精神医学 63巻8号 (2021年8月)

特集 認知症診療における精神科医の役割を再考する

特集にあたって 數井 裕光
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 わが国においては,今後も高齢化が進み,2025年には高齢者の5人に1人,全人口の15〜20人に1人が認知症という割合になると推計されている。このような状況を鑑み,2019年6月18日に内閣官房長官を議長とする認知症施策推進関係閣僚会議から認知症施策推進大綱が公開され,認知症は「誰もがなり得る」ものと考え,「共生と予防」を柱に,わが国で取り組むべき方向が明示された。日本精神神経学会においても,これまで以上に多くの精神科医が認知症診療に参画することを期待して,認知症診療医認定制度が作られ,すべての会員に認知症診療医テキストが配布された。

 認知症患者に対する診療には,精神科医とともに脳神経内科医,脳神経外科医,老年内科医,放射線科医などさまざまな診療科の医師が携わっている。これは,認知症の症状には認知障害,行動・心理症状(BPSD)以外に神経症状を認め得ること,脳神経外科疾患や内科疾患が認知症の原因となり得ること,診断には神経画像検査に関する専門的知識が必要であることなどによる。このように多くの診療科の医師がかかわる認知症診療において,精神科医が最も期待される役割はBPSDの治療である。特に重度のBPSDが出現し,薬物治療や入院治療が必要となった場合に精神科に紹介されてくることが多い。しかしBPSDは一度出現すると治療に難渋することが多いため,最も有効な治療法は,軽度の段階で発見し,悪化を防ぐことである。最近の研究で,BPSDは認知症の前段階である軽度認知障害の段階から出現していることが明らかになってきた。そこで認知症を早期に,診断した時からBPSDに対する予防と治療を開始することが重要で,その実現のために精神科医の早期診断への参画が期待されている。

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抄録 認知症の行動・心理症状(BPSD)は,攻撃的行動,焦燥,徘徊,つきまとい,不安,抑うつ,幻覚,妄想などの認知症患者に頻繁にみられる知覚,思考内容,気分または行動の障害を包括した概念である。BPSDの中には治療,予防が可能なものが多くあることが臨床的に重要な点で,非薬物療法が薬物療法に優先して行われる。中でも家族介護者による行動マネジメント技術の習得は有用な方法である。まず,BPSDは,認知症の原因疾患による脳機能低下,認知機能低下を基本として,日常生活の中で失敗を繰り返すことによる不安と緊張を常に感じている心理状態,さらに周囲の人による叱責などがさまざまに影響して出現することを理解して,適切な対応法を実践することが重要である。またBPSDがごく軽度の段階で気付き,重症化を防ぐことも重要である。介護サービスの利用はBPSDの治療と予防に役立つ現実的な方法だと考えられる。

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抄録 BPSDに対して抗精神病薬などの向精神薬を使用することには「適応外使用」の問題がある。新オレンジプランでは,BPSDに対しては非薬物的介入を優先すべきとしている。実地臨床においてBPSDに対する抗精神病薬のリスクについての検討が必要なことから,大規模前向き研究であるJ-CATIA研究が行われた。この研究の結果から,抗精神病薬をやむを得ずBPSDに使用する場合には,開始直後には頻回の診察が必要であることが判明した。また,APAガイドラインは,J-CATIA研究の結果と齟齬はない。ガイドラインでは,説明を行った上で同意を取得し,少量から開始することも重要としている。しかし,実地の医療と法的なものには大きな乖離があり,今後,BPSDを適応として有する薬剤の登場が切望される。

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抄録 Person-centered careの中で「BPSDはその人の心の表現であり,その意味をその人の立場で理解して対応する視点を持つこと」の重要性が指摘されている。認知症患者は,「家族に迷惑をかけるかもしれない」「将来何も分からなくなるのではないか」といった不安や怖れ,できなくなった自分自身への腹立ち,認知症になることへの憤りやあきらめ,周囲の人に認知症を知られたくないといった恥の感情など,さまざまな心情を抱いて暮らしている。認知症患者のBPSDの背景には,このような“患者の想い”があることを理解し対応することが重要である。「患者の声に真摯に耳を傾ける」「病気を診るとともに,病気の人を診る」という精神科医の診療スタイルが,BPSD治療には必要である。

