胃と腸 15巻1号 (1980年1月)

今月の主題 胃病変の時代的変貌

序説

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 過去の出来事が時間の流れに沿って書かれた歴皮書は,われわれをタイムマシンに乗せて過去の世界へと引きずり込んでくれます.歴史学は,一面ではこのような楽しみをわれわれに与えてくれますが,過去を知って現在・未来に対処する,あるいは,ある事柄について過去と現在とを比較することによって,それが変化している場合にはその変化の要因を探り出すことができるという面もあると思います.

 例えば,誰しもが認める,そして要因の明らかな事柄として早期胃癌があります.早期胃癌の診断はわが国では一般化していますが,このような結果になったのはわが国の現在も活躍中の諸先輩による早期胃癌診断学の確立に原因が求められます.また,日本における早期胃癌診断学の進歩とその普及によって多くの早期胃癌を発見し,胃癌の予後が著しく改善されていることを,諸外国は知っています.そして,諸外国では早期胃癌診断学と日本における早期胃癌発見のための方式・組織を学び,それを現在・未来に応用すべくその試みがなれつつあります.

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 わが国において悪性腫瘍の中で胃癌の占める割合は高く,悪性腫瘍による年間10万人以上の死亡の中で約半数の5万人が胃癌で死亡している.このもっとも頻度の高い胃癌に対しては,わが国において第2次大戦の敗戦後肺結核の死亡減少と共に注目を集め,胃癌に対する戦いが1950年代より,診断および治療の面で非常に努力がなされてきた.最近までの約30年間の胃癌に対する戦いによって,臨床面で経験された胃癌の時代的変貌について,癌研病院外科で1946年から1975年までの30年間に経験した胃癌症例を中心にして検討したい.

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 わが国の胃癌の訂正死亡率は1959年をピークに以後低下しており,1959年の死亡率を100とすると1974年は78であり15年間に22%の低下があるという1).また,40歳以上のいわゆる癌年齢層に限れば,5歳毎の各年齢階級別の死亡率は,1955年の率を100%とすると1974年までにもっとも少ないもの(男の65~69歳,女の40~44歳)で22%,もっとも多いもの(男の45~49歳)で38%の低下があるという2).この低下の傾向は,近年急速に進歩してきた胃の診断学や治療学の効果によるとの考え方もあるが,癌死亡の減少はこの効果を上まわるものである3)4).以上は死亡率についてであるが罹患率の年次的低下を示すデータもある5).したがって,日本人の胃癌の発生率が実際低下していると考えられ,その原因としては何よりも第2次世界大戦後の目本人食生活の変革,すなわち,西欧化が深い関係を持つと思われる.胃癌の発生が,環境因子,とりわけ,食生活に左右されることは,米国において,40年前には癌死亡のうち最高頻度を占めた胃癌が,特に何の治療法の改善なしに,1930年から1975年までの45年間に70%以上減少した6)ことや,ハワイにおける日系二世の胃癌死亡率は,一世や本国人のそれに比し著しく低下している7)8)ことからも明らかである.

 通常型胃癌は,組織学的に,腺管形成の明らかな型(いわゆる分化型癌)か,あるいは腺管形成の少ないかほとんど見られない型(いわゆる未分化型癌)に2大別される9)~11).組織発生の立揚から,前者は腸上皮化生と密接な関係を持ち,後者は関係が少ない9)~14).他方,地理病理学的に,腸上皮化生の程度と胃癌の発生率の間に相関があることが示されている15)

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 世につれ,時代につれ,変遷の跡の明らかな疾患があり,そうでない疾患がある.前者は,たとえば伝染病であり,後者は癌や動脈硬化症などである.潰瘍はそのどちらであろうか.一般には,消化性潰瘍の有病率や発生率は,時代時代の社会的状況を反映しながら消長してきたとするのが通念のようにみえる.しかも,このような前提に立って,面白いことには,いつも,日本人の消化性潰瘍が増加していることが強調され,その背景として文明や戦争,社会生活や食生活の変遷などとの関連が論じられてきた.とすれば,日本人の消化性潰瘍は時代とともに増加の一途を辿ってきたということになる.

