臨床整形外科 56巻7号 (2021年7月)

特集 手外科と労災

緒言 坪川 直人
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 今回,「手外科と労災」の特集を組ませていただいた.手外科は第二次世界大戦における外傷治療から米国で発展してきたように,外傷は手外科の本質である.上肢外傷の多くは労働災害に起因する場合が多く,治療方法のみでなく,労働災害保険の法制度,後遺障害,再発,アフターケアなどに精通することは,労災を扱う医師にとって必要不可欠である.

 本企画では,上肢労災外傷に経験豊かで造詣の深い先生方に執筆をお願いした.産業医科大学の酒井昭典先生には「労災保険の対象」にて外傷の認定(入口),後遺症障害(出口)の困難性,また手根管症候群などの業務起因性障害の認定について,新潟手の外科研究所の成澤弘子先生には「労災保険における治癒,再発,アフターケア制度および後遺障害」にて労災保険終了後のケアについて,横浜労災病院の三上容司先生には「手外科医だからみえる労災医療のpitfall」にて手外科専門医からの労災保険治療の問題点について,産業医科大学の善家雄吉先生には「手外科関連労災外傷の発生予防に対する取り組み」にて,労災予防学について,東北労災病院信田進吾先生には「労災の末梢神経障害」にて機能回復の問題点,CRPSの発生について,NHS新潟手の外科サービスの松崎浩徳先生には「労災による手指切断または不全切断の治療」にて再接着術および2次再建の問題点について,帯広厚生病院の本宮真先生には「農村における手外科外傷」にて農家に特有な上肢外傷の問題点について,兵庫県立総合リハビリテーションセンターの陳隆明先生には「労災患者に対する電動義手」にて職業リハビリのプログラムによる復帰促進について,大阪掖済会病院の五谷寛之先生には「重度手部外傷における骨軟部組織延長の有用性」についてと,埼玉慈恵病院・埼玉手外科マイクロサージャリー研究所の小平聡先生には「労災患者のマイクロサージャリーによる手指再建術」といった重度外傷の機能再建術について報告していただいた.

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 労働者災害補償保険(以下,労災保険)を取り扱う上で,上肢外傷については,受傷原因は明確な場合が多いが,治癒(症状固定)の判断や後遺障害診断で難渋することがある.一方,上肢障害の労災認定については,作業環境に有害な危険因子があり,発症の経過と病態が医学的に妥当であることが求められ,難渋することが多い.また,近年,労働者の高齢化に伴い,運動器の変性疾患を背景にした被災者が多いことから,業務に起因する障害であるか否かについて特に慎重な判断が求められる.

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 労災保険(Industrial Accident Compensation Insurance)における療養(補償)給付は,症状が残存している場合でも生涯にわたり給付を受けることができるわけではない.労災保険における「治癒(cured)」とは「医療効果が期待できない」状態,すなわち「症状固定(symptoms stabilized)」とされている.治癒時に残存している後遺障害(physical impediment)に対しては等級に応じた障害(補償)給付として年金または一時金が支給される.その他,再発,外科後処置,アフターケア制度があり,症状固定後の診療を支える仕組みがある.労災保険制度を理解し,診療の参考にしていただきたく,これらについて解説した.

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 労働者が業務中・通勤中の事故により負傷した場合や業務が原因で疾病を発症した場合には労災保険で診療が行われる.治療により治癒すれば労災保険での診療は終わり,障害が残存した場合には後遺障害が認定される.この労災診療の一連の流れの中で注意を要するのは,労災の認定(入口),労災保険での診療終了(出口),後遺障害認定の3つである.入口では,業務を原因とする疾病,本人申請,出口では治癒の定義,再発,外科後処置,アフターケア,後遺障害認定では,可動域計測,偽関節,末節骨の切断,複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)などに注意を要する.

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 過去にわれわれが報告した症例データベースを利用して,まずはその疫学的データを示したのち,その外傷症例の治療が長期化する要因について検討した.さらに,その難治性外傷症例を検討し,労働現場で働く労働者の手外科外傷が発生した際の「重篤度を下げること」「事故そのものの発生率を下げるために取り組むべきこと」を明らかにしたわれわれの取り組み(Expert Opinion Gathering Meeting)を紹介し,また今後の展望について考察する.

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 労働災害による上肢の末梢神経損傷33例の治療経過を検討した.男性26例,女性7例,年齢は平均44歳(17〜79歳)である.神経は腕神経叢3例,正中7例,橈骨9例,尺骨5例,橈骨・尺骨1例,指8例であり,手術手技は神経剥離術16例,神経縫合術12例,神経移植術4例,交差縫合術1例であった.術後平均13カ月の経過で,完治11例,改善20例,不変2例であり,神経剥離術例および手での損傷例に完治が多かった.改善20例中7例にカウザルギー様疼痛を残した.運動機能の回復は客観的に評価できるが,知覚は2点識別覚が回復しても痛みの客観的な評価が困難であった.

