胃と腸 15巻2号 (1980年2月)

今月の主題 腺境界と胃病変

序説

腺境界と胃病変 望月 孝規
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 胃粘膜の腺境界は,胃の機能と密接な関係を持っているといえよう.脊椎動物では,積極的に,栄養価の高い食物をとらえ,これを消化する機能を持つようになり,それとともに顎の発達と,消化管の中での胃という臓器の分化が生じてきた.胃は,顎によってとらえられ,かみくだかれた食物を,第一に消化する役割をはたす.食道を通って胃の中にとりこまれた食物は,酸度の高い分泌液にひたされ,そしてそのような酸度で有効に働く蛋白分解酵素により消化される.胃粘膜上皮は,アルカリ性の粘液を分泌して胃粘膜表層をおおい,この消化作用が粘膜自身にまで進展することを防いでいる.このようにして,胃の消化部位にとりいれられ胃液の消化をうけた食物は,運搬路としての幽門管を通って十二指腸に送られるが,その際これらの部位に存在するアルカリ性粘液を分泌する幽門腺やブルンネル腺の作用により,つよい酸性となった食物を中性あるいはアルカリ性化し,膵と小腸の消化液の作用を容易にしている.鯨などの種属では,胃のこの別々の機能を荷っている粘膜領域の間にくびれがあり,2つないし3つの胃として分かれている.しかし人間の胃では,これらの領域が同じ管腔の中に相接してい,一方,人間が直立姿勢をとったために胃の位置が変化し,摂取された食物は,他の哺乳類のごとく消化部位に直ちに到達せずに,小彎上を通って胃体部に到達するため,消化部位と運搬路との関係は,やや複雑になっている.

 このような系統発生的な背景とともに,人間の胃について2つの重要な仕事が明らかにされた.第一は押川の仕事にもとついての,Aschoffの中間帯(Intermediäre Zone)であり,第二はStoerkの偽幽門腺(Pseudopylorische Drüse)である.Aschoffの教科書の胃粘膜領域区分の図の中には,中間帯の他に,胃街を中心とする一つの帯が図示されてい,胃底腺の中で,副細胞(Nebenzellen)の多い部位とされている.この図は,この部位と中間帯との異同と移行について示唆にとむ所見であり,また胃底腺の中で,副細胞がはたして正常の構成細胞であるか否かについても問題を提起している.Stoerkの偽幽門腺は,中間帯における胃底腺の萎縮過程を記載しているといえよう.

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 胃の内面を裏打ちしている粘膜は幽門腺粘膜・胃底腺粘膜・噴門腺粘膜と呼ばれていて,それらは胃に固有な粘膜である.一方,それら粘膜は腸の上皮に類似したL皮によって置き換えられる場合があり,それを腸上皮化生と呼んでいる.このように,胃の粘膜は本質的に胃固有粘膜と腸上皮化生粘膜との2つに大別することができる.

 ひるがえって,筆者らは胃癌の組織発生に関し「未分化型癌は胃固有粘膜から,一方,分化型癌は胃の腸上皮化生粘膜から発生し,癌発生後は,癌もまた正常細胞の分化の過程を模倣している」とのことを主張している1)2).この組織発生からは,「胃固有粘膜の一つである胃底腺粘膜から発生する癌の組織型は,未分化型癌であらねばならぬ」という命題が派生する.なぜならば,胃癌の好発部位は幽門前庭部で,胃癌組織発生の概念を導くにあたっては対象の大部分が幽門前庭部に発生した癌であり,幽門前庭部は一般的に幽門腺粘膜で裏打ちされている場であるからである.この命題を証明するための必要かつ十分条件は,胃切除時点で癌が腸上皮化生のない胃底腺粘膜領域に存在していてその組織型が未分化型であり,そして,腸上皮化生のない胃底腺粘膜領域を限界づける境界が時間の経過とともに不可逆的にその領域の収縮する方向に変化するか,あるいはその境界が不変であることである.なぜならば,胃切除時点で癌が腸上皮化生のない胃底腺粘膜領域に存在していても,その領域を限界づける境界線が経時的に可逆的に変化するものであるならば,その癌が発生した時点では腸上皮化生をともなう胃底腺粘膜領域であったかもしれないからである.以上のようなことから,腸上皮化生のない胃底腺粘膜領域を限界づける線をF境界線(F boundary line)と定義して,その経時的変化を報告している3)

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 消化性潰瘍の発生や慢性胃炎の進展に関与して腺境界部の実態を知ることは極めて重要な課題の1つである.このため,従来より数多くの研究が成されており,明らかにされていることも少なくない.しかし,病理形態学的な研究は,そのほとんどが手術材料によるものであり,既にその対象自体に多くの問題が含まれているように思われる.そこで剖検材料を通じての検索を行い,腺境界と消化性潰瘍のかかわりについて若干の対比検討を試みた.