 しかし,これを読む者がいつも隔靴掻痒の思いを強いられるのは,これらの記述がきまって,「最近,潰瘍が増加していることは誰しも異論のないところ……」,「最近,潰瘍が増加しているという声がしきり聞かれる……」というふうで,一向に,具体的な根拠が示されていないことである.また,そうでなければ,臨床において患者が増加したという数字が,いつのまにか,潰瘍の発生が増加したという話にすり変わってしまうという,論証の展開の曖昧さのためである.

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 どのような疾患も時代の移り変わりとともにその頻度が増減したり内容が変化する要素をもっており,感染症はその最たるものといえよう.かつてわが国に結核が蔓延し国民病といわれる時代もあったが,治療薬の開発,衛生思想の普及や生活環境の向上によって,この病気はもはや予防し治療しうるものとして国の医療上の重大問題ではなくなってきた.

 これに対して非感染性の疾患は概して病因が複合的で内外の諸因子が複雑に絡み合う場合が多く,国民の平均寿命の延びによって象徴されるような社会環境の改善や医療知識,医療内容の向上によって各疾患の頻度に多少の消長や盛衰はあるにしても,感染症ほどに著しいはやりすたりはない.しかし公害病によって代表されるように時代社会の影響が敏感に反映されるものもあり,ストレスが主因とされる胃や十二指腸の潰瘍症も生活環境とは決して無縁ではなく,そのような意味でこの疾患カテゴリーに入れて差し支えがないかもしれない.

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 いわゆる胃ポリープについて,この10年来いろいろなことがわかってくると共に,われわれの考え方も随分と変わってきた.

 いわゆる胃ポリープは,比較的稀な疾患と考えられていた.確かに,X線で臨床的に診断され,手術が確認された症例が初めて報告されたのが,何と昭和10年1)(1935)である.それ以後,症例報告はあっても,10例以上まとまった報告例は,戦後の昭和30年代にならないと現われてこない.したがって比較的稀と考えられたのも当然であろう.ちょうど昭和30年代は,胃の診断技術が進歩しはじめるころであり,いわゆる胃ポリープに対する検討も行われはじめたころである.しかし,このころはいわゆる胃ポリープの定義はかなり不明確(現在でも明確とはいえないが)であり,胃の内腔に隆起した病変で一定の形態のものを,いわゆる胃ポリープとして取扱っていた傾向がある2).一般には良性の意味合いが強いが,小さな病変では肉眼的にも良悪性の判別は困難だったと思う.いわゆる胃ポリープの症例を病理組織学的に検索し,癌の症例があると,それを分子として総数で割算し,癌化率何%と計算していたようである.

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 ポリープとは,広義には「粘膜面からみた肉眼的な限局性粘膜隆起」で,その構成成分は問われない.しかし,狭義には「上皮性成分から成る肉眼的な限局性粘膜隆起」とされている.本稿ではポリープを狭義で使用する.

 さて,胃ポリープの時代的変遷を病理学的側面からみるのが著者に与えられた主題である.これには次のような種類の論点がある.

食生活と胃病変の変貌 並木 正義
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 第2次世界大戦後30余年間における日本国民の食生活のパターンは,確かに大きな変化をみた.一口にいえば食生活の欧米化といえよう.そしてそれに伴ってわが国の疾病構造が変りつつあることも事実である1)2)

 多くの疾患は,遺伝的・体質的素因の上に種々の環境的要因が加わって発症すると考えてよいが,この場合,後者としての食生活の影響は大きい.とくにある疾患が時代とともに増加したとか減少したといった変貌を考えるとき,食生活の問題は十分考慮すべき重要な課題である.ただ,ある疾患と食生活の関連性を,だれもが納得する根拠と裏づけをもって説明するのは,非常に困難なことである.ことに胃病変(胃疾患)に限られると大変苦しい.今回のテーマが与えられたとき,総動員であらゆる資料を集めた.瀬木三雄先生にはずいぶんお世話になった.また日本人の食生活の歴史3),その他雑学的な参考書も手当りしだい読んだ.しかし,調べれば調べるほどむずかしさがつのるばかりでいささか参った.結局は文献的資料と,わずかな筆者自身の資料をもとに見解を述べるしかない.