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 手指切断(digital amputation)や不全切断(near amputation)に再接着や組織移植による手指再建を施行した症例に対して,労働者健康安全機構による「労災疾病等13分野研究」に基づき一連の臨床研究を行い,損傷手の重症度分類,多数指再接着の異所性再接着および再接着術後の二次再建などに関する多くの知見が獲得できた.すなわち,組織損傷度や損傷形態の定量評価によって機能的予後の予測が可能であり,特にCampbellのHand Injury Severity Score(HISS)は職場復帰レベルの推測に有用である.また,実際の手技に関しては,多数指挫滅切断の一次再建手術である異所性再接着は有用なオプションであるし,再接着時に理想的な一次修復もしくは一次再建ができない場合には,適切なタイミングでの二次再建手術が必要となり,それらには定石が存在する.本稿では以上の問題点に関してこれまでの研究成果をもとに概説する.

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 北海道十勝地方の農業は家族単位の1戸法人がほとんどであり,大型の農業機械を導入した少人数による効率的な農業が営まれている.農業機械による手外科外傷は後を絶たず,外傷による農家構成員の離脱は,作業の進捗に重大な影響を及ぼすだけでなく,家業の存続が困難な状況も引き起こしている.そのため,農家の手外科外傷患者の治療に際して,農家の社会的な背景を十分に理解し,手外科治療と農作業の両立を可能とする治療計画を策定する必要がある.医療従事者は受傷状況,受傷内容,治療内容,職業復帰状況の全体を俯瞰できるため,治療成績を追求するだけでなく,医療従事者の観点からの労災予防・職業復帰支援を考えることが重要である.

労災患者に対する電動義手 陳 隆明
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 筋電義手(myoelectric hand)は手の機能を再獲得するための有効なロボットである.筋電義手は医学的なリハビリテーションアプローチ手段として機能改善,そして地域社会の一員として社会参加・職業復帰するための機能代償に役立つものである.特に職業復帰は労災(industrial injury)によって上肢切断(upper-limb amputee)を余儀なくされた患者にとっては極めて重要な目標である.したがって,上肢切断者のリハビリテーションにおいて筋電義手を使用した適切な職業リハビリテーションのプログラムを提供することは,上肢切断者の職業復帰を促進する重要な過程であると思われる.

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 手部重度外傷においてはさまざまな受傷形態があり,その機能的予後を改善するために骨軟部組織欠損を修復することが重要なのは論をまたない.

 中でも再接着や組織移植をはじめマイクロサージャリーの果たす役割は極めて大きい.それと同様に重要と考えられるのが創外固定器による骨軟部組織再建である.マイクロサージャリーと組織延長の融合手術(手の造形手術)についての取り組みを報告する.

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 労災患者のマイクロサージャリーによる手指再建術が,どの程度機能を向上させたのか,独自に考案した機能点をもとに検討した.対象は37例であり,機能点は中央値92.5点であった.マイクロサージャリーを用いずに治療したと仮定した場合の機能点は中央値84点であり,有意に機能点は向上していた.労災患者に対する再建では,労災等級の軽減に伴う給付金の減額も考慮する必要がある.指腹などの小範囲の再建では手掌皮弁移植,デグロービング損傷などの広範囲の再建では部分足趾移植がよいマイクロサージャリー再建術といえる.

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 「内外合一・活物窮理」は,紀州・和歌山が生んだ在野の偉人であり,「医聖」とも評される華岡青洲(1760〜1835年)の人生訓・医療理念です.青洲が,江戸時代に麻酔薬「通仙散(つうせんさん)」を発明し,全世界に先駆けて全身麻酔下で乳がん摘出手術を成功させた偉業は,医療関係者なら知らぬ者はいないでしょう〔ちなみに,通仙散の主成分である薬草の曼陀羅華(まんだらげ)は,わが母校,和歌山県立医科大学の校章の意匠になっていて,医大敷地内には「活物窮理」の顕彰碑が建っています〕.私は昔からこの言葉が好きで,次年度に私が会長を仰せつかっている第12回日本成人脊柱変形学会(開催地:和歌山市,期日:2022年3月5日)のテーマとして採用させていただきました.

 さて,内外合一とは「外科を行うには,内科,すなわち患者さんの全身状態を詳しく診察して,十分に把握した上で治療すべきである」という意味です.活物窮理とは「治療の対象は生きた人間であり,それぞれが異なる特質をもっている.そのため,人を治療するのであれば,人体についての基本理論を熟知した上で,深く観察して患者自身やその病の特質を究めなければならない」という教えです.

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背景:腰部脊柱管狭窄症(lumbar spinal stenosis:LSS)術後の下肢しびれ(lower leg numbness)と歩行能力の関連を明らかにすること.

対象と方法:LSS術後77例を後ろ向きに調査した.術後6分間歩行距離(6 minute walk distance:6MWD)に術後下肢しびれが関連するかを多変量解析で検討した.

