日本看護倫理学会誌 10巻1号 (2018年3月)

巻頭言

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 看護職は、患者にとって最も身近な存在であり、また頼りになる存在である。その役割は、医師とは別の意味で患者の治癒ないし回復にとり大きな意義を有するし、場合によっては人生最期の死にゆく過程において貴重な同伴者にもなってくれる。そうであるがゆえに、看護職の方々には、法と倫理を一定程度、欲を言えば、より深く学んでいただきたい。なぜなら、職務を遂行するに際して、看護職には一定のリスクが伴うからであり、リスクが重大な結果に結び付かないように注意しなければならないからである。

 さて、看護をめぐる法と倫理の関係であるが、看護倫理については、長年の看護職の臨床経験から積み上げられた経験が行動規範としてルール化されており、大半の看護職者が看護大学・看護学校等でそれを学び、かつ臨床現場で実践しながらさらに学んでいることと思われる一方、法的側面については、一部を除き、あまり学ぶ機会がないのではないか。もちろん、国家試験との関係で保健師助産師看護師法(以下「保助看法」という。)等の勉強をするのは当然であるが、より広く医事法を学ぶ機会は少ないのではないか。また、看護倫理も、広義には生命倫理と深く関わる部分があるが、法と生命倫理、看護倫理との関係は、意外と深いものがある。しかし、この中で、法学は、その内容が難解と思われているためか、敬遠されている節がある。私は、現在は、早稲田大学で法曹を育てる法科大学院、さらには法学部や大学院法学研究科において刑法と医事法を教えているが、広島大学法学部時代には、法学部のほか、看護学校等で医事法を長年教えた経験がある。特に広島大学法学部では、夜間部があるので、そこに熱心な看護職の方々が毎年複数人法学を学びに来ていた。なかには、法学博士の学位を取得し、その後、看護関係の大学教授になっている教え子や、看護学の学位を取得して看護系大学の教授にまでなっている教え子もいる。また、早稲田大学法科大学院でも、看護師出身で法曹になった教え子もいる。さらに、小児医療をめぐる問題の共同研究においても、熱心かつ優秀な看護関係者が必ずいる。

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日本看護倫理学会長谷川美栄子理事長および学会の皆様

 今年は本学会10周年とのこと、すばらしいニュースを頂きました。これまでも、英文抄録を拝見するたび、深く感銘を受けてきました。学会誌をいつもお送り頂き、ありがとうございます。

 看護職をプロフェッショナルにする特性を構成するのは、知識、スキル、倫理の3つの要素です。皆さんは、日本看護倫理学会との関わりを通し、この3要素をそなえ、日本の看護の発展に不可欠な存在です。

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 日本看護倫理学会学会誌は今号で10巻を迎えました。これもひとえに会員のみなさまのご支援の賜物と厚く感謝申し上げます。編集委員会では刊行から10年という節目にあたり、小西恵美子編集委員会初代委員長と坂田三允現委員長、そして、田中髙政初代および現副委員長の鼎談を企画しました。学会のコアな部分を占める学会誌というプロダクトを一から作り上げた開拓者達のphilosophyを、看護倫理に関わるすべての方たちと本企画で共有することは、今後の看護倫理学の発展に必ず役に立つのではないかと考えます。そこで、日本における看護倫理学のその時々の「いま」を実践および学問という切り口で広く社会に発信し続けてきた日本看護倫理学会誌の編集に携わる者からみた、日本看護倫理学会誌と、日本における看護倫理学の過去と未来について語って頂きました。

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 〈ケアリング〉は看護の中核的概念と認識されているが、本質的把握は十分ではない。本研究は、看護における〈ケアリング〉概念の再定位を試みることを目的とした。看護師は患者と向き合う経験を積み重ねて〈実践知〉を形成し、固有の看護実践を自ら作り出す。看護実践が〈実践知〉へ変容するには、〈洞察〉と〈内省〉が不可欠である。看護師を洞察と内省に向かわせるのは、「相手に寄り添いたい、寄り添わねばならない」という患者への思いである。〈ケアリング〉は、看護実践の一部分ではなく、行動と心情が複合的に絡み合って一連の行為として表出された看護実践そのものである。看護における〈ケアリング〉は、患者への能動的な思いや願いを根底にもった〈実践知〉としての看護実践全体である。〈ケアリング〉の基底で〈ケアリング〉を支えているのは、看護師として患者にどう向き合うかということであり、それは看護師としての生き様であるといえる。

