臨床皮膚科 50巻7号 (1996年6月)

カラーアトラス

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患者 18歳,女性

初診 平成6年3月23日

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 1991年10月〜1992年2月および1992年11月〜1993年1月に青森県と秋田県北部において日本顎口虫によるcreeping eruptionの7例を経験した.患者は33〜70歳,男性6例,女性1例で,全例の躯幹に瘙痒性移動性の線状紅斑または皮下硬結がみられた.末梢血好酸球の軽度増加1例および血清IgEの軽度上昇1例を除けば,いずれも全身症状や臨床検査所見に乏しいことが特徴的であった.全例に皮膚生検を行い,6例に日本顎口虫第3期幼虫が確認された.7例中5例でコイ,フナ等の淡水魚の生食歴が確認された.東日本における初めての発生であるが,地域の食生活との関連が深く,今後も注意すべき疾患である.

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 医薬品による光線過敏症の静岡県における実態を調査するため,静岡県内の皮膚科医在局34病院にアンケート調査を行った.回収率は68%であった.有効回答のうち医薬品による光線過敏症は最近増加しているという回答が48%にみられ,発症の季節的な偏りは春から夏に多いという回答が比較的多数であった.疑われている医薬品としてはスパルフロキサシン,ロメフロキサシン,グリセオフルビンが上位を占め,原因として特定されたものとしてはスパルフロキサシン,グリセオフルビン,アフロクァロンが多かった.医薬品以外ではクロレラを指摘するものが多く,persistent light reactorの症例数は平均1.3人/年であった.

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 61歳,女.約10年前よりヘアダイ(hair dye)を使用しているが,最近数年間は使用していなかった.1993年6月中旬にK社ヘアダイを使用.2日後より,頭部に発赤,腫脹,瘙痒を認め,その後,大量の脱毛を認めるようになり来院した.脱毛の原因としてヘアダイが考えられ,ヘアダイの成分を分析しパッチテスト施行したところ,染料に含まれるo-aminophenolに確認テストにおいても陽性の所見を得た.治療は,抗原除去とプレドニゾロン内服,レイソスチーマー療法にて経過良好である.以上の経過より,ヘアダイ中のo—aminophenolにより生じたアレルギー性接触皮膚炎後の脱毛と考えられた.

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 33歳,女性.1981年レイノー現象,発熱,筋肉痛で発症.抗RNP抗体高値で混合性結合織病(MCTD)と診断.以後ネフローゼ症候群を併発.ループスアンチコアグラント陽性.1994年3月中旬,上気道炎症状が出現.その後発熱とともに四肢に境界不明瞭な紅斑を伴う有痛性硬結が現われ増加した.白血球増多とCRP高値を認めた.病理組織は真皮中層から下層の血管への炎症性細胞浸潤と軽度のフィブリン様物質の沈着があり,いわゆる壊死性血管炎の像であった.エラスチカー・ワンギーソン染色では部分的な内弾性板の破壊と内腔の閉塞した動脈がみられた.プレドニゾロン40rng/日の投与を開始し,皮疹は消失.経過中抗DNA抗体の上昇および血清補体価の低下はなかった.内臓諸臓器に異常はみられなかった.以上より,MCTDに生じた皮膚限局性のpoly—arteritis nodosa様壊死性血管炎と診断した.MCTDの血管病変と血管炎発症の機序について若干の考察を加えた.

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 症例:生後4時間,男児.初診平成3年7月15日.在胎38週6日.出生体重3188g,Apgar score10点.出生時より全身に乾燥性紅色皮疹があり,本院NICUに搬入され当科紹介.初診時,全身の皮膚は潮紅を示し,光沢のある膜に覆われていた.前額部から眼周囲は魚鱗癬様の鱗屑を認め,眼瞼は外反し,手部,足部は浮腫性に腫大していた.Collodion babyとして経過観察したところ1ヵ月後には全身の紅斑は著明に消褪し,躯幹に乾燥性の鱗屑を残す状態となり,5ヵ月後にはほぼ正常化した.発育・発達異常や他の奇形の合併はない.患児および母親のステロイドサルファターゼ値は正常範囲内にあり,腹部の皮膚生検では表皮の過角化を認めるも,顆粒層には変化なし.Collodion babyの本邦報告は24例あり,このうち自然軽快を認めた例は7例(29.2%),非水疱型先天性魚鱗癬様紅皮症となったもの12例(50%),その他5例(20.8%)であった.

