BRAIN and NERVE 69巻6号 (2017年6月)

特集 局在病変の神経心理学

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特集の意図

認知機能障害は研究の蓄積や脳機能画像の発展によりその責任病巣や発現機序が明らかにされてきた。本特集では,純粋健忘,相貌変形視,失音楽症,ソマトパラフレニア,時刻表的行動という特徴的な病態を示す5つの症候を取り上げ,神経心理学的側面から脳内メカニズムを探る。

純粋健忘 田川 皓一 , 時田 春樹
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エピソード記憶の障害を主徴とする純粋健忘は,大脳辺縁系の代表的な記憶や情動の回路であるパペッツの回路やヤコブレフの回路を形成する諸部位の損傷により出現してくる。今回は脳血管障害を対象として純粋健忘の責任病巣について論じることにした。主として,視床性記憶障害と海馬性記憶障害の臨床例を呈示し,さらに,retrosplenial amnesiaや脳弓性健忘について解説した。なお,扁桃体損傷や尾状核損傷により純粋健忘を呈した臨床例についても紹介した。

相貌変形視 菊池 雷太 , 赤池 瞬
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相貌の認識は,全体処理(configural processing)と分析的処理(analytic processing)の機構に基づくとされている。全体処理にはコア領域と拡張システムの2つが重要な役割を果たすとするHaxbyモデルがある。本論ではまず,このHaxbyモデルに基づき全体処理を解析した。電気生理学的検討,機能的神経画像の先行研究に加え既報例,自験例を詳細に検討した。拡張システムは現在考えられているより広範囲に分布することが示唆され,新たなモデルを提唱した。

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失音楽症(amusia)の報告はこれまでに100例足らずで,障害半球として左,右,両側が報告されており,言語機能のように側性化は明確でない。そのうち,音楽能力の選択的障害を生じた純粋失音楽症(pure amusia)は9例で,共通する責任病巣として右上・中側頭回が含まれる。症状との対比から同部位は,メロディの受容と表出に関与していると考えられる。脳の後天的障害により音楽の情動経験のみが障害された病態が存在し,2011年に筆者により音楽無感症(musical anhedonia)と命名された。音楽無感症は自験2例を含めこれまでに4例が報告されており,右側頭葉から頭頂葉にかけての皮質下が共通して障害されていた。音楽無感症の病態機序として,右側の聴覚連合野と島との離断が考えられた。音楽心理学の研究者から,健常者への検査結果に基づいた先天性失音楽症(congenital amusia)や先天性音楽無感症の報告が相次いでいる。用語や疾患としての妥当性を含め,さらなる検討が必要である。

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ソマトパラフレニア(SP)は典型的には右半球損傷後の左麻痺に合併し,麻痺肢を別の人のものや別の生き物などに失認する病態のことを指す。比較的広範な病変で出現することが多いため責任巣には諸説あり,文献をもとに解説する。そしてSPとその類縁病態の自験例を3例紹介する。典型例,SPが内臓感覚にまで波及した例,SPが併存する精神疾患に取り込まれ複雑怪奇な幻覚妄想に発展した例をとおし,脳損傷後の身体自己所属感変容に対する理解を深める。

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われわれの概日リズムは視床下部視交叉上核が中枢となり,約24時間の睡眠,覚醒,血圧,体温,ホルモン分泌などの生理機能のリズムを生成している。時計遺伝子の解明は,時計遺伝子がわれわれの情動や認知および行動においても重要な役割を果たしていることを明らかにしつつある。アルツハイマー病や加齢によって概日リズムの同調関係は徐々に崩壊し,睡眠障害や情動,認知機能に影響している。現代社会においてはシフト勤務に従事している人も多いが,シフト勤務疾患や肥満との関連も指摘されている。前頭側頭型認知症や前頭葉や側頭葉病変で時刻表的生活を呈する患者がいる。強迫性障害と比較し,その神経基盤を概観する。

