BRAIN and NERVE 71巻11号 (2019年11月)

増大特集 ALS2019

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特集の意図

シャルコーによって最初の報告が行われてからちょうど150年。筋萎縮性側索硬化症(ALS)は依然として難病である。しかし,分子病態や原因遺伝子が明らかにされ,“治せる病気”へと一歩ずつ着実に進んでいる。複数の治験が現在進行中であり,2019年におけるALSを取り巻く現状,そして今後の展望について多方面から論じる。

ALSの疫学と発症リスク 成田 有吾
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ALSの最近の疫学的報告を中心に紹介した。発症率・有病率は,東アジアで低く,欧米白人で高く,日本はその中間と推定された。男女比は1.3〜1.6倍で男性に高く,加齢による増加を確認した。1997〜2015年度の本邦のALS医療受給者証所持者数を集計し,日本のALS診療ガイドライン(2013)上の,発症率1.1〜2.5,有病率7.0〜8.5(人/10万人/年)の見積りは妥当と判断された。ALS発症リスクとして喫煙が挙げられたが,他要因についてはさらなる検討が必要であった。

診断基準と電気診断の変遷 野寺 裕之
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ALSの診断基準はいくつかあるが,改訂El Escorial診断基準が最も多く用いられてきた。早期例での検出力に問題があることから,針筋電図による線維束収縮電位を積極的に取り入れたAwaji電気診断基準が提唱され,下位運動ニューロン障害が鋭敏に検出できるようになった。さらに,上位運動ニューロン障害の整合性を高めたUpdated Awaji診断基準が提唱されたり,線維束収縮を超音波で検出したりすることで,より早期例の検出を可能とする診断基準が制定されようとしている。

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Split handとは,母指球筋や第一背側骨間筋が萎縮するのに対し,小指球筋が比較的保たれる現象を指す。この所見は,筋萎縮性側索硬化症(ALS)に特異的に認められると考えられている。本論ではsplit handを含め,ALSに特徴的な筋力低下や筋萎縮の分布,神経徴候を概説し,これらの徴候の背景病態やALS診断における有用性を考察する。

ALSの病理 吉田 眞理
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筋萎縮性側索硬化症(ALS)は病理学的に上位運動ニューロン(UMN)と下位運動ニューロン(LMN)がさまざまな程度の組合せで障害される疾患である。孤発性ALSのLMNではTDP-43の核内局在が消失し,細胞質に異常に凝集して封入体を形成する。TDP-43の封入体は運動ニューロン系を超えて神経細胞とグリア細胞に分布する。病変の進展機序に,TDP-43のプリオン病様蛋白伝播仮説が提唱されている。

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筋萎縮性側索硬化症(ALS)の約10%を占める家族性ALSの解析を通じて20以上の病因遺伝子が明らかになっている。本総説では日本人の家族性ALSで頻度の高い病因遺伝子を中心にその臨床的な特徴をまとめる。近年明らかになった家族性ALS病因遺伝子の機能異常は蛋白恒常性維持機構の破綻,RNA代謝異常,軸索病態・細胞骨格異常といった分子病態に収斂してきており,家族性ALSの病態解明とそれを基盤にした治療開発の現状にも触れる。

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TDP-43蛋白質の封入体形成機構は,筋萎縮性側索硬化症(ALS)の主要な分子病態機序である。ALS原因遺伝子の機能解析から,TDP-43封入体形成にはストレス顆粒形成,蛋白質分解機構,TDP-43蛋白質の自己調節機構の破綻などが関わることが見出された。これらの解明された分子病態に基づく,ALS治療方法の確立が期待される。

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2011年にC9orf72遺伝子のイントロン1内の6塩基(GGGGCC)繰り返し配列の伸長変異(HRE)が,白人の孤発性および家族性筋萎縮性側索硬化症(ALS)そして前頭側頭型認知症(FTD)の最も頻度の高い原因であると報告された。日本のALS患者群では,C9orf72変異陽性例は孤発性ALSの0.2%,家族性ALSの約2.6%で,紀伊半島の多発地帯の解析では20%(3/15)と高頻度であった。われわれは詳細な家族歴を確認し,孤発性および家族性ALS/FTDにおいて,C9orf72をはじめ病因そして病態を探っていくべきである。

プリオノイド仮説の現状 野中 隆
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多くの神経変性疾患においてプリオン様凝集体が細胞間を伝播するというプリオノイド仮説が注目されている。タウ,αシヌクレイン,TDP-43などの凝集性蛋白質が細胞内で凝集体を形成し,これらが細胞間を伝播して細胞内でシードとして機能することが多数報告されている。そのメカニズムの詳細は明らかになっていないが,それらの細胞間伝播を抑制することは新たな治療法の開発につながることが期待される。