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 目的:中小規模病院の看護師長の経験に含まれる倫理的問題に焦点をおき、倫理的問題とその対応、さらにその特徴について明らかにする。方法:中小規模病院(200床未満)の看護師長8名を対象とし、半構造化面接で得たデータを質的帰納的に分析した。結果:倫理的問題として【病院の経営上の方針に対し問題を感じるが従わざるを得ない】【自施設での治療の継続・ケアの提供が患者にとって適切な医療かどうか悩む】を含む6カテゴリーが、対応として《自分の考えを伝え、スタッフと共に考える》を含む6カテゴリーが抽出された。考察:【自施設での治療の継続・ケアの提供が患者にとって適切な医療かどうか悩む】は、設備・医療体制が整っている大病院にはみられない中小規模病院の看護師長に特徴的な倫理的問題と考えられた。上司や他看護師長に相談する対応はみられず、倫理的問題を話し合うフォーマルな機会と場の構築の必要性が示唆された。

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 本研究は、臨床看護師の倫理的問題の体験と教育の機会や知識の認知度を病院の規模別に明らかにした。大規模(301床以上)と中小規模(300床以下)病院に就業する看護師230人を対象とし、「ETHICS and HUMAN RIGHTS in NURSING PRACTICE」の日本語版に独自の項目を加えた質問紙で回答を得た。大規模病院が中小規模病院より倫理的問題の体験が多く、「インフォームドコンセントの有無」、「患者の権利と尊厳の尊重」、「どこから死とするか」、「個人的・宗教的価値に反して行動する」、「健康に危険の及ぶ可能性のある患者のケア」が有意に多く体験していた。教育の機会は大規模病院が多く、用語の理解の認知度や教育の必要性、倫理の関心度も大規模病院が高かった。教育の機会があると、知識だけでなく関心も高くなり、倫理的問題を捉えやすくなる。倫理的感受性を含めた教育内容の充実が必要と考える。

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 本研究の目的は、臨床看護師の倫理的感受性を測定する尺度を開発し、その信頼性と妥当性を明らかにすることである。文献等から臨床看護師が日常的に体験する倫理的問題100事例を抽出後、専門家会議と予備調査等を経て、28項目の試作版を作成した。この試作版を7施設1,911名の看護師を対象に無記名自記式で調査を実施した。有効回答率は63.1%であった。項目分析、探索的因子分析の結果、[尊厳の意識][専門職としての責務][患者への忠誠]の3因子19項目が抽出された。全19項目のクロンバックα信頼性係数は0.80であり、内的整合性が確認された。また構成概念妥当性を既知グループ技法で検討した結果、看護倫理研修を受講した看護師は、受講していない看護師よりも得点が有意に高かった。これらのことから本尺度の信頼性、妥当性が確認され、臨床看護師の倫理的感受性を測定する尺度として活用が可能であると考えられた。

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 A病院における精神科看護師の倫理的行動の実態を明らかにすべく、看護師と准看護師の158名に看護師の倫理的行動尺度と倫理的行動で問題に感じていることついての自由記載の欄を設けた質問紙調査を行った。その結果、役職では一般群より役職群のほうが倫理的行動尺度の得点と精神科歴では経験年数10年以下の看護師より経験年数11年以上の看護師のほうが倫理的行動尺度の得点が高く、倫理的な行動がとれるよう円熟していくのには、10年という経験年数が一つの区切りとして考えられる。また、自由記載は25のコード、10のサブカテゴリ、4のカテゴリとなり、カテゴリは【感情のコントロールとケアの質】【職場環境によるジレンマ】【時間と人員の不足によるジレンマ】【看護者自身の資質】と分類された。精神科病院という患者の行動を制限せざるを得ない療養環境において、日々悩みながらも看護師個々の倫理観を養い、職場環境作りをしていくことが重要と考える。

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 目的:インフォームド・コンセント(以下IC)に関わる看護師のための教育プログラム開発に向けて、事例検討会を通して看護師の教育上の課題を明らかにする。方法:13名の学習会参加者の発言の逐語録をデータとして、質的帰納的に分析した。結果:ICに関わる看護師の教育上の課題は〈ICの概念と定義の理解〉、〈ICに関わる看護師の役割の理解〉、〈ICにおける記録の理解〉、〈ICにおける患者と家族の立場の理解〉、〈医師・看護師・他職種の医療者との連携〉、〈意思決定と支援方法の理解〉、〈ICに対する具体的な関わり方〉の7つが見いだされた。結論:ICに関わる看護師の教育上の課題が明らかになり、教育プログラムの開発に貢献できる可能性が示唆された。

