胃と腸 29巻2号 (1994年2月)

今月の主題 胃良・悪性境界病変の生検診断と治療方針

序説

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 胃良・悪性境界病変(異型上皮,腺腫またはⅡa-subtypeとも言う)という言葉から,まず頭に浮かぶものは,大腸腺腫と食道dysplasiaである.それらの異なる消化管臓器の中に占める良・悪性境界病変にどのような違いがあるのかは実に興味深い.いずれも診断と治療方針とが密接な関係にあるからである.

 それはさておき,胃の良・悪性境界病変の術前診断で,その診断過程において生検組織診断でGroupⅢと診断されるものには,隆起性病変(Ⅱa-like,Ⅰ-like)と陥凹性病変(Ⅱc-like,Ⅲ-like)があるが,普通われわれが最も多く経験し,問題にしているものは隆起性病変(腺腫とその周辺)であるⅡa-likeの平盤状隆起である.

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要旨 初回生検でGroupⅢの診断を受け,その後手術あるいは内視鏡的切除により確定診断の得られた35例を対象として,胃生検診断GroupⅢの問題点について検討した.最終診断は13例が腺腫で術前生検診断も全例GroupⅢであった.また,1例に増大傾向を認めた以外に形態的にも変化は認められなかった.残る22例の最終診断は癌で,初回内視鏡の肉眼型は多くが扁平隆起で,色調も褪色調であったが,10例で色調は均一ではなく一部に発赤が認められた.経過観察中に形態変化を呈したものは7例で,増大と共に発赤の出現や結節状の変化が認められた.経過中,平均4.4回の生検が施行され術前生検診断がGroupⅤとされたものが12例,Ⅳが7例で,生検という限られた組織での診断の困難さが示唆された.GroupⅢという生検診断のみに頼りすぎることなく,組織異型を伴うものや形態変化を呈する例では積極的に内視鏡的切除の適応とすべきと考えられた.

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要旨 生検でGroupⅢと診断されX線検査による経過が3年以上ある胃隆起性病変41例44病変を対象とし,大きさと組織異型度の変化について検討した.結果は,増大24病変,不変17病変,消失3病変で,54.5%が増大した.増大した24病変の最終診断は,癌9病変,境界領域3病変,腺腫12病変で,各々の平均doubling time(面積)は,32.5,67.8,131.5か月で癌と腺腫間には有意の差があり,境界領域はその中間であった.最終診断癌は,通常のⅡa型癌に比し水平に発育する傾向を有し発育速度は遅かった.最終診断癌の初回生検像は,見直しでも全例GroupⅢの範疇で腸型形質,tubularを基本とするが一部に胃型形質またはvillous patternを混じるものが多く,これらの所見を有する病変は癌または癌化のhigh risk病変として取り扱うべきと思われた.腺腫は29病変中12病変(41%)が増大したが,緩徐な発育であった.

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要旨 生検診断でGroupⅢであった321例を対象に,生検診断推移と切除法を検討し,治療方針について考察した.全対象例321例の64.2%が切除治療を施行されていた.切除例の76.2%は内視鏡的単独切除であった.大きさは,1cm以下が最も多く60.7%を占め,1cm以下の約50%が内視鏡的切除治療を施行されていた.異型上皮巣に対する治療方針を以下のように結論した.①陥凹型は外科手術を第1の選択とする必要がある,②1cm以下の病変は,原則として経過観察を行い,生検組織診断の変化に注意する,③1cm前後のものは内視鏡的切除の適応である,④2cmより大きい病変では,癌に準拠した治療法を選択すべきである,⑤異型上皮巣を有する胃は同一胃内の他部位に異型上皮あるいは癌の合併に注意し,局所治療のみにとらわれず胃臓器としての治療を志向する必要がある.