総説

塞栓源不明脳塞栓症 平野 照之
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原因の特定困難な潜因性脳梗塞のうち,塞栓性機序が推定されるものを塞栓源不明脳塞栓症(embolic stroke of undetermined source:ESUS)と呼ぶ。ESUSの疾患概念が提唱されたのには抗凝固療法,特に直接阻害型経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants:DOAC)に適した集団を抽出する意図がある。ESUSの定義は,既知の原因疾患を除外することに基づいており,さまざまな病態が含まれる。

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クレペリンが統合失調症と双極性障害を異種の疾患として二分して以降,現在のDSM-5に至るまで精神疾患をカテゴリカルに分類しようとする試みが続いている。神経梅毒による精神病など,精神疾患を分けることに意義がある場合もあるが,一方では分けきれないものを無理に分けようとして失敗しているかもしれない。2008年頃より主に精神科遺伝学の分野で,さまざまな精神疾患における疾患感受性遺伝子に重なり合いがあることを明確に示す報告が次々となされ,少なくとも遺伝学的には知的障害,自閉症,ADHD,統合失調症,双極性障害,うつ病の6疾患については独立した異種の疾患であるといった仮説は疑問視せざるを得ない状況となっている。カテゴリカル分類であるDSMとは別に,スペクトラムとして精神疾患を捉える新たな診断基準の作成が望まれる。

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症例は38歳女性。意識障害と四肢麻痺が出現した。頭部MRI拡散強調画像で両側前頭葉,右側頭葉,右頭頂葉に高信号域を呈しており,MRAおよび脳血管造影検査では両側内頸動脈閉塞を認めた。脳血管内治療により,最終未発症確認時刻から10時間で両側内頸動脈は再開通を得た。第11病日の脳血管造影検査では両側内頸動脈の再狭窄などの所見は認めなかった。24時間心電図,経胸壁心臓超音波検査,経食道心臓超音波検査で明らかな塞栓源は検出できなかった。頸部血管超音波検査では総頸動脈にマカロニサインはなかったが,採血所見で赤沈が亢進し,胸腹部造影CTで腹部大動脈から両側総腸骨動脈起始部に血管壁全周性肥厚が認められ,高安動脈炎と診断された。本例は急性両側内頸動脈閉塞をきたした若年女性高安動脈炎の1例であり,稀な症例と考えられたため報告する。

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Ⅰ.症例提示

 約半年前に糖尿病治療を自己中断し,認知症が疑われていた73歳男性が意識障害で救急搬送された。日本式昏睡尺度(Japan Coma Scale:JCS)100の意識障害を認め,血圧65/49mmHg,脈拍85/分・整,呼吸28/分,体温35.9℃とショック状態だった。血糖値773mg/dL,HbA1c11.4%と高値で,動脈血はpH7.56,pCO219mmHg,pO2152mmHg,HCO317.2mmol/L,BE−2.1mmol/Lと呼吸性アルカローシスを呈した。胸腹部CT(computed tomography)で,縦隔気腫とともに頸椎(Fig. 1)から胸腰椎(Fig. 2)にかけて脊柱管全域にわたる硬膜外気腫を認めた。尿中ケトン体も軽度陽性だったが,主体は高血糖による非ケトン性高浸透圧性昏睡と診断し,補液,インスリンによる血糖管理を行った。その後,徐々に意識,全身状態は改善し,1週間後に実施したCTでは縦隔気腫,硬膜外気腫いずれも消失していた。経過中,気腫による神経症候を認めなかった。

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 アルツハイマー病治験学会(Clinical Trials on Alzheimer's Disease:CTAD)はアルツハイマー病(Alzheimer's disease:AD)をはじめとする認知症領域の臨床研究・治験に特化した,先端的でユニークな学術集会である。米国におけるAD臨床研究支援の中核組織ATRI(Alzheimer Therapeutic Research Institute)の所長を務めるPaul Aisen教授,米国ADNIを率いるMichael Weiner教授と,フランスの代表的AD臨床家であるBruno Vellas教授,Jacques Touchon教授らが手づくりで開始してから9回目を数える今回は,ATRIのお膝元であるサンディエゴで開催され,2016年12月8〜10日の3日間にわたって,最新の知見が発表,討論された。

