神経研究の進歩 46巻4号 (2002年8月)

特集 グリアの生物科学

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 われわれの脳神経系にはニューロン(神経細胞)のほかにグリア細胞といわれる一群の細胞がある。中枢神経系においてこれらは大きくアストロサイト(星状膠細胞),オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞),ミクログリア(小膠細胞)に分類される。アストロサイトは血液脳関門の形成やシナプス機能の調節など,脳機能発現のために重要な役割を果たしていることが明らかとなってきた。オリゴデンドロサイトはミエリン(髄鞘)を形成する細胞であるが,神経軸索の蛋白質局在をダイナミックに調節している。ミクログリアは脳内の清掃人として機能しているだけでなく,やはり神経伝達の調節にも関与することがわかってきた。これらのうち,アストロサイトとオリゴデンドロサイトはニューロン産生が終わった後,ともに神経幹細胞から産生される細胞であり,近年ニューロン産生からグリア産生に切り替わる機構の理解が急速に進んでいる。本総説ではこのスイッチングに焦点を絞って解説する。ミクログリアはその起源が中胚葉性とも神経幹細胞由来の外胚葉性ともいわれており,まだはっきりしていないのでここでは省略する。

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 脊椎動物の中枢神経系は,単層円柱上皮の外胚葉上皮が脊索の誘導を受けて偽重層上皮の神経上皮となり,神経管を形作る。神経上皮細胞は,脳を構成する細胞のほとんどを生み出す神経幹細胞である。これまで神経上皮細胞は,最初に放射状グリアを生み出し,続いて生じる神経細胞を軟膜直下まで導く足場を提供すると信じられてきた。しかし最近の研究で,放射状グリアは神経幹細胞それ自身であり,細胞分裂で大脳皮質の神経細胞を生み出すことが明らかになってきた。同じ役割を担う神経上皮細胞と放射状グリアの特徴を比較してみると,同様の形態をし同様の物質を含むことがわかる。脳室帯にある放射状グリアは細胞分裂して,大脳皮質の構成神経細胞を生み出し,神経細胞は分裂の際に受け継いだ放射状線維を頼りに放射方向へ移動する。放射状グリアは他のグリア細胞も生み出す。神経幹細胞としての役割を終えた放射状グリアは,放射状線維を保持しつつ上衣層に長くとどまる。放射状グリアは,中枢神経発生過程を通して上皮細胞としての性質を保持し続けているので,グリアと呼ぶ根拠はますます希薄となった。

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 バーグマングリア(BG)は小脳皮質のアストロサイトである。小脳発生における役割としては,これまで顆粒細胞の移動誘導について詳細な研究が重ねられてきたが,発達段階のプルキンエ細胞(PC)との関連についての研究はほとんどない。そこで,われわれは発達マウス小脳におけるBGとPCの構造的関係を検討した。その結果,BGの単極性突起(バーグマン線維)は移動中の顆粒細胞だけでなくPCの成長樹状突起とも構造親和性を示し,樹状突起の構造分化と連動して放射状から網状に形態変化することが明らかとなった。しかも,表層の放射状突起部は,樹状突起の成長先端と接触し,深層の網状突起部はシナプスを被覆していた。この所見は,BGがPC樹状突起の伸展やシナプスの構造的成熟を積極的に支援していることを示唆する。したがって,このようなPCとの親密な構造的関係を基盤として,BGは小脳の組織構築化や機能発現に重要な役割を担うと考えられる。

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 中枢神経系における環境恒常性維持など,受動的細胞と位置づけられていたアストロサイトに見出された「カルシウムオシレーション」は,アストロサイトが積極的に脳機能発現に関わる可能性を示唆し,脳科学分野に新しい研究テーマを提供した。これまでの研究から,このオシレーションがアストロサイトに発現した様々な神経伝達物質受容体を介して生ずること,その変動によってグリア細胞がグルタミン酸やATPなどの化学伝達物質を遊離し,それがニューロンの興奮性に影響を与えることが明らかにされている。このニューロンからグリア,グリアからニューロンへの情報伝達が,脳の高次機能を生み出す重要な要因であることにはもはや疑いの余地はない。