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抄録 近年では高齢者による触法行為も増加しているが,認知症に焦点を当てた資料はあまりない。一般的に,認知症患者の触法行為は軽微なものが多く,前頭側頭型認知症でより多く出現するとされる。これらは前頭葉の損傷に伴う社会的行動の変容の一部と考えられ,最近ではメディアに注目されることも多い。筆者らの調査においても,前頭側頭型認知症群ではアルツハイマー病に比べて初診以前の触法・違反行為の率は高く,中でも窃盗や迷惑行為,交通違反などが多かった。前頭側頭型認知症は過剰診断も過小診断も多いため,まず精神科医には正確に診断をすることが求められる。

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抄録 現在,認知症診療はさまざまな場所,診療科で行われており,精神科診療所が認知症診療を行う意義に疑問を持つ方は少なくないと推測される。しかし,精神科ならではの認知症に対するかかわりは多く,今後も必要であると筆者は考えている。そこで,筆者が精神科診療所で行い,すべきであると考えていることについて述べる。

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抄録 重度認知症患者デイケアでの精神科診療の特徴は,1つには,より生活レベルに近い場面(送迎中,食事中,レクリエーション中などを含むADLや人間関係)すべてが診療に通じ,観察,診察,治療,予防ができる点である。2つ目は,多くの専門職でより総合的に一人の患者をチームとして診ることができる点である。患者ばかりでなく家族のカウンセリングも重要である。患者家族やスタッフが認知症の知識,理解を得て,対応の仕方を習得することによりBPSDの程度も軽減し,新たなBPSDの予防にも繋がる。また,家族のストレス度を知ることによって,虐待を未然に防ぐことが可能となる。

 重度認知症患者デイケアは,チームとして患者・家族と向き合い伴走する医療である。さらには,意思決定能力低下が進む前に,早期から将来に備える緩和ケア的アプローチも重要である。

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抄録 認知症のBPSDに対する入院治療は,入院期間の長さや,身体拘束,鎮静目的で向精神薬が使用される点などから,まだなお一般社会から批判を浴びることが多い。しかし精神科におけるBPSDの入院治療も多くの知見が積み重ねられてきた。BPSDの精神科での入院治療も地域包括ケアシステムの一翼を担う重要な社会資源であると考える。いったん増悪したBPSDを多職種で集中的に治療し,可能な限り速やかに生活の場に戻ることを目的とすべきである。ここでは当院が認知症治療病棟から認知症に特化した精神科急性期治療病棟への移行を実現するために行ってきた,暴力を受けることに対する予防教育プログラムの作成,クリニカルパスの導入,退院支援などを紹介する。

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抄録 2008年度から認知症疾患医療センターが設置され,2020年12月末時点で全国に477か所設置されている。センターには,基幹型・地域型・連携型の3類型があり,その役割は,①認知症疾患に関する鑑別診断とその初期対応,②認知症の行動・心理症状と身体合併症の急性期治療に関する対応,③専門医療相談,診断後の相談・支援,④地域保健医療・介護関係者への研修などを行うことである。すべてのセンターの87.7%(401か所)で精神科医が認知症診療を担っており,いかにセンターにおける精神科医の役割が大きいかを示している。

 センターの役割のうち本人家族への診断後支援や医療・介護の連携などは,多職種が揃い,これまでも精神疾患患者の地域生活を支えてきた経験を持つ精神科医が中心になってこそでき得る診療体制である。

 本稿では,全国のセンターの活動状況およびセンターとしての当院の取り組みを概観した。

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抄録 認知症の家族介護者の介護負担感や心理ストレス(うつ・不安)に対しては,心理教育,行動マネジメント,介護者自身のストレス・マネジメントなどを組み合わせた複合的介入が,各要素を単独で行うよりも効果的と考えられている。複合的介入の中でも,認知行動療法に基づく介入が最もエビデンス精度が高い。筆者らのグループでは,英国において大規模ランダム化比較試験で効果検証されたSTrAtegies for RelaTives(START)プログラムを日本の現状に即した形に修正し,集団認知行動療法や訪問看護の形態で実践と実証研究を行っている。

