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私は大学院生の頃から球脊髄性筋萎縮症という神経変性疾患の研究に取り組んでいる.この疾患は,進行性の筋力低下や筋萎縮が生じる成人発症の運動ニューロン疾患の1つであり,男性のみに発症することが特徴である.この疾患の名称が意味するところは延髄(球)と脊髄の異常により筋肉が萎縮する,ということであり,脳幹と脊髄の下位運動ニューロンが選択的に変性するという病理学的所見と,筋萎縮という神経学的所見の両方を言い表しており,本疾患の特徴をうまく表現した疾患名称といえる.英語ではspinal and bulbar muscular atrophy(SBMA)と呼ばれることが多く,「球bulbar」と「脊髄spinal」の順序が入れ替わっている以外は和名と同じである.しかし,本疾患はこれまでさまざまな名称で呼ばれてきた.主なものだけでも,bulbospinal neuronopathy,X-linked spinal muscular atrophy,bulbospinal muscular atrophy,bulbar and spinal muscular atrophy,spinobulbar muscular atrophy,Kennedy's diseaseであり,日本では長くKennedy-Alter-Sung症候群とも呼ばれていた.本稿では,疾患と名称について少し考えてみたい.
一般に疾患の名称は,病理や病態,罹患部位などを組み合わせて作成されることが多いと思われる.特に神経疾患は,病理学的特徴と臨床所見を組み合わせた疾患名が多い.球脊髄性筋萎縮症と同じく成人で発症する運動ニューロン疾患である筋萎縮性側索硬化症は,筋肉が萎縮する病気であることと,病理学的に側索の変性によるグリオーシスがみられることを表しており,筋萎縮=下位運動ニューロンの障害,側索硬化=上位運動ニューロンの障害と解釈すると,上位運動ニューロンと下位運動ニューロンが選択的に変性するという病態を見事に言い表している.再発を繰り返す(時間的多発)という特徴と,中枢神経系のさまざまな領域に病変が出現する(空間的多発)という特徴を一言で表現した多発性硬化症というネーミングも秀逸である.そうかと思うと,進行性核上性麻痺という,一見理解しづらい病名も存在する.実際には脳幹や基底核の変性により動作緩慢などのパーキンソニズムと核上性眼球運動障害が進行性に生じる疾患ではあるが,その特徴はこの病名では十分に表現されておらず,ネーミングの難しさを物語っているといえよう.
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