BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 69巻7号 (2017年7月)

増大特集 あしたのアルツハイマー病治療

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特集の意図

アルツハイマー病の臨床研究,新薬治験を総括した。これまで部分的,単発的な認知症特集は刊行されているが,今回は国内の認知症医学・医療の最先端にいる研究者自身による現状課題の精査に重点を置くと同時に,その挑戦に欠かすことのできない組織,活動についても取り上げ,一分の隙もない網羅的な議論を集めるよう心がけた。その結果,従来議論されなかった新しい医師主導臨床研究の視点を加味した各専門領域の責任者による真摯な思考と見解の有機体とも言える特集が生まれた。この臨床総括は,進行中の最先端認知症医療研究事情を議論する礎となるばかりでなく,あしたの認知症克服への確実なステップになると信じて疑わない。

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社会をめぐる状況

 国民病といわれる範疇に,認知症とうつ病が新たに加わり,2011年以来五大国民病と呼ばれる総称も定着してきた。政府も認知症対策を正面から講じつつある。国民の認知症への憂慮はどの程度であるのか,何を期待しているのかが施策に反映されるようになってきている。かたやわれわれ自身も,もはやメジャーとなった認知症という国民病に対してどのように対峙し,患者,家族の救いとなれるのかを医療の立場から追い求めなければならない。認知症の中でも大多数を占めるアルツハイマー病の新薬開発は喫緊の課題として切望されていることは言を俟たない。なぜ新薬が登場しないのか。製薬企業の開発現状だけでなく大学や研究所での取組み事情を厳しく正視するところから始めたい。

 この領域での世界のリーダーは,やはり米国や英国である。それが証拠に,テレビ,新聞での海外報道は実に微に入り細に入り,頻繁である。ただ,その米国をもってしても新薬開発は失敗の連続であり,治験中止により統廃合された製薬企業も少なくない。それでも世界中が挑戦を続ける理由を考えたい。まずは,患者人口の絶対数すなわち市場規模が半端ではなく大きいこと,日本や米国のような先進国だけではなく,今後開発国を含めて高齢化が進むにつれ,さらなる患者数の増加が世界規模で確実に予測されていることが挙げられる。また,他の疾患とは異なり,介護のために離職することで経済基盤と社会から隔離されることも少なくない。長年連れ添ったパートナーを,あるいは時として親をも殺す状況に追い込まれる病気が認知症であり,先進国の自国民のため,開発国の国民のため,さらには製薬企業が利潤追求以上の社会貢献という視点も開発を進める動機となっているはずである。

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近年アルツハイマー病(AD)の治療薬治験の対象として,認知機能障害出現以前の病期が注目されている。「AMEDプレクリニカル研究」は,AD dementia以前の病期である,軽度認知障害および「preclinical AD」の疾患バイオマーカーの確立を目指す全国的な多施設共同の観察研究である。臨床評価と認知機能検査,遺伝子検査,体液バイオマーカー検査,アミロイドPETやMRIなどの画像検査を3年間にわたり実施する。

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DIAN観察研究は,家族性アルツハイマー病患者のバイオマーカーの変化を明らかにした。われわれは日本においても同様の研究を行うべく,ワシントン大学と交渉し,国際共同研究としてのDIAN-J研究を開始した。しかしそれは米国での基準を満たさなければならず,大きな困難を伴うものであった。米国では2013年からDIAN-TUという治療介入研究が始まっている。2017年からは次期のDIAN-TU研究が始まる予定であり,日本も参加すべく準備中である。

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相次ぐアルツハイマー病による認知症患者を対象とした疾患修飾薬の臨床試験の不成功を受け,アミロイドカスケード仮説に基づいたアルツハイマー病疾患修飾薬の臨床試験の対象は,認知症に至る前の軽度認知障害や無症候のプレクリニカル期での早期投与にシフトしてきている。プレクリニカル期での臨床試験や病態介入に伴う課題と,早期介入による先制医療の実現に向けた取組みの現状と将来について概説する。

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アルツハイマー病を根本的に抑制する疾患修飾療法が現在開発中である。脳内に異常蓄積するアミロイドβをターゲットにした,免疫療法,セクレターゼ阻害薬,凝集阻害薬などがこれに含まれている。この過程で,ゲノム上のリスク遺伝子保有者における治療薬の有効性と副作用が異なる場合があることが報告されてきた。本論ではリスク遺伝子を有する患者群に関連した臨床試験に関して概説する。