 今回の学会における最大の話題は,ごく最近終了し,残念ながら既に不成功が伝えられていた,軽症ADを対象とする抗アミロイドβ抗体医薬「ソラネズマブ」の第Ⅲ相試験「EXPEDITION 3」に関する詳細結果の公表であった。本治験は,先行して行われた軽症・中等症ADを対象とする第Ⅲ相試験「EXPEDITION」および「EXPEDITION 2」の事後解析において,軽症ADに限ると認知機能に有意な改善が確認されたことを受けて行われたものである。先行試験では約25%にアミロイド陰性の非AD例が混在したことから,本試験ではフロルベタピル(18F)を用いたアミロイドPETにより全例でアミロイド病理の存在を確認したのち,世界11カ国210施設において約2,000例の軽症ADを対象に,ソラネズマブ400mg/月の点滴静注によるランダム化二重盲検試験が1.5年にわたって行われた。

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 大熊輝雄先生の『臨床脳波学』の第6版が2016年11月に出版された。同書の第1版が出版されたのは1963年11月であるから初版以来53年が経過し,その間に5回の改訂がなされたわけである。1999年の第5版出版までは大熊先生が単独で改訂作業をされたが,第6版は松岡,上埜,齋藤の3氏が改訂作業に加わられた。3氏とも大熊先生が東北大学教授在任中の臨床脳波学の弟子であり,その薫陶を受けられ脳波学に造詣が深く改訂作業を担当されるにふさわしい方々である。

 第6版への改訂作業は,大熊先生が3氏へ改訂を依頼された2005年秋に始まった,と「序」に述べられている。途中,2010年9月に大熊先生が亡くなられるという不幸があり,また2011年3月には東日本大震災が起きて3氏は宮城県などの被災者救援,被災地域医療の再生に奔走され,改訂作業は一時中断せざるを得ないこととなるなど困難な道程をたどった。それだけに改訂第6版が出版されたことを,本書の利用者・愛読者の1人として大いに喜びたいと思う。

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 いったいなんの写真でしょうか。バトントワリングの練習でもしているのでしょうか。

 まず彼が何をしているのか原文をみてみましょう。

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 発語に顕著な障害があり,ほとんど「タン」としか発声できない症例ルボルニュの脳病理学的所見を,ブローカ(Pierre Paul Broca;1824-1880)が解剖学会の会報で発表したのは1861年のことであるから,150年以上も昔のことになる。これは失語症のような特定の高次脳機能障害を大脳の局在病変と明確に関連づけた最初の報告であるとされているが,実は別のフランスの神経学者ダックス(Marc Dax;1770-1837)が30年近く前の1836年に先行して同様の知見を報告していたとされる。いずれにしても,ブローカ以降,ウェルニッケ(Karl Wernicke;1848-1905)によるウェルニッケ失語の報告をはじめ,大脳病理学,現在では神経心理学と呼ばれる研究アプローチを通じて,大脳症候と損傷局在に関する数多くの知見が得られてきた。今日では,ブローカ失語はブローカ中枢のみの限局損傷では生じず,さらに広い領域に損傷が及んでいることもわかっている。このような進歩には,頭部CTやMRI,さらに脳血流SPECTやPETといった脳のイメージング手法の進歩が大きく貢献していることは言うまでもない。特定の脳機能を限局した損傷と結びつける古典的な大脳局在論は,大脳全体論とのし烈な議論を経て,今日では機能的局在論と呼ばれる立場へと発展してきた。特に,最近はfMRIの機能的結合についての解析技術の進歩から,単一の局在部位よりも機能的ネットワークを重視する立場が趨勢である。

基本情報

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BRAIN and NERVE
69巻6号 (2017年6月)
電子版ISSN:1344-8129 印刷版ISSN:1881-6096 医学書院

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