小結節が出現した.初診の1年前より右足底の結節はびらん,潰瘍の形成を繰り返すようになり,外用療法を行うも難治のため当科を受診した.初診時,両足底に角化性小結節とびまん性の色素沈着,小豆大までの色素脱失を認め,右土踏まずには30×25mmの痂皮を付着する角化性結節を認めた.組織像では基底層から数層のみに核の大小不同,配列の乱れ,核分裂像を認めた.デルモパンも使用されなくなり,限界線照射後の放射線皮膚炎ならびに続発腫瘍の報告は減少しつつあるものの,常に念頭におく必要があると考える.

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 63歳,女性の体幹下肢に生じたpagetoid reticulosisの1例を報告する.初診の約7年前から腹部に自覚症状のない淡紅色局面が出現し,徐々に体幹下肢に拡大してきた.病理組織学的所見では,表皮内にクロマチンに富み切れ込みを有する核と,周囲にclear spaceを持った単核細胞の密な増殖を認め,いわゆるpagetoid様外観を呈していた.真皮上層には小型のリンパ球様細胞の浸潤を認めた.免疫組織化学的に表皮内浸潤細胞はCD4陰性,CD8陽性,また真皮上層のリンパ球様細胞はCD4陽性,CD8陽性細胞の両者の混在が認められた.治療は外用副腎皮質ステロイドと外用PUVAの併用療法を施行し著効を示した.

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 9歳,男児に生じた種痘様水疱症の1例を報告する.デルマレイによる光線試験において,MEDはUVA 21J/cm2, UVB 58 mJ/cm2と正常範囲内であったが,UVAの1/2 MED量の4日間反復照射により中心臍窩を有する小水疱が誘発された.UVB3MED量,およびスライドプロジェクターを用いた3日間反復照射では皮疹の誘発は認めなかった.自験例では軽度の血中プロトポルフィリンの上昇(68mg/dl)を認めたが,これは鉄欠乏性貧血に伴う所見と考えた.種痘様水疱症における紫外線誘発試験について若干の考察を加え報告する.

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 58歳,男性.糖尿病患者.初診約3か月前から左足底に圧痛を伴う結節に気づく.徐々に拇趾のしびれを自覚するようになった.初診時,左拇趾球付近に径約15mm大の皮下結節を1個認めた.足底粉瘤を疑い切除.組織所見で嚢腫様構造内の膿瘍と周囲の肉芽腫性細胞浸潤内に褐色の菌糸形菌要素を認めた.臨床と組織所見から,原因菌不明であるがフェオヒフォミコーシスと診断した.現在まで再発はない.糖尿病が発症に関与したと考えた.

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 71歳,男性.労作性狭心症(3枝病変)にて冠動脈バイパス術(CABG)を施行後より好酸球増多,CRP陽性,両足趾全体の冷感,チアノーゼ,疼痛が出現し,一部に黒色壊死化を認めた.足趾の紫紅色斑部の皮膚生検にて,真皮下層から脂肪織レベルの血管内に針状にぬけた典型的なcho—lesterol cleftの像を認め,コレステロール結晶塞栓症(CCE)と診断した.急激な腎機能の悪化に対して透析を導入し,血管拡張剤やHMG-CoA変換酵素阻害剤などによる治療を行い,小康状態であった.その後,徐々に足趾の状態が悪化し,他院にて左第1〜5趾切断術を施行された.しかし,急に腹痛が出現したため緊急開腹となり,空腸が120cmにわたり多発穿孔を伴う壊死に陥っており,まもなく死亡した.CCEにおいて小腸穿孔に到った症例は稀であり,皮膚科領域では自験例が最初の報告であると思われる.

