BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 71巻12号 (2019年12月)

特集 小脳と大脳—Masao Itoのレガシー

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特集の意図

2018年12月18日,伊藤正男先生が永眠された。伊藤先生は小脳の「長期抑圧」などを発見したことで知られるが,小脳研究にとどまることなく,小脳と大脳の関連性にも言及され,国内外の研究機関の設立に携わるなど,さまざまな方面に多大な業績を遺された。これらのレガシーを紐解くことは今後の神経科学・脳科学の課題を明らかにするのではないだろうか。次の時代のブレークスルーを生み出すきっかけとなることを祈念して本特集号を贈る。

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酒井 本特集号が発行される2019年12月に,伊藤正男先生がご逝去されてから1年を迎えます。この鼎談では,伊藤先生がわれわれに託された学問的な遺産,レガシーをとおして,脳科学の未来について考えてみたいと思います。

 そこで本日は,日本脳科学関連学会連合でともに副代表を務められている伊佐 正先生と髙橋良輔先生をお招きしました。それぞれ基礎研究と疾患研究の専門家であるお二方より,伊藤先生の神経科学における貢献などについてお話しいただきたいと思います。

小脳から大脳へ 外山 敬介
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研究は成功と失敗の連鎖でしたが,その間に小脳遠心系神経回路の動作機構,大脳皮質神経回路と可塑性の層依存性の発見などがありました。伊藤先生なしにはあり得ない研究人生でした。伊藤先生から賜ったご恩に深く感謝し,衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。

脳と人工知能 甘利 俊一
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脳は意識を持つ情報機械で,知的機能を進化の結果として獲得した。人工知能(AI)は知的機能をコンピュータ上に実現しようとしている。伊藤正男先生は早くから脳,意識,情報を一体として考える統合的な脳科学を構想し,研究グループを組織し指導してきた。本論考ではAIにおける深層学習のしくみを初めに考え,これを脳と対比する。さらに,脳における意識と心の機能を考え,AIがこれにどう迫れるのかを考えよう。数理脳科学は脳の基本原理を数理の力で解明することを目指し,脳とAIの双方を結ぶ方法と言える。脳研究とAI研究のさらなる交流が必要である。

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前頭前野は霊長類で大きく発達し,行動の認知制御において重要な役割を果たすと考えられている。大脳の視覚系や運動系では領野間の機能分化の研究が進んだ。前頭前野についても他の脳部位との解剖学的結合の違いから少なくとも数個の領野に区分されることがわかっている。しかし,前頭前野の機能分化の研究はあまり進んでいない。機能分化の知見は複雑な行動の認知制御過程をより要素的な過程に分解して理解することも助けると期待される。

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伊藤正男先生は小脳神経回路基盤の解明に多大な貢献をされ,運動学習理論や内部モデル仮説を提唱し,いかにして小脳機能が実現するのかを追究された。本論では,小脳機能の基盤となる神経回路とそれを構成する細胞種について概説する。そして,生後発達の過程で,小脳神経回路がシナプスの形成と刈り込みを通じてどのように形づくられるかを紹介する。抑制性神経細胞やグリア細胞の成熟についても述べる。

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伊藤正男先生が2018年12月に90歳でご逝去された。伊藤先生は小脳回路の研究で大きな業績を挙げられただけでなく,日本神経科学学会(協会)の創設,理化学研究所脳科学総合センターの設立,国際脳研究機構の会長,ヒューマンフロンティアサイエンスプログラムの設立,ほかFAONSなどアジア地域での学会連合の設立などを通じて,広く国内外の神経科学の推進に貢献された。

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伊藤正男先生が1989年3月7日に行った東京大学医学部最終講義をダイジェストで再録する[伊藤正男著『脳と心を考える』(紀伊國屋書店1993年)第6章より3カ所割愛]。「小脳と大脳」と題して行われたこの講義は,脳機能に対する深い洞察と示唆に富み,随所にユーモアが感じられる名講義であった。伊藤先生が逝去された翌週,私は当時の図をすべて使いながらこの講義の再現を試みたが,30年経ったいまなおその先見性に目を開かれる思いがした。再録をお許しいただいたご家族に深謝したい。

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連載「現代神経科学の源流」は,現代神経科学それぞれの領域を切り拓いた「源流」と呼べる人物のさまざまなエピソードをとおして神経科学の魅力を再発見することを目的として2013年にスタートしました。その記念すべき第1回は伊藤正男先生にご登場いただき,師・エックルス(John Carew Eccles;1903-1997)について語っていただきました(本誌2013年5〜7月号に前・中・後編に分けて掲載)。伊藤先生の研究の原点が凝縮されている対談の模様を,本特集を機にダイジェストでお届けいたします。

寄稿

伊藤正男先生の思い出 永雄 総一
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 私が伊藤正男先生に初めてお会いしたのは,1973年の医学部2年の生理学の講義でした。小脳片葉による前庭動眼反射の学習制御仮説を,先生は黒板を使って丹念に説明されていました。