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ALS患者に適切な診療とケアを提供し,治療開発を推進するために,患者レジストリの果たし得る役割は大きい。わが国のALS患者レジストリJaCALSからは多様なALS患者の自然歴,遺伝的背景,進行・予後に関わる臨床的,遺伝的背景が示され,生体試料を活用した病態解明,創薬の取組みも行われている。今後さらに大規模症例数を生かしたリアルワールドエビデンスの創出が試みられる予定である。

ALSとFTD 渡辺 保裕
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筋萎縮性側索硬化症(ALS)と前頭側頭型認知症(FTD)はしばしば合併する。言語障害型FTDの進行性非流暢性失語症(PNFA)と意味性認知症(SD)はそれぞれ特有の進行性失語症状を呈する。行動障害型FTDの認知機能障害の特徴は,遂行機能障害,語流暢性の障害,言語機能の障害である。行動異常は早期から無関心(アパシー)や脱抑制などが認められる。ALSではFTDの基準を満たさない軽度の認知機能障害,行動異常はさらに高頻度に認められる。これらの神経・精神症状を適切に評価し,非薬物的および薬物的介入につなげることが重要である。

紀伊ALS/PDCの現状2019 小久保 康昌
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紀伊半島の筋萎縮性側索硬化症/パーキンソン認知症複合(紀伊ALS/PDC)の2015年以降の最近の知見として,毛髪中の遷移元素解析,ドパミンPET,多発地区でのライフスタイルの変化,神経毒BMAA解析,migration症例,18例の神経病理,小脳のタウ病理,ニトロ化ストレス解析,optinurin病理,タウPET,の各論文について概説した。また,現時点での病因に関して考察した。多発地区では,同じ環境に少数の発症者と多くの非発症者が存在することや短期間多発地に居住した転出者に発症例がいる一方,90年以上居住しても発症していない住民もあり,環境要因への単純な曝露のみを原因とすることには無理がある。このような現象の遺伝学的な説明として,rare-disease and rare-variantモデルが提唱されている。さらに,ここ数十年に起きた多発地区での疾患頻度の減少という事実は神経変性疾患がなんらかの介入によって病態修飾し得るということを示唆しており,本疾患のrisk遺伝子と環境要因を突き止めることは,神経変性疾患全般の予防や早期介入に寄与するものと期待される。

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1993年に家族性ALSの原因遺伝子として活性酸素分解酵素であるSOD1遺伝子の変異が発見され,フリーラジカル障害がALS病態に深く関わることが示唆された。そこで急性期脳梗塞治療に認可されていたフリーラジカル除去薬エダラボンを用いたALS患者への臨床治験が行われ,症状進行抑制効果を認めたことを受け2015年6月に新規治療薬として認可された。本稿では,当科が取り組んできたALS治療新規開発に向けた基礎・臨床研究の成果をご紹介する。

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われわれはALSに対する新規治療法の開発のために,ALSラットに対して肝細胞増殖因子(HGF)蛋白の髄腔内持続投与を行い,明確な治療効果を確認した。さらにマーモセットおよびカニクイザルに対するHGF蛋白の髄腔内持続投与による安全性(毒性)および薬物動態試験を行った。東北大学病院におけるALS患者に対する第Ⅰ相試験を経て,現在,大阪大学との2施設で医師主導治験による第Ⅱ相試験を行っている。

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高用量メコバラミンは臨床経験をとおして筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対する有効性が示唆され,第Ⅱ/Ⅲ相試験(E0302-J081-761)において部分解析ではあるが発症1年以内のALS患者に対して生存期間延長とALS機能評価スケール(ALSFRS-R)合計点数の低下の抑制効果が認められた。今回われわれは発症1年以内のALS患者に対する高用量メコバラミン(E0302)の有効性・安全性の検証を目的として「高用量E0302の筋萎縮性側索硬化症に対する第Ⅲ相試験—医師主導治験—」(JETALS)を開始した。本治験は前向き,多施設共同,プラセボ対象,二重盲検,ランダム化比較第Ⅲ相試験であり,国内25施設が参加する。128例の被験者に対して16週にわたりE0302 50mgもしくはプラセボの週2回筋肉注射を行う。主要評価項目は割付日から16週目までのALSFRS-R合計点数の変化量である。症例登録期間は2017年11月〜2019年9月であり,2020年3月に治験終了予定である。有効性が確認され早期に承認されることが期待される。

