胃と腸 14巻12号 (1979年12月)

今月の主題 胃癌の化学療法

序説

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①胃癌の化学療法に対する私の考え

 私事で恐縮であるが,昭和53年2月23日,永年住みなれた東北大学を退官,去るにあたって課せられた規程の最終講義の題を,私は「臨床癌化学療法学序説」1)とさせていただいた.

 そのときの講演のむすびの一部をここに再掲させていただくと次の如くである.

主題

胃癌手術の補助化学療法 井口 潔
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 胃癌の治療の根幹をなすものは外科手術であり,まずは,これによって腫瘍をできるだけ摘除するという段階をとらなければ,化学療法も,放射線療法も,ましてや免疫療法も,それぞれの有する力を充分に発揮することはできない.この外科手術は,ここ10~20年間に,拡大根治手術あるいは予防的リンパ節摘出手術と呼ばれる概念の導入と確立によって,その遠隔成績を飛躍的に向上させた.治癒手術例の5生率は60%前後となって,往時の約2倍近くの成績を誇示している.しかし,それでもなおかつ,40%近くの癌死があることを思えば,手術との併用療法の必要性は明らかであり,手術後の遺残腫瘍が少なければ少ないほど,併用補助療法への期待は大きくなるといえよう.

 わが国では,MitomycinC(MMC)を主体とする化学療法が古くから行われているが,単なるMMCの手術を中心とした短期間の投与では生存率を有意に高めるという確証をつかむまでには至らなかった.われわれは,術後化学療法は,少なくとも術後2年間程度の長期投与が必要と考え,この考えを,術後長期化学療法(postoperative long term cancer chemotherapy-PLCCと略)として提唱してきた.この考えをまずはじめに適用したのがMMCの3カ月ごとの大量投与法であったが,有意の生存率延長に至らなかったので5-FU誘導体のフトラフール(Ft-207,略してFt)と,担子菌類かわらたけ菌子体より抽出の蛋白多糖体のクレスチン(略してPSK)とを術後2年間,stageⅣ胃癌患者に経口投与するという方式を試み,その効果に手ごたえを感じた.とき,あたかも胃癌手術の補助化学療法研究会が組織されて,全国規模のmultihospital randomized studyが可能となったので,その第1次研究として,MMCによる制癌誘導と,Ftによる制癌維持を内容とする方式の有効性を明らかにすることとし,1975年からこれを開始して,現在,その3年生存率を得る時期に至っている.本稿では,これらの経緯と,この全国研究の成績の概要を述べ,現在計画中の免疫化学療法についても若干ふれたいと思う.

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 従来,胃癌の化学療法の際,原発ないし転移腫瘍が縮小しても一過性で,延命効果につながることは極めて稀であった1)2).そしてまた原発巣がある場合,化学療法によってX線や内視鏡所見の改善をみることは滅多にみられることではなかった.ところが,近年,Futrafulの経口剤,坐剤,5-FUドライシロップによる胃癌の治療が普及するにつれて,形態学的所見の明らかな改善がみられた症例の報告が増えつつある1)~10).われわれはこの10年6カ月間,X線,内視鏡,生検所見の変化に注目しながら胃癌の化学療法を実施してきた1)2)5)10).その結果,進行癌で3例の癌消失,3例の「早期癌と見まちがえる」ほどの改善,早期癌で1例の消失(本誌1663頁)を経験した.進行胃癌では,この6例ほどではないにしろ客観的に改善したといえる症例では延命効果が認められるようである.一方,固型癌の化学療法の効果判定には,腫瘍の縮小率をもってしようという動きが世界的な傾向である11)12).しかし,胃癌のように多彩な病像を示す疾患は,触診を中心とした腫瘍の縮小率で効果を論ずるには幾多の問題がある.したがって,ここではわれわれの経験した胃癌治療の実態を明らかにするとともに,実例に即して胃癌の治療効果の判定に当っては,X線や内視鏡所見が不可欠であることを述べる.