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 本研究は、米国で開発された改訂倫理的悩み測定尺度を日本語版改訂倫理的悩み測定尺度(Japanese version of MDS-R; JMDS-R)として開発し、その信頼性、妥当性の検証を目的に行った。作成者より使用許可を得て翻訳、逆翻訳を行い、研究者らによる一致率で質問項目の妥当性を判断した。調査は、関西圏の300床以上の急性期病院看護師を対象に1,307部配布し、770部の回答を得た。経験年数、燃えつき尺度、離職意図との間に弱い正の相関を示し、看護師の労働環境(JNWI-R)との間では、弱い負の相関を示した。因子分析では、14項目3因子が抽出され、α信頼係数は、0.86であった。各因子のα信頼係数、因子間の相関係数により、JMDS-R 14項目の信頼性、妥当性が確認され、日本語版としての使用可能性が示された。

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 本稿の目的は、ブログによる闘病記を研究分析対象とする文献研究の倫理的配慮について国内外の文献から知見を得ることである。CINAHL with Full Textで検索した海外文献11件、Web版医学中央雑誌で検索した日本語文献2件を分析した。ブログによる闘病記は広く一般に公開されている文献と解釈されて研究が実施されており、研究倫理審査委員会への申請要否、匿名性の保持と研究参加への同意の確認について記載があった。まだブログの闘病記を研究対象とする際の倫理的配慮の見解はさまざまである。ブログを対象とした文献研究の実施については研究計画の時点で議論し、ブログ著者に対する配慮を講じる必要がある。

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 本研究は、退院先について思いの異なる独居高齢患者と家族への退院支援のあり方について考察することを目的とした。今回、筆者らを含む看護チームは自宅退院を切実に希望する高齢患者に対し独居生活が可能であるかアセスメントを行い、この患者の自己決定を尊重することは可能であると判断した。しかし、血縁者である娘たちから自宅退院の同意を得ることに困難を極めた。患者と家族、それぞれの思い、背景にある事情を考慮しつつ退院支援を行う中で、介護に対する思考にはジェンダー差が存在し、女性特有の「介護の現実思考」と男性特有の「家族一体規範」があること、そして、両者の視点がよりよい形での「家族一体」を作り上げ、高齢者の自己決定をサポートする一助となることが示唆された。

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1 .はじめに

 ナイチンゲール誓詞は、看護師が初めに教授される職業規範である。ナイチンゲール誓詞を唱和し、臨床での実習に臨む看護学生も少なくないだろう。「われはここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わん—わが生涯を清く過ごし、わが任務を忠実に尽くさんことを。」という一節で始まるナイチンゲール誓詞は、看護師の規範を的確に示し、私たち看護師が目指すべき道を照らしてくれる。

 看護師への倫理教育はナイチンゲール誓詞を柱に現在に至っているのだろう。サラ・フライ(p. 47)1が提唱した、アドボカシー・責務・協力・ケアリングという概念や、「善行と無害、正義、自律、誠実、忠誠」という倫理原則(p. 29)1は、ナイチンゲール誓詞の意図するところにつながっている。このように看護師の倫理教育は、看護師としての自律を促進するところからはじまり、それが教育の中心的柱となっていることが伺える。さらに、看護師の自律を評価する尺度、道徳的感受性尺度(Moral Sensitivity Test、以下、MST)2, 3も開発され、看護師は常に看護師としての自分を意識しながら、看護という業務に携わることができている。

 一方で、多くの看護師が臨床の現場で倫理的ジレンマに陥り苦悩している。また、多くの看護師が自分には倫理的知識が十分でないと感じている4。このような看護倫理教育と臨床現場との乖離は何故に起こってくるのか、これが本論の出発点である。

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1 .はじめに

 昨今、医療現場ではさまざまな倫理的問題が生じており、そのような問題への取り組みの一つとして倫理カンファレンス(以下、EC)の有用性が教育・臨床現場での実践として報告されている1, 2。先行研究では、ECに臨むことで状況が整理されて大切なことが見えるようになり、患者の気持ちに踏み込んで関わろうと意識して行動し、患者との距離が縮まると報告されている3。また医師・看護師間でのECの取り組みにより、互いの役割を明確化でき、チーム医療の礎になっているとの報告もある1。さらに臨地実習において、振り返り学習の場に臨床スタッフと看護学生が一緒に倫理的問題を話し合うことは、学生が倫理的課題の状況をさまざまな視点から考えることにつながり、看護基礎教育における看護倫理教育として倫理カンファレンスの必要性が示唆されている2。しかし、ECが実際に広く教育・臨床現場で効果的に実施されているとは言い難い。要因として、臨床で働く医療者が多忙であること、倫理教育を受けていない医療者が倫理的問題に気付きにくいこと、学習途上の学生が倫理的問題を内にため込んでしまうことなどが考えられる。ECを教育・臨床現場において取り入れるための方法の検討と普及を目的とし、第10回年次大会にて交流集会を企画運営した。その内容を報告する。