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 51歳,男性.左第2から第3胸髄領域の帯状疱疹と全身の汎発疹を認め,抗HIV抗体陽性であった1例を報告した.10数年間の外国人女性との性的接触歴があり,抗体スクリーニング検査法,Western blot法,エンベロープ・コア抗体抑制試験において抗HIV抗体陽性であり,CD4陽性細胞とCD4/CD8比の軽度低下を認めた.通常量のアシクロビル投与にて皮疹は軽快した.

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 47歳,女性.4年前よりSweet病と診断され,近医にてヨードカリにより治療を受けていたが,難治性となり精査目的で当科に入院した.顔面,頸部主体に浮腫,水疱を伴う浸潤性の有痛性紅斑を認めた.左上肢に針反応陽性.生検組織像は表皮および真皮における高度な浮腫と,好中球主体の炎症性細胞浸潤.精査にて多発性骨髄腫の合併が判明.MP療法を開始したところ皮疹のほうは急速に軽快するも,多発性骨髄腫の増悪とともに皮疹の再発を認めた.多発性骨髄腫を伴ったSweet病の1例を報告するとともに過去の報告例をまとめ,若干の考察を加えた.

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 60歳,女性,元縫製工.電動ミシンでの縫製中ミシン針が折損し飛散することがあった.3年前より右膝外側に黒褐色小豆大の硬結を自覚していたが放置.初診の1週間前より同部に発赤,圧痛を生じ来院.右膝外側に9mm大暗褐色ドーム状に隆起した結節を認め切除.切除時皮下に暗赤色の索状異物を認めたが硬さのため切除できず,用手的に引っ張り約2cmの鋼線を摘出.切除後のX線で鋼線片の残存が確認されたが,今後カテラン針で2方向より位置を同定し切除予定.異物の鋼線の分析では焼入れ組織(マルテンサイト組織)でミシン針に相当する810-862Hv−300gの硬さで針の一種と考えられたが,断面形状の相違によりミシン針とは断定できなかった.自覚的には刺入の外傷歴はない.

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 34歳男性に生じた鼻瘤の1例を報告した.病理組織学的に,Lever分類のglandular hyper—plastic typeとpapular typeが混在し,比較的まれな類上皮細胞肉芽腫が認められた.治療は皮膚肥厚部を全切除し,前腕遊離皮弁にて再建した.自験例を含め,鼻瘤の本邦報告26例につき,若干の考察を加えた.

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 肺門リンパ節の腫脹,顔面の局面型サルコイドーシスの皮疹,右結腸リンパ節内の類上皮細胞肉芽腫を示したサルコイドーシスの女性例を報告する.症例は60歳時に結腸腺癌のため右半結腸切除術および所属リンパ節郭清術を受けた.結腸所属リンパ節には小形で輪郭が明瞭な多数の類上皮細胞肉芽腫が充満していた.胸部X線像では両側肺門のリンパ節腫脹を認めた.その後顔面に境界明瞭な淡紅褐色局面が出現し,組織学的に真皮内の乾酪変性を伴わない類上皮細胞肉芽腫を確認しサルコイドーシスと診断した.サルコイドーシスのリンパ節浸潤は,傍皮質領域を中心に輪郭が明瞭で典型的な類上皮細胞肉芽腫を多数形成するものが多い.一方,癌の所属リンパ節でのサルコイド反応は,主として洞内に組織球系細胞が集簇し,類上皮細胞肉芽腫は形態が不規則で不明瞭のことが多い.両者の典型例は組織学的に鑑別が可能である.