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要旨 胃の良・悪性境界領域病変8例について,生検組織標本を含め病理組織学的に検討した.境界領域病変とは可能な限り上皮性腫瘍を良・悪性に振り分けた際に生ずる狭義の領域である.その肉眼形態は表面隆起型がほとんどであり,腫瘍径も1cm以下と,良性腺腫と同様な所見であり,また,早期癌の中には肉眼的に判別し難いものも少なくないことから,組織学的に判定される病変である.組織学的には腺管の構造異型はわずかであり,腫大した楕円形核あるいは小型円形核が不規則に配列する細胞異型が主体の組織所見である.境界領域病変の組織診断には良・悪性を判別する組織学的診断基準の確立が必要であるが,生検組織標本と切除標本の組織学的検討からは,Group分類はGroupⅢが明らかな良性腺腫に,そしてGroupⅣが境界領域病変に対応するような異型度判定に定義を変える必要性が示された.また,2例の経過観察例はいずれも発育進展が緩徐であるが,経過中の生検標本の組織異型度は早期癌のそれと比べると,良性腺腫よりは悪性に近い病変と考えられた.治療はその病像を熟知したうえで最良の方針を選択すべきであるが,そのためには生検組織診断の報告は異型度判定だけでなく,質的診断が臨床医と病理医との間で交わされることが必要である.

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要旨 当院で1962年から1993年までに得られた胃腺腫(GroupⅢ病変を含む)890病変を対象とし,これらのmalignant potential,治療方針の選択などについて検討を試みた.胃腺腫切除例における癌合併率は腺腫内で15%,胃内他部位で16%に認められており,約30%が何らかの形で癌と共存していた.また,これらの内視鏡所見を検討すると,既に高危険群の特徴像として報告した発赤調を示すもの(52%),2cm以上のもの(44%),陥凹を伴うⅡa+Ⅱc様のもの(55%),胃炎類似型に相当するもの(39%)では,いずれも癌の同部位合併率が高かった.更に,内視鏡的かつ生検組織学的に3年以上の経過観察を行いえたGroupⅢ病変(77病変)を検討すると,男性の病変,大きさが2cmを超える病変,組織学的な画像計測で腺管の大小不同指数が高値を示す病変では,将来大きさが増す可能性が高いことが明らかとなった.以上の成績から,内視鏡的に完全切除が可能な大きさで,病変が高危険群あるいは増大する可能性の高い所見を示す場合は,積極的に内視鏡的切除の適応にすべきと考えられた.また,完全切除が困難な場合は,丹念な生検を行いつつ経過観察を行わざるをえないが,その際は,他部位の癌を見落とさない注意が必要と思われた.

主題 胃癌の病理組織診断基準の再検討は必要か

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はじめに

 胃癌の中には生検組織診断の難しい症例がある.例えば,X線・内視鏡的に進行癌ではあっても,その粘膜内進展部から採取された生検組織のみからは病理組織学的にどうしても良性病変としか診断しようのない症例とか,あるいは異型度からは良性悪性境界領域病変とされる症例である.同様に,手術標本の病理組織診断においても,早期癌か良性異型上皮巣(腺腫)かの診断が困難であるいわゆる良性悪性境界領域病変,そして早期癌か良性再生異型上皮かの診断が難しい症例がある.

 以上のような病理組織診断の難しい症例は今,どのように考えられ,そしてどのように診断されているか? 診断困難症例の生検組織と手術組織標本の対応から問題点を浮き彫りにして,胃生検組織診断を行う場合の注意点,そして実際における対処の仕方などを学び取ろうとするのが本企画の目的である.そのようなことから,消化管病理学に精通している10人の病理医に組織診断をしていただき,それらの集計から“究極の”とも言うべき,いわば胃癌の病理組織診断学に潜在している問題点をむき出しにする.

 10人の病理医とはTable 1の諸先生であり,多忙にもかかわらずこの企画に快く協力してくださった.集まった症例は53例,500~600枚にも及ぶ組織標本を実質半日で診断していただいた.標本全体の1/3の検鏡が終わるころからは思考が鈍り,以後の検鏡は経験に基づく直感による診断となりがちとなる,という実感ではあった.しかし,この直感による診断は重要であろう.それは過去に培われた知識と経験とが凝縮された反射経路によるものであるから.