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アカデミアでは研究者が自身の臨床研究を計画し結果を見出す研究者主導臨床研究が多く実施されている。規模の大きい臨床研究にあっては,単独ではなくチームを編成して実施していくこととなる。そしてそのチームには,研究者のほか支援スタッフも含まれ,それぞれの役割を果たすことで円滑な研究推進につながる。本論では臨床研究支援の現状を述べるとともに,DIAN研究の研究者主導国際臨床研究を実施した際の支援組織を紹介する。

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アルツハイマー病(AD)の疾患修飾薬開発では,認知症には至っていないが,バイオマーカーではADを発病していることが示唆される人たちを対象に治験を実施することが求められている。ADバイオマーカーの検査は費用が高額であったり侵襲性が高かったりすることから,多数の認知機能正常高齢者の中からバイオマーカーの陽性率が高いと予想される群を抽出して治験参加を呼びかけるために,インターネットを利用したレジストリが構築されつつある。

オレンジプラットホーム 鳥羽 研二
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オレンジレジストリ研究とは,日本医療研究開発機構(AMED)の支援のもと,国立長寿医療研究センターを含めた全国30余りの施設規模で行われている多施設共同研究である。当研究は,前臨床(プレクリニカル)期,軽度認知障害(MCI)期,認知症期(ケア期を含む)と認知症の病期に応じて縦断的に研究班を組織し,切れ目のないしくみをつくっている。また,横断的に,システム連携,国際連携,クリニカル・イノベーション・ネットワーク(企業との連携を模索)など,研究運営上の基盤整備,産官学ネットワークづくりにも留意している。アルツハイマー病を含めた認知症全般に関する治験や臨床研究のいっそうの進展が期待されている。

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アルツハイマー病(AD)に対する疾患修飾薬の開発が進められている。現在では,認知症期のADはその長い病理学的過程の最終段階であり,より変化の軽度な段階での介入が必要であるとされる。無症候ながら脳内ではAD病理学的変化を有する「preclinical AD」に対する介入研究を目標とした場合にはいままでとは異なるパラダイムによるtrial ready cohortの確立が世界規模で必要と考えられている。

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わが国は超高齢社会を迎えて認知症の急増が医療・社会問題となっている。そのため,生命科学の研究手法を融合させたコホート研究によって,認知症の危険因子を同定し,その病態を解明する必要がある。本研究では,全国8地域において地域高齢者1万人から成る認知症コホート研究を設立する。各地域で標準化された調査項目や診断基準などのデータを収集する。さらに,基礎研究の知見を積極的に活用し,認知症の病態解明と予防法の確立を目指す。

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百寿者は認知症の低リスク群として注目され,世界各国で百寿者の認知機能や認知症リスク因子に関する研究が盛んになっている。東京百寿者研究では約6割の人が認知症と判定されたが,110歳まで到達したスーパーセンチナリアンでは100歳時点の認知機能は良好に保たれていた。スーパーセンチナリアンはアポε4アレル頻度も極めて低く,遺伝的背景を網羅的に解析することにより認知症の防御因子に注目した治療薬の開発につながることが期待される。

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アルツハイマー病の臨床研究では,臨床症状と認知機能障害を定量化して重症度を記載するため,臨床評価尺度と認知機能検査が用いられる。近年,プレクリニカル期アルツハイマー病や軽度認知障害を対象とした研究が増え,使用されるスケールも変化している。国際共同研究では難易度を等しく保ちながら翻訳し,標準化を行う過程が必要である。また,多施設共同研究では手順の画一化を図り,質の高いデータを得る工夫も重要である。

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アルツハイマー病(AD)のゲノム研究は,AD病態の解明に大きく貢献してきた。優性遺伝性ADの原因遺伝子APP,PSEN1,PSEN2の変異は,いずれもアミロイドβを介した病態が生じる。孤発性ADにおける最大の遺伝的リスクAPOEに加え,AD発症を促進するレアバリアントが同定されている。一方で,AD発症に防御的に作用する遺伝的要因も知られている。遺伝的なリスク因子と防御因子の両面からAD病態に迫り,AD治療の新たな可能性を考えてみたい。

