脊椎脊髄ジャーナル 32巻1号 (2019年1月)

特集 胸腹部の神経学

特集にあたって 亀山 隆
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 神経学的診察において,上下肢では,感覚障害の分布や個々の筋の筋力評価および各腱反射のパターンなどにつき詳細に調べて評価するが,胸腹部と背部を含む体幹部では,皮膚のデルマトームから感覚障害を捉えて胸髄病変でのレベル診断をするくらいで終わっていることが多い.体幹部は神経症候が捉えにくく,日常の臨床において上肢や下肢よりも診察がおろそかになっている.本誌ではこれまでに「手の症候」(2011年24巻7号)および「足の特異な症候」(2013年26巻7号)が特集されているが,体幹部の症候についてはあまり注目されてこなかった.そこで今回は「胸腹部の神経学」と称して,背部を含む体幹部の感覚,運動および自律神経のさまざまな症候を,解剖・生理の基礎に立ち返りながらまとめようと企画した.

 まず感覚系については,デルマトームの歴史の基礎から始まり,臨床での主要感覚症候からまれな感覚症候までを網羅的に,神経症候学の権威である福武敏夫先生にうまく整理してまとめていただいた.そのほかに感覚系では内臓疾患の関連痛と体幹部のニューロパチーを取り上げ,運動系では胸腹部および背部の筋について,呼吸機能,脊柱変形およびミオパチーの3つの観点から,解剖・生理から臨床までを,それぞれの分野のスペシャリストの先生方に詳述していただいた.体幹部の数少ない反射である腹皮反射と腹筋反射,およびBeevor徴候は,いずれも古典的な重要な手技や徴候であり,最近の情報を含めて新進気鋭の先生に執筆していただいた.最後に自律神経症候として,普段あまり注目されていない体幹部の発汗異常について,発汗の自律神経学の第一人者である齋藤 博先生に基礎から臨床まで多くの内容をコンパクトにまとめていただいた.

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はじめに—胸腹部のデルマトーム

 デルマトームとは,感覚求心路が単一の後根神経節〜後根〜脊髄分節に入る皮膚領域を意味する.臨床的に広く用いられている,ヒトにおけるデルマトーム図は19世紀後半から多くの著者・研究者によって提供されてきている.すなわち,1862年に皮膚科医のBärensprungは帯状疱疹の剖検例から,分節性の様相と脊髄後根神経節の病理学的相関を報告した68).1893年に有名な生理学者のSherringtonは,単一の神経根障害では隣接する神経根による神経支配の重なりのために感覚障害が生じないと述べ,サルの後根を連続的に切断し,その領域の中央の1本だけを残して,残された後根のデルマトームを調べた67)

 その後の研究を経て,30種以上のデルマトーム図が提唱されてきている55)が,現代の多くの教科書に引用ないし孫引きされているのは,以下に示す,互いに異なる手法によって作成された3つである.神経学者のHeadとCampbell(1900)は帯状疱疹の皮疹の分布をもとに体図を作成した28).脳神経外科医のFoerster(1933)は痙性対麻痺のための後部rhizotomyや疼痛治療のための前外側cordotomyを施行した際に,神経根の断端を刺激し,皮膚に血管拡張が生じる範囲を観察して体図を作成した11).この検討によって,隣り合うデルマトーム間の重複が明らかになった.KeeganとGarrett(1948)は神経根の障害を有する,主に外科手術例(神経鞘腫切除後や椎間板ヘルニア手術時の圧排)の感覚障害の観察から体図を作成した32)

 以上のどれにおいても,体幹では発生学的な体節構造がそのまま残され,デルマトームは輪切り状に規則的に吻側から尾側へと配列されていて,ほぼ一致している.しかし,下津浦ら55)によれば,下部胸神経領域における曲折分布・断裂分布が示されているのは,HeadとCampbellの図と肉眼解剖学的に末梢から中枢へと追跡し2003年に発表された千葉の図のみであり,相対的に信頼性が高いとされた.これとは別に,用いた皮膚分節の規則性に関する研究60)によれば,野崎45)(図 1)やBonica5)による図がその規則性をよく示しており,臨床応用にふさわしいと結論されている.図 1では,左半身図に各脊髄分節が皮膚のどの部分を支配しているかが示され,右半身図に皮膚のある部分がどのように複数の脊髄分節に支配されているかが示されており,重複支配が理解しやすい.

 胸腹部をめぐる臨床の場では運動症状が目立たないため,感覚障害がキーポイントになることがしばしばあるので,本稿では胸腹部のデルマトームをめぐる臨床事項を,以前書いた総説17)を踏まえて,中枢性のものから末梢性のものへと整理して(表 1)述べていくことにする.