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 主題「胃癌の病理組織診断基準の再検討は必要か」の一環として,53症例の鉗子生検組織標本102枚(すべてを順不同に並べて検鏡した)と外科的切除例ないし内視鏡的切除例の組織標本(ほとんどの例では1~2枚,少数例では5枚の標本をセットで,各症例ごとに検鏡した)とを別々にして,組織診断する機会を与えられた.提示された症例の病変はいずれも,どこかの時点で,「胃の良性・悪性境界上皮性病変」と生検診断されたものである.

検鏡後のコメント 石黒 信吾
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はじめに

 症例提供した各施設で境界領域病変と診断された症例の生検標本102枚と,それに対応する手術標本53例(粘膜切除材料を含む)を診断した.各施設で境界領域病変とされた病変であるが,筆者の診断では,症例の多くは,生検診断はGroupⅣないしGroupⅤ,切除材料の診断は腺癌であった.

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要旨 患者は65歳,男性.2年前から脳梗塞のために抗凝固剤を服用中であった.吐下血が出現し初回の内視鏡検査で噴門部小彎後壁に出血性胃潰瘍が認められ,内視鏡的止血術が施行された.その後6回の内視鏡検査と3回の生検が行われたが,組織学的には悪性所見は認められなかった.経時的な内視鏡検査による観察で不整な潰瘍がみられ,X線所見と合わせて悪性と診断し噴門部胃切除術を施行した.切除標本の病理組織学的検索の結果,Ul-Ⅱsの後壁側に1.0×0.8cmの高分化型腺癌が認められ,深達度smのⅡc型早期胃癌と診断された.生検組織診断が陰性であっても,十分な経過観察とX線・内視鏡検査による綿密な観察が重要であることが示唆された噴門部早期胃癌の1例を報告した.

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要旨 患者は63歳,女性.便潜血陽性のため胃内視鏡検査施行.胃体下部大彎側に大きさ約25mmで同色調の平盤状隆起を認めた.生検の結果GroupⅢとされたが,異型度が強く癌も否定できないため,内視鏡的粘膜切除術(EMR)を施行したところ,一部粘膜下層浸潤するⅡa型の高分化型管状腺癌であった.生検でGroupⅢと診断されても,組織異型度を明確に診断できない場合があるので,X線や内視鏡所見の詳細な所見を病理側に提供すると共に,EMRによる診断と治療を積極的に行うべきと考えられた.

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〔患者〕66歳,男性.自覚症状はなく,体重減少もない.1992年6月に受けた胃癌検診で前庭部後壁にポリープを指摘された.寺田病院で胃内視鏡検査を受けたところ,ポリープのほかに広範な胃病変を発見され,7月22日に当科に紹介入院した.

〔胃X線所見〕第2斜位二重造影像(Fig.1)で,体中部後壁に不整形の陥凹性病変を認める(矢頭).陥凹底はほぼ無構造である.これを取り囲んで,境界不明瞭だが広範な粘膜の不整所見が認められる(矢印).輪郭は滑らかでよく伸展し,硬化所見は認められない.前庭部後壁に,発見のきっかけとなった山田Ⅲ型ポリープを認める(Fig.2).体中部から上部後壁にも,陥凹底の無構造化した,周囲より一段深い陥凹がみられる(Fig.3,矢頭).

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〔患者〕56歳,男性.主訴:検診で便潜血検査陽性.

〔ルーチン大腸X線所見〕S状結腸に,表面に陥凹を持つⅡa型を思わせる平盤状隆起を認める(Fig.1).

用語の使い方・使われ方

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 Kammrötungはドイツ語で,消化器内視鏡用語集には“胃の長軸に平行に走る発赤で,一般にひだの頂上に

みられる”と記載されている.従来これは“櫛状発赤”とか“線状発赤”と呼ばれていたが,Kammは“櫛”と訳すよりも,ここで使用される意味はうねや波の背または山の稜線などの意味であるため,“うね状発赤”または“稜線状発赤”とでも訳したほうがより妥当である.

 Kammrötungは1936年Schindlerによって胃の内視鏡所見として記述されたのが最初と言われている.

Coffee Break

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 前号では主として「胃癌取扱い規約」第1版がこの世に出るまでのいきさつを述べたが,“規約を作っただけでやめてしまうのはもったいないので,胃癌を研究する研究会を作ろうじゃないか.これは学会ではなくクローズドにして,膝を交えてお互いに話し合えるようにしよう.”という武藤先生や久留先生の発案で,第1回の研究会が1962年4月12日に開催された.