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孤発性筋萎縮性側索硬化症(ALS)の運動ニューロンではAMPA型グルタミン酸受容体を構成しているGluA2のQ/R部位の編集率が低下しており,AMPA受容体を介したCa2+流入が過剰となり,最終的に運動ニューロン死に至ると考えられる。実際,AMPA受容体拮抗薬ペランパネルの全身投与は,ALSの病態モデルマウスの病態進行を有意に阻止した。現在,孤発性ALSを対象としたペランパネルの無作為化二重盲検臨床試験を行い,2020年春にはその結果が得られる。

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2018年12月より,筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者に対するロピニロール塩酸塩の安全性・忍容性および有効性を探索するプラセボ対照,二重盲検期および非盲検継続投与期から成る第Ⅰ/Ⅱa相試験を開始した。ロピニロール塩酸塩は,家族性および孤発性ALS患者の疾患特異的iPS細胞(iPSC)を用いて作成された脊髄運動ニューロンのin vitro疾患表現型を抑制し得る薬剤として,1,232種類の既存薬ライブラリーからスクリーニングされた薬剤であり,本試験の成否は今後のiPSC創薬研究の試金石となる。

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筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態において変異SOD1やTDP-43を代表とするミスフォールド蛋白質は細胞内外で多彩な病的パスウェイの原因となる。ワクチンや抗体分子を用いた免疫療法は特定の構造のみを標的とすることが可能なため有力な分子標的治療であるが,ミスフォールド蛋白質の主座が細胞内外のいずれかによってアプローチが異なり,細胞外蛋白質には全長抗体,細胞内蛋白質には一本鎖抗体(scFv)の開発研究が進んでいる。

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左手指の伸展障害を呈した75歳,男性の症例を経験した。デュプュイトラン拘縮により,手指の伸展制限を認めたが,それのみでは説明がつかない母指の外転や手関節伸展の障害を認めた。筋力低下の分布からは,C7,C8,Th1髄節に筋力低下があり,針筋電図でも同部位に脱神経所見を認め,遠位型頸椎症性筋萎縮症の合併と診断した。デュプュイトラン拘縮と遠位型頸椎症性筋萎縮症は,ともに手指の伸展が障害される疾患で症状が類似していることから,両者が合併した場合,いずれかを見落とす可能性がある。デュプュイトラン拘縮では手掌の数珠状の硬結が,遠位型頸椎症性筋萎縮症では髄節性の筋力低下や,針筋電図検査による障害部位の分布が診断に有用である。

現代神経科学の源流・11

伊藤正男【中編】 宮下 保司 , 酒井 邦嘉
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伊藤研究室の隆盛

酒井 伊藤先生が1962年に帰国されてからのご研究は,どのようにして実ったのでしょうか。

宮下 1964年から,日本での研究の論文が出始めます。記念碑的な論文が1つありまして,『Experientia』というジャーナルに出た1964年の論文1)です。小脳を刺激すると,ダイテルス核の細胞に抑制性のシナプス後電位が出たという発見です。その電位が単シナプスに対応する短い潜時で出たので,小脳の主要な出力が抑制性ということになり,これは予想外の結果でした。

連載 臨床で役立つ末梢神経病理の読み方・考え方・8

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はじめに

 M蛋白血症は,異常に増殖した形質細胞,あるいはB細胞から免疫グロブリンやその構成成分が単クローン性に産生分泌された状態である。加齢に伴ってM蛋白血症の有病率は高くなり,健常高齢者の数%にM蛋白血症が確認される。M蛋白血症をきたす代表的な疾患は多発性骨髄腫やAL(amyloid light-chain)アミロイドーシスがあるが,M蛋白血症患者の中に髄鞘蛋白であるミエリン随伴性糖蛋白質(myelin-associated glycoprotein:MAG)に対する自己抗体を保有している一群が存在する。MAG抗体を実験動物に受動免疫させるとニューロパチーをきたすことが確認されており,MAG抗体はニューロパチーの原因であることが証明されている。連載第8回となる今回は,MAG抗体陽性ニューロパチーに特徴的な腓腹神経病理所見を提示する。

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ALS治療開発の研究を支援する「せりか基金」。漫画『宇宙兄弟』から生まれたこの活動は,多くの支援に支えられ,3年目を迎えた。この基金が生まれた背景や現状,これからの展望を,代表の黒川久里子さんにうかがった。