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 24歳,男性.建築業.大柄な体格で多毛.トラックに乗る機会が多い.半年前より臀部の皮下腫瘤に気づき,痛みと排膿の出没を繰り返していた.初診時,臀裂部に2か所の瘻孔もみられ,X線造影で皮下腫瘤と2か所の瘻孔をつなぐ瘻管を確認し,瘻管ごと全摘した.瘻管は重層扁平上皮および肉芽よりなり,一部に毛髪の束を認めた.再発予防のため抜毛器にて永久脱毛し,減量など生活指導を行った.術後1年経過するも良好である.

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 65歳,男性の前額部に生じたarterio—vellous hemangiomaの1例を報告する.約3年前より前額部に径5mm大,暗赤色,弾性軟の小腫瘤が存在.拍動を触れず,自覚症状なし.病理組織学的には真皮内に限局する血管腫で,壁が厚く,内腔が狭い動脈様血管と,内腔が拡張し赤血球を充満した静脈様血管の混在・増生を認めた.エラスチカ・ワンギーソン染色では,動脈様血管の壁に明らかな弾性線維や弾性板は染色されなかった.デスミン染色では,血管壁の染色性は動脈様血管・静脈様血管ともさまざまであった.

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 36歳,男性の人中部に生じたアポクリン型のいわゆる皮膚混合腫瘍の1例を報告する.臨床的に半球状に隆起する弾性硬,表面平滑な小結節で,病理組織学的に腫瘍は真皮内に一部管腔を形成し,塊状に散在する上皮性組織と粘液腫様の間質で構成されていた.管腔は比較的大型で,2層の壁細胞より構成され,断頭分泌を認めた.また,毛芽様組織の細胞塊が散見され,角質嚢腫の形成を認めた.本症の既報告例および当科で最近診断された10例について検討した結果,毛嚢への分化傾向を示す例はほとんどがアポクリン型であった.

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 67歳,男性.初診の約1か月前に鼻の紅色丘疹に気づき,急速に増大した.初診時,鼻に径16mm大,弾性硬の紅色腫瘤を認め,生検後もさらに増大した.組織所見ではほとんどは高分化な有棘細胞様細胞からなっていたが,深層部では腫瘍胞巣は細かく索状になり,浸潤性に増殖していた.有棘細胞癌またはケラトアカントーマと考え,小範囲切除,放射線治療を行ったが再発した.その組織像から有棘細胞癌再発と診断し,拡大切除術を施行したが,全切除標本の組織では腫瘍細胞はほとんどなく,消退傾向を示していた.経過はケラトアカントーマ様であるが,組織学的には有棘細胞癌と考えた.

連載

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203

乾癬および類縁疾患に関する記載のうち正しいのはどれか.

①乾癬では過剰な鱗屑を積極的に除去すると早期治癒につながる.

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ハーバード大学医学部皮膚科学講座におけるレジデントの研修(その1)

Ackerman, Mihm教授のレジデント時代

 1970年当時のマサチューセッツ総合病院(MGH)には全米から優秀な皮膚科レジデントが集まってきており,極めて多彩な顔ぶれの若者がいた.これらの多くの人々は後に皮膚科学の種々の分野で指導者として国際的に活躍することになったのであるが,彼らの中で印象に残った人々について述べたい.

 1969年には皮膚病理で有名なDr WA Bernard,Ackermanが皮膚科レジデントとしてFitzpatrick教授の指導下で皮膚科を,WH Clark教授の下で皮膚病理,ことにメラノーマと色素性疾患の研修を行っていた.彼はその後,ニュヨークへ移ったが,非常に個性的なレジデントであったらしく,私が最初にMGHに行ったときにまず多くの人々にいわれたことは,Dr Ackermanがいかに個性的で,しかも活動的な人だったということであった.Ackerman教授は1年後ニューヨークへ移った.同時期にDrMartin Mihmが皮膚科レジデントを終了し,また兵役を終え病理にレジデントとして在籍し,皮膚病理に携わり,MGHで働いていた.Ackerman, Mihm教授はともに現在世界の皮膚病理の指導的立場の人となっているが,当時ほぼ同じ時期にMGHで研修し,共通の師から皮膚科学(Fitzpatrick教授),病理学(WH CIark教授)を学んだことは興味深い.私自身,現在も両先生とは個人的に非常に親しく交際させていただいている.両先生はともに独身を守り,そして研究を活動的に行っており,共通して大変デリケートな神経を持ち,世話好きでもあり,また文学・音楽などへの趣味も深い.Ackerman教授はことにシャーロックホームズの文学を好み,またMihm教授はバッハ,ベートーベンなどのドイツ古典派の音楽を好む.一方,両先生はいずれもユニークな個性を有し,研究方法,学会での演説方法,また著作の種類などもまったく異なっている.Acker—man教授は教科書・症例検討の研究が主である.一方,Mihm教授は教科書に加え基礎生物学の研究を行っている.さらに興味を引くことは,両先生の師であるClerk教授に対する研究上での対応の違いである.Ackerman教授はClerk教授の著作を反論の材料としてしばしば用いているが,Mihm教授は逆にClerk教授の考え方をできるだけ導入しようと努力している.