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 頭蓋骨という閉鎖空間に存在する脳にとって,水の移動を調節することは,恒常性を維持するために非常に重要である。近年,脳浮腫の発生に関与する分子として,水チャネルのアクアポリン(AQP)が注目されている。アストロサイトには,AQP-3,-4,-5,-8,-9が発現しており,多彩な機能を持っている可能性がある。詳細な機構は解明されていないが,細胞内情報伝達系やAQPのリン酸化,アダプタータンパク質の存在などにより,その機能が制御されている可能性がある。また,脳が損傷を受けた場合にも,脳浮腫の発生あるいは治癒にAQPが関与している可能性が示唆されている。本稿では,アストロサイトにおけるAQPの発現と機能について,筆者らの研究結果を含め,最近の知見をまとめる。

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 ATP分子は神経細胞とミクログリア間の情報伝達を担い,ATP刺激により活性化されたミクログリアはプラスミノーゲン,TNF-α,IL-6などを放出することにより,損傷を受けた脳・神経系の保護を行う可能性がある一方で,強く障害を受けた神経細胞にはダメージをさらに加えて,かつ負食し,神経系の整理修復のための状況づくりを行っている可能性がある。このようにしてATPはミクログリアに働きかけて,総合的に脳機能の恒常性維持を積極的に行っているのではないかと想像させる。

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 ミューラー細胞は網膜における主要なグリアであり,中枢神経系のいくつかのグリアの機能を合わせ持つとされる特殊な細胞である。ミューラー細胞は網膜の全層に細胞突起を伸ばすその形態から,あらゆる網膜神経細胞との機能的相関が想定されている。実際多くの網膜疾患において,ミューラー細胞内の情報伝達系に様々な変化が生じることが知られている。またミューラー細胞は変性網膜における神経細胞保護のキープレーヤーとしても注目を集めつつある。本稿ではミューラー細胞の機能に関する最新の知見を紹介するとともに,ミューラー細胞をターゲットとした網膜変性疾患の新しい治療法の可能性についても言及する。

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 ミクログリアとアストロサイトは中枢神経在住のグリア細胞で,正常状態,病的状態において多機能を有する細胞である。自己免疫的機序によって自己の神経抗原に反応するT細胞が神経内に浸潤して,炎症巣を形成し,最終的に病変が収束するまで,これらのグリア細胞は種々の免疫学的な働きをする。ミクログリアは炎症早期に浸潤T細胞に抗原を提示し(用語説明参照),T細胞が増殖したり,サイトカインを産生するのを促進する。しかしこの過程でT細胞がアポトーシスに陥ると,これを貪食し,貪食ミクログリアは炎症抑制性サイトカインを分泌して,その後は炎症を抑制するように働く。一方,アストロサイトは炎症早期にはケモカインを産生して炎症細胞を誘導するが,炎症極期以降は一貫してT細胞の機能を抑制するように働く。このようにミクログリアもアストロサイトも単一的な機能を有しているのではなく,神経内での炎症の状態によって機能を変化させると考えられる。今後は,このような機能変化を誘導する因子の分析が重要な課題となる。

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 ウイルスが特定の神経系細胞にのみ感染するViral affinityに関して,まず細胞膜レセプターを紹介した。しかしレセプターを介したエントリーだけでは細胞特異性は決定されず,細胞内に入ってから後にさまざまの因子によって最終的に決定されているが,それらの因子はまだ不明である。ヒト中枢神経系のoligodendrocyteに感染し,脱髄を生ずるJC virusは幅広い種類の細胞にエントリーするが,最終的にはoligodendrocyteの核内でのみ増殖する。その核内因子もJC Virus regulatory regionを絞ったelectrophoretic mobility shift assay(EMSA)にて対象が狭められてきている。

一方,神経発生学の研究者からo1igodendrocyteの分化と発達に必要な転写因子が次々と同定されてきており,これらの転写因子をJC virusが利用しているかが今後の研究課題である。JC virusの転写に関連するEMSA解析から,ウイルスのみが認識する未知の因子が同定されることが期待される。