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要約 71歳,男性.初診の2年前,前胸部に小豆大までの瘙痒を欠く紅色丘疹が出現し,次第に全身に拡大.丘疹は痂皮を付着するものや出血を伴うものもある.組織学的に,真皮上〜中層に組織球とリンパ球の浸潤を認め,免疫組織学的検索で,組織球はS100蛋白陽性,電顕的にBirbeck顆粒を有していた.また,腋窩リンパ節への腫瘍細胞の浸潤を認め,その他,肺にlymphangitis sarcomatosaを,骨盤には壊死性融解性の骨変化を認めた.以上からLangerhans cell histiocytosis(LCH)と診断した.70歳以上のLCHの報告例22例について臨床的特徴をまとめたところ,男女比は6:5,皮疹は丘疹と紫斑が主体であり,全身臓器に侵襲を認めたものが22例中14例で,予後が明らかな17例中13例が死の転帰をとっており,予後不良であると考えられた.

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 78歳,男性にみられた両肩甲部の後天性真皮メラノサイトーシスの1例につき報告した.上背部にみられる後天性真皮メラノサイトーシスは正中部に観察された例が多く,肩甲部に存在したとの報告はまだ少ない.後天性真皮メラノサイトーシスの病因の一つに内分泌の影響がいわれているが,自験例では血中GHがやや高値を示した.

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 33歳,女性の右前頸部に生じた静脈瘤を報告した.初診の15年前に右甲状腺腫瘍に対して腫瘍摘出術を施行されたが,その5年後に腫瘍の再発を認めたため甲状腺右葉の摘出が行われた.平成6年4月頃より右頸部の皮下腫瘤に気づき,同年6月1日当科を初診した.初診時甲状腺切除術創より頭側の右頸部に直径約1.5cmで弾性軟の皮下腫瘤を触知し,強く圧迫すると一時的に消退した.右外頸静脈は創部より中枢側に触知せず,創部で結紮されていると考えられた.臨床所見,画像所見より静脈瘤,動静脈奇形等の血管由来の病変を疑い,同年8月16日局麻下に摘出した.摘出腫瘍は右外頸静脈壁に生じた静脈瘤であった.経過より,自験例は外頸静脈の結紮により生じた二次性静脈瘤で静脈結紮から長期間を経過して発症した例は非常に稀であると考えられた.

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 42歳,女性.両下腿に生じた,組織,臨床とも典型的な脂肪類壊死の1例を報告した.糖尿病はなく,検査所見でRA,RAHA陽性,類壊死部にIgG, IgM, fibrinogen,血管周囲にfibrinogenの沈着を認めた.EPA内服により皮疹は消退傾向にある.脂肪類壊死の発症機序に,免疫学的要因の関与が示唆された.

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 69歳,男性.左下腿の有棘細胞癌に対して,筋膜上での全摘,植皮術を行い,術後3ヵ月で植皮部の一部に浸潤を認めた.有棘細胞癌の局所再発を疑って摘出術を行った.組織像は,真皮内神経線維に連続して,棍棒状の腫瘤を形成し,肥大,変性した大小の神経線維束より成る.外傷あるいは手術による四肢の切断後に神経腫を形成することはしばしば経験することであるが,植皮部に生じることは比較的まれと思われるので報告する.

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 真皮と連続して存在した石灰化腱膜線維腫の1例を報告した.7歳,男児.左第2指基節部の軟部組織内の腫瘤を切除したところ,組織学的に明らかに真皮と連続した線維形成性増殖の中に,軟骨様分化を示唆する円形の核と豊富な細胞質を持つ類円形細胞の島状の混在を認めた.組織内の石灰化をきたす前の未熟な経過にある石灰化腱膜線維腫と診断したが,これまでに真皮と連続した症例は報告がなく,興味深い点と考えられた.

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 症例1:41歳,男.半年来の右下顎部の淡紅色弾性硬の小結節で,先端に尖状の角化物が付着.症例2:73歳,女.11ヵ月来の左頬部の台形状に隆起する結節で,表面に黄白色細顆粒状の角化物が付着.組織学的にいずれの症例も表皮のU字型の増殖,角質増生,外毛根鞘角化を示した.本腫瘍の発生母地を知る目的で抗ケラチンモノクローナル抗体および抗インボルクリン抗体を用いABC法で免疫染色したところ,外毛根鞘漏斗部と染色性が一致していることが判明した.

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 46歳,女性の足踵部に単発した神経鞘腫の1例を報告した.8年前より左足踵部に小腫瘤を認め漸次増大した.疹痛を欠き,当該部に外傷の既往はない.病理組織学的に真皮内の被膜を欠く腫瘍塊であり,腫瘍細胞は紡錘形から長楕円形の核を有し,所々渦巻状,棚状に配列し,Verocay bodyを認めた.S−100蛋白は腫瘍細胞の大部分に陽性,鍍銀染色は陰性.Alcian blue染色で間質の一部が青染した.以上より,Antony A型の神経鞘腫と考えたが,足踵部を含めた足蹠発生は極めて稀である.

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 汗管腫様変化を伴っていたボーエン病の1例を報告した.76歳,男性.6年前より右耳後部に瘙痒を伴う紅斑が出現していた.1年前から紅斑は軽度隆起し,その表面に鱗屑を伴う粗髄な部分が認められるようになってきていた.全摘したところ,ボーエン病の組織像とともに,真皮に汗管腫を思わせる管腔構造が認められた.我々は,この変化をボーエン病によって生じた二次的な汗管の変化と考えた.

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 50歳,女性.生下時より腰・臀部から両大腿後面にかけて海水パンツ型母斑を認め,初診約3ヵ月前より左臀部の母斑上に悪性黒色腫が発症した.広範囲切除,リンパ節郭清術を施行したが,肺門,縦隔部リンパ節転移をきたし,初診4ヵ月後死亡した.組織学的には,腫瘍細胞が表皮のほぼ全層から皮下組織中層まで及び,そのほとんどは類上皮細胞型であったが,一部は紡錘形の細胞で,共に明らかな異型性を認めた.

連載

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 図は,ヒト表皮角層の酢酸ウラン・クエン酸鉛染色の透過型電子顕微鏡像である.77 矢尻で示す構造物の名称として,適切なものはどれか.

  (A)ケラチンパターン

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略語の使用,適切な熟語,in and outについて

 これまでにも略語の使用について何度か述べてきましたが,ここでもう一度思い出して頂きましょう.使用の際には十分に注意して下さい.何故ならば専門分野が異なると全く違った意味になることがあります.多くの論文は初めに略語のリストを設けていますが,それでも馴染みの略語が全く別の物となりえます.例えばDOAは普通Doad On Arrivalですが,化学誌ではDextro-rotatory Organic Arsenicかもしれません.Information Superhighway時代の今日ではインターネットのようにあなたのコメントは世界中の医者,あるいは医者以外の人々に読まれる訳で,あらゆるニュースグループへのコメントにも,何をどう表現するかということばかりでなく,それが公の情報になるということを十分に配慮して下さい.さて最近日本の同僚から“LSC”は何かと聞かれました.これはLichen Simplex Chronicusのことであり,アメリカの皮膚科医はよくこの略語を使っています.また私には日本の皮膚科のニュースグループのなかの略語が,日英医学辞書で見つけられなかった経験があります.

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 毛髪洞の症例を2例経験し,切除縫縮を行う際,それぞれに若干の工夫を加えたので報告する.症例1は23歳,男性.瘻孔を切除後,縫縮する際にZ形成術を併用した.Z形成術を行うことにより,臀裂が平坦化し,再発率の低下が期待できるとともに,整容的にも良い結果が得られた.症例2は21歳,男性.瘻孔造影にて,臀裂部の孔より右臀部の硬結部まで,途中三叉に分岐する瘻孔を認めた.皮膚の硬結を含めて瘻孔を切除したところ,最大幅7cmの皮膚欠損が出現.皮弁等による再建も考慮されたが,intraoperative tissue expansionの操作を行ったところ,単純に縫縮可能であった.

基本情報

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臨床皮膚科
50巻7号 (1996年6月)
電子版ISSN:1882-1324 印刷版ISSN:0021-4973 医学書院

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