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 胃の腺境界の重要性は,腺境界によって分かたれた各粘膜領域ごとに病変の種類も頻度も異なることであり,とりわけ胃癌では組織型や発育進展様式も異なっている.

 胃癌のなかでも胃底腺粘膜領域の癌(99%が未分化型)は他領域の癌と比べるととりわけ異なった浸潤様式を示す.胃底腺粘膜領域の癌は極めて粘膜内癌巣の小なる内に広汎な粘膜下浸潤を示す傾向がある.このことは,胃底腺粘膜領域の癌はLinitis Plastica状態になる可能性が極めて大であると言える.Linitis Plastica状態の胃癌はその切除率も低く,5年生存はほとんど不可能である.しかしながら,その発生当初はやはり早期癌であり,その時点での発見がなされればLinitis Plastica状態の胃癌の撲滅も期待できる.

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 胃は,異なった形態と機能を持つ粘膜の隣接によって胃底腺・幽門腺境界,十二指腸・幽門腺境界,噴門腺・胃底腺境界の各腺境界を有している.なかでも近年,各種の胃疾患の背景胃粘膜として,胃底腺および幽門腺の各領域に関する研究が盛んとなり,腺箋界,萎縮境界,移行帯,中間帯などの名称で呼ばれる胃底腺・幽門腺境界は,多くの研究者の興味を集めてきた.本稿では,胃底腺・幽門腺境界(以下,腺境界と呼ぶ)の識別法にまず触れ,次いで腺境界の局在に関連する諸因子や特定の病態との関係について,われわれの成績をもとに述べる.

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 「腺境界と胃病変」というテーマに,内視鏡の立場のみから概説を加えることは大変難しい.これは腺境界の内視鏡的認知と病変の診断とは,内視鏡的立場からすればそれぞれ別個の観察対象となってしまい,結果的には腺境界と病変とは極めて密接なものであるという認識はあっても,これを内視鏡という概念の中で結びつけることが難しくなってしまうからである.そこで著者は,この問題を,腺境界と各胃病変がどのような位置的関係にあるか,そしてそれは内視鏡観察とどのような関連性を持つかということを中心に述べてみようと思う.

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 古くから解剖学・生理学の教えるところであるが,胃粘膜は噴門腺・胃底腺・幽門腺と3種の腺と共通の表層上皮で構成され,各腺はおのおのその機能を異にしている.すなわち,胃底腺には塩酸および内因子を分泌する壁細胞とペプシンを分泌する主細胞がある.噴門腺・幽門腺は粘液腺であるが,後者にはガストリンを分泌するG細胞がある.

 このように,胃粘膜は部位的に3つの異なった機能を有する粘膜でできており,理論的には4本の腺境界があることになるが,今回は遊離塩酸の分泌という特異な機能を有する胃底腺粘膜に焦点をあて,内視鏡的コンゴーレッド法でその拡がりと境界を正確に知ることにより諸種胃疾患の診断,治療および予後の推定にどのように役立つか,私達が得た成績を中心にまとめてみたい.

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 Addison-Biermer氏の悪性貧血は欧米ではかなり多い疾患であるが,わが国では,今日でも比較的稀な疾患に属する.本症の胃粘膜に広範かつ高度の萎縮が見いだされることは,古くから知られており,胃酸分泌はヒスタミン無反応性の無酸症を示すことが特徴的とされ,また本症における巨赤芽球性貧血は,胃液中に分泌される内因子の欠乏による,回腸におけるVB12の吸収障害によって惹き起こされることは周知の事実である.

 しかし胃粘膜病変に関しては,当初は剖検胃の組織学的所見に基づく限られた症例の報告にすぎなかったが,Woodの吸引生検の登場以来,多数例について生検組織像が検索されるに至り,種々の段階の胃炎性変化が指摘されてきた.更に,内視鏡所見などによる諸家の報告もみられるが,本症の胃粘膜病変について,汎発性胃粘膜萎縮(panatrophie)とみなすもの,胃底腺粘膜の汎発性萎縮とするもの,あるいは種々の段階の胃炎性変化とするものなど,必ずしも一定していない.