 以後の研究会の発展を具体的に示す事実として,歴代の当番世話人,主題を載せながら各時代の重要事項を併記することにする.

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 早期胃癌肉眼分類典型例を通覧して,X線所見に比べて内視鏡所見,肉眼所見の呈示がお粗末であること,その原因について先号に種々述べたが,それぞれの症例について具体的に問題点を列記したい.

〔Case1〕この症例でまず気がつくのは,ポリペクトミー後のマクロの写真がないことである.次に,ポリペクトミー標本の切り出しの方法については,どうしたことか,切除標本の右半分が斜めに切り出され,左半分は短軸に平行に切り出されている.おそらくは,癌巣と切除断端との距離が短いために,右半分の全周性の断端浸潤癌の有無を知りたいためであろう.しかし,このような細長い標本では,短軸に平行な切り出しが行われるべきであろう.

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欧文目次

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 日本の研究者にとっては胃癌と異なり食道癌は,その有病率・死亡率のいずれをみても不利な診断学の対象である.最も有利であった胃癌の診断と比較して格段の苦労だったと思われるし,その意味で日本でこのような書が胃癌の診断に対する伝統的手法を駆使しながら診断学の領域にまで拡げ,かつ出版されたことに敬意を表するものである.本当に1例1例を診断委員会で大切に扱って症例数の少なさを,共通の診断学をもって補おうとしていることが如実に表現されている.そのため内視鏡やX線所見の分析から組織学的所見へと,その診断のプロセスは実に楽しい捕物的なおもしろさを展開しているのである.

 臨床の診断学は,このように本来症例の1例研究の蓄積から出発するもので,血清学的,機能的な異常の乏しい食道癌では,形態的画像診断が中心となって展開し,型別に分類されてゆく.ここで大切なことは,妥当な診断学の応用があって初めて型別分類がなされ,症例は記憶の棚に整理されてゆくことである.本書では,このような症例の蓄積に同好の士が10年もかけており,新しい知見は更に加えられ,記憶の抽き出しに照らし合わされて診断されると共に,次なる問題である深達度の診断や予後が推定されてゆくのである.このような分類は,将来世界の各国に応用されるべきものであり,そのためには,類型化はできるだけ単純なほど普遍性をもってこよう.

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 監修の長谷川博氏とは,以前国立がんセンターの外科で長い間同じ釜の飯を食った仲間である.その学術における卓越した第六感には,私はとうの昔から兜を脱いでいる.また,肝臓癌の肝切除の大先達であることは広く知られている.長谷川の方法,長谷川の器械,長谷川の……と本書の中にも彼自身の工夫,ひらめきが語られている.

 一方,著者の島村善行氏は,1977年から3年間国立がんセンターにおいてレジデントの教育を受け,ここで長谷川博氏に師事して肝外科を専門とすることとなった.レジデント終了後,国立療養所松戸病院の医師となって,同病院に肝外科を開設し,それを隆盛ならしめた.まもなく,対がん十か年総合戦略が始まり,その中で,“肝細胞癌の病態に応じた治療法の選択”という研究班の班長として9年間活躍した.このような長い間の肝臓癌の勉強と,診療の経験が本書の誕生の原動力となっていることは疑いがない.

編集後記 丸山 雅一
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 本号に掲載された論文は,いずれも各施設の長期間にわたる経験の蓄積をもとに書かれている.それぞれの内容の差がどのようなものであれ,われわれは,それを客観的事実として受け止め,評価するという,読み方をしなければならないだろう.言い方を換えれば,それぞれの論文が意味する重みを実感として受け止めるということである.

 圧巻は,中村がまとめた10人の病理医の診断結果についての報告である.関係者全員の多大な労力と費やされた時間に敬意を表すると共に,その結果が,臨床診断の辛辣な期待を良い意味で裏切る結果であったことに,「胃と腸」の明るい未来を見た思いがするのは筆者だけではあるまい.

基本情報

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胃と腸
29巻2号 (1994年2月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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