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 小児を小児科で取り扱う0~14歳までの年齢層とみなして,以下小児の胃・十二指腸潰瘍(便宜上単に小児潰瘍という)の動向と,それに関連する背景因子などについて述べる.

 小児潰瘍に関しては,国内国外における頻度,臨床症状の特徴Dや問題点,さらに新生児や乳幼児にみられる急性潰瘍は,その成因からいっても別個のものとして考えなければならないことなどについて,筆者2)はすでに本誌(9巻8号,1975年)に発表しているので,今回はこうした点の重複はさけ,その後の知見を含めて,テーマに即した参老事項をあげてみたい.

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 まず,線状潰瘍という言葉の由来についてふれておきたい.

 昭和26年(1951)頃,当時の昭和大学外科において村上忠重教授(現東京医歯大教授)と鈴木武松講師(現東京都品川医師会)が胃の線状潰瘍の病理の研究を始めたのは胃潰瘍の発生理論が知りたかったからであるが,なかなか潰瘍の特徴をつかめなかった.また一番困ったことは潰瘍がなおる病変であるということであった.このような時期に村上教授は鈴木先生の学位論文のテーマとして線状潰瘍を選んだのには次に述べるようないきさつがある.「こんな変な潰瘍(2,3の線状潰瘍,東大例)がある.潰瘍は丸いもの(円形~楕円形)と教えられているが,これも潰瘍の一種らしい.こういう風変わりな潰瘍を研究すると,あるいは本物の成り立ちがわかるかもしれない7)8).」これが胃の線状潰瘍と臨床病理学的(Hauser1)2)は1883年,明治16年の論文に線状潰瘍を線状癩痕として記載している)に本格的に取り組むきっかけとなり昭和29年(1954年一胃カメラが世に出た頃)の外科学会総会3)で初めて外科的材料を用いて胃の線状潰瘍という言葉を用い公式に発表し認められたという経緯4)がある.

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 昭和元禄時代は短く,低成長時代に移行したが,このところ日本人の食生活と栄養状態の変貌のはげしさは多くの人が指摘するところである.かつて,われわれの世代は,あまりにも貧しく悲惨な食生活を体験した.その記憶は脳裡にべったりこびりついていて,いまなお現在のeating patternを規制しっづけている.大戦中の食生活が,われわれの世代の胃粘膜などにどのような影響をあたえたのであろうか.なんとかそれを調べてみたいという欲求はもっている.すでに国民の大部分は飢えの苦しみの経験をしらず,あまりにも豊かな現在の食生活は,欧米化の流れにまかせきった受け身の状態である.

 このような食生活の大きな変化が,日本人の慢性胃炎に対して,はたしてどのような影響をもたらしているのであろうか.世代間の歪みを考慮して検討すればたいへん興味ある問題である.すでに,胃癌の訂正死亡率はかなり急激な減少をみていることが疫学者によって指摘されているが,その原因の1つとして食生活をふくめた生活環境の激動を無視することはできない.周知のように,慢性胃炎の成因は依然として曖昧模糊の状態であるが,最近では心因・精神的ストレスの持続によるemotionalgastritisも関係すると推定されているほかに,低栄養状態が関係することは古くから議論されているところである.

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 芹澤(司会) 本日は梶谷先生,太田先生,本当にありがとうございました.『胃と腸』は今年で15巻になります.その第1号をいい企画で飾りたいという編集委員一同の切なる希望として両先生をお招きして「胃病変の時代的変貌」についてお話をうかがうことになったわけです.本号の主題では各疾患別の時代的変貌を論じていたたきましたが,この座談会では,各疾患別の時代的変貌ということはあと回しにして,初めに総括的に胃病変がどう変わったかということを,両先生におうかかいしたいと思いますます梶谷先生,いかかでございましょうか.