結果:術後6MWDと有意な関連因子は,年齢,術式,術前硬膜管面積最小値,術前6MWDであったが,術後下肢しびれの残存は有意な関連因子ではなかった.

まとめ:本研究の結果は,LSS術前に術後経過を説明する際や予後予測に役立ち,術前歩行能力向上の必要性を示唆している.

連載 いまさら聞けない英語論文の書き方・34

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 投稿論文がアクセプトになった瞬間,それまで長々と続いた実験や,編集者・査読者への対応が,ようやく終了します.お疲れさまでした.しかし,「論文」としては,これが始まりです.論文が正式に掲載されることで,“科学・医学知識の蓄積に貢献する”という当初の目的がようやく果たせます.しかし,実際に論文が掲載されるまで,やることがまだ少し残っています.また,掲載されたその後にも,対応が必要となる事象が生じることがあります.

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症例:51歳,男性,身長156cm 体重67kg

主訴:3年前より特に誘因なく頚部痛および右上肢の痛みとしびれ,脱力を自覚し,近医を受診.

頚椎椎間板ヘルニアの診断のもとNSAIDs,ガバペンチン内服,リハビリテーションなどの保存的治療を行っていた.症状軽快なく,紹介され受診する.痛みはデスクワークの際や職業である電気工事の際などに顕著である.

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 超高齢社会(super-aged society)のわが国において,母指CM関節症(thumb basal joint arthritis)は比較的頻度の高い変形性関節症の1つとして認知されている.筆者らは杖歩行で母指CM関節が荷重関節となる高齢者や,母指MP関節の著しい過伸展変形を示す症例には関節固定術(arthrodesis)を積極的に選択している.今回,日常生活への早期復帰を可能とする外固定を要しない強固な固定法として縦2列のAPTUS HAND® 2.0ロッキングプレートを用いた固定術を27例に行ったところ,全例で骨癒合が得られ,良好な治療成績が得られた.本固定法は有効な治療法の1つであると考えられる.

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緒言:われわれは,肩甲骨付き遊離広背筋皮弁を用いて再建した脛骨開放骨折の1例を報告する.

症例:49歳,男性.部分骨欠損および軟部組織欠損を伴った右脛骨開放骨折(Gustilo type ⅢB)に対し,受傷後12日目に内固定および遊離広背筋皮弁術を行った.この際,胸背動脈の角枝を利用して同時に挙上した肩甲骨を脛骨骨欠損部にはめ込んだ.受傷後22カ月の現在,疼痛なく独歩が可能である.

考察:骨・軟部組織欠損を同時に再建できる本術式は,重度四肢外傷における治療の選択肢となり得る.

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 軟骨芽細胞腫(chondroblastoma)は長管骨の骨幹端部に好発する良悪性境界型の比較的稀な原発性骨腫瘍であり,再発率の高さが臨床上の問題とされる.われわれは,扁平骨である膝蓋骨(patella)に発生した軟骨芽細胞腫に対してhigh speed burを用いた腫瘍搔爬とフェノール・エタノール処理,β-TCP(β-リン酸三カルシウム)による人工骨移植を組み合わせ良好な成績を得た2例を経験したので,文献的な考察を含め報告する.

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 「解剖学は本当に重要ですよね」.

 多くの外科医や理学療法士をはじめとするセラピストに,こう言っていただくことが多い.

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 本書には2021年3月に東北大大学院整形外科分野教授を退官された井樋栄二先生が,これまでの40年間で蓄積された肩関節の機能と解剖,特にバイオメカニクスを中心とした基礎医学的,臨床医学的研究の成果が凝縮されている.

 本書は,一般的な臨床医学書と同じく「肩関節の診察」から始まり「肩関節の主な疾患」へと続く.しかし,その中身を少しでも読み進むと,井樋先生がいかに広範な分野に興味をお持ちで,かつ医学的好奇心に満ちてこれまでの諸問題に挑んでこられたかが,まるで映画のシナリオを読むかのように次々と現れてくる.

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目次

欧文目次

次号予告

あとがき 松山 幸弘
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 今回は和歌山県立医科大学の山田宏教授に「視座」から,われわれ臨床医に素晴らしいお言葉をいただいた.それは紀州・和歌山が生んだ偉人,華岡青洲の人生訓であり,医療理念の「内外合一・活物窮理」である.

 内外合一とは,「外科手術を行うには,患者さんの全身状態を詳しく診察して,十分に把握した上で治療すべきである」という意味で,これは比較的わかりやすい表現と思うが,「活物窮理」はいささか難解である.これは,「われわれは解剖や病態生理の基本を熟知し,その上でよく患者を診察し,診断治療をすることが大切」という教えである.確かにガイドラインやマニュアルに沿った診療しかできない,病気を診て患者を診ない医師が増えているような気がするが,ハッとする教えである.

基本情報

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臨床整形外科
56巻7号 (2021年7月)
電子版ISSN:1882-1286 印刷版ISSN:0557-0433 医学書院

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