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 同級生の坂井建雄教授が2年余りの歳月をかけて『図説 医学の歴史』という渾身の1冊を上梓した。坂井氏の本業は解剖学である。学生時代から解剖学教室に入りびたりの生粋の解剖学者である。卒業後,それぞれの道に専念し接点があまりなかったが,再度会合したのが医学史の分野であった。聞くところによると,ヴェサリウスの解剖学から歴史に興味を持ったそうであるが,私が読んだ「魯迅と藤野厳九郎博士の時代の解剖学講義」の研究は秀逸であった。2012年に坂井博士の編集による『日本医学教育史』(東北大学出版会)が出版されて以来,より親しくさせていただいている。坂井博士は恩師養老孟司先生と同様,博学であると同時に,好奇心に満ちている。自分の知りたいことを調べて書籍化していると感じる。

 さて,本書は表題が示しているとおり写真や図版が多い。特に古典の図版の引用が多いが,驚くなかれ,その多くは坂井博士自身が所有されている書籍からの引用である。2次文献ではなく,原則原典に当たるという姿勢は全編を貫く理念であり,それが読む者を圧倒する。まさしく「膨大な原典資料の解読による画期的な医学史(本書の帯)」である。また,史跡の写真も坂井博士自らが撮影したものが多く,医学史の現場にも足を運んだことがよくわかる。また,書中に「医学史上の人と場所」というコラムが挿入されており,オアシスのような味わいを出している。内容もさることながら,人選が面白く,医学史上の大家から市中の名医(荻野久作など)までが取り上げられている。

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 最近の外国人旅行者の増加,そして今後の外国人労働者の受け入れ拡大が議論される中,医療現場における外国人への対応は喫緊の課題になっています。

 筑波大学の森島祐子先生らが2006年に発刊された本書の兄貴(姉貴)分である『そのまま使える 病院英語表現5000』は,外来,救急現場,病棟などさまざまな場所で大活躍しており,私もこの本の大ファンの1人です。外国人の患者さんに対して最初のコンタクトを取る際に,受付,外来診察室,手術室など,それぞれの関連ページを開いてそこに記載されている文章を読み上げれば(場合によってはお見せすれば)よいということで,多職種の人たちがあまりちゅうちょせずに外国人の患者さんとのコミュニケーションを取れるようになってきました。

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目次

欧文目次

バックナンバーのご案内

次号予告

あとがき 神田 隆
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 今年も脳神経内科の専門医試験が終了し,199人の専門医が新たに誕生しました。リタイアする先生方の数を差し引きすると遅々とした増え方で,日本に脳神経内科専門医が充足するまでにはいまだ道遠しという感がありますが,毎年200人前後の新専門医がコンスタントに誕生しているのはとてもよいことだと思います。私は10年以上この試験に問題作成の委員として関与しており,専門医認定委員長を拝命してから今年で3年目です。1〜4月頭まで平均7回の日曜日全日を問題作成に充てるというハードな委員会で,7月に面接試験が終わると本当に肩の荷が下りた感じがします。委員会の席上ではそれぞれの専門分野の先生が常識と思っていることとその他の先生との認識の乖離が新鮮で,委員会で発せられる専門家の意見はとてもよい勉強になります。この委員会を通じてつくづく感じることは脳神経内科の守備範囲の広さ,common diseaseから難病まで関わる疾患の多彩さで,この1点だけをとってみても基本診療科としての要件を十分満たしていると思います。先生方はどのようにお考えになりますでしょうか。

 今月の増大特集はALSです。表紙には,ALSに罹患しキャリアが終焉したニューヨーク・ヤンキースのスラッガー,ルー・ゲーリック(Henry Louis Gehrig;1903.6.13-1941.6.2)のカリカチュアをイラストレーターの長場 雄さんに描いていただきました。米国でこの病気が「ルー・ゲーリック病」と称されて一般の市民にもよく理解されていることは読者の皆様もよくご存知と思いますが,アイス・バケツ・チャレンジなどと並んで,この疾患を一般の人々にもよく理解していただこうという努力は今後日本でも必要なことだろうと思います。既にALSを発症していたと考えられる1938年のシーズンにも,ゲーリックは打率.295,29本塁打,114打点という優秀な成績を残していますが,アスリートであること,頭頸部に外傷歴があることがALSのリスクを増すという説はおそらく真実であろうと思います。外傷とTDP-43蓄積との間のリンクは今後どのように解明されていくのでしょうか。

基本情報

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BRAIN and NERVE
71巻11号 (2019年11月)
電子版ISSN:1344-8129 印刷版ISSN:1881-6096 医学書院

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