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はじめに

 平成26年保健師助産師看護師法(以下、保助看法)制定後、業務に関する最大の改正が行われた1。法は「特定行為を手順書により行う看護師は、指定研修機関において、当該特定行為の特定行為区分に係る研修を受けなければならない」(第37条の2)とされ、「特定行為に係る看護師の研修制度」が創設された。特定行為は、看護師の業である「診療の補助」行為であるが、「経口気管チューブおよび経鼻気管チューブの位置の調整」など実践的な理解力、思考力および判断力、高度かつ専門的な知識・技能が必要とされる。研修を受けた看護師は、医師不在の際にも手順書により看護師の判断で行為の実施が可能となった。これはチーム医療における事実上の看護師の役割拡大である。一方で法改正により新たな役割を担った看護師には、倫理的問題とそれに対応する倫理的姿勢が一層重要な時代を迎えた。

日本看護倫理学会第10回年次大会 海外招聘講演

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 世界的にみると、看護における高度実践の役割を作り出すことによって、患者へのケア、地域社会の健康、そして社会全体の健康が改善されることが見込まれる。看護における高度実践の役割はこれまでにさまざまな理由をもとに作られてきたが、その理由は国によって微妙に異なるかもしれない。看護職の視点から見た場合、看護における高度実践の役割がこれほど拡大浸透した注目すべき理由の一つとして、看護師がよりレベルの高い教育を受け、より高度な専門知識を身につけることで、以前に比べて、看護師が患者のニーズをより広い範囲で捉え、包括的に評価できるようになった、という点があげられる。しかしながら、他職種が高度実践看護師の実践をコントロールし、看護本来の目標を外れて別の目的のためにその実践に指図したがるのではないか、というのが、看護における高度実践の役割にまつわる懸念である。アメリカでは、こうした他職種の動きは以前から今に至るまで常に用心しなければならない問題である。したがって、アメリカにおけるこのような状況を知れば、日本を含め、他国での高度実践看護はどのようなことに注意すればよいかが理解できる。高度実践看護は看護の役割の一つであり、看護以外の目的や他職種の意図する目的に合わせる形で方向を見誤ってはいけない。看護職とは「善」をもたらすもの、すなわち社会に奉仕する存在であり、したがって、すべての看護行為には倫理的な面がある。日々の看護実践に本質的に備わっている倫理を受け入れることは、倫理に関する専門知識を涵養するのに重要であり、結果的にそれが看護の目標に適うことでもある。理由の如何にかかわらず、看護師が自らの目指す目標への道筋を逸脱すれば非難される。より高いレベルの専門知識と教育を伴った高度実践看護師は、率先して行動するのに理想的な立場にある。学校の課程で教えるにしても、現場で経験させるにしても、高度実践看護師を養成する教育において極めて重要な要素は、学ぶ者に倫理に関する専門知識を授け、身につけさせることにある。倫理に関する専門知識があれば、結果として、他の人たちも積極的に率先して活動できるようになる。職場の同僚や関連職種の人たち、そして看護師も然りである。本講演では、看護と倫理の切っても切れない本質的な関係について考察し、高度実践看護師が倫理的配慮の行き届いたケア環境を生み出すのに率先して活動できる理想的な立ち位置にあるということを示す。倫理的な意思決定を自信をもって行うのに必要な技術と能力、そして、高度実践看護に求められる倫理の専門知識を涵養し続けるための方略を示す。倫理的な実践環境を支え発展させていく一つの方法として、看護における高度実践の指導的役割について提案したい。

日本看護倫理学会第10回年次大会 講演Ⅰ

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1 .はじめに

 日々の看護は、一見平凡である。だが、掘り下げればそこに倫理がある。「私達は、日常の、日々の倫理にもっと目を向けることが必要と思います。日々の倫理の中で、看護師と患者、その家族は、決して派手ではないけれど、『ネオン倫理』にみられるのと同じくらい大切な意思決定に直面しているのです」と述べられたのは本学会第9回大会の招聘講演者Christine Mitchell氏であった1。状況の奥や背景を掘り下げ、考えていく道筋の案内役が倫理のアプローチで、そのもとは倫理理論である。それには、徳倫理、原則に基づく倫理、ケア倫理をはじめ、数多くある。このように、倫理のアプローチが色々あるということは、現在の複雑な医療・看護においては、一つのアプローチだけを拠り所にするのではなく、多面的なアプローチによってよいゴールにゆきつくことが大事である、ということであろう。