胃癌化学療法の現況と問題点 坂野 輝夫
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 1953年以降死亡順位の第2位を占めてきた癌は,1976年には死亡数140,893名で全死亡中の20%を占めている1).国民の癌対策への要望を契機に,1965年12月に国会において「がん対策の推進について」という決議がなされ,1966年度予算で28億円余の癌対策費が計上された.国立がんセンターを中心とする診療体制の整備,胃癌・子宮癌等を中心に集団検診の標準・術式の確立等を背景に,厚生省・文部省に1963年度からがん研究助成金制度が設けられ,各方面における癌対策の成果を上げる基礎となってきた.

 胃癌についてみると,部位別訂正死亡率(人口10万対)では1977年男性34.1および女性21.6と圧倒的に高率であるが,年次的推移をみると肺癌・白血病・膵癌および卵巣癌等の増加に比べても1950年の胃癌のそれは男性45.0および女性28.6であったわけであるから,胃癌は男女とも減少傾向を示している1)

主題症例 胃癌の化学療法 A.胃癌が化学療法によってほぼ完全に消失し,現在も再発せず生存中の症例群

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 化学療法により消褪したBorrmann1型胃癌症例を経験したので,主にX線,内視鏡,生検所見を提示し,治療内容を説明し,この症例についての考えを述べてみたい.

患 者:70歳 主婦

主 訴:腹痛,立ちくらみ,全身倦怠感

家族歴:兄が食道癌で死亡

既往歴:20年来,気管支喘息および気管支拡張症にて治療を受けている.

現病歴:1976年4月頃から臍部周辺にしくしくする自発痛が出現し,食後嘔気,嘔吐が度重なるようになり,同年5月27日当科を受診した.胃X線,内視鏡検査を施行しBorrmann1型胃癌と診断し,7月30日内科治療の目的で入院させた.

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患者 阿○隆 72歳 男

 1975年4月14日より5月17日まで慢性気管支炎で当院に入院した際,ルーチンの検査で癌がみつかった.消化器症状は全くなかった.

 治療前の胃X線所見(Fig.1):立位圧迫像で前庭部後壁に13×12mm(フィルム計測上)の不整な透亮像を認め,背臥位二重造影像では辺縁不整な表面に凹凸のある隆起陰影を認めた.

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 現在,胃癌に対する最良の対策は早期診断に基づく外科的切除である.しかし,胃癌が切除可能な段階で発見されても,合併症のために手術を行えないこともある.最近,われわれは狭心症のために手術が受けられなかった胃癌患者に化学療法を行い,極めて良好な結果を得たので報告する.

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患者 57歳 男性

既往歴および家族歴とも特記事項はない.

現症および治療経過:軽度の心窩部痛および不定の消化器症状を主訴として1978年9月11日来院する.眼瞼結膜には貧血,黄疸認められず,胸部理学的に異常所見なく,全身リンパ節腫脹も認められない.腹部所見は肝3~4横指腫脹を認めるも,腫瘤触知せず,腹水も認められない.検査所見でも末梢血液所見等に異常を認めず,血清生化学検査でもT.P.7.1g/dl,Meulengracht 5,TTT O.2,ZST 3.2,GOT 21,GPT 14,A1-pase 7.1,Cholesterol 212mg/dl,LDH310,γ-GPT 12,LAP140,CEA2.5,α-fetoprotein(RI)0.02mμg等で異常を認めない.肝シンチグラム,腹部CTは施行していない.

主題症例 胃癌の化学療法 B.化学療法が有効であったが,結局は死亡した症例群

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 Borrmann2型胃癌が化学療法により瘢痕化した1症例を経験したので報告する.

患 者:73歳 男性 農夫

主 訴:心窩部痛

家族歴:特記すべきことなし

既往歴:子供の頃より虚弱体質であったが,50歳の時肺結核に罹患し,某療養所で約20年間治療を受け,気管支拡張症を併発していた.