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はじめに

 「痛み」を訴える患者に臓器特異的な診療を行っても,患者の訴える「痛み」の発生源の同定が困難な場合がある.本稿では,「関連痛」を神経解剖学的,生理学的に概説し,「関連痛」の概念を用いて,臓器横断的に「痛み」の原因臓器の同定を行うアプローチについて述べる.

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はじめに

 末梢神経障害(ニューロパチー)はさまざまな原因で生じることが知られており,運動神経・感覚神経・自律神経の障害の程度や,障害される神経線維の径(大径有髄線維,小径有髄線維,無髄線維など)や神経細胞体の大きさの選択性に応じて多様な症候を呈する14,15,20).ニューロパチーでみられる障害分布としては,左右対称で靴下手袋型の感覚障害をきたす多発ニューロパチーが有名で,末梢神経,特に長い神経の末端部からの障害に伴いしびれなどの症状が両下肢,特につま先から始まり,下腿部から大腿部へと範囲が広がるパターンを呈する.多発ニューロパチーが進行すると,両手先にもしびれが出現して上腕部に広がり,重症になると胸腹部の正中にも縦長で島状の感覚障害がみられるようになる.一方,多発ニューロパチーのような神経の長さ依存性の障害分布をきたさず,単一神経の障害によってその支配領域に限局した症状が出現する単ニューロパチーや,複数の神経領域で障害が生じる多発性単ニューロパチーのような障害分布を呈するニューロパチー患者も,日常診療の現場では遭遇する機会が多い.単ニューロパチーや多発性単ニューロパチーでは必ずしも長さ依存性の障害分布を呈さず,四肢と比較して短い神経が支配している体幹部のしびれや痛みをきたす頻度が高くなる.身近で遭遇することの多い疾患として帯状疱疹があり,肋間神経などの特定の神経の支配領域に一致した痛みに続いて水疱形成を伴う皮疹が出現する.帯状疱疹では感覚障害の領域と一致した皮疹がみられることから診断が比較的容易であるが,しびれ・痛みなどの症状が体幹部に出現するニューロパチーでは脊髄障害との鑑別が必要であることと,ニューロパチー自体の原因が多岐にわたることから診断が困難な場合も多い.

 本稿では,体幹部の症状が出現しやすいニューロパチーについて概説する.

呼吸筋の臨床解剖 中野 隆
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はじめに

 呼吸には,横隔膜,深胸筋,腹壁筋など多くの筋が関与する26).これらの筋は,生涯を通して一定のリズムで協調運動を行う.本稿では,臨床解剖学の視点から主な呼吸筋を概説し,その神経機構についても触れることにする.

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はじめに

 ヒトは二足歩行をする動物である.二足歩行をするためには,頭部から体幹そして下肢の相対的位置関係を垂直方向に維持する必要がある.その姿勢保持には,骨格構造や神経および筋活動などが複雑に関与している.もちろん,本特集のキーワードである“胸腹部”の骨格および筋も重要な役割を担っている.高齢者では,体幹が前傾(脊柱後弯)または側屈(側弯)となる傾向がある.その原因として,傍脊柱筋力などの筋力低下32),神経機能の低下9,10),および椎体の変形などによる構築性の変化14,15)が指摘されている.本稿では,傍脊柱筋の解剖と神経支配を述べたうえで,その異常として高齢者の脊柱変形についても記載する.なお,脊柱変形には傍脊柱筋のみならず,姿勢に影響する多くの筋が関与しているので,記載内容は傍脊柱筋の範疇を超えることを了解していただきたい.

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はじめに

 体幹筋の障害は,姿勢異常と続発する骨格変形,呼吸障害と続発するさまざまな弊害を生じるため,ミオパチーの管理を行ううえで非常に重要であるが,総括的な文献は少ない.本稿では,体幹筋の障害で生じる症状と好発する疾患,治療とケアについて述べる.なお,本稿でのミオパチーは,広義,つまり筋疾患全般のことを示し,いわゆる先天性ミオパチーのほか,筋ジストロフィーや炎症性筋疾患なども含んでいる.これらミオパチーの中には特に体幹筋が選択的,重度に障害される疾患があるが,選択性を生じる明瞭な機序はわかっていない.