Alexander病とRosenthal fiber 岩城 徹
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 Alexander病は中枢神経系に広範な髄鞘の形成不全を示すことから,白質ジストロフィに分類されており,通常は乳児に発症する。この乳児型の患者は生後1年以内に頭囲の拡大とけいれんや精神神経発達遅滞で発症し,多くは学童期以前に亡くなる。病理像が非常に特徴的でRosenthalfiberが柔膜下や血管周囲,とくに大脳白質に無数に出現する。Rosenthal flberはGFAPのほかに低分子量熱ショック蛋白質であるαB-crystallinやHSP27から成る凝集物で,ubiquitinによる修飾を受けている。Rosenthal flberがアストロサイトの細胞質内封入体であることから,以前からAlexander病はアストロサイトの代謝異常が原因だろうと推定されていた。最近,ヒトGFAP遺伝子を過剰発現させたマウスがAlexander病とほぼ同じ病変を生じたことから,Alexander病患者のGFAP遺伝子が調べられ,coding regionにde novoに点突然変異が生じていることが明らかとなった。

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 タウオパチーでは,神経細胞ばかりでなく,アストロサイトやオリゴデンドログリアなどのグリア細胞にタウ蓄積が観察される。アストロサイトの変化では,astrocytic plaque,granular hazy astrocyteがそれぞれ皮質基底核変性症,グアム島パーキンソニズム―痴呆症で観察される疾患特異的な変化で,tufted astrocyteは進行性核上性麻痺に比較的特徴的な変化であると考えられている。また,頻度は低いが,アルツハイマー病やPick病でもアストロサイト内のタウ蓄積を認める。一方,オリゴデンドログリアの変化ではargyrophilic threadsとcoiled bodyがあり,特に皮質基底核変性症で多く認められるが,非特異的な変化である。タウ遺伝子異常が原因であるFTDP-17でも神経細胞およびグリア細胞にタウ蓄積がみられるが,タウ蓄積がどのように細胞死を引き起こすかは明らかでなく,今後この点の解明が期待される。

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 αシヌクレイノパチー(パーキンソン病,Lewy小体型痴呆ならびに多系統萎縮症)では,神経細胞とグリア細胞の双方にαシヌクレインを主要構成成分とする封入体が認められる。このグリア細胞におけるαシヌクレインの異常蓄積は,多系統萎縮症ではオリゴデンドロサイト内に生じ,中枢神経系に広範に分布しているのに対し,パーキンソン病とLewy小体型痴呆ではアストロサイトとオリゴデンドロサイトの両者に形成され,脳幹や基底核を主体に分布している。最近,アストロサイトならびにオリゴデンドロサイトを培養すると,αシヌクレインを発現しうることが報告された。αシヌクレイノパチー脳では,グリア細胞にもαシヌクレインの発現元進とそれに引き続く線維性凝集が起こっている。

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 グリオーマはグリア細胞を発生母地とする腫瘍の総称であり,全頭蓋内腫瘍の25~30%を占める。本稿ではWHOの分類に従い,その病理組織所見を概説する。びまん性,浸潤性発育を示すグリオーマのうち,最も分化度が高いのが星細胞腫であり,線維性,原形質性,肥絆細胞性の三つの組織型が基本である。退形成性星細胞腫はさらに浸潤性の高い星細胞腫の性格を示し,しばしば膠芽腫へと悪性転化する。膠芽腫はグリオーマの中で最も未分化で悪性である。膠芽腫には膠肉腫,巨細胞膠芽腫の亜型がある。限局性の発育を示すグリオーマには毛様細胞性星細胞腫,多形黄色星細胞腫,上衣下巨細胞性星細胞腫があり,良性のものが多い。細胞起源不明のグリオーマに星芽腫,大脳膠腫症,脊索腫様神経膠腫がある。グリオーマは種類により生物学的特性も治療法も大きく異なり,その病理鑑別診断は臨床的に極めて重要である。

基本情報

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神経研究の進歩
46巻4号 (2002年8月)
電子版ISSN:1882-1243 印刷版ISSN:0001-8724 医学書院

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