MRI解析の進歩 松田 博史
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アルツハイマー病においてMRIは早期診断,鑑別診断,および進行度評価に必須の検査法となっている。構造評価においては,視覚に頼らないコンピュータによる萎縮の自動診断が日常臨床で可能である。さらに内側側頭部の亜区域体積測定や精度の高い縦断体積測定が可能となり,治験におけるサンプルサイズの算出などに役立つ。また,局所的な萎縮を捉えるばかりでなく,グラフ理論により脳内ネットワークを評価することができる。

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アミロイドPETはアルツハイマー病(AD)に本質的なアミロイド病理を非侵襲的に可視化することができ,最早期のバイオマーカーとして,病態探索研究や治療薬開発に欠かせない診断技術である。アミロイド陽性所見に基づいて早期あるいは前臨床期AD被験者を選択できるようになり,臨床研究や治験の歩みが加速した。アミロイドPETはタウやαシヌクレインの可視化技術の実用化と合わせ,非AD疾患の病態研究への貢献も期待される。

タウPET 樋口 真人
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タウ蛋白の凝集体病変を生体脳で可視化する技術は,認知症の超早期診断や,疾患修飾治療に有用な情報をもたらし得る。タウの病的線維に結合する低分子薬剤が開発され,PETによりタウ病変の画像化が可能になったが,その結果,①タウ凝集体は加齢に伴いアミロイドβ(Aβ)病理と独立して海馬体に蓄積する,②Aβ凝集体蓄積が引き金となり,タウ病変の蓄積部位は海馬体外へと拡大する,③タウ病変形成は,局所の神経細胞死と巣症状に密接に関連するなどの事柄が示された。一方で,非特異的結合の問題などを克服した次世代プローブが開発されている。タウPETなどのツールを活用し,タウ病態解明とタウを標的とする医薬品開発を目的に,柔軟な産学連携を実現するコンソーシアムの構築が,日本国内で進んでいる。

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アルツハイマー病(AD)の治療法確立は喫緊の課題である。現時点では対症療法薬で進行を抑制することしかできず,臨床症状が顕在化した患者に対する臨床試験では十分な効果がみられていない。そのため発症前から介入を始めることが必要かもしれない。これにはより早期から発症を予期できる診断マーカーが必須である。本稿では脳脊髄液および血液中のADバイオマーカーの現状とAβ42産生のサロゲートマーカーについて解説する。

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マイクロアレイや次世代シークエンサーの普及に伴い,大規模な生体情報であるオミックスデータが取得可能となった。これによりアルツハイマー病の複雑な病態が明らかになりつつある。オミックスデータからの情報抽出にバイオインフォマティクスを駆使した解析が必須である。本稿ではオミックスデータの中でもゲノミクスとトランスクリプトミクスを中心に,われわれが行ってきた研究を交え,これまで報告されてきたアルツハイマー病研究について概説する。

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本論ではまず,臨床研究における生物統計家の役割を述べ,なぜ臨床研究に生物統計家が必要であるのかについて述べる。さらに,研究をデザインするうえで重要なバイアスへの対処について,特に観察研究で頻発する交絡を例に挙げ,なぜ交絡が問題になるのか,どのように交絡に対処すればよいのかについて,傾向スコアマッチングを取り上げながら概説する。

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日米の医薬品規制当局は新薬申請などのためにCDISC SDTM(Clinical Data Interchange Standards Consortium, Study Data Tabulation Model)に準拠したデータ標準を用いることを要求している。SDTMは臨床研究データの共有にも有用である。臨床試験の成果を医学雑誌編集者国際委員会参加学術誌に投稿する際はデータ共有ステートメントを記載することが求められる。しかし多くのEDC(electronic data capture)システムはSDTMデータの出力をサポートしていない。本論では,REDCap(Research Electronic Data Capture)と研究データ共有のためのツール開発の取組みを紹介する。

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米国において認知症に関する臨床研究を牽引してきたのはADCS(Alzheimer's Disease Cooperative Study)であるが,2015年に所長のPaul Aisen博士をはじめADCSの主要なメンバーが南カリフォルニア大学ケック医学校に移籍してATRI(Alzheimer's Therapeutic Research Institute)が設立された。2017年度NIH(National Institute of Health)はATRIに対してACTC(Alzheimer's Clinical Trials Consortium)プロジェクトを用意して支援を行う予定である。世界的に有名な研究であるA4研究や,ADNI研究もATRIに移っている。ATRIではデータ共有が進んでおり,また独立したモニタリング組織も有している。米国での今後の認知症臨床研究はこのATRIが中心になると思われる。