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 内視鏡検査に携わるものにとって,少しでも粘膜を拡大し,より微細な所見までゆっくりと確実に観察したいという希望をもつのは当然の願望であろう.竹本1)は以前から近接拡大観察の利点と必要性について強調している.そのような長い間の内視鏡医の切なる期待も,近年の消化器内視鏡機器の改良および手技の進歩に伴って,拡大観察を主目的とする内視鏡の開発が急ピッチですすみ,どうやらかなえられそうである.現状をみると,既に食道,胃,大腸,小腸とすべての消化管について拡大観察が行われており,更に腹腔鏡検査にも用いられ,数多くの新知見がもたらされている.

 われわれは,これまでにも胃拡大ファイバースコープmagnifying gastrofiberscope(FGS-ML)を使用して,胃粘膜の拡大観察所見について報告してきた2)~5).共同研究者の榊2)はFGS-MLを用いて胃小区よりももっと微細な胃小窩単位の拡大観察を行って,拡大内視鏡による胃粘膜微細模様分類について報告した,この胃粘膜微細模様分類はすでに本誌に発表しているが,症例を追加し検討してみると,なかなか一筋縄ではゆかないことを身にしみて感じる.すなわち慢性胃炎の拡がりかたによっては,榊らの基本型にあてはまらない移行型もあり,既に報告している拡大内視鏡分類をもう一度再検討しなおしてみる必要性があることを痛感した.しかし分類というものはできるだけ単純明快であるほうが理解しやすいということも事実で,拡大内視鏡経験による微細所見の複雑化をどのように整理するか,実際には大いに迷った.

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 竹本(司会) 今月号の主題は「腺境界と胃病変」です.この「テーマ」の討論は日本の研究者でなければ十分できないだろうと思います.

 蛇足を最初からつけて恐縮ですけれども,胃には主として胃底腺域と幽門腺域という2つの粘膜があり,その境界がいろいろな名前で呼ばれています.竹本忠良氏たとえば,腺境界,移行帯,あるいは中間帯とかです.1870年,EbsteinによってIntermediärzoneとしてはじめて問題視されたことはご承知の通りです.昔は組織学的検査で知るしかなかったのですが,今口ではいろいろな方法で,臨床的にも腺境界を認識することができるようになってきました.

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 胃癌に関するX線・内視鏡診断学の著しい進歩にもかかわらず,極めて予後の悪いいわゆる形成性胃炎Linitis plasticaまたはスキルス(Skirrhus)とよばれている胃癌の早期診断が確立されていない.著者ら(1975,1976)4)5)は,Linitis plastica型になる癌の大部分は胃底腺粘膜から発生した癌であることを示唆し,また,渡辺(英)・八尾(1976)12)も同様の結果を報告している.一方,胃底腺粘膜から発生した癌のX線的特徴を,杉山・丸山(1976)10)が報告している.しかしながら,胃底腺粘膜から発生した癌にはHc,Hc+HI型早期癌,およびBorrmann型進行癌があり,どのような早期癌・Borrmann型進行癌がLinitis plastica型に移行して行くのかは不明である.さらには,X線上でLinitis plastica型の典型とされている革袋leather bottle状態になるのには,癌発生からどれ位の時間を経過しているのかが不明である.これらLinitis plastica型の癌発生からの発育過程が解明されれば,Linitis plastica型になる以前の状態,つまり早期診断のための手がかりが把握されるであろう.

 本研究の目的は,癌発生からLinitis plastica型になるまでの発育過程を解明しようとするところにある.

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 アメリカの3大がん研究所の一つであるMemorial Sloan-Kettaring Cancer CenterからCancerseriesが編集されている.この本もその一つで,Editorは細胞回転で一家をなしているDr.Lipkinと,高名なDr.Goodである.Immunologist,Robert GoodはTIME(March19,1973)の表紙に大きな顔写真入りで紹介されたことがある(写真).そのカバーストーリーは“Towardcontrol of cancer”で,Minesota大学の一小児科医Dr.GoodがSloan-Ketert-ingInstituteの所長になったこと,Conquer cancerにImmunological approachが進みつつあるという内容であった.

 彼らの手になる本書には一見した時から大きな期待をもったし,目次には最新の魅力的な数々のテーマが並んでいた.

入門講座 胃癌診断の考え方・進め方・14

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 市川 今度はX線の質的診断に入りましょう.

●圧迫法

 <質問36>胃体中部から口側についての圧迫は困難なことが多いと思いますが,何かよい方法がありますか.