現病歴:1977年7月初旬より心窩部痛が出現し,胃X線検査の結果,異常陰影を指摘され,某病院へ紹介されBorrmann2型胃癌と診断された.生検診断はグループVであり,組織型は腺管腺癌であった.術前検査で肺機能障害を指摘され,手術不可能とされた.1977年8月16日当科を受診し,外来時検査でBorrmann2型胃癌と診断され,同年9月1日入院した.

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患 者:石○亀○ 70歳 男性

主 訴:腹部膨満感

家族歴・既往歴:特記すべきことなし

現病歴:1974年5月20日頃より主訴出現し,同年6月14日外来を受診した.諸検査にて,胃癌,肝転移,癌性腹膜炎と診断され,同年7月8日入院した.

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 胃生検により確診され,胃X線および内視鏡検査で噴門部のBorrmann3型進行癌と診断された症例に化学療法(免疫療法を含む)を行い,最終的に手術を施行した例を提示する.

患 者:U.K. 49歳 男性

主 訴:嚥下障害

現病歴:約3カ月前より嚥下障害,空腹時の心窩部痛を時々訴えていた.その後,次第に自覚症状の増強とともに全身倦怠感を伴うようになってきた.

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患 者:阿○波○則 45歳 男

主 訴:上腹痛,黄疸

家族歴:母,腹部腫瘍で死亡

既往歴:22歳の時,十二指腸潰瘍の手術をうけ2週間入院,1978年5月,虫垂炎手術.

現病歴:1978年5月,虫垂炎の手術後,全身倦怠感,食思不振あり,自宅療養をしていた.6月22日より出勤し,8月末までは特別変わりはなかった.9月4日頃より腹部膨満感と上腹痛が起こり次第に増強した.9月9日当科を受診し即日入院した.

主題症例 胃癌の化学療法 C.特殊な経過を示したり,特殊な治療を行った興味ある症例群

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 Borrmann2型と診断し手術をするも,S3のため切除適応なしと判定し,リンパ節の生検(腺癌転移)のみで単開腹に終わった患者が,術後まもなくその潰瘍は修復されて8年余り経過し,肝硬変と肺炎にて死亡した,剖検で潰瘍は認められず癌は小範囲のsm型であった.

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 最近,著名な肝転移を伴う進行胃癌に化学療法を行ったが,診断後16カ月で死亡し,剖検を行ったところ,原発巣と思われる胃には癌組織を認めず,原発巣跡に著明に断裂した筋線維がバラバラに残存する特異な像を呈した興味ある1例を経験したので報告する.

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 本症例は,術前胃体中部後壁にBorrmann2型進行癌と左鎖骨上窩リンパ節転移が証明され,開腹所見で原発腫瘍の膵尾部への浸潤とN1,2(+)と判定されて単開腹にとどめ,術後少量のFAMT療法を行ったのみで退院したが,退院後急速に全身状態の改善をみるとともに,原発巣ならびにリンパ節転移も縮小,消失して,9年半を経過し,今日健在している.

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患者 65歳 男

 新潟の某病院で胃ポリープを指摘され,手術をすすめれらたが,なんとか切らずに治してほしいと当科を訪れた.付添ってきた家族の話では,癌だから手術をするようにいわれたという.自覚嚇症状はまったくない.

 当科で精査の結果,X線および内視鏡検査で,前庭部大彎後壁に大きな凹凸不整の隆起性病変を認めた(Fig.1,2).生検組織所見(Fig.3)で高度の異型と診断された.なお故佐野量造博士からも癌とみて手術するようにいわれた.こちらでも手術をすすめたが,頑としてそれを拒否したため,ブレオマイシンによる局所注射療法を行うことにした.

入門講座 胃癌診断の考え方・進め方・12

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●二重造影法の空気の量

 <質問21>二重造影法は,バリウムが十分ついてさえいれば空気が多いほうがよいと思いますが,あまり多いと「空気中毒症」だといわれ,空気の少ないほうを好む方が多くなりました.しかし,初心者の場合,多い,少ないはどうして決めますか.