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はじめに

 胸腹部に対する神経診察の種類は多くなく,診察時に胸腹部を露出させなければならない煩雑さもあるため,実臨床(特に時間に限りがある外来診療)ではあまり詳しく調べないまま検査に進んでしまうことが多いかもしれない.しかし,病変の局在診断は,鑑別診断を考えるうえでも,画像検査の種類や条件を決めるうえでも重要であることはいうまでもなく,必要な状況においては評価ができるよう,それぞれの手技や意義を理解しておくべきである.腹皮反射と腹筋反射は胸髄領域の高位診断に役立ち得る診察法であり,患者の意識状態を問わず客観的な所見を得ることが可能である.本稿では,この2つの反射の基本事項を確認する.

Beevor徴候 田代 淳
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はじめに

 Beevor徴候は,仰臥位にした患者に頭部を挙上させると臍が上方に移動する現象で,Charles Edward Beevor(1854〜1908)によって記載されたものである11)(図 1).この現象は,第10胸髄レベルの病変で腹直筋の下半部に脱力が起こるためにみられるとされ,胸髄レベルの病変における局所診断的価値の高いものとして知られている11).本稿では,Beevor徴候に関して,その歴史,現象と出現機序,臨床的意義として脊髄疾患における局在診断および脊髄疾患以外の疾患における最近の展開などについて概説する.

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はじめに

 汗腺(ここではエクリン腺)は全身に分布している.ヒトの生理的発汗には,全身有毛部の温熱性発汗(thermoregulatory sweating:TS),主に手掌・足底の精神性発汗,さらに顔面を主とした味覚性発汗があり,それぞれ生理的意義や神経機構が異なると推定されている.

 体幹部における発汗異常は種々の原因や疾患で生じ得る.後述のように,全身の温熱性発汗検査によって,交感神経系障害の有無と広がり,脊髄障害であればおおよそのレベルを把握できる.さらに,薬物性発汗検査を併用することにより,「障害レベルが中枢性か? または節後性ないし汗腺レベルの障害か?」の推定に役立つ.全身の発汗機能検査は,交感神経機能を視覚的に把握し,さらに発汗量を測定することにより定量評価し得る適切な方法と考えられる.

Nomade

病気と病名 勝野 雅央
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 私は大学院生の頃から球脊髄性筋萎縮症という神経変性疾患の研究に取り組んでいる.この疾患は,進行性の筋力低下や筋萎縮が生じる成人発症の運動ニューロン疾患の1つであり,男性のみに発症することが特徴である.この疾患の名称が意味するところは延髄(球)と脊髄の異常により筋肉が萎縮する,ということであり,脳幹と脊髄の下位運動ニューロンが選択的に変性するという病理学的所見と,筋萎縮という神経学的所見の両方を言い表しており,本疾患の特徴をうまく表現した疾患名称といえる.英語ではspinal and bulbar muscular atrophy(SBMA)と呼ばれることが多く,「球bulbar」と「脊髄spinal」の順序が入れ替わっている以外は和名と同じである.しかし,本疾患はこれまでさまざまな名称で呼ばれてきた.主なものだけでも,bulbospinal neuronopathy,X-linked spinal muscular atrophy,bulbospinal muscular atrophy,bulbar and spinal muscular atrophy,spinobulbar muscular atrophy,Kennedy's diseaseであり,日本では長くKennedy-Alter-Sung症候群とも呼ばれていた.本稿では,疾患と名称について少し考えてみたい.

 一般に疾患の名称は,病理や病態,罹患部位などを組み合わせて作成されることが多いと思われる.特に神経疾患は,病理学的特徴と臨床所見を組み合わせた疾患名が多い.球脊髄性筋萎縮症と同じく成人で発症する運動ニューロン疾患である筋萎縮性側索硬化症は,筋肉が萎縮する病気であることと,病理学的に側索の変性によるグリオーシスがみられることを表しており,筋萎縮=下位運動ニューロンの障害,側索硬化=上位運動ニューロンの障害と解釈すると,上位運動ニューロンと下位運動ニューロンが選択的に変性するという病態を見事に言い表している.再発を繰り返す(時間的多発)という特徴と,中枢神経系のさまざまな領域に病変が出現する(空間的多発)という特徴を一言で表現した多発性硬化症というネーミングも秀逸である.そうかと思うと,進行性核上性麻痺という,一見理解しづらい病名も存在する.実際には脳幹や基底核の変性により動作緩慢などのパーキンソニズムと核上性眼球運動障害が進行性に生じる疾患ではあるが,その特徴はこの病名では十分に表現されておらず,ネーミングの難しさを物語っているといえよう.

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脊椎脊髄ジャーナル
32巻1号 (2019年1月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:0914-4412 三輪書店

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