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 本書は,消化管の二重造影法にとりつかれた8入の著者(米,英,加,蘭,日)によって書かれた情熱の書である.各所に独創的な工夫がみられ,食道から直腸にわたり,二重造影法で描写できる疾患を系統的に網羅している.そして,二重造影法の導入によって,X線検査成績が著しく向上したことを感激して記述している.また,X線と内視鏡との対比をしている.

 序文でLauferは短い自伝を書いている.1972年に新設のMcMaster大学(カナダ)Medical Centerの放射線科に入局し,消化管の二重造影法と内視鏡検査を始めた.その後Pennsylvania大学病院の放射線科に移り,現在はそこのAssociate Professorである.まだ若い.1977年に来日し,白壁彦夫教授の知遇を得,山田明義,丸山雅一両先生にあっている.このようなこともあって,本書はアメリカ版蘭学事始めといった感じもする.

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 数年にわたる胃X線検査で異常なく経過していて,突然X線像上にleather bottleの像が現われ,臨床医の心胆を寒からしめるものがある.しかも,Linitis plastica状態の胃癌の予後は極めて不良である.このような状態になる以前に診断しなくてはならないが,一般的には,診断はなかなか困難な場合が多い.われわれは,原発巣が比較的小さいにもかかわらず,癌細胞が粘膜以外の胃壁にび玄ん性に広範囲な拡がりを小した,胃壁の伸展不良の程度が軽度である,いわゆるLinitis plastica状態の拡がりを示す癌を経験したので報告する.

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 気障ないい方だが,L.Mumford流にいえば,学会の会長というものは学会の「より一層高次の誕生の助産婦」でなければならない.

 第21回日本消化器病学会秋季大会(会長中村卓次教授),第17回日本消化器内視鏡学会秋季大会(会長小林節雄教授)および第17回日本胃集団検診学会秋季大会(会長三輪潔院長)の合同学会は,10月15日から17日まで群馬県前橋市で開催された.この3日間でシンポジウムから一般演題まで約700題という膨大な数の発表がきわめて円滑に行われたのであるから,学会運営のお手並みはまことに見事であったと文句なく敬意を表する.まさに,前述の名助産婦ぶりを発揮され,明日の消化器病学への着実なあしがためをされたわけである.ただ3学会合同秋季大会とはいえ,胃集検学会だけは.一般演題が9題にすぎず心を痛める.この学の会長を経験したこともある筆者としてはたいへん淋しい思いがする.なんとか再び活力を入れる学会改組は急務であろうし,すでにその重要な徴候の持続は数年来のことである.

入門講座 胃癌診断の考え方・進め方・13

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 市川 今度は,内視鏡に移ります.ルチン検査の実際についてお願いします.

●フィルムの駒数

 <質問31>ルチンワークとして食道から十二指腸まで,フィルムの駒数をどのような分配でするとよいでしょうか.

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欧文目次

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Minor gemobilia-clinical significance and pathophysiological background: Sadblom, Y.and Mirkovith, V. (Ann.Surg. 190: 254~264,1979)

 少量の胆道出血は頻度が高いのにもかかわらずその多くは見逃されている.著者はHemobiliaと題する単行本を書いているこの方面の専門家であるが,明らかな消化管出血を伴わない胆道出血をMinorhemo.biliaと規定して,文献例も含む8症例を示した.その原因は,①外傷,②胆道系の手術操作,③PTC,④胆石,⑤胆管炎,⑥肝癌,などである.

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Adenocarcinoma of the oesophagus and of the oesophago gastric junction: J.N.Webb, A.Busuttil (Brit.J.Surg. 56: 475~479,1978)

 食道原発の腺癌はめずらしいが,噴門癌の食道浸潤はしばしば遭遇する.この両者の鑑別は難かしい.この部の癌は,裂孔ヘルニアを伴っていることがあり,発癌との関連が言われている.