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欧文目次

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 先に竹本,春日井両氏の編集になる「膵・胆道の内視鏡検査」という本が出版された.この本は文宇どおり膵・胆道の内視鏡に関する一切が網羅されているだけでなく,膵・胆道疾患の病態を理解し,これを診断する上に参考となるすべての事項が要領よくまとめられており,一般の内科学各論の成書よりも,もっと実のあるものとして高く評価してきた.ところが続いて今回,その英語版ともいうべき書が世に出された.これをよくみてまず感じたことは,内容の立派な日本語の本を英文にすると,さらに一層輝きを増すものだという不思議な事実である.

 英文で本を出すということはいろいろな意味をもつ.第1にすぐれた研究は,やはり英文にして世界に示し,その評価を問うことは意義のあることだし,本書は実際にそうするに足る堂々とした内容の本である.第2に若い医師達が医学英語を勉強する上に非常に役だつ本だといえる.最近は学会抄録や雑誌投稿などでちよっとした英文を書かされることが多くなってきた.これは簡単なようで,書きつけていないと,意外と億劫なものである.ところが本書はそのようなとき大変参考になるといって,現に若い教室員の何人もが日本語版と英語版の両方を手にして,英語の勉強をかねながらこの本を利用している.こうなると分担執筆者の英文は責任が重い.しかし,そこはさすが各執筆者とも英語に強く,その英文はしっかりしている.それになんといっても自らの深い経験に基づいて書いているだけに,実にわかりやすく,その表現力もすぐれている.

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 Detection and Treatment of Recurrent Cancer of the Colon and Rectum: J.P.Welch, G.A.Donaldson (Am.J.Surg.135: 505~511, 1978)

 1961年から1970年の10年間にマサチューセッツ総合病院で,治療された大腸癌は1,566例で,そのうち1,193例が治癒切除を受けた.うち177人に再発が起こった.再発発見時85%に症状を認めた.直腸癌再発では,下肢,骨盤,会陰部,側腹,胸部等に痛みが起こった.背部痛は,直腸癌再発でほとんど例外なく起こっている.直腸癌の術後,肺,骨,脳転移がよく起こっている.腹腔内や肝への転移は,S状結腸より近位側の腫瘍の切除後にしばしばみられる.

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The Therapeutic Dilemma of Acute Amebic and Ulcerative Colitis: J.L.Giacchino, J.Pickleman, J.F.Bartizal and F.E.Banich(Sang. Gynec.&Obstet.146: 599~603, 1978)

 劇症の急性大腸炎の治療について述べるとき,多くの医師は,潰瘍性大腸炎または肉芽腫性大腸炎以外の疾患を念頭に置かないことが多い.アメーバ性大腸炎の術前,術後の治療は,それらの炎症とはかなり異なるので,確実な診断が重要な意味を有する.著者らは,5例のアメーバ性大腸炎を経験し,その診断と治療に関する問題点を指摘している.5例中3例は,誤診に基づくステロイドの投与等で悪化し死亡している.2例は手術後生存している.

編集後記 市川 平三郎
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 最近における癌の化学療法の進歩は誠に目ざましいものがある.

 特に急性骨髄性白血病で5年生存例が出てきたというようなことは,20年前にはほとんど全く考えられなかったことである.固型癌についても,ときに劇的に消失してしまう巨大小児癌は言うに及ばず,大人の固型癌でも,ときには,手拳大以上の腫瘤が化学療法で魔法のように消えてしまって驚くことすらある.しかしながら,これらは,新しい薬が開発されて,それがちょうどある種の癌にぴったりと合った場合なのである.全く同種としかいいようのない種類の癌でも,患者によっては,効くこともあるし,効かないこともある.そこが幾分歯痒いところなのではあるが,それでも,昔では想像もできなかった進歩であることには変わりない.

基本情報

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胃と腸
14巻12号 (1979年12月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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