 本稿では、日々の実践でしばしば直面するひとつの状況を、原則、徳、およびケア倫理の3つの異なる眼で見たケーススタディーをとりあげる。関連して、Trontoによるケア倫理について若干の言及をする。

日本看護倫理学会第10回年次大会 講演Ⅱ

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1 .選択と倫理

 「倫理」という言葉に対して、皆さんはどのような印象をお持ちだろうか? 「よく解らない」「取っ付きにくい」「難しそう」「正直、苦手」など、マイナスの印象を持たれやすい「倫理」だが、倫理とは詰まるところ「私たちが何かを選ぶことに関すること」であるがゆえに、誰もが日常生活の中で従事する身近な実践である。「人生は選択の連続である」とよく言われるが、言うまでもなく私たちは毎日、朝起きてから夜寝るまで、大なり小なりさまざまな選択をして生きている。しかしながら私たちは、幸か不幸かその一つひとつの選択をそれほど意識することなくやり過ごして生きることができるのである。しかしながらアルベール・カミュが指摘しているように、私たちがこれまでしてきた(これからしていく)小さな選択、大きな選択の積み重ねが(未来の)私たち自身を作っている(作っていく)のである。この意味で私たちの人生とは「私たちが何かを選ぶこと」の総和であり、そのような選択の総和としての人生をどう生きるべきかを考えることが(広義の)倫理にほかならないのである。

日本看護倫理学会第10回年次大会 シンポジウムⅠ

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 座長の立場でシンポジウムの内容を概説する。木澤晃代は日本看護協会が実施している認定看護師教育課程にプラスした特定行為研修教育の経験から、この制度が求めている手順書や共通科目、行為区分ごとの専門科目など制度の概要や、医師の思考プロセスを学ぶことが求められている等の解説があった。その上で、役割拡大の時期だからこそ倫理綱領を紐解き、臨床看護師の育成をすることが重要であると述べていた。

 本田和也は診療看護師(NP)の実践者の立場からの実践をデータ化し、長崎医療センターでの活動内容と、ヘリコプター搬送による早期に患者を自宅に退院させる「帰島支援」と離島で活動する「地域医療の担い手」としての診療看護師(NP)との連携にも言及した。その上で、医師との密なコミュニケーション、安全性、低侵襲を考慮した行為の選択、実施、病態として最適であり、かつ患者、家族の望む環境でのケア、キュアの継続が倫理的判断の要素であると結論付けた。

日本看護倫理学会第10回年次大会 シンポジウムⅡ

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 意思決定とは、ある目的を達成するために、複数の手段の中から一つの選択をすることによって行動方針を決定することをいう。意思決定支援において看護職がジレンマを感じるのは、患者自身が何らかの理由で意思決定できないときである。そんな時、看護職はどのように対応すればよいのだろうか。本シンポジウムでは、意思決定に関する看護職共通の問題をとりあげ、看護職、患者の家族、医師、弁護士の立場から発言いただき、患者が意思決定できないとき、何を考え、どのようにすべきなのかを考える機会とした。

 最初に登壇した高橋久美子氏(大分県立病院看護師長)は、「周産期看護の立場から」と題し、生命誕生の現場で妊娠・出産にともなうリスクをもつ母子の双方の状態を考慮しながら意思決定を支援するケアについて実践例を含めて話された。2人目の三浦恵子氏(認知症の人と家族の会)は、「認知症の人の意思決定を支える家族の想い」と題し、家族の立場から認知症患者への医療の選択について、ご自身の家族への胃ろうの選択から看取りまでの体験も含めて意思決定に対する医療従事者の支援について語られた。3人目の楢原真由美氏(大分健生病院理事長)は、「臨床倫理委員会における倫理コンサルテーション」と題し、医師として臨床倫理委員会を立ち上げて現場からの倫理コンサルテーションを受けている取り組みや、インフォームド・コンセント後の患者の意思決定プロセスを大事にする診療活動について話された。最後に久保井摂氏(九州合同法律事務所)は、「インフォームド・コンセントの主役は患者」と題し、弁護士の立場から患者の近い存在で患者の「最善」は何かという問題に直面する看護職の活動と基本的人権や患者の権利に関して法律実務家として語られた。

基本情報

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日本看護倫理学会誌
10巻1号 (2018年3月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:1883-244X 日本看護倫理学会

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