 1979年に私は先生の教室の院生となり,40年近く先生の仮説のキーとなる眼球反射の実験を様々な動物を使ってさせていただきました。その間先生はこういう実験をしたらどうかと提案されることはありましたが,その結果や解釈については何もおっしゃいませんでした。先生のお考えが隅々まで分かるのは,論文の原稿を直していただいた時だけでした。また,難しい実験を先延ばしにしても先生は黙認していました。教室の先輩方も,伊藤先生の指示に盲目的に従ってはだめという意見の方が多いようでした。要するに「私の指示を参考にして自分の頭で考えて実験をし,その結果を自分の頭で考えて論文を書きなさい。必要ならば結果を見て,私の考えも修正します」が先生の基本的スタンスであり,「論文まだですか。いつでも直します」が先生の口癖でした。

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われわれの体と神経系はほぼ左右対称な構造となっているが,利き手で精巧な作業をしたり両手でピアノを弾く場合など,左右非対称な動作をすることがしばしば見られる。この当たり前の動作をコントロールしているのは,左右非対称にはたらく脳や脊髄である。これまでその神経機構は多くが未知のままだったが,最近,左右脳間の相互抑制回路が細胞レベルで同定され,左右非対称な運動に重要な役割を果たすことが明らかにされた。

現代神経科学の源流・12

伊藤正男【後編】 宮下 保司 , 酒井 邦嘉
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技術の進歩で変わる研究

酒井 宮下先生の最初の論文1)に発表された伊藤研究室での実験において,特にご苦労されたのはどのあたりでしょうか。

宮下 やはり破壊実験(lesion study)特有の難しさでしょう。

連載 臨床で役立つ末梢神経病理の読み方・考え方・9

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はじめに

 クロゥ・深瀬症候群(Crow-Fukase syndrome:CFS,欧米ではPOEMS症候群と呼ばれており,POEMSというのはpolyneuropathy,organomegaly,endocrinopathy,M-proteinemia,skin lesionの頭文字に由来する)は多発ニューロパチー型の末梢神経障害に加えて,全身の浮腫,臓器腫大,内分泌異常,M蛋白血症,皮膚病変,骨変化などの全身症状を伴う症候群である。CFSを末梢神経障害だけで診断することは不可能であり,全身の症状や神経学的所見,血液検査や電気生理学的所見を総合的に判断して診断しなければならない。しかし,CFSは末梢神経障害で発症する症例が多く,病初期には上記の全身症状すべてが揃うことは稀であるため,しばしば慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy:CIDP)と誤診され,確定診断が遅れてしまう。CFSの治療はほぼ確立されているが,CIDPなどの誤った診断のもとに免疫グロブリン大量静注療法などの無効な治療がなされ,重篤な障害に至ってしまう症例が稀ならず存在する。腓腹神経の生検病理所見だけではCFSを確定診断することはできないが,末梢神経障害のみが存在する病初期にCIDPなどの他疾患を正確に鑑別する目的で腓腹神経生検は有用である。連載第9回となる今回はCFSの腓腹神経生検病理所見を提示する。

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はじめに

 ECTRIMS(European Committee for Treatment and Research in Multiple Sclerosis)2019は9月11〜13日にスウェーデンの首都ストックホルムの国際会議場で開催された。今年は招待講演を含めて演題数は1,669に達した。ECTRIMSは世界最大の多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)の学会で,今年で35回を迎える。“Multiple Sclerosis Journal”がECTRIMSの機関誌である。

 ストックホルムの夜はネオンや街灯が乏しく暗い印象を与えるが,香港の学生たちを見ていると,街の灯りは自由や人権,民主主義のバロメーターとは相関しないようである。

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あとがき 酒井 邦嘉
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 私が宮下保司先生の研究室で電気生理学を学び始めて少し経った頃(1990年),ジョン・C・エックルス先生が来日された。伊藤正男先生は私に,エックルスご夫妻を上野駅までお送りして鞄持ちをするようにと指示され,「これは一生の思い出になるよ」とおっしゃった。拙い英語で雑談をしながらも役得でエックルス先生のサインをいただいたところまではよかったが,駅に着いて立ち往生した。当時はまだバリアフリーとほど遠い状態で,構内の高い階段が高齢のご夫妻を阻んだからだ。そこで渋る駅員に掛け合って,業務用のエレベーターを乗り継ぎ,やっとホームまでたどり着くことができた。もし途中で捻挫でもされていたら,私は破門の憂き目にあったかもしれない。

 伊藤先生は,そんな不肖の孫弟子にまであたたかかった。伊藤先生の日本学士院会員就任祝賀会(1989年)で撮影係をやっていたところ,スピーチの直後にわざわざ歩み寄って労をねぎらっていただいたことがある。日本神経科学学会の会場では,私のポスターにまで足を止めて議論してくださったことに感激した。そもそも私が初めて聴いた脳科学の講義は,伊藤先生の「東京大学医学部最終講義」だった。この講義を聴き終えて物理の研究室に戻ったところ,堀田凱樹先生が「屈指の名講義だった」と興奮気味におっしゃったことを思い出す。その場に居合わせた人は誰しも,生涯忘れられない講義になったに違いない。

基本情報

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BRAIN and NERVE-神経研究の進歩
71巻12号 (2019年12月)
電子版ISSN:1344-8129 印刷版ISSN:1881-6096 医学書院

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