書評「膵疾患図譜」 武内 俊彦
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 膵炎の診断は,Gulekeの有名な言葉にもあるように,「膵炎の存在の可能性に考えおよぶ」ことから始まるといわれてきたが,ひと昔前までは膵疾患の診断に際して,膵管自体の形態学的変化をみる検査はなかった.胃ファイバースコープを幽門輪をこえて十二指腸球部に挿入した竹本らの経験例の報告を契機として1969年に著者の一人である大井至氏,それと相前後して高木国夫氏によってファイバースコープによる膵管造影が発表され,はや10年が経過した.その間,器種の改良,cannulation技術の向上に伴って内視鏡的膵・胆管造影は同領域の病変の診断上不可欠の検査となり,現在わが国においては多くの施設で積極的に行われている.最近では外国より本法に関する著書も逆輸入されているが,EPCGがたとえERCPにかえられたとしても本邦での独創性は少しもゆらぐものではない.この度,「膵疾患図譜一膵管異常よりみた鑑別診断」が上梓されたことは時宜をえたものとして喜びにたえない.

 周知の如く,本書の著者である大井,小越の両氏は本邦において当初より内視鏡的膵・胆管造影の発展に尽力され,既に本法の実際についての著書もだされている.また,多数の膵疾患を経験され,本書に掲載されている症例はすべて貴重な症例といえる.今日,膵管造影像に関しては多くの症例が集積され,本法による診断の限界も明らかにされつつあるが,本書は現時点での膵疾患診断上の問題点,限界を症例を中心として教えてくれる好著である.

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 今回,有山裏博士の「消化器血管造影」なる力作を読ませていただき広範囲に亘る内容の整理の的確さ,その造影写真の鮮明さ,渉猟された文献の豊富さにまず深い感銘を受けた.ここ20年間の血管造影法の進歩は素晴らしく,造影することに意義のあった時期はともかく,触知できるような大腫瘤の血管造影像を得て満足していたのもそう昔のことではない.今日では本法が次第に独立した診断法としての地位を確保するとともに診断可能の限界が論議されるようになった.そして,今や単に診断法にとどまらず血管の選択的塞栓など治療への応用も試みられるに至っている.本書はこの血管造影法の進歩の道程を多数のレ線写真に加えて摘出標本や模式図,さらには胆道,膵管造影像などと対比させて示されている.とくに本書129頁にみられるごとく,脾動脈断面の組織像からencasementの状態が明快に説明されているなどは心憎いばかりであり,また146頁の膵血管腫本邦第1例が示されるなどの配慮は幅広い読者層に深い感銘を与えるに違いない.

 いうまでもなく血管造影像は陰画であり,その所見からいかなる陽画を想定するかは読影者の学識であり経験であろう.したがって血管造影像の読影には鮮明な造影像を得る努力は勿論であるが,その像をもたらす病変部を手術や剖検の機会に自らの眼で見,手で触れるだけの探究心が望まれる.本書には有山氏のその力強い熱意が随所にみられるのは心強いかぎりである.一方,氏も述べられているように血管造影法は少なからぬ侵襲を伴う検査法である.したがって本法を施行する以上,その価値が最大限に発揮されるよう様々な工夫がなされなければならない.例えばpharmacoangiographyであり,superselective angiographyであろう.そのうちでも氏は,超選択的造影法としてcatheter exchangingmethod(34-35頁)を推奨されている.これは比較的容易に実施できて,しかも特殊な器械を要しない点きわめてすぐれた方法であるがカテーテルの挿入,抜去などの操作に習熟した者が行ってこそ安全かつ有益な方法であることを蛇足ながらつけ加えさせていただきたい.膵癌,肝癌などの早期における部位診断と切除可能性の判定,治療への応用などが今後の血管造影法の課題といえよう.氏はpharmacoangiographyやsuperselective methodなどを駆使しこの困難な課題に肉迫しておられる.