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 基底細胞癌は鼻部・鼻周囲に好発するため,同部に1cm以上の大きな欠損を作ることも少なくない.今回,筆者らは同じ脂漏部位である鼻唇溝部を恵皮部とする皮膚移植を施行し,良好な結果が得られたため報告する.局所皮弁法や鎖骨周囲を恵皮部とする皮膚移植と比較しても整容的に優れ,手技的にも簡便であり,有用であると考えられた.

これすぽんでんす

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 『臨床皮膚科』54巻9号:681-684頁,2000の野口雅博先生,松尾幸朗先生の原著「褥瘡の臨床的検討」を興味深く拝読いたしました.2,3疑問が生じましたので質問させてください.

 褥瘡の色による分類で,「黒色期は黒色の厚い痂皮を付着」と書かれていますが,この厚い痂皮とは壊死組織のことではないでしょうか.この分類を日本で広められている福井基成先生の本1)には,痂皮とは「壊死した皮膚と滲出液が堅く乾燥し,創面を覆ったもの」と確かに書かれています.上野賢一先生の教本2)でも,痂皮とは「漿液・膿汁・壊死塊などの乾固したもの」と書かれています.ところがLeverの教本3)では,crustとは“coagulated tissue fluid and blood plasma intermingled with degenerated inflammatory and epithelial cells”となっています.Ackermanの教本4)でも,crustとは“dried exudate com—posed of serum and cells”であり,“necrotic keratinocytes, parakeratotic cells, fibrin, and bacteria may also be found in crusts”と書かれています.変性した表皮の細胞は含まれても,真皮あるいは皮下組織の壊死は痂皮ではないとわかります.こちらのほうが一般の皮膚科医の認識ではないでしょうか.インターフェロンの局注で,黒色期の褥瘡のようになることがありますが,欧米の論文ではその状態を“cutaneous necrosis”として報告しています.Crustとは呼んでいません.黒色期の褥瘡の黒い部分は皮膚壊死であり,痂皮は付着しているにしても薄いものです.

ご意見に答えて 野口 雅博
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 ご指摘,拝見しました.

 黒色期の褥瘡の黒色の皮膚を,痂皮ではなく壊死とすべきではないかとのことですが,私はこれまで熱心に褥瘡に取り組まれてこられた多くの先生方の論文を拝見し,検討してきました.黒色の皮膚については,黒色の痂皮1〜3)と記す論文と黒色壊死組織4〜6)と表記するものとがあります.現在,日本の皮膚科の成書では,黒色の皮膚について,その表現を明確に定義づけて記載しているものがありませんので,私は,特に表現上の区別を厳密に考えず,黒色の痂皮と記載しました.もちろん,痂皮と壊死の違いを踏まえた術語の使い分けも大切と思われますが,黒色期の創面の状態を明確に理解することがより大切と思われます.

基本情報

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臨床皮膚科
55巻10号 (2001年9月)
電子版ISSN:1882-1324 印刷版ISSN:0021-4973 医学書院

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