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抄録 認知症ケアの現場で難しいとされる業務の1つに,認知症の行動・心理症状(BPSD)への対応がある。本稿では,そのような対応における心理職の主な役割は,症状の問題が顕在化した状況や文脈を調べ,問題の改善や予防に努めることであり,その際,問題を本人の視点(体験世界)からとらえることが重要である点について言及した。次に応用行動分析学や,それに基づくABC分析によるBPSDのマネジメントについて解説した。その上で,心理職などが中心となりスタッフに行うABC分析による教育的支援の流れについて,①職場で実際にみられるBPSDの事例に関する情報収集,②それらの情報をもとに行う集合研修(オフ・ザ・ジョブ・トレーニング),③集合研修で作成した計画をスタッフに実行してもらいながら進めるオン・ザ・ジョブ・トレーニングについて紹介した。

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抄録 超高齢社会となったわが国において,認知症の医療ニーズは高まっている。認知症による多様な症状や身体合併症に対して多職種での対応が求められ,医療においても精神科医,脳神経内科医,脳神経外科医,老年科医がそれぞれの得意な分野を中心に,相互補完的関係性を保ちながら診療することが求められている。今後の増加が見込まれる認知症患者への適切な医療提供者として精神科医への期待は大きい。

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抄録 認知症の原因疾患の中には脳神経外科治療により改善が得られる病態がある。脳神経外科が関与する疾患の中でも,慢性硬膜下血腫や髄膜種などの頭蓋内良性腫瘍性病変による緩徐な脳への圧迫が生じるものは,認知症状が主訴になる場合も少なくない。ただし,これらの疾患はCT,MRIなどの画像診断で容易に原因を確定し得る。一方,2020年に診療ガイドラインが改訂され,第3版が発行された特発性正常圧水頭症は,高齢者に歩行障害,尿失禁,認知症などの症候をもたらす疾患で,脳脊髄液が頭蓋外へ排泄されにくくなり,脳内に貯留する病態と考えられているが,病態・症候に多様性を示す疾患である特徴から,いまだ不明な点が多い。疾患の病態/治療を明らかとしていくため,脳神経外科医,精神科医,脳神経内科医,神経病理医,また治療デバイスの改善には,工学系との円滑な連携のもと,多方面からの疾患アプローチが必要とされている。

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抄録 PPDS(パチンコ・パチスロ遊技障害尺度)得点の増加,すなわち遊技障害レベルの重度化に伴う20項目のストレス解消行動の利用頻度の推移を調査した。そしてそれを基に代替行動としての効果を検討した。有意に増加した行動はスマートフォン・ネット閲覧およびゲームであった。また実数としては,テレビが最多であった。これら3つの行動はギャンブルと同質の「即効性」を有するため,並存が容易であり,代替行動の候補になり得る。反面,これらは嗜癖化リスクが高いので,過剰利用に陥らないための工夫を必要とする。一方,有意に減少した行動は家族団らんおよび運動であった。これらは安全性の高い行動であるため,逆に利用を促進するための工夫を要する。

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抄録 統合失調症患者の描画特徴の1つに,対称性がある。そこで本研究では,さまざまな比率で作成された7種類の図形を呈示し,最もきれいだと思われる任意の位置に,1本の垂直線あるいは水平線を描くという図形分割課題を用いて,統合失調症患者の対称性選好について調べた。その結果,さまざまな比率で作成された図形,分割線の方向など,いずれの点から検討しても,統合失調症患者は健常者と比較して対称性を選好する頻度が高いことが明らかになった。統合失調症患者の対称性選好には陰性症状や陽性症状と正の関連が,一方,総合精神病理尺度とは負の関連が認められた。今後,総合精神病理得点について,より詳細に検討を加えていきたい。

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精神医学
63巻8号 (2021年8月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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