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欧文目次

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Achalasia Secondaryto Carcinoma; Manometric and Clinical Features: H.J.Tucker, W.J.Snape, Jr.S.Cohen(Annals of Internal Mediicine 81: 315~318,1978)

 アカラジアは,特徴的な臨床,X線および内圧所見を呈する食道の運動障害である.臨床的には,液体および固形物の嚥下困難,胸痛,逆流が特徴的で,X線的には,無蠕動,食道拡張,食道下端部のスムーズな先細り像が特徴的である,最近の報告では,下部食道をおかす癌が,アカラジアと区別しがたい臨床像を呈することを示唆した.著者らも,過去4年間に7例の癌による二次的アカラジアを経験した.

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Pancreatic Insufficiency and Menetrier's Disease; Report of a Case with Clinical Responseto Pancreatic Enzyme Replacement: P.T.Regan, S.F.Phillips, E.P.Dimagno(Amer.J.Dig.Dis.23: 759~762,1978)

 重篤な膵外分泌不全では,脂肪と窒素の便中排泄が過大である.それでも低アルブミン血症や浮腫は稀である.巨大肥厚性胃炎では,血清蛋白の胃内への漏出が過大で,低アルブミン血症や浮腫が,しばしばみられる.これら2つの障害が,全身浮腫を呈した患者で合併し,膵酵素の経口投与で,蛋白漏出が続いているにもかかわらず,高度の蛋白欠乏が改善された1例を経験した.

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 膵臓についてのMonographは,古くは限られており,国内のいくつかの論文で出典が同一だったこともあった.最近はそのようなこともなく,英文・独文の単行本もあり,国内では,山形倣一氏(南山堂),青山進午氏一膵臓病研究会(医学書院),織田・石井・内藤氏(中外医学社)などの書物がすでに刊行されよく利用されている.築山氏,名古屋大膵臓グループなどそれぞれ特徴をもった視点から単行本をまとめており,おのおのに参照すべき内容を具えている.

 この度,「要説膵・胆道病学」(H.Sarles,A.Gerolami著,中村耕三,吉森正喜訳)を通読した.上に述べたように,多数の膵臓についての書物が国内でこれまで出版されているのに,屋上屋を重ねる危惧を少しばかり持っていた.しかし,「要説」(以下簡単にこのように記す)の読後感はひと味違っていた.元来が,肝・膵・胆で成り立った書物を膵・胆のみ訳して小冊子でまとめたことは,肝臓病についてすでに日本で多数の普及した成書のある現状を考慮すれば,達見であったと思われる.内容を一覧すればすぐわかるが膵・胆を扱っていながら写真が全くなく,表はわずかに1つである.図は,本質を示すに必要でかつ十分の表現のものが16コ挿入されている.本書が,学生や研修医を対象に書かれたものとはいえ,おもいきった簡略さにまず驚かされるが,読み進むにつれて敬意を覚えるようになる.それは,記述の内容が簡潔でありながらも類書に比をみない含意のものだからである.

書評「膵疾患図譜」 原 義雄
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 このたび,医学書院より,大井・小越両先生による内視鏡的膵管造影法による膵管の異常よりみた鑑別診断のための「膵疾患図譜」が発行された.

 この御二人は,あまりにも有名で紹介の必要はないと思うが,この御両人こそが,この造影法の開拓者であり,また推進者たちでもある.そして,大井先生は主としてヨーロッパで,小越先生は主としてアメリカで,それぞれ大学のVisiting Professerとして,あるいは,学会における招待講演者として招かれ,また実地指導にも当たられた方々で,この方法が,かくもひろく,速やかに世界にひろまったのは,実にこの御二人の献身的指導と研究的努力による賜物である.この御二人はそういった意味で,日本のみでなく,世界でその名が轟いている内視鏡学者である,この両人のそれぞれのグループは,おそらく,日本で一番多くの症例と経験をもち,この御二人は実際に,毎日,自ら先頭に立って,これを施行しておられる真の実力者であり,経験者である.しかも,御二人は,この造影術の技術的なエキスパートであるばかりでなく,その経験と結果を体系づけ,絶えざる研究的態度を失わない若き学究の徒であるところに,何よりの魅力を感ずるのである.

編集後記 竹本 忠良
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 今月の主題は「腺境界と胃病変」である.主題論文が6本,研究論文が2本で,どれもたいへん読みごたえがあって,まずまずこの企画も成功したと胸をなでおろしている.

基本情報

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胃と腸
15巻2号 (1980年2月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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