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 ネルソンのText Book of Pediatricsの日本語訳がはじめて出版されることになったが,このことの小児科領域における意義は極めて大きいと思われる.小児科学を志す人はいうまでもなく医学生に至るまで,ネルソンの小児科学の名前を知らない人はないであろう.それほどまで古い歴史をもって磨きぬかれた名著であり,日本の数多くの小児科学教科書がネルソンの小児科学を範として書かれている.したがって今さらネルソンの小児科学の内容について云々することはないし,また監訳者の中山教授がネルソンの教科書が如何に変遷し,すぐれた形にととのえられたかを序文に書いておられ,それがそのまま本書の書評にもなっている.

 私が小児科医を志すようになって初めて自分で買った小児科学書が,Mitchell-Nelsonの第5版(1950)であった.当時Cecilの内科学書とMitchell-Nelsonの小児科学書はアメリカの教科書の双壁をなすものであった.私の学生時代はドイツ医学の教育をうけた先生方に教えられ,使用した参老書もドイツ語の本が多く,英語の病名やその他もろもろのmedical termにはとっつきにくく,Mitchell-Nelsonは辞書を片手に読んだことを憶えている.したがってその当時,読みながら常にまどろっこしさを感じており,これが日本語であればとよく思ったものである.その後はアメリカ医学のとうとうたる移入によって,講義にも英語のmedical termが使われるようになり,英語の教科書への親しみを増しており,最近の若い医師や学生たちにとってはドイツ語の教科書よりはむしろ英語の教科書が普通となっている.とはいってもやはり外国語の教科書は,日本語を読むほどには気軽に読まれないうらみがあり,医学生がネルソンの教科書に親しむ機会は比較的少ないように思われる.同じようなことは実地医家にも共通しているようで忙しい診療の間に一寸しらべたいと思う時は,やはり日本の比較的詳しい小児科学書を参考にすることが多いようである.しかし日本の小児科学書はネルソンを範としていながらネルソンを抜くものはないようである,ネルソンの編集者であるVaughan,McKayの序文には医学生,看護婦,その他の医療従事者に至るまでの利用が期待されており,本書の目本語訳によって,日本でもこれらの人々の利用が大変便利になったことは喜ばしいことであり小児科学の発展にも寄与する処が大きいと思われる.

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 原書は,Benhamou,Sarles,Gérolami著Foie Pancréas Voies BiliairesでパリのFlammarion Médicine Sciences社から1972年に出版されたものである.原著者の1人,Henri Sarles氏はAix-Marseilles大学消化器病学教授であり,種々混乱のあった膵炎を定義づけて国際的に共通な概念をうちたてた記念すべきマルセーユシンポジウムの主催者である.そしで訳者の1人中村氏はSarles教授の下にかつて学んだ膵炎の研究者で,彼の招きで来日,昭和52年春,日本膵臓病研究会にて行われたSarles教授の熱のある特別講演は今なお記憶に新しいものがある.

 本訳書は,原書のうちBenhamou教授担当の肝臓の部を省略,膵胆道の部のみとし,序文,目次を入れて100頁足らずのものであるが,その内容はまことに充実している.これは,Sarles教授が,実地に役立ってしかも頁数を少なく廉価な概説書を企画したためであり,図や文献を最少限まで省略したためと思われる.

編集後記 五ノ井 哲朗
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 文字どおり,80年代の巻頭に,「胃病変の時代的変貌」という主題が採り上げられたのは象徴的なことに思われる.中村教授の序説にもあるように,過去をふり返ってみることは,未来への展望を明らかにするのに有効な方法である.

 しかし,従来,このような企画は,しばしば,昔語りや思い出話の域に止まって,必ずしも具体的に未来への展望につながらない憾みがある.その理由を我流に考えてみると,本号の座談会で梶谷先生が指摘されているように,「病変の見方が変った」という話に止まって,疾病そのものがどう変ったかという話にまで深まってゆかないところにあるのではないか.言い換えれば,臨床的変貌の現象を羅列するに止まって,その中から,疾病自体の変貌の破片を選り分け,掬い上げて,疾病の自然史を構想する試みに欠けていたということである.

基本情報

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胃と腸
15巻1号 (1980年1月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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