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症例は60代女性で,右側頭葉の限局性の皮質下出血により,失音楽症を発症した。身体麻痺や失音楽症を除く高次脳機能障害は認めなかった。過去の失音楽症例と比較し,症状の1つにリズム障害があることが特徴的であった。リズムの障害は失音楽症の中でも報告例が少なく,その責任病巣と発現機序についてはいまだ推測の域を出ないが,本例により右側頭葉との関係性が示唆された。

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 本書は日本神経治療学会が作成する標準的神経治療シリーズの中の一冊で,福武敏夫(亀田メディカルセンター神経内科部長)先生,安藤哲朗(安城更生病院神経内科部長)先生,冨本秀和(三重大大学院教授・神経病態内科学)先生の編集による。“しびれ感”といった日常診療で頻繁に遭遇する症状を主題にした診断や治療の標準化の試みはユニークである。本書では,“しびれ感”の病態機序や検査について述べた後,“しびれ感”を呈する神経疾患の概要とその治療について解説しており,知識の整理や診療の実践に役立つ。

 総論部分では,神経症候学や神経生理学のエキスパートが,“しびれ(感)”の概念,解剖・生理学,評価方法について語っており,大変興味深く参考になる。“しびれ”という日本語には感覚異常と運動麻痺の両者が含まれること,本書が対象とする感覚異常としての“しびれ”(=“しびれ感”)においても具体的表現(訴え)にはさまざまなものがあり(“じんじん”“びりびり”など),それらの背景となる原因や病態生理も多様であることなどがわかりやすく解説されている。最もコモンな訴えの一つである“しびれ”についての問診や診察のコツが,基礎になる解剖や生理学を踏まえて理解される。“しびれ感”を訴える患者さんの神経診察時にみられるさまざまなサイン(徴候)について,診断上のエビデンスレベルが示されている点も画期的である。

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 慶應義塾大学陣の大傑作である! 『精神科レジデントマニュアル』というタイトルだが,全科の医師の手元に置いてほしい。熟練の内科医や外科医などの診察室にも置いてほしい。なぜなら,からだを傷めている患者も,すべからく毎日の心痛と苦闘しているのだ。

 患者の「患」の字は,「心」の上に「串」が刺さっている。これがすなわち「患う」ことの語義である。この「串」を抜かねばならぬ。

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 今月の写真は「末梢性顔面神経麻痺後にみられる背理性協働収縮に関する知見」1)という報告からのものです。「背理性協働収縮」は現代では別の言い方がされています。なんのことでしょうか。写真と合わせてわかりますか。

 では,写真の症例をみていきましょう。症例は60代男性で,乳児期から右末梢性顔面神経麻痺があります。症候は以下のとおりです。

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 私が大学5年生のとき,第2内科(循環器内科など)のポリクリで初めて患者さんを診察したときのことを今でも鮮明に覚えています。私の母校横浜市立大学にはその頃神経内科はなく,内分泌疾患も神経疾患もその科で診ていたのです。私が初めてお話を伺った患者さんは1人がバセドウ病の30代の女性,もう1人はパーキンソン病の50代後半の男性でした。眼球突出のある女性は,汗をかきやすいことや時々動悸がするということを,こちらが聞くまでもなくどんどん話してくださいました。一方,パーキンソン病の患者さんは寡黙でしたが,前傾前屈の姿勢で入室し小刻みに歩き,すくみながら椅子に座り,右手に静止時振戦がみられ,対座すると仮面様顔貌でした。お2人とも講義で習ったとおりの典型例で,学生の私でも診断はすぐにつけることができました。

 しかし,パーキンソン病の典型的な静止時振戦は全例でみられるわけではなく,類似の疾患が数多くあり,この病気の臨床診断が決して簡単ではないことは,後に神経内科医になって改めて知ることになりました。バセドウ病も血液検査で甲状腺機能を調べれば診断可能なので,もう診断に迷うことはあまりない,と実は思っていたのですが,実際には難しいこともあることを最近知りました。それは30代後半の女性で,主訴は「朝固まることがある。時々全身の脱力感がある」というものでした。「内科的には何も異常がないと思いますが,神経内科的に念のためご診察いただけますでしょうか」という総合内科医の紹介状をお持ちでした。

基本情報

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BRAIN and NERVE-神経研究の進歩
69巻7号 (2017年7月)
電子版ISSN:1344-8129 印刷版ISSN:1881-6096 医学書院

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