神経研究の進歩 46巻3号 (2002年6月)

特集 頭痛・疼痛

序文 岩田 誠
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 本特集『頭痛・痔痛』では,様々な頭痛に関する多面的なトピックスと,治療抵抗性の頑固な痔痛に対する対策について取り上げることにした。

 私は,1982年から東京大学神経内科の助教授として卒前教育のカリキュラムを担当することとなったが,その時真っ先に気づいたことの一つは,当時の神経内科の卒前教育のカリキュラムには,“頭痛”の教育が入っていないことであった。東京大学においては,私がまだ学生であった1965年から,神経内科は独立した診療科であり,教育カリキュラムの中でも独立した時間割りを持っていたが,自分自身の学生時代のことを考えてみても,その中で“頭痛”について系統的に教わったことはなかった。しかも,いわゆる慢性機能性頭痛についての教育はゼロであった。ところが,実際に神経内科の医者として外来診療を始めてみると,頭痛を訴える患者のいかに多いことか,そしてその中のいかに多くの患者が,いわゆる慢性機能性頭痛であるかに驚いたのである。そんな中で出会った一人の患者が,私に頭痛の診療の重要性をはっきりと示してくれた。それは,パリでの神経内科の研修を終えて帰国して直後のことだった。その患者は,身体所見については神経学的なものも含めてまったく何も異常がないのに,激しい痛みを大袈裟に訴えていた。毎日欠かさず,夜中の3時になると突然現れる,目をえぐられるような痛みの恐怖感について,その患者は綿々と語った。

頭痛研究の歴史 間中 信也
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 頭痛の歴史は文字の誕生した約5000年前までさかのぼれる。その後約3000年間の頭痛治療は魔術・祈祷が主役であった。Galen以降,片頭痛は肝臓から頭に昇るvapor(蒸気)によって説明されてきた。Willisは1660年に片頭痛のvapor説を否定し血管拡張によるとした。1938年GrahamとWolffはergotamineの投与実験から片頭痛血管説を強固なものとした。1961年Sicuteriの研究以降,片頭痛とセロトニンの関係が明確化した。1981年Olesenらのspreading oligemia現象の発見により神経説が台頭した。1984年Moskowitzは血管説と神経説の融合した三叉神経血管説を発表した。この説は1991年に臨床応用されたtriptanの作用機序と合致することから評価が高い。最近は片頭痛に分子生物学的アプローチがさかんになされている。頭痛の知識は1988年の国際頭痛分類の発表やtriptanの相次ぐ開発により急速に増加しつつある。しかしまだ片頭痛の根本的治療への道は拓けていない。慢性連日性頭痛のような難問も残されている。

頭痛の疫学と医療経済学 坂井 文彦
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 国際頭痛学会分類の診断基準を使用した慢性頭痛の大規模な疫学調査が日本でも行われ,片頭痛の有病率は15歳以上の人口の8.4%と多いことが明らかにされた。片頭痛のために日常生活がかなり犠牲になっている人も多く,約74%の人がかなりの支障度に悩まされている。その割に,片頭痛に対する認識度は低く,定期的に医療機関を受診している人は全体の2.7%にすぎない。片頭痛により患者が大きな犠牲を強いられていることは社会にとっても大きな損失であり,経済的損失としても大きい。最近,片頭痛治療薬に大きな進歩がみられている。新しい薬剤を正しく使用するために,医療側,患者側いずれの認識も高まることが必要である。

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 片頭痛が分子生物学的なレベルで解明されつつある。家族性片麻痺性片頭痛の原因遺伝子としてCaチャネル(CACNAIA)遺伝子の変異が,CADASIL(Cerebral Autosomal Dominant Arteriopathywith Subcortical Infarcts and Leukoencephalopathy)の原因遺伝子としてnotch3の変異が同定された。疫学的検討から,前兆を伴う片頭痛では遺伝的要因の関与が強く,前兆を伴わない片頭痛では遺伝的要因と環境要因双方の関与が示唆されている。片頭痛感受性遺伝子の候補として,セロトニン受容体遺伝子,ドパミン受容体遺伝子の多型のほか,メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素(MTHFR),アンギオテンシン変換酵素(ACE),エンドセリン受容体遺伝子の遺伝子多型などが検討されている。片頭痛の遺伝子研究は病態解明に寄与するとともに,新しい治療薬開発に貢献するものと期待されている。

片頭痛の病態仮説 濱田 潤一
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 片頭痛の病態には,痛覚を感受する機構を含む神経系,脳や硬膜の血管,各種の血管作動性物質,ストレスなどの外的要因,遺伝的因子などの内的要因など,多数の因子あるいは機構が関与していることが明らかにされている。片頭痛発作の発生機序として,古典的には,血管拡張により血管壁に分布する痛覚感受性神経が刺激されて頭痛が起こるとする血管説が広く信じられていた。その後,脳血流測定法の進歩などにより血管説のみでは説明できない事実が観察されるようになり,大脳皮質を含む神経系の活動性の変化が,とくに前兆を伴う片頭痛の発作に密接に関与するとする神経説が提唱された。これらの血管性因子と神経性因子双方の関与を関連づけ,実際の現象を合理的に説明できる三叉神経血管説が提唱された。また,この説に加えてセロトニンや一酸化窒素などの血管作動性物質やイオンチャンネル異常なども病態に関与することが示唆されている。

視覚前兆の神経生理学 柴田 興一
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 片頭痛における視覚性前兆は,神経説においてその特徴的な発現様式から動物実験で明らかにされた拡延性抑制(cortical spreading depression:CSD)に基づき考えられてきた。近年の神経機能画像の進歩により,視覚性前兆とCSDの関連がより明らかにされつつある。一方,発作間歇期の神経生理学的研究では,視覚路における潜在性の機能異常が存在することが報告されている。このうち視覚誘発電位の研究では,その特徴的な所見から視覚野の易興奮性,慣れの障害,視覚情報の処理過程における障害の三つの病態が存在することが考えられる。片頭痛ではこのような病態がCSDを発現させる要因の一つとなるものと推測される。

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 片頭痛患者においてはmagnetic resonance spectroscopy(MRS)による検討で,脳内の好気的代謝に障害が存在する可能性が指摘されるようになっている。また,ミトコンドリア酵素の活性低下も認められ,ミトコンドリア遺伝子異常の報告も加わり,ミトコンドリア機能異常が片頭痛患者に存在する可能性が指摘されるようになってきた。これらのミトコンドリア機能異常のみならず片頭痛患者においては,superoxide dismutaseの低下などのように後天的にもミトコンドリア機能障害をきたす可能性が存在することが指摘されている。また,治療面ではミトコンドリア機能を改善するような治療を行うことにより頭痛発作の軽減が認められている。これらのことは片頭痛が全身的ミトコンドリア機能障害を伴っていることを示唆するものであり,今後の治療薬の開発にも関わるものである。

群発頭痛とその周辺 五十嵐 久佳
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 群発頭痛は比較的まれな疾患であり,一般人口における有病率は0.1%以下と考えられている。患者の10人中8人は男性である。発作は片側性の眼窩部周囲の激しい痛みで,痛みと同側に自律神経症状を伴うことから海綿静脈洞部の内頸動脈が拡張することが考えられている。また発作が一定の時刻,一定の周期に群発することから中枢性の因子(視床下部)の関与が示唆されている。本稿では群発頭痛の臨床,病態生理,治療につき解説し,また発作性片側頭痛などの群発頭痛周辺疾患についても概説した。

緊張型頭痛の発生機序 作田 学
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 緊張型頭痛は様々な疾患が包含されているが,心因性頭痛,うつ病と緊張型頭痛とを鑑別しなければならない。これらは一見緊張型頭痛に似ているが,メカニズムもその治療法も異なるものである。

 緊張型頭痛は後頸筋の阻血性筋収縮によって起こる。そのリスクファクターにはうつむき姿勢,頭の大きさと首が細長いこと,頸椎の支持性,低血圧,貧血,ストレス,不随意の筋収縮などがあげられる。

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 慢性頭痛は日常診療においてもきわめて重要な症状・疾患であるが,その治療は十分な科学的根拠に基づかず漫然と行われてきたといえる。近年,米国頭痛コンソーシアムからEBMに基づいた片頭痛治療のガイドラインが報告され,わが国でも,日本神経学会などにより独自の慢性頭痛治療ガイドラインが整備されつつある。

 一方,臨床現場では片頭痛治療における経口トリプタン製剤の認可など,新たな頭痛治療が展開されつつある。EBMに基づいた客観評価では片頭痛急性治療では重症例にトリプタンと軽症例にNSAIDsが,緊張型頭痛ではNSAIDsと三環系坑うつ薬の有用性が高いと考えられるが,保険適用,薬剤誘発性の頭痛の存在を考慮する必要がある。

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 人間は環境から様々な刺激入力を受け,それを処理することによって,環境を把握し,適切な行動選択を行っている。生体が直面した危機的状況を把握する上で,きわめて重要な役割を果たす痛覚系は,入力される情報の時空間的特性についての分析的処理のみならず,情動,中でも不快感という負の情動を直接引き起こし警告系として作用する点で,他の感覚系と一線を画する。こうした背景をふまえ,痛覚系に関与する脳部位についての研究は,分析的情報処理と情動的情報処理の両側面から盛んなアプローチが行われている。とくに90年代に入り,ポジトロン断層法(PET)をはじめとする非侵襲的脳機能計測技術が応用されることにより,人間の痛覚系の研究はめざましい進展をとげ,頭頂弁蓋,島,前帯状回,視床など,大脳皮質を含む広範な脳部位が痛みの認知に関わることが明らかになった。現在は,これらの脳部位が,分析的および情動的処理過程において,どのような役割を担っているかという疑問に答えるため,時間分解能を改善した事象関連磁気共鳴機能画像法(event-related fMRI)や脳磁図(MEG)なども用いた研究が行われている。本稿では,人間の痛覚系に関する脳機能イメージングを用いた研究を概観する。

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 難治性の求心路遮断痛は稀であると考えられているが実態は明らかでない。今回,脊髄損傷(1,418例),腕神経叢損傷(62例),四肢切断(371例),脳卒中(4,942例),外傷性脳損傷(752例)による求心路遮断痛の頻度,対処法についてアンケート調査を行った。難治性痔痛となっているのが,各原因疾患により1.5~9.7%(合計167例)と意外に多かったのに対し,脳神経外科的治療を受けたのは28例のみで,それも一定の治療方針はなかった。大半に施行されている薬物治療もとくに一定の成果は見出せず,難治性疼痛となった求心路遮断痛に対し,場当り的な対症療法のみが施行されていると思われた。

 現在の治療方針について,薬物治療から外科治療まで解説した。

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 幻肢痛には,脊髄,視床中継核(VC核)あるいは大脳皮質などを対象とした神軽刺激療法が,劇的に奏効することがある。これらは,主としてゲート・コントロール理論を根拠にしているが,それだけでは説明がつかない現象も多い。近年,一次体性感覚領野の受容野分布の再構成が幻肢痛に高い相関を示すことから,これを元に戻すことによって,幻肢痛を治療できるのではないかと考えられるようになった。視床VC核では,同様の受容野分布の再構成により,受容野と投射野の不一致が起きている。これによって興奮性入力と抑制性入力の均衡が崩れ,投射野に異常な感覚が起きることが幻肢痛の機転である可能性がある。神経刺激療法は,幻肢に相当する部分からの失われた入力を人工的に作り出し,受容野分布の構成を元に戻すことによって効果を生むのかも知れない。このような視点から,幻肢痛に対する神経刺激療法における現在までの知見を見直した。

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 中枢性疼痛(視床痛)例において,定位的視床手術中の微小電極法を用いた電気生理学的解析,およびPET scanを用いた機能画像解析により,その病態生理を検討した。定位脳手術中,微小電極法を用いて視床痛例視床感覚核の活動を解析すると,視床感覚核活動保存例においては自発発射活動の不均一性,運動感覚反応部位局在の変化,多発,両側反応,不規則なバースト放電頻発などの機能変化が,同部の活動低下例でも,内側視床,視床感覚核底部活動の残存,亢進,不規則なバースト放電頻発などの機能変化が見出された。これにPET studyの結果を総合すると,中枢性疼痛例では視床感覚核病変,病変周囲性に機能構築の再編成を生じ,末梢神経刺激に対し過剰に反応するなど種々の広範な機能変化を生じており,さらに,その影響が大脳皮質中心溝付近に及び,感覚受容に変化を生じていることなどが疼痛出現の大きな要因となっていると考えられた。

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 痛みに対する脊髄後根進入部手術(DREZotomy)はすでに20数年の歴史があり,その方法や適応は確立されたかの感がある。しかし実際には個々の症例の痛みの状態に応じて行うべきtailoredsurgeryであることはあまり理解されていない。また,単一の原因でも痛みは多様であり,このような多様な痛みすべてに適応となる手術でもない。現在もっともよい適応と考えられるものは脊髄根引抜き損傷後の痛みであり,帯状庖疹後神経痛に関しては発作性でアロデニアのある場合には適応となるが持続的自発痛には無効である。腰仙髄レベルでは後角全体の破壊を行わねばならない場合もある。一般的には神経因性疼痛の治療として用いることが多いが,会陰部の癌性疼痛のような両側性侵害性疼痛に対しても適応となり,前者では脊髄後角まで含めた手術が必要であるが,後者では脊髄後根進入部表層での疼痛線維のみの遮断で目的は達せられる。このような様々な細かな注意点を含めて,本稿では,筆者らの経験と過去の文献に基づいたDREZotomyの適応,手術方法,留意点などを詳述する。

基本情報

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神経研究の進歩
46巻3号 (2002年6月)
電子版ISSN:1882-1243 印刷版ISSN